ロドリアの支援とタカの決断
私はダルフォードの執務室でマルジグ兄弟と共にロドリアを待っていた。その間にロドリアを加えた研究についての説明をしてもらったが、魔獣と均衡の関係については研究が進んでいなかった。というのも現地で調べなければいけないことが多いのに、文献ばかり読んでいるからだ。
「昔のことよりも、今どうなっているかを調べるべきですよね?」
「そうなんじゃが、誰も行きたがらんのじゃ。」
――インドア集団め!
「では、私が行くので騎士団に魔獣調査に同行してもらえるように要請してください。今回はリンネットも連れて行きます。ちょうどお肉が減ってきたんで狩に行きたいと思っていたんですよね。」
「肉か?我らに任せろ!」
一番に反応したのは助格コンビだった。そして私とリンネットが行くならとマルセロが立候補した。
「魔導師団からあと三人選んでください。研究を進めるためにも経験が必要です。言っときますけど、階級と家柄を持ち出すような人は途中で埋めて帰りますからね。」
「では選出はマルセロに任せるとして、ロドリアはどうするのじゃ?」
「本人に聞いてみましょう。」
噂をすればなんとやらで、ロドリアが執務室に到着した。
「おはようございます。」
「お久しぶりですね。どうぞお掛けになってください。」
ロドリアが椅子に座ると、まずは調査に同行するのか聞いてみる。ロドリアは魔獣の研究よりも神獣たちと一緒にいられるならと、同行を決めた。
――研究よりも私的好奇心が優先って魔導師団ってこんな人ばっかりなの?
「では、本題に入ります。昨日この紙をもらったんですけど、説明をお願いします。」
「説明と言いますと?」
ロドリアが理解できないといったように首を傾げている。
「金額だけしか書いてないんですけど、これで支援を受けられるのが普通なんですか?」
私はダルフォードやマルセロに聞いてみるが、二人は実家から支援を受けているので、基本的に金額を提示するだけだと言う。
「では、家族ではない貴族から支援を受けるときはどうなんでしょう?」
「たぶん同じだと思いますよ。」
マルセロの言葉に話す前から疲れてきた。
「ハッキリ言います。これでは支援できません。」
「どうしてですか?」
ロドリアは驚いたように席を立ち身を乗り出した。
「何に使うか全くわからないのに、お金なんて出せませんよ。ちょっとこれを見てください。」
そう言って私は在宅ワーカーだったときの帳簿をテーブルに広げた。
「これは支援とは違いますが、例えとして見てください。まずは仕事に必要な物を購入したときに何がいくらだったか、それをどれだけ買ったか。全て書いています。そして、私の場合は作った物を売っていたので、売って得た収入。それにかかった経費。全てを記入して、一年分をまとめて収支報告書を作成していました。」
「こんなに細かく書くんですか?」
ロドリアだけではなく、ダルフォードとマルセロも驚いているのはなぜだろう。
「まずは必要な物を書き出して、ジグセロさんに渡してください。ジグセロさんは取り寄せてロドリア先生に届けてください。その際に帳簿の記入をお願いしてもいいですか?」
「お任せください。」
「あとは、素材なども何にいくら使ったかきちんと記入してください。換金したりすれば支援は打ち切ります。師団長様は一年間の購入品と研究成果を見て妥当なのか判断してください。」
私は一気に説明したが、きちんと理解できたのだろうか。三人とも固まったまま動かない。
「何か質問はありますか?」
「他のお店で購入しても大丈夫ですか?」
ロドリアが小さな声で質問してくる。
「きちんと帳簿をつければ構いませんよ。ですがその場合は実費で払って、研究成果と照らし合わせて妥当な出費と判断できてから渡すことになります。」
「生活の支援はどうなりますか?」
「生活の支援とはなんですか?魔導師団のお給料は生活できないほど少ないんですか?」
