魔導師コンビとアルフレッドの来訪
朝目が覚めて、ベッドの中で大きく伸びをする。
今日からはダンスの特訓もないし、いよいよ工房の立ち上げに向けて始動するのだ。
調理場へ行き皆の朝ごはんの用意をしながら、リゼルダに工房の話しをすると、なぜか怒られた。
「今日はいろいろと話しをしないといけないだろう?まったく。昨日殺されかけたってのに、のんびり工房の話しなんてしてる場合じゃないだろう。」
「やっとお披露目が終わったのに、また先延ばしになるんですか?いつになったら平穏な日々を送れるんでしょう?」
「平穏な日々の前に問題が山積みじゃないか。とにかく今日は、料理と今後の方針を決めることに集中しな。」
「はあい。」
私のヤル気が急降下していく。それに反して食堂でアリシアを見つけた子どもたちは喜んで大騒ぎだ。アリシアを囲んではしゃいでいる子どもたちを席に着かせて、朝食を食べる。
食後はリゼルダと市場へいく予定だが、歩きだとやっぱり時間がかかるので、何か移動手段がないか考えてみる。
「馬車が一番無難でしょうか?それよりどこかに転移陣を展開します?」
「そりゃあ馬車だろう。アルフレッドが来たら聞いてみな。手配してくれるよ。」
「主、我らが乗せることもできるぞ。」
「馬車より早いぞ。」
私たちの話しを聞いていた助格コンビが口を挟んできた。
「そうだったね。一度乗ってみたいと思ってたんだよ。リゼルダさんもどうですか?」
「おや、あたしも乗せてくれるのかい?」
「主の大切な者。リゼルダなら乗せてもいい。」
「楽しそうだね。それじゃあせっかくだからお願いするよ。」
朝食の片付けをしながら夕食のメニューを決め、買う物をメモしていく。準備をして外へ出ると、助格コンビが早く乗れと催促する。
最初に横向きで乗ってみたが、動くとバランスが取りにくいので、またがることにした。
「ねえ、毛を掴んで痛くない?」
「大丈夫だ、主。しっかり掴まっていろ。」
そう言って助格コンビが走り出す。
私の想像では、徐々にスピードをあげていき、風を受けながら颯爽と走っていくはずだった。だが実際はいきなりの猛スピードにしがみつくのがやっとで、目も開けられない状態だった。
南門の手前まであっという間に着いてしまった。
「速すぎるよ。リゼルダさん大丈夫ですか?」
「ああ、楽しかったね。また乗せておくれ。」
さすがは元冒険者。言うことが違い過ぎる。笑顔で格さんの身体を撫でているリゼルダを見ながら、密かに私の中で助さん格さんは移動手段から外された。
市場では、野菜をたくさん買う。肉食たちに少しでも野菜を食べさせるために、いろいろ考えて工夫しているのだが、キレイに残っていることが多い。実際子どもたちの方が素直に食べるので楽である。
イグレットバードは皆の大好きな唐揚げにするとして、バッセレイはマッシュポテトに巻いて焼くのと、厚切りにして焼いて、パプリカやネギで香味ソースを作ってかけようと思っている。子どもたちはハンバーグにしてお野菜をいっぱい入れることにした。
「夕食はいいとして、お昼はどうするんだい?」
「そうですね。サンドイッチにして外で食べましょうか。」
「じゃあ、卵とハムを買わなきゃね。」
久しぶりにのんびりと買い物を楽しんで館へ帰ると、ダルフォードとマルセロが迎えてくれた。
「招待したのは夕食だったと思うんですけど。」
「敵が気になって仕事が手につかんのじゃ。」
――前から脱走の常習犯であまり仕事をしているイメージがないんですけど。
「教えたら仕事に戻るんですね?」
「いや、聞いているうちに昼になるから、戻ってもすぐに来ることになるじゃろう?」
ここで食事をするのが当たり前になっているが、そもそもそれがおかしいのだ。私は以前から気になっていることを聞いてみた。
「魔導師団の寮の食事は美味しくないんですか?」
「美味しい美味しくないの問題ではないんです。健康のためと言っていろんな薬草が使われていますが、ある意味実験的な料理が出てくるんです。」
――薬膳料理の被験者ってこと?
