謎の男と僅かな希望
「お前たち、ここで何をしている?」
すぐ近くまで来ているのに全く気づかなかった。驚いて固まっている私たちに、男性はもう一度声をかける。
「言葉がわからないのか?」
「いっ、いえっ、わかります。大丈夫です。突然だったのでびっくりしちゃって。」
あわてて返事をするも、男性は訝しげな顔を見せる。年齢は五十半ばぐらい、つばの広い帽子からシルバーブロンドの髪がちらりと見える。服装と持ち物から推測すると……庭師さんではないかと思う……。
「異国の者か?」
――お願いだから質問しないで。まだその辺どうするか話し合ってないんだよ。
答えに困って顔を見合わせる私たちに、男性が少々苛立っているように見える。私は御園夫妻にとりあえずの返事をするので、あとで擦り合わせをしようと持ちかけ、許可を得て男性に向き直る。
「あの……ですね。道に迷っちゃって。あっ、でもさっき教えてもらったんで、これから街に向かうところなんです。」
――あああ、露ちゃんと凛ちゃんが半目になってる。無理があるのはわかってるよ。王様ん家の敷地で迷子とかありえないから……。
笑顔をひきつらせている私に露里が囁く。
「あの人鑑定して。」
――なるほど、露ちゃんさすがです。
男性に聞こえないように小さな声で「鑑定」と言うと、目の前にステータスが現れる。
◇◇◇
ウォルフ Lv43 アサシン オルドラ王国 騎士団所属
HP3016/3016
MP2433/2433
属性 火 風
スキル 隠密 諜報
――近づいてくるのに気づかなかったのは、スキルを使ったからかな。……オルドラ王国……うまくいけばこの国から出られるかもしれない。
「貴方も異国の人なんですね。」
私の言葉にウォルフが目を見開いた。「なぜ、それを」彼はそう言って僅かに体勢を低くした。
「失礼かとは思いましたが、鑑定させていただきました。」
「鑑定……ってことはあんたら異界の者か?」
「異界ではなく、異世界です。」
「何が違うんだ?」
「何が?一文字無ければ大違いです。異界の者って言ったら幽霊とか妖怪みたいじゃないですか!」
「幽霊……?妖怪……?」
絶対に譲れないと反論する私に凛華から「そこ、どうでもいいし。」と突っ込みが入るが、ウォルフは警戒態勢を保ったまま話を続ける。
「異世界人がなぜここにいる。」
「追い出されたからです。」
「なぜ……。」
ウォルフの困惑が警戒感を上回ったように見えた。
「なぜ、なぜ、って聞かないでください。私たちだって突然異世界に飛ばされて、目障りだって追い出されて、わけがわからないんですから。」
八つ当たりなのはわかっているけれど、押し込めていた怒りが溢れ出してしまった。
「いや、すまない。……もしよければ俺たちと一緒に来ないか?」
ウォルフからは完全に警戒感が消えていた。
正直うれしい提案だった。この国から出たいし、一緒に行けば宿や食事もなんとかなると思う。でも信用してもっと大変なことになる可能性も否定はできない。
私一人で決められることでもないので、少し時間をもらって皆で相談させてもらう。
「助けてくれるなら、いいんじゃない?」
「助ける振りして売られたりしたらどうすんの?」
「潰す。こうやって。」
そう言って凛華が右手を出すと、手のひらから竜巻のように渦巻く炎が現れた。皆が揃って息をのむ。
――この思春期娘、魔力を得て強気になってる。これが厨二病ってヤツなのか?
「このまま私たちだけで行動しても、先が見えないのは同じことです。全てを疑っていては進めなくなってしまう。僅かな希望でもあるなら行きましょう。」
貴文の言葉に忍が笑顔で頷く。露里の意見も聞こうと思ったが、見当たらない。「おいっ。」という声に振り向くと、木の枝に足をかけて逆さまにぶら下がった露里がウォルフの首にナイフを突きつけていた。
「騙して利用しようとしたら、いつでもヤれる。」
「わかった。そんなことは絶対にしない。命をかけて約束する。」
アサシンであるウォルフが完全なる敗北を認めた。
「何なのその動き。普段は買い物に付き合わせただけで筋肉痛とか言ってるくせに。そのナイフもどっから出てきた?」
「拝借した。」
「ああ、俺のナイフだ。」
「とにかく、ナイフを返して木から降りて。直ぐ!即!」
「うぃー。」
――うぃー。じゃないよ!異世界来てから露ちゃんも凛ちゃんも過激になってない?
「あんたたち、やけに静かだと思ったら、自分らだけスキルや魔法の練習してたんだ。そういうのずるくない?」
「お母さんもやればいい。」
そう言って凛華は手のひらの炎を大きくした。
「今はそれより考えることがいっぱいあるでしょ!」
「考えるのはおまかせする。」
そんなやり取りを呆れ顔で見ていたウォルフは私と御園夫妻に今後の予定について説明してくれた。
今ウォルフはこの国に冒険者として来ていて、庭師に扮して城へ潜入していること。それと街には仲間がいること。
それぞれが諜報活動を行っているが、情報が曖昧で確証が得られないため、まだしばらくはこの国にいるということ。
「詳しいことは仲間も含めて話したい。そのときはそちらの詳細も隠さず話してくれ。」
ウォルフの言葉に私も御園夫妻も頷いて了承した。