エスコートと敵
お披露目の時間が近づくと私たちはそれぞれ個室に通され、湯浴みをして着替える。
紙を結い上げドレスを着せてもらうと侍女たちが驚きの声をあげ、小声で質問してくる。
「リオーネ様、これはどちらで仕立てられたのですか?」
「このようなデザインは初めて見ます。とてもおキレイですわ。」
「ありがとうございます。」
侍女たちの興奮具合から詳しい説明をすると長引きそうだったので、ここは笑顔で流す。
私はパンディアの地位と購入した領地を治める権利を得たこともあり、お披露目は最後の入場になるらしい。
準備が終わると侍女たちは挨拶をして退出していく。
「では、エスコートしてくださる方がお迎えにいらっしゃるまで 、このままお待ちくださいませ。」
――そうだった!忘れてた。エスコート。
思い出した途端にドキドキしてきた。キャサリンになるために、リゼルダの厳しい特訓に耐えてきたのだ。
ヴィンセントとのダンスを想像して自然と顔がにやけてくる。手を頬に当て必死に抑えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ。」
ガチャリと扉が開いて中に入ってきたのは……ヴィンセントではなかった。
「クラウスさんどうしたんですか?」
「いや、時間になったから迎えに来たんだが。」
「えっ?ヴィンセントじゃないの?」
「誰だ?」
二人の間に沈黙が流れる。
「えーと、エスコートはギルド長だと思ったんですが……。」
「ギルド長は俺だ。」
「いや、ギルド長はもっとこう、鬣がフサフサで。」
「俺は獅子人族だと言ったはずだが。」
「そう……ですね。聞いた気がします。でもギルド長だとは聞いていませんよ!」
「冒険者登録のときに言ったはずだぞ。」
――あああ、ヴィンセントに舞い上がってて、全く聞いていませんでした。
「どうして今日は獣人形じゃないんですか?」
「公式行事だからだ。」
私の夢が崩れていく。キャサリンになれると思って頑張ってきた日々を思い出すとガックリと力が抜けてしまった。
「大丈夫か?もう時間になるぞ。」
そう言って私に差し出されたては毛むくじゃらだった。驚いて顔を上げると獣人形になったクラウスが一度ため息をついて微笑んだ。
「部屋を出るまでだ。」
正装したヴィンセントに私のヤル気が復活した。私はクラウスの手をとって立ち上がり、部屋を出るまでゆっくりとエスコートしてもらった。
――写真撮って欲しかったー。露ちゃん戻ってきてー。
部屋を出て見上げると、いつものクラウスに戻っていた。
――いざ、出陣!
広間の入り口にはリンネット、御園夫妻の順で入場を待っていた。
「ねえ、何でボクだけエスコートしてもらえないの?意味わかんないんだけど。」
「成人してないからだよ。ルビーと一緒だし、エミリアとお揃いのドレスなんだから、細かいことは気にしないの。ほら、ブータレてると可愛いのが台無しだよ。」
広間の中から声が聞こえる。長い挨拶のあと、私たちの紹介が始まった。「特級魔導師、リンネット様。」目の前の大きな扉が開かれて、ルビーを抱いたリンネットが広間に入っていく。「賢者、タカ様。特級聖女、シノ様。」タカがシノをエスコートして、ロフティが左肩に乗っている。シンレイはシノの後ろをしっぽを立てて優雅に歩いて行った。
広間の中がざわざわしている。そして最後は私の番だ。「この度パンディアの称号を授与され、旧グレディオールの領地を治めることになりました。聖母、リオーネ様。」
ざわめきが一層大きくなる。私はリゼルダに言われたように背筋を伸ばし、顔を上げて笑顔で一歩ずつ優雅に歩く。そして後ろからは助さん格さんがついてくる。昨日嫌がるのを無理やり洗浄したので、艶々でフカフカのモッフモフなのだ。
私たちの入場が終ると、リュシアン陛下の言葉があり、舞踏会の始まりだ。
主役の私と御園夫妻が最初に踊らなくてはならないので、ホールの真ん中まで歩いていき、音楽が始まるのを待つ。
――ホントに目がチカチカするよ。舞踏会っていうよりカーニバルって感じだね。
「リゼルダと特訓していたようだが、踊れるようになったのか?」
「なんとか合格はもらいましたけど、踏んづけちゃったらごめんなさい。」
音楽が始まると、クラウスのリードで踊りだす。
――はぁ、これで獣人形だったら完璧なのに。残念。