「毎日毒を盛られている気分じゃ。」
「それは大変ですね。でも協力してあげないと進歩しないんじゃないですか?」
「わしは安心安全な食事がしたいんじゃ。」
「言い分はわかりました。でもこれから昼食の準備をしないといけないのでとりあえず応接室で待っててください。」
応接室と言ったのに、二人はなぜか調理場までついてきて当たり前のように座った。
リゼルダが呆れたように肩をすくめ、お茶を出しながら提案する。
「これからはいっそのことここで会合したらどうだい?お茶を運ぶ手間が省けるよ。」
「それはいくらなんでも失礼じゃないですか?」
「わしは構わんぞ。」
「私も同じく。」
本当にお偉いさんなのかと思う発言だが、二人がいいと言うので、昼食の準備を始めた。
「それでリオーネ、知っている敵とは誰じゃ?」
「ロドリア先生です。」
私の言葉に二人が驚いて固まっている。まあ私も信じられなかったし、その気持ちはわかる。
「ロドリアが……。研究に参加させるのは止めた方がいいかのう。」
「いえ、私も支援を宣言したばかりですから、少し様子を見ながら探っていきましょう。」
「魔獣の研究なら特に秘匿することもないので、問題ないと思います。」
「秘匿しなければならない研究もあるんですか?」
「ええ、私の個人的な研究はほぼ全てです。」
――個人的な研究ね。それって仕事に入るの?
「とにかく、他は敵意むき出しなのでわかりやすいんですけど、ロドリア先生のように笑顔で寄ってくる敵が一番厄介ですから、気をつけましょう。もちろん館への出入りはしてほしくないので、マルセロさん、間違っても一緒に連れて来ることのないようにお願いしますね。」
「わかっています。私も部屋には大事な研究資料がたくさんあるので入ってもらっては困りますから。」
私は以前魔術学院に行くときに通ったマルセロの部屋を思い出す。足の踏み場もないほど散らかっていたあれは研究資料だったらしい。
「そこ!摘まみ食いしないでください。」
ダルフォードの口がモグモグと動いているのを注意して出来上がったサンドイッチをアイテムボックスに入れていく。
飲み物はお茶とジュースだが、ガラスのピッチャーに入れて手をかざし魔力を流すと、真ん中の一部が凍る。イメージ通りにできて喜んでいると、目の前で起こった現象に魔導師コンビが身を乗り出してきた。
「リオーネは氷が作れるのか?」
「ええ、前に火球を飛ばすのにイメージすればその通りになるって説明しましたよね?その応用です。」
ダルフォードとマルセロはあの後私の言ったようにイメージしてやってみたが、上手くいかなかったと言う。どうやらイメージで魔力を扱えるのは召喚された者に限ったことらしい。
二人が早くリンネットを魔導師団に入れたいと言うが、敵だらけの危険な場所に大事な娘を行かせるわけにはいかないので、まずは敵を排除して安全を確保するようにお願いすると、魔導師コンビは俄然ヤル気になった。まあ、それはそれで心配ではある。
準備が終わると子どもたちに声をかけ、皆で外に出た。
引っ越しパーティーのときからタープが張りっぱなしなので、時々ピクニックランチをしているが、子どもたちは進んでシートを広げたり、テーブルを持ってきたりと上手にお手伝いをしている。
――やっぱり教育って大切だなあ。五歳以上の子はタカさんに基礎的な勉強を教えてもらおうかな?
