修道館の報告と支援金要請
館まではジグセロが馬車を出してくれたので、すぐに着いたが、その間レニーはずっと興奮状態だった。
「ステキな館ねー。工房を取り上げられたときは人生終わったと思ったけど、こんなステキなところに住めるなんて。あたしリオーネ様に一生ついていくわ!」
――いや、一生って……。重くない?
「とにかく入ってください。皆に紹介しますから。」
私は子どもたちの遊んでいる部屋へレニーとジグセロを連れていく。夕食の準備にはまだ早い時間なので、リゼルダも子どもたちと一緒にいた。
「今日からここで一緒に暮らすレニーさんよ。」
「レニーです。皆よろしくね。」
私が皆にレニーを紹介すると、子どもたちはレニーを取り囲み遊ぼうと誘う。そんな中ミランダがレニーに質問した。
「レニーは男の子?女の子?」
「あら、どうしてわかったの?うーん、どっちでもなくて、どっちでもあるわね。」
「わかんなーい。どっちかにして!」
そう言われてレニーは真剣に考え始めた。
「直樹は心は乙女って言ってたよ。」
「えっ?誰?」
「お隣の直樹。男の子に生まれたけど、心は乙女だって言ってた。リボンやお花が大好きなの。」
直樹とは元の世界でお隣に住んでいた子だ。夜のお店で働きながらいつか女の子になるんだと言ってお金を貯めていた。
イベント用の衣装を注文してくれるお得意さんで、子どもたちのお友だちでもあった。
「レニーもリボン好き?」
「ええ、大好きよ。」
「じゃあ、レニーも乙女ね。」
ミランダに言われてレニーはニッコリ笑いながらポロポロと涙をこぼした。
「痛いの?」
「ううん、違うわ。嬉しいのよ。ありがとう。」
「どうしていたまして。」
ミランダは得意そうに返事を返したが、言い間違いに皆が笑った。
「皆。今日からレニーさんも私たちの家族よ。よろしくね。」
「はーい。」
子どもたちの素直な返事にレニーはまた涙をこぼした。涙腺は緩めである。
子どもたちをシノとアリシアに任せてレニーの部屋を選び、荷物を出してから館の中を案内していく。
館にマルセロの部屋があると知ったジグセロが自分の部屋も欲しいと言い出したが、マルセロは転移陣しか使わないのだから、部屋は共有して使えばいいと思うので却下した。
館の設備や各人の部屋を教え、最後に織り機のある部屋へ行くと案の定レニーの目の色が変わった。
「これは何?こんな織り機初めて見たわ。」
「これがうちの工房に置く予定の織り機です。整経台と巻き取り経通台は私の知っている物を木工工房に発注しますので、この設計図でお願いします。」
そう言ってジグセロに設計図を渡すと、レニーが覗き込んで質問してくる。
「それとっても使いやすそうね。リオーネ様はどこの国の出身なの?」
「私たちは異世界から召喚されてこの世界に来たの。」
「だからあたしを気持ち悪いと思わないの?」
レニーからはさきほどまでの興奮が消え、真剣な表情で問いかけてきた。
「さっきミランダちゃんがどっちなの?って聞いてきたでしょ?それに同じような人を知っていたわ。リオーネ様の世界にはいっぱいいたの?」
「私のいた世界でも少数だったけれど、たまたまお隣に住んでたし、心と身体の性別が違う人がいるのはわりと誰でも知ってることでしたよ。」
「あたしは子どもの頃、修道館の聖女に心が魔女に乗っ取られているって言われたの。それからは男らしくしろって言われ続けてきたわ。」
レニーは親に言われるまま男らしい格好をして、言動にも注意してきたが、些細なことでばれたとき、そんなことは織物と関係ないのだから自分を偽る必要はないとオレリアンに言われて、工房では素の自分でいるようになったという。
「聖母様ならあたしの心を乗っ取った魔女を追い出せる?」
「いやいや、魔女が乗っ取るとかいい加減な言葉に騙されちゃダメよ。念のため鑑定させてもらってもいいかしら?」