一曲終わると周囲から何組も出てきてすぐに二曲目が始まる。私はやっと終わったと壁の花になろうとしたが、そうはいかなかった。
「一曲お相手願えますか?」
手を差し出してきたのはアルフレッドだった。
「まさかここでテストですか?」
「いやいや、先程のダンスで合格ですよ。」
アルフレッドはずっと練習に付き合ってくれていたので、とても踊りやすかった。
「リオーネ、注意深く周囲を見ておきなさい。敵は思ったより多いですよ。」
「そうみたいですね。近いうちに一度集まって話したいと思っています。」
「いつでも声をかけてくれて構わないですよ。」
「ありがとうございます。そうだ、工房計画も始動しますよ。」
アルフレッドとのダンスも終わり、今度こそはと壁に向かって突き進む私の前に立ちはだかったのはロドリアだった。
ダンスの誘いじゃないことに安堵して微笑む。
「ロドリア先生。お久しぶりですね。お元気そうでなによりです。」
「リオーネ様、この度はお口添えしていただきありがとうございます。マルセロ様より研究に参加しないかとお誘いいただきました。」
周囲から「おおっ」という声がいくつも上がる。。「マルセロ様の研究に参加できるのか。」と何人もの人が驚嘆していた。私にはマルセロがすごいと言われていることの方が驚きだ。
「ロドリア先生の研究は私が全面的に支援いたしますよ。」
喜ぶロドリアの後ろで私を睨み、唇を噛むトリーデの姿が見えた。
どんどん人が寄ってきて全く壁に近づけない。そんな中モーセのように人垣を割ってリンネットがエミリアと一緒にやってきた。
「お母さん何してんの?」
「囲まれて動けなくなったんだよ。助かったー。」
「何のためにウルフを連れてるの?常に側に置いとかないと意味ないでしょ。」
――はい、ごもっともです。
私が助格コンビを探して辺りを見回すと、クラウスと一緒にお肉を食べているのを見つけた。
――肉食どもめ。
私はリンネットたちと人垣を抜け出して、肉食たちの元へ移動した。クラウスと助格コンビは私に気づくと幸せそうな顔で声をかけてきた。
「リオーネ、ダンスは終わったのか?」
「主、これはなかなか美味いぞ。」
「それはよかったですね。でも私の守りが全くないんですけど?」
私の指摘に肉食たちがシュンとしている。
「明日はイグレットバードのお肉を出すから、交代で守ってくれる?」
「「「わかった。」」」
なぜか返事が三重に聞こえた。だが、聞き間違いではなく最初にクラウスが守りについてエスコートしてくれた。
――明日の夕食は多めに作らないといけないね。
そこへエミリアが両親を連れてやってきた。
「リオーネ様。いつも子供たちがご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません。エミリアからいろいろと聞いて寿命が縮む思いをしております。」
エミリアの父親が開口一番に謝罪する。
「いえ、きちんと対価交換しているので迷惑だなんてとんでもないです。今回はジグセロさんに協力していただいたお陰でドレスができましたし、感謝しています。」
「そのドレスはどこで仕立てましたの?」
突然女性が話しに割り込んできた。そしてその顔には見覚えがあった。いつかの高級レストランで見た顔だ。少し離れたところに嫌味少女もいるので間違いない。
だが、話しをしているのはパンディアの称号を受けた私と上級貴族のエルドリア夫妻だ。下級貴族が口を挟むなんて、こちらの世界の常識で言えばあり得ない。エルドリア夫妻は気にせず話しを続けた。
「ステキなドレスもプレゼントしていただいて、エミリアが喜んで何度も着て見せてくれましたよ。」
「ちょっと、わたくしのお母様を無視するなんて失礼よ!どこで仕立てたかって聞いてるの!早く答えなさい!」
嫌味少女の発言に周囲が凍りついたように沈黙が広がった。
――はぁ、こういうのを見ると、躾って大事だなって思うわ。
私がエルドリア夫妻と顔を見合わせていると、嫌味少女の前にリンネットが進み出て正面に立った。
「このドレスはお母さんがボクとエミリアのために作ってくれたの。愛情たっぷりのオーダーメイドだから、どこのお店でも売ってないよ。」
いつもならキーっとなって捲し立てるように怒っているはずなのに、今日は穏やかな笑顔で答えている。
――毒でも盛られた?