こうして私の保育園計画に小学校計画が追加された。
昼食後はちょっと休憩してすぐに夕食の準備に取りかかる。今日は肉食たちが来るから下拵えが大変なのだ。
人数が増えたことに比例して調理場にいる時間も増えた。これから工房その他を作って仕事をしようと思ったら、料理人はすぐにでも雇った方がいいのかもしれない。
「リゼルダさん。料理人の件ですが、これから工房や保育園を作った場合それぞれに調理場を作るのと、一ヶ所に大きな調理場と食堂を作るのではどちらがいいと思いますか?それによって雇用する人数が変わってくるんですよね。それに館にはできるだけ人を入れたくないんです。」
「そうだね。どうせ工房や保育園は並べて建てていくんだろう?だったら昼食は皆で一緒に食べればいいだろう。だけど、朝夕の食事はどうするんだい?それにここはあたしらが勝手に使えなくなると不便だから、ここに料理人は要らないよ。」
「ですよね。織物工房、仕立て工房、保育園、小学校、を円形に配置して中央に食堂があれば、どこからでも行けて便利なはずです。館の隣に孤児たちの宿舎を建てて、朝夕はそっちの調理場と食堂を使いましょうか。それなら館の調理場はこのままで使えますし。」
「ちょっと待った。小学校ってのはなんだい?いつから計画に加わったのさ。」
「昼食を食べてるときに思いつきました。」
私が小学校について説明し、タカに教えてもらいたいと言うと、リゼルダのお説教が始まった。
「それはまずタカさんに打診しなきゃいけないことだろ?あんたが勝手に決めてどうするのさ。相談すれば皆協力してくれるんだ。一人で突っ走るんじゃないよ。」
リゼルダの言っていることはもっともだ。
今まで家のことも、子どもたちのことも全て一人で決めてやってきた。それに思い付いたら即行動の性格も合わさって、相談するという考えがなかった。
――私も報連相、ちゃんとしなきゃダメだね。
「はい、肝に命じます。」
私の気合いの入った返事にリゼルダはため息をつき、「まあ期待はしてないけど、頑張んな。」と言った。
夕食準備の合間に子どもたちのおやつを作っていると、アルフレッドが到着した。彼らの集合時間の感覚がさっぱりわからないが、相談することがあったのでちょうどよかった。
アルフレッドは来て早々リゼルダに捕まり雷を落とされていた。二人の話しには入る気がないので、私はおやつを作りながら待つ。
「やあ、リオーネ。馬車が欲しいと聞きましたが。」
「ええ、そうなんです。歩くと時間がかかるし、今日は助さんに乗せてもらったんですけど、実用的ではなかったですね。」
アルフレッドは少しばつが悪そうに調理場へ入ってきて、こちらも当たり前のように座った。私はお茶を入れてアルフレッドに出してからおやつ作りに戻る。
「リオーネが乗るなら城にあるような豪華な物じゃないとダメですね。」
「どうしてですか?小さい馬車で十分ですよ。」
「パンディアの称号に相応しい物を使うべきではないかね?」
「派手な馬車で市場へ行くんですか?悪目立ちするのはイヤですよ。」
私とアルフレッドの話しが噛み合わない。二人でああ言えばこう言うを繰り返しているとリゼルダがドンと調理台を叩いた。
「リオーネの格に合わせた馬車じゃ、あたしが使えないじゃないか。」
まだ怒りが消えていないリゼルダのお小言に、私とアルフレッドは顔を見合わせて肩をすくめた。
――できることなら車が欲しいんだよね。
私は車を魔術で動かせないかいろいろ考えてみたが、さっぱり思いつかなかった。これはエレインの得意分野なので、今度聞いてみようと思ったが、エレインは調査が忙しくて最近ゆっくり話していないことに気づいた。
「アルフレッドさん、料理人についての調査は終わったんですか?」
「ええ、五人ほど貴族が送り込んだ者がいましたよ。最終的な面接でリオーネに鑑定してもらった方がいいと思うんだが、どうかね?」
「その方が確実ですね。それと、ここの調理場は私とリゼルダさんが使うので料理人はいりません。そのかわり、これから作る施設内にそれぞれ調理場を作るのではなく、どの施設からも利用できる大きな調理場と食堂を作ろうと思っています。それと館の隣に孤児たちの宿舎を建てようと思ってます。」
「館ではダメなのかね?」
「あの子達はいずれここを出て、王都に住むか、国に戻るかの選択をすることになりますから。館での生活が基準になってしまうと、後々大変になると思うんですよね。」
「確かにそうですね。では宿舎は一番に取りかかった方がよさそうですね。」
「はい、設計はエレインに頼んであるので、帰ってきたら聞いてみます。」