織り機の完成と竜人族の変形
館に戻るとリゼルダとシノが昼食の片付けをしていた。
私は孤児院であったことを話し、クラウスからトラヴィスに伝えてもらうことも付け加えた。
「あの子たちがそんなことになっているなんて。」
シノが悲しそうに呟いた。そしてリゼルダは私と同じように怒った。
「そんなヤツ叩き起こして修道館に送り返してやればいいのさ。」
「ですよねー。でも他の調査の邪魔になるといけないんで、今回は我慢したんですよ。今、佐平次を孤児院に行かせてるんで、報告を待ちましょう。」
私は残り物で遅めの昼食をとり、シノとリゼルダは片付けを終え、お茶を入れて休憩だ。
「私にできることって待つことだけなんで、工房計画進めても問題ないですよ……ね?」
「そうだね。まあ皆の邪魔するよりはいいだろうよ。」
リゼルダの許可が出たので私は工房と保育園の設計図を取り出して広げた。
工房の方は織物と仕立てで作業スペースが違っているが、材料や完成品置き場と事務所はそれぞれにある。織物の完成品はそのまま仕立ての材料となるので、市場に出回ることはないだろう。
「その他に必要なものや改善点があれば言ってくださいね。私も工房のことはよくわからないので。」
「あんたが建てるんだから、あんたの好きにすればいいさ。だいたい、あんたのやり方が受け入れられないヤツを雇う必要もないだろう?」
確かにその通りだ。でも工房は私のやり方で進めさせてもらうとしても、保育園はシノの意見が大切だ。
「シノさん。保育園の方はどうですか?」
「そうねぇ。特に問題はないけれど、外遊びもさせたいから園庭は広い方がいいわね。竜人族の子どもたちは時々竜形になることが必要だと思うの。ずっと人形でいると竜形に戻ったときに感覚がつかめなくなるらしいわ。」
「それなら館の裏に広範囲で防御魔術をかけましょうか。保育園では従業員の子どもたちも預かることになるので、できれば人形で過ごさせたいですからね。」
シノは竜人族の子どもたちがのびのびとできる環境があれば良いと納得してくれた。そして小学校についてはタカと話し合ったらしく保育園と小学校を完全に分けず、生活については皆一緒に、読み書き計算は段階的に教室を分けるようにしたいと言う。
「生活に必要なことって何度も繰り返して覚えていくでしょう?だから理解できなくてもちっちゃい頃から聞かせて、大きい子たちの行動を見せることが大事だと思うの。」
「そうですね。ちっちゃい子って何でも真似したがりますから。今、大きい子たちもいいお手本になろうって頑張ってますしね。」
「その言葉、あの大きな子どもたちにも聞かせてやんな。」
――大きな子どもたち……。ああ、魔導師コンビですね。
そういえば姿が見えないと思ったら、昼食後はすぐに帰っていったらしい。この調子でしっかりお仕事をしてもらいたいものだ。
「じゃあ、園と学校は分けない方向でいきますね。それからこれは社員寮のつもりで設計してもらったんですけど、孤児たちの宿舎にしようと思ってるんです。」
私はもう一枚設計図を広げる。
「館に住むわけにはいかないの?」
「この生活を基準にしてしまったら、成人して王都に暮らすようになったり、竜人族の国に帰ったときに困ると思うんです。王都の下町にこんな館はありませんから。」
「そうね。でも、皆個室だと小さい子たちは不安になったりしないかしら?」
「元が社員寮で、大人が生活する前提ですからね。それなら見習いからは個室で、それまでの子どもたちは大部屋にしたら今と変わらないですよ。」
シノは子どもたちのことをいつも一番に考えている。そこで私は一つの考えを口にした。
「子どもたちのことはシノさんとタカさんにお任せしてもいいですか?」
「私たちに?」
「ええ、子どもたちのことを一番よくわかってるし、適任だと思うんです。」
シノは驚いていたが、ゆっくりと頷いてタカと相談すると言った。
玄関のチャイムが鳴るより早く、馬車の音を聞いて玄関へ走る私を見てリゼルダはため息をつき、玄関全開で待ち構えている私にアルフレッドは笑った。
「待ってましたよ。」
「そのようですね。どこに運びましょうか。」
「えーっと、それは……考えてませんでした。」
「一階の端の部屋が空いてるよ。」
玄関を入って左に応接室と二つ部屋を挟んで御園夫妻の部屋がある。反対の右側には食堂と調理場と洗面浴室があり、一番奥に以前使用人が使っていたらしい部屋があった。
「じゃあ、そこにお願いします。」
「道具も全て揃えてあるし、ジグセロに頼んで糸も用意してもらいましたよ。」
――はぁー。さすがアルフレッドさん、細やかな気配りに感謝です。
「うるさいから夜は使うんじゃないよ。」
「はい!」
木工工房から職人さんが二人来ていて、部品を中に運び始めた。
「ここで組み立てるんですね。完成品が届くのかと思ってました。」
「そんなことしたら到着する前に壊れちまうよ。」
リゼルダは呆れたように呟いた。
そういえばここは舗装された道がないから、馬車にしても揺れが酷かった。
――土魔術でアスファルトみたいにできないかな?それとも車輪をタイヤみたいにする?あっゴムってあるのかな?