母親は周りの視線に耐えられなかったのか、嫌味少女を引きずるようにして離れて行く。それを見てエミリアがリンネットを抱きしめる。
「リンネット、ステキだったわ。やればできるじゃない。」
どうやらエミリアに貴族としての対応を教えてもらったみたいだ。
「エミリアは立ち居振る舞いの先生なのね。」
そうリンネットに聞くと、思わぬ答えが返ってきた。
「立ち居振る舞い?何それ。ボクがエミリアに教えてもらったのは、貴族のケンカの仕方だよ?」
――あー。そっちか。
エルドリア夫妻が慌てて謝罪したのは言うまでもない。
リンネットとエミリアはなかなかいいコンビのようだ。それにしても、今日はマルセロとジグセロを見ていない。私はエルドリア夫妻に二人について聞いてみる。
「今日はマルセロさんとジグセロさんは来ていないのですか?」
「ああ、あの二人ならそこにいますが、何をしにきているんだか。」
そう言って広間の角を指し示す。そこには料理の入った皿を抱えながら話し込むマルセロとジグセロとダルフォードがいた。そこの一角だけ完全に空気が違っている。
「本来ならこういう場でお相手を探すものですけど、いつもああなので期待はできませんわ。」
――母としては心配だよね。わかるわかる。露ちゃんもお年頃なのに、そういうのさっぱりだもん。
「リオーネ、少し離れる。ウォルフだ。」
クラウスが耳元でささやき私が頷くと、助さんと格さんがやってきて、途端に周りが広くなった。
私はエルドリア夫妻と挨拶を交わし、見つけたついでに異様な空気を醸し出している一角へ向かった。
「皆さん、こんなところで何をしているんですか?」
「おお、リオーネ。久しぶりじゃのう。ダンスもなかなかじゃったぞ。」
「ありがとうございます。で、こんなところで何を?」
「腹ごしらえと研究談義ですよ。」
「舞踏会ですることじゃないでしょう。」
この人たちは場所が変わろうといつも通り過ごすらしい。エルドリア夫妻の諦めに納得する。
「リオーネさんこそ、こんなところにいてもいいんですか?」
「私はもう仕事をやり終えたのでいいんです。」
「お近づきになりたい方は多いようですが。」
ジグセロが周囲を取り巻く人を指す。
遠巻きにこっちを気にして、チラチラ見ている人はたくさんいるが、話しかけてこないので放置でいいのではないかと思う。
「敵が多いみたいですけど、よくわからないので、誰とでも仲良くってわけにはいきませんよね。鑑定で敵ってわかればいいのに。」
何気なく言った私の言葉に反応して、広間にたくさんの矢印が現れた。
「敵がわかっちゃいました。」
私の呟きに三人が私へ顔を向ける、驚きに目を見開き、口いっぱいの食べ物をモグモグしながら……。
――この人たちも大概緊張感ないよね。
三人とも何か言いたいのだろう。一生懸命咀嚼して口の中を空にしようとしている。最初に飲み込んだのはマルセロだった。
「なぜわかるのですか?何をしたんですか?」
「私は今何も考えずに言ったんですけど、たぶん以前薬草を採取したときに、マルセロさんに鑑定の使い方を教わりましたよね。それと同じです。(鑑定)で(敵)ってわかればいいのにって言ったので、発動したと思われます。」
「素晴らしい。さあ敵をしっかり覚えてくださいね。」
「それは無理ですよ。知らない人ばかりですから。あれ?でも知ってる人もいる。」