ドレス作りとエレインの報告
私がドレス作りに専念できるようにと、ちびちゃんズは竜人族の子どもたちと一緒に寝ることになった。眠たくなったら泣くんじゃないかと心配していたが、皆と過ごすことが嬉しかったようで、大騒ぎして走り回り、電池が切れたように寝てしまったと報告を受けた。
――母としてはちょっとさみしいかな。正直助かるけど。
私は必要な布や物を書き出して明日に備える。そしてローブの刺繍を始めた。
スキルのお陰ですいすい刺せるし癒しを使えば疲れ知らず。調子に乗ってローブの刺繍を終わらせた頃には空が白んでいた。
このときわかったことが一つ。眠気は癒しではどうにもならない。私は半ば崩れるようにベッドに倒れ込んだ。
エレインに起こされて食堂に行くと、皆朝食を終えていた。
「ずいぶんと遅かったじゃないか。」
「朝方まで刺繍に没頭してしまって。まだ眠たいです。」
リゼルダは呆れたように言いながらも朝食を出してくれた。
「早くしないと、アルフレッドが迎えに来ちまうよ。」
「アルフレッドさんも来るんですか?」
「あいつが来ないわけないだろう。さあ、さっさと食べちまいな。」
「はーい、いただきます。」
――うーん、知ってはいたけど四十過ぎると寝不足が辛いわ。
私は何度も欠伸をしながら朝食を終えて、片付けをする。ちょうど終わった頃迎えの馬車が到着した。
アルフレッドとティオーラと向かったのは、以前行ったタウゼン商会ではなかった。
「他にもお店があったんですね。」
「どんな店でも一店だけということはありませんよ。」
アルフレッドが笑いながらお店の扉を開けてくれた。中に入ると見たことのある顔と、作ったことのある装飾品が目に飛び込んできた。
「いらっしゃいませ。リオーネ様。お待ちしておりました。」
「おはようございます。ジグセロさん。お久しぶりですね。」
どうやらジグセロのお店らしいが、目的の布はどこにあるのだろうか。見回した限りは装飾品が主で、ところどころに稀少な素材が置いてあるだけだ。
「えーと、布はどこでしょう?」
「こちらへどうぞ。」
そう言ってジグセロは店の中を通りすぎ、奥の部屋へ入っていった。
そこにあったのは、天井まである棚に四方を囲まれ、そこに少しずつ色の違う布が入れられた部屋だった。下から上にいくにつれて色が薄くなっていき、キレイなグラデーションになっている。そして格棚には布と同じ色の糸まで揃っていた。
私のテンションが一気に上がる。
「すごいですね。感動しました。」
「先行投資です。お安くしておきますよ。」
――先行投資って何?この兄弟、ホント何を考えてるかわかんないから怖いよ。
「何がお望みですか?」
「専属商会を希望します。」
これだけの物が揃うのなら専属商会にするのは悪くない。それでも一応アルフレッドに確認してみる。
「アルフレッドさん、どうなんでしょう?専属がよくわからないんですけど。」
「専属を決めたら、基本的に同業他店で買い物をすることはなくなります。ジグセロなら必要な物は全て揃えてくれるんじゃないですか?ですが目的はそこではないですよ。」
「他に何かあるんですか?」
「ジグセロは解体場を持っていますからね。今後は解体を独占したいということでしょう。」
私としては何の問題もないが、一応帰って会議にかけることにする。いつも勝手に決めて怒られているので、少しは学んだのだ。
「私も正直これほどの物を揃えているとは思いませんでしたよ。」
アルフレッドは当初他のお店に行く予定だったが、ジグセロから是非にと言われ来てみたのだと言う。
私はメモを見ながらティオーラと一緒に選んでいく。シノのドレスに使う淡い緑をとってもいくつかあるので、和柄の布を取り出して一枚ずつ合わせてみる。
当然のようにジグセロが食いついてくるが、今日は相手をしている余裕はないので、アルフレッドに丸投げして布選びに集中した。
結果、大満足の買い物ができた。他にも何件かまわり、必要な物を揃えた。
ドレスを作り始めてから、ティオーラは毎日通って手伝ってくれた。休憩時間にはずっとノートを見つめ、時々質問してくる。
「リオーネさんの世界の服ってとってもステキですよね。羨ましいです。私だったら一日中クローゼットを眺めてるかも。」
――あー、ごめんなさい。これ普段着るようなもんじゃないから。完全に誤解しちゃってるね。
当然リゼルダのダンスレッスンも休みはないので、睡眠不足と戦いながら作業して、ドレスが出来上がったのは面会の五日前だった。
リゼルダはすぐにでも衣装合わせをしようと言ったが、主要メンバーを呼んで感想を聞きたかったので翌日召集することにして、その日は久しぶりに爆睡した。
翌日、ゆっくり寝て完全復活を遂げた私は朝食の準備と平行してクッキーを焼いた。ちびちゃんズと一緒に過ごしてくれた子どもたちにお礼のおやつと、衣装合わせのときに出すお茶菓子だ。