私はレニーに許可をもらって鑑定してみたが、魔女に乗っ取られているなんてのは嘘だった。修道館に対して更に嫌悪感が増していく。
「レニーさん。魔女は嘘で間違いないわ。心と身体の性別が違うのがなぜかは私にもわからないけど、別に悪いことではないと思うの。」
「でも皆が気持ち悪いって言うし、酔っぱらいに石を投げつけられたこともあったわ。」
「そんなヤツは私が消し炭にしてやる。」
私が拳を握りしめ、怒りのオーラを放つとペシっと後頭部を叩かれた。振り向くとリゼルダが仁王立ちで睨んでいる。
「物騒なことを言うんじゃないよ。」
「えー、リゼルダさんもいつも言ってるじゃないですか。」
「あたしは言うだけ!あんたは言うだけじゃ済まないだろ。」
「まあ、有言実行は大人の常識ですからね。」
「だったら口を開くんじゃないよ。」
私たちのやり取りを見てレニーも笑顔になった。
「ここではあたしのままでいていいのかしら?」
「そんなのいいに決まってますよ。」
「ありがとう。」
レニーは涙を拭くとジグセロに駆け寄った。
「ジグセロ様。整経台はいつ頃できそうなの?あたし早くこの織り機使ってみたいわぁ。」
レニーの爆弾発言に私は織り機の前に立ちはだかり大きく両手を広げる。
「ダメよ!一番に使うのは私ですからね!」
「あら、そうなの?残念ね。じゃあ、二番でもいいわ。」
――この切り替えの早さはリンちゃん並みだね。要注意だよ。
「レニーは経験者ですから工房の経営は任せても大丈夫ですよ。仕立ての方も経験豊富な人材を探しましょう。」
ジグセロも大概空気を読まないタイプで、私たちのやり取りに関係なく自分の話を始めた。
「それなら保育園にも竜人族の保育士を一人探してもらえますか?」
「保育士とは何でしょう?」
「子どもたちのお世話をする人のことです。こちらは経験が無くてもシノさんに頼んで研修期間を設けます。」
「わかりました。探してみましょう。」
工房の建設と同時進行で人材育成をしていけば、工房が完成してからすぐに稼働できるはずだ。
少しずつだが計画は進んでいる。このまま平穏な毎日が続けばいいのにと思っているところに、ウォルフとエレインが帰ってきた。
「たっだいまー。今日の晩ごはん何?」
「リゼルダ、リオーネ、ちょっといいか?」
相変わらずのエレインと違ってウォルフは厳しい表情で私とリゼルダを呼んだ。
ジグセロとレニーに夕食まで応接室で過ごしてもらえるように言って、私たちは調理場へ移動した。
助格コンビに警戒を任せてお茶の準備をすると、エレインに応接室のお茶を持たせ、私たちはウォルフの話しを聞く。
「エレインは文官長を探っているが、結果はさっぱりだ。まず貴族との接触が全く無い。仕事中も文官たちが書類を持って出入りするだけで、怪しい動きはないが……。」
「動きはないけど手紙がいっぱいくるよ。」
いつの間に戻って来たのか、エレインが後ろに立っていた。
「ちょっと、もうお茶を入れてきたの?」
「入れてないよ。置いてきた。直樹みたいな人が入れてくれるって。」
「はぁ、直樹じゃなくてレニーさんよ。今日からここで暮らすことになったの。後で改めて紹介するから。それより手紙って何?」
私がエレインにお茶を出しながら聞くと、エレインは両手を差し出してきた。
「腹減り。唐揚げあったでしょ?」
「あー、ごめん。唐揚げはもうない。おにぎりならあるけど。」
「それでいいや。文官長の書類に手紙がいっぱい挟まってる。で、読んだらすぐに燃やしてる。だから内容はわかんない。」
エレインはおにぎりを食べながら報告をしていく。
「そこまで徹底しているってことは悪いことしてますね。」
「おいおい、証拠はないんだぞ。」
「まあ、そうですけど。悪人顔してますからね。」
ウォルフはため息をつき、エレインは「だよねー。」と同意してくれた。