「そんなことはないですよ。国から支給されますし、近衛騎士団と並んで給料は多い方です。ただ皆が貴重な素材などを買うので、そうは見えないようですが。」
マルセロの言っていることはよく分かる。魔術学院に通っていたときも魔導師団の服がぼろぼろなのに驚いたぐらいだ。それでもトリーデは派手な服を着ていたように思う。貴族からの支援金で生活も派手なのかもしれない。
「研究費は出しますけど、生活は給料で賄ってください。トリーデ先生のような派手な服が必要だとは思えません。」
私がきっぱり断るとロドリアはうつむいて唇を噛んでいた。
「とにかく支援は基本的に現物支給です。管理がいい加減すぎます。なんのために読み書き計算を習うんですか?言っときますけどリンネットは損得勘定が得意ですからね。利益にならなければバッサリ切り捨てますよ。」
リンネットの損得勘定は自分基準なのだが、今はそこまで言う必要もないだろう。
リンネットを後継に望むならそれまでに魔導師団の組織改革をしなければ、安心して任せられない。
そして私はロドリアの前に大金貨を五枚置いた。
「これは今回の調査の支度金として渡します。今回に限り明細は要りません。調査に必要な物を揃えてください。」
「ありがとうございます。」
ロドリアは顔をあげると嬉しそうに礼を言った。
調査日程については後日連絡すると告げてロドリアには退出してもらった。
「支度金にしてはちと多くないか?」
「大青貨二枚と小青貨五枚の支援金は多くないんですか?」
「いや、それも多いと思ったが、ワシらと違ってロドリアは研究設備も揃っておらんしのう。」
「とにかく今回の支度金をどう使うのかは、調査のときにわかりますから。様子を見ましょう。他の三人にも同じように支度金を出しますのできちんと選んでくださいね。」
「私は貰えないんでしょうか?」
マルセロの言葉に私が驚いてしまう。
「マルセロさんの支援者はこっちでしょ?」
そう言ってジグセロを示せばジグセロが首を横に振った。
「兄さんは私的な研究にお金を使いすぎですからね。魔導師団としての研究成果が出ていません。よって支援はできません。」
「今回の調査は国王の要請なんですよ?」
「今あるもので十分準備できるはずです。」
――ねえ、国王の要請を放置してたの?魔導師団って給料泥棒じゃない?
マルジグ兄弟のくだらない言い合いは放っておいて、私はダルフォードに向き合う。
「リンネットを後継にしたいのなら、今の組織のままでは困ります。」
「じゃが、貴族たちを敵に回すと支援がのう。」
「このままいい加減な体制を続けるならリンネットは諦めてください。私が許しませんし、今後協力もしません。ですが改革を進めれば成果を出せる方には支援します。」
「それなら、ちいと頑張ってみるかのう。」
いまいちヤル気が感じられない返事だが、ダメなら館の出入りを禁じるまでだ。食事のためなら動くことはわかっているので、上手く誘導していくしかない。
話しが終わると四人で館に戻った。
マルセロの部屋をジグセロも使いたいと言っていることを聞いて再び言い合いが始まったが、リゼルダに一蹴されて即共有が決まった。
子どもたちの昼食が終わり、大人たちが食べ始めた頃に佐平次が帰ってきた。
「主、あの女を食らう許可をもらいたい。」
突然の佐平次の言葉に皆の動きが止まり、視線だけが集中する。
「何があったの?」
「子どもに魔力攻撃をした。」
それを聞いてシノが勢いよく立ち上がった。隣にいたタカがシノを抱きしめて落ち着くようにとなだめ、「報告を続けてください。」と言った。
佐平次は毎日のように食料を持って孤児院に通っていた。助さん格さんを知っているグレイとソフィは佐平次を怖がることもなく、私とすぐに連絡が取れることに少し安心していたようだ。
今日は中級聖女の機嫌が悪かったところに、佐平次が届けていた食料が見つかり、中級聖女は理由も聞かずにいきなり魔力を放ったという。
本来治癒と癒しを与えるべき聖女が、子どもに攻撃するために魔力を使うなんて言語道断だ。