子どもたちは朝食を食べながらもクッキーの焼ける匂いにそわそわしている。
「クッキーはおやつの時間に出すから、いっぱい遊んでおいで。」
そう言うと皆笑顔で返事をして、駆け出していった。最近は年長組がちっちゃい子と上手に遊んでくれるので、私たちもゆっくり朝食を食べることができるうようになった。
リゼルダは朝からずっとドレスの話しをしている。何気に一番楽しみにしているようだ。
そう思っていたが、他にも待てない人がいたようで皆が続々と集まり始めた。
「遅れるよりはいいですけど、皆さんいつも早すぎませんか?」
私の言葉は揃って笑顔で流された。
ティオーラに手伝ってもらって、シノと私とリンネットが着替える。ティオーラはずっと「ステキです。」と繰り返しているし、リンネットは最初に完成してからもう何度も着ているのに鏡を独占して、後ろをチェックしたり回ってみたりしていた。
シノはスクープドネックのエンパイアドレス。若草色で特に飾りは付けず、その上に白い和柄の布で作った長袖のノーカラーボレロを着る。エンパイアドレスなのでボレロの丈は短めにしてある。
リンネットはハートシェイプドでパフスリーブの五分丈袖に五段フリルのワンピースを白い布で作り、赤いワンピースをバスクコルセットスカートに作り替え上に重ねた。中にパニエを履いてふんわりさせているので、スカートがバルーンのように広がっている。
胸元に大きなリボンを付けて、中央にルビーと同じ色の大きな楕円形のブローチを付けた。白いハイソックスと赤いエナメル靴はワンピースと一緒に持ってきた物だがぴったりだった。
私はスクエアネックにアンブレラスリーブ、バスクウエストのAラインドレス。胸元とスカートの下三分の一にビーズを使って刺繍をしてみた。
ドレスを着たシノが微笑む。
「リオーネさん、ありがとう。とてもキレイだわ。」
「喜んでもらえて私も嬉しいです。では行きましょうか。」
私たちはちょっとドキドキしながら応接室に入っていった。
並んだ私たちを見た一同はじっと見たまま誰も何も言わない。いいのか悪いのかわからず、不安になってきた頃リゼルダが大きな声を出した。
「いいじゃないか。皆とっても似合ってるよ。」
――よかったー。変に間があくからダメかと思ったじゃん。
先に着替えていたタカはライトグレーの燕尾服にアスコットタイとハンカチをシノのドレスと同じ色で揃えた。
アルフレッドは自分もアスコットタイを付けたいというので、和柄のスカーフをプレゼントした。
そしてエミリアにはリンネットとお揃いの青いドレスを広げて見せると、勢いよく立ち上がって口をパクパクさせている。
「サイズを合わせたいから着てみてくれる?リンちゃん手伝ってあげて。」
そう言うと二人は笑顔で隣の部屋へ駆け込んで行った。
私は窮屈なのが嫌だったので、汚れるといけないからと言ってすぐに着替えてエミリアのサイズを調整した後、リゼルダとお茶を入れに厨房に向かった。
「これで教えた通りにできれば完璧だよ。しっかりおやり!」
「そうでしたね。ドレスを作り終わって燃え尽きるところでした。」
「何言ってんだい、勝負はこれからだよ。」
――えーと、なんの勝負でしたっけ?
応接室でお茶を飲みながらジグセロの専属について話しをしていると、エレインが窓から入ってきた。
「そこは入り口じゃないんですけど。」
「そんなことより、アリシアさん見つかった。」
エレインの言葉に皆が集中する。
「どこにいたの?無事なの?」
「無事っちゃ無事だけど。助けなきゃ。」
エレインの話しをまとめると、王都の下町に居なかったことから、捜索範囲を広げて貴族街の方に行ってみると、アリシアがサーチにかかったというのだ。
アリシアがいたのは修道館だった。修道館の地下にある独房にいるが、一応食事は出ているという。
「灯台元暗しでしたね。」
「追放したと言われて、修道館には居ないものと思っていたからな。」
「どうやって助けたらいいんでしょう?」
地下なので窓もないし、修道館に入ればすぐに見つかってしまう。
「独房の鍵はすぐに開けられる。人が少なければ連れて出るのも簡単だけど、できれば佐平次を貸して欲しい。」
エレインの作戦は、佐平次と二人で独房へ行き、アリシアを佐平次に乗せて出てくるというものだった。
佐平次なら影に入れば行きで見つかることもない。そうなると助けに行くのはお披露目のときになる。
上級聖女が舞踏会へ向かうのに何人かは中級聖女が付き従う。修道館の夕食時なら他の下級、中級聖女たちは皆食堂にいるはずである。
そして、修道館の独房は反省室と呼ばれ、見張りなどはなく、皆の食事が終わった後に食事が配られているようだ。
「エレインは面会が終わった後、ウォルフと共に修道館に向かえ。」
クラウスの指示に二人が無言で頷いた。