エレインは文官長宛ての手紙がどこからくるのか探ることにすると言った。
そして次にウォルフが報告を始める。
「修道館では上級聖女が二人ほど専属契約を結んだ。アイーシャとマイリスという聖女が下級貴族の専属になった。」
「下級貴族ですか。それはまた、接待で忙しくなりそうですね。あの性格で接待とかできるんでしょうか。」
私は専属になることの意味を知っている。それでもアイーシャに同情する気は全く無い。
ウォルフもわかっているようで、一つ頷いて報告を続けた。
「アイーシャはいつも通りに出かけて行ったが、案の定専属契約の意味を知って激情して暴れたんだ。魔力封じの手枷をつけられて専属教育を受けた。帰ったときには別人のようだったぞ。」
「専属教育の前にまともな教育と躾をすればいいと思うんですけど。」
「まあ、お前の言いたいことはわかるが、問題はここからだ。専属契約を結んだ聖女が隔離されるのは、他の聖女たちに真実を知られないようにするためだ。そして専属になった聖女は基本的に終身契約だ。接待で使われるにしても年齢的にだいたい三十代までだ。四十を超えると接待では使われなくなるんだが、終身契約ってことは死ぬまで生活は保証されるはずなんだ。」
「じゃあ、四十過ぎたら隠居生活ですか。」
「いや、修道館には捧げ物として使えなくなった聖女はいなかった。少なくとも建物の中には一人も。」
意味がわからない。四十過ぎた聖女はどこへ行ってしまったのか。
ウォルフは城へ報告して、引き続き消えた聖女たちの行方を探ると言った。
私は城へ行くならトラヴィスとクラウスに手紙を渡して欲しいとウォルフに頼むと、エレインがクラウスへの手紙は自分が持っていって、いつ頃館に来られるのか聞いてくると言って早々に出ていった。
――うどんだな。私も早く食べたい。
夕食前に戻ってきた二人から、トラヴィスは三日後に、クラウスはいつでも大丈夫との返事を聞き、三日後の午後関係者全員に召集をかけた。まあ、魔導師コンビは毎日のように来ているのだが。
次の日も昼食の時間にダルフォードとマルセロが当たり前のようにやって来た。そしてマルセロを見たレニーが大喜びだった。
「ジグセロ様と同じ顔だわ。」
「双子ですからね。中身もそっくりですよ。」
「いいわねぇ。眼福だわ。」
「確かに見た目はいいですけど、しゃべると残念ですよね。」
「あらぁ、声もステキよ。」
マルセロとジグセロでこれだけ喜べるのだ。トラヴィスを見たらどうなるのか。ちょっと心配になる。
レニーの勢いにちょっと引いていたマルセロが一通の手紙を出してきた。差出人はロドリアだった。
中を見て私はしばし考える。紙には[大青貨二枚と小青貨五枚の支援をお願いします。]と書かれていた。
「なんですか?これは。」
「支援金を出して欲しいと書かれていますね。」
そんなことはわかっている。私が聞きたいのはこの金額が妥当なのかということだ。
「ちょっとロドリア先生とお話しする必要がありますので、明日の朝迎えに来てもらえますか?何ならついでにお洗濯もしますけど。」
「ええ、もちろん構いませんよ。」
「ダルフォードさんお部屋を借りてもよろしいですか?お茶菓子は持参しますので。」
「おお、それは楽しみじゃのう。」
興奮すると面倒だが、この二人は対価が決まっているので交渉が楽だ。
私はマルセロに、明日はジグセロも同席して欲しいので呼んでおいて欲しいと頼んだ。
「ジグセロですか?」
「ええ、専属商人ですからね。」
「わかりました。手紙を飛ばしておきます。」
ダルフォードとマルセロに聞けば、今のところ特に変わった様子はないと言っていたが、とりあえずロドリアは敵認定者なので、注意が必要だ。
昼食を食べながら召集の話しをすると、二人とも夕食のメニューを楽しみにしている。
――平穏な毎日で羨ましいですなぁ。暇そうだし、この人たちにも仕事を振らなきゃいけないね。