一人でぶつぶつ考えていたら、いつの間にか玄関に一人取り残されていた。あわてて奥の部屋へ行くと、職人さんが組み立てを始めていて、アルフレッドは調理場でリゼルダにお茶を入れてもらっていた。
「完成したらちょこっとだけ触ってみてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。注文通りにできているか確認してください。」
「あんまりはしゃいで変なもん撒き散らすんじゃないよ。」
リゼルダの言うことは的確すぎて反論のしようがない。
私も一緒にお茶を飲みながら、工房計画について話しをしていく。
「今回は建築工房に依頼することになりますが、どこに頼みますか?」
「どこと言われてもさっぱりです。オススメはありますか?」
「それなんですが、私の専属ばかり紹介するのは不公平だと不満が出ているんですよ。」
「それはわからなくもないですが、私も安心して任せたいですからね。」
今、王都には建築工房が三つあり、特に優劣があるわけではないという。
「専属って全ての分野で決めないといけないんですか?」
「そんなことはないですよ、だが職人たちは専属になって、確実に仕事を得られる方がいいでしょうね。」
「だったら今回は全部の工房に発注しましょう。工房の建設は急ぎですから。でもそれぞれ勝手に建ててもらうと困るので協力していただきます。」
「それはかなり難しいですね。工房同士は競い合うことがあっても協力したなんて話しは聞いたことがないですから。」
「とにかく協力できるか聞いてみてください。できると回答した工房に発注します。」
私は調理場と食堂を中心にその回りを囲むように工房と保育園+学校を建てるつもりなのだ。協力しないと建物が上手く繋がらない。その後には孤児たちの宿舎や、住み込みなら寮も建てなければならない。
「私の仕事を請けようと思ったら、今までの常識は捨てていただきます。新しい仕事に挑戦したいという方を紹介してくださいね。」
私だけ常識が通用しないのはもう嫌なので、今度は私の常識を覚えてもらおうという魂胆だ。
私はリゼルダにカウンターをつけて、摘まみ食いを阻止する計画を話すと、即許可が出た。
「すみません。組み立てが終わったんで、確認お願いします。」
木工工房の職人さんが厨房の入り口から声をかけてきた。
「はいはーい。行きまーす。」
私は織り機のある部屋へと走っていく。そこには私の知っている織り機があり、新しい木のいい匂いがしていた。触ってみると丁寧に磨かれていて、ツルツルとしていてとても手触りがよかった。
筬の動きもスムーズで、トントンと動かしてみると私はお鶴になった気分だった。
「どうだね、リオーネ。」
「今のところ問題はありません。後は実際に織ってみないとわかりませんね。」
「では、使ってみて良ければまた発注するということでいいかね?」
「はい、工房には十台置きたいと考えていますが、織っている過程で改善点が見つかるかもしれないので、しばらく待ってください。その間に調理場にカウンターをつけてもらいたいんですけど、お願いできますか?」
木工工房の職人が次の織り機に取り掛かるのがすぐでなければ大丈夫だと言ったので、調理場へ移動してリゼルダと相談しながらカウンターの大きさ等を決めていった。
「アルフレッドさん。代金は私の口座からお願いします。」
「では、手続きをいたしましょう。」
こういうときにアルフレッドがいてくれることで、商業ギルドに行く手間が省けるのはものすごく助かる。
このままだとこちらの世界でも引きこもり在宅ワーカーになりそうだ。
その日、帰宅してきたエレインに頼み込んで、私の工房構想を設計図にしてもらった。報酬は癒しとエレインの大好きなうどんだ。。
「うどんいつ食べられる?」
「クラウスさんが暇なとき。」
「らじゃ。言っとく。」
その日は癒しだけして、うどんは力持ちが来てからとなった。
「ボスの癒しって桁違いだよね。寝なくても余裕で仕事できる。」
――いやいや、睡眠不足には効かなかったと思うんだけど。きっと寝なくても平気なのは若いからだよ。……うん?それって私の老化が桁違いに進んでるってこと?
重い現実にちょっとへこんだ。だが、こんなことでへこんでる暇なんかないのだ。早くお鶴になって恩返しをしなくては……。
織り機が使いたいあまりに思考がちょっと変な方向に突っ走りがちだが、大丈夫。昔から何かになりきって行動する性質なのだ。
すぐに織り機を使ってみたかったが、館の周辺に広範囲の防御魔術をかけて、境界に柵を建てたりなんだかんだしていたら数日が経っていた。
今日は実際に竜形に戻ってみることと、境界の場所を教えるためにガルー、トンガ、メメイ、コーダの四人を連れて外出した。
館の裏は草原が広がっていて、少し離れたところに川があり、その先の小高い丘の上まで防御魔術をかけている。柵は杭を打ってロープを張っていく簡単なものだった。
竜人族の子どもたちは竜形に戻ると七歳でも私の三倍はあって、皆かなり大きかった。
視界が広がり身体も大きくなるので、空間認識をすぐにできるようにならないと、生きていく上で危険が増してしまうのだ。
久しぶりに竜形に戻った子どもたちは翼を動かして少し飛んでみたり、走り回ったりしていた。
ガルーがメメイを追いかける。メメイはするりと木の下をくぐったが、追いかけているガルーの翼は木に引っ掛かってしまった。
人形なら屈んで通れても、竜形では翼がある分もっと体勢を低くするか木を避けなければならない。
「時々こうやって変形して感覚を鍛えていきましょう。でも危ないから絶対に境界を越えてはダメよ。それと変形は大人が一緒にいるときだけね。」
シノの言葉に子どもたちが揃って返事をする。
帰り道、私は竜人族の一歳と三歳の子たちが来ないことを不思議に思って、シノに尋ねた。
「ちっちゃい子たちは、今魔術で人形に固定してあるんですって。元々は竜形で生活していて、五歳頃までに人形になれるように練習を始めるらしいの。でも、竜形のまま王都に連れてくることはできないから魔術を使ったってクラウスさんに聞いたわ。」
あの巨体で泣かれたり、イヤイヤされても対処のしようがないので納得の理由だ。王都には竜人族もいるし、私たちではわからないこともあるので、保育士として一人雇った方がいい気がする。
――経営って面倒なことが多いね。丸投げできる人材が一番に欲しいよ。