私はクラウスに頼んですぐに養子縁組の手続きができるように書類を用意してもらっていたが、誰が養子にするかが決まっていなかった。
私が養子にすることはトラヴィスが強く反対していたのだ。
うちの子たちは召喚者なので基礎レベルや能力が高いが、グレイとソフィはごく普通の子だ。ただでさえ敵の多い私が養子にすると攻撃対象になりやすく、二人を危険に晒すことになるというのが理由だ。
私もその理由には納得していたが、攻撃を受けたと聞けば、すぐにでも手続きをして二人を助けなければならない。
私が養子にすると宣言する前にタカが立ち上がった。
「私たちが養子に迎えます。」
皆が驚いたが、シノも驚いたようにタカを見上げていた。
「何度も二人で話し合いました。先の短い私たちが養子にしてもいつまで一緒にいられるかわからないから、若い人に任せようと。そう決めたんです。でも今すぐ助ける必要があるなら私たちが引き取ります。」
シノがタカの手を握りしめ「ありがとう。」と言って涙を拭っていると、その隣でレニーが「ステキよー。あたしも協力するから、早く迎えに行ってあげてちょうだい。佐平次ちゃん、あたしが許可するからその女食べちゃって!」と涙を流しながら大きな声で叫ぶ。
――感動が吹き飛んでしまったよ。
リゼルダに「うるさい。」と怒られて静かになったが、しばらく時間が止まったように誰も動かなかった。
――えーっと、何してたっけ?…………。そうだ!孤児院。
「助さん、クラウスさんに書類を持って孤児院に来るように頼んで。」
「わかった。」
「格さん、孤児院まで乗せて行って。」
「任せろ!」
「佐平次、二人を守って。聖女は食べちゃダメだよ。」
「わかった。守る。」
助さんが窓から出ていき、佐平次は影に入った。私は格さんに乗って南門を目指す。
王都の中では乗れないので、門をくぐってからは早足で孤児院へ向かった。
孤児院に到着したときにはクラウスが入り口の前で待っていた。
「話しは聞いた。名前も記入してあるから、あとは聖女のサインを書くだけになっている。」
――いつも仕事が早くて素晴らしいです。
「では行きましょう。」
私が呼び鈴を鳴らすと扉が開いてソフィが顔を出した。
ソフィは私とクラウスを見て涙をこぼしながら「グレイを助けて。」と消えそうな声で言った。
「誰だい?用が済んだらさっさと戻りな。」
その言葉使いと横柄な態度に私の怒りは瞬時に頂点に達した。魔力が溢れ出して揺らいでいるのが視界に入る。
私が声のする方へ歩いて行くのをクラウスが止めようとしたが、揺らぐ魔力に触れた途端、静電気のようにバチっと音がしてクラウスの手が弾かれた。
応接室に入ると中級聖女が食事をしていた。テーブルの上にはグレイとソフィが食べるようにと佐平次に持たせたサンドイッチと唐揚げがあった。そして部屋の隅には左の頬と左肩から肘にかけて皮膚が焼け爛れたグレイが横たわっていた。
「なんだい、あんたは。勝手に入ってくるんじゃないよ。」
私は中級聖女を無視してグレイの傍に立ち、一度深呼吸をして魔力を抑えた。このまま触ってクラウスのように弾いてしまうといけないからだ。
揺らぎが視界から消えるのを確認してそっとグレイに触れると、ビクッとして目を開けたグレイが「リオーネさん。」と呟いて再び目を閉じた。
「無視するんじゃないよ。聞こえてるんだろ?」
「うるさい。黙れ!」
私は一言返してからグレイに治癒の魔術を施す。「いたいの、いたいの、飛んでいけー。」傷に触れないように注意しながら撫でるように手を動かし、何度か唱えると傷が消えていった。
途中邪魔をしようとした中級聖女は佐平次に阻まれ今は壁に張り付いている。目の前で佐平次が威嚇しながらよだれを垂らしているので、動くことも声を出すこともできないようだ。
治癒が終わると次に癒しの魔術をかける。グレイの表情が柔らかくなって、呻きが寝息に変わったところで助さんにクラウスを呼んでもらった。