実習と成長
「あら、今日は授業参観なの?それとも一人じゃ怖くて学院に来られない小心者なのかしら?」
朝から嫌味全開の少女はエミリアの座っている後ろの席なので、上級魔導師の下級貴族になるはずだ。
上級魔導師は各席に一人もしくは二人座っているが中級から下級魔導師になるとその数は多くなっていた。
リンネットは特級で私はそもそも魔導師ではないので、どこに座ればいいのかわからない。
エミリアが自分の隣へ座るように言うと、嫌味少女が口を挟む。
「まぁ、エミリア様。席順は階級と地位で決まっていますのよ。あの方たちは目の前の席に座ればよろしいのでは?」
私たちの目の前の席というと下級魔導師の庶民の席だ。エミリアが立ち上がると同時に私たちの後ろから教師と思われる女性が入ってきた。
「何をしているの?授業が始まりますよ。ああ、あなた方の話しは聞いています。そこの空いた席にお座りなさい。」
教師が示した席も嫌味少女と同じ下級魔導師の庶民席だった。私は別にどこでもいいが、リンネットはエミリアと対角線上の一番離れた席に明らかに不満そうな顔をしていた。
一限目に魔力攻撃についての講義を受けて、二限目から訓練場に移動して実習する。
今日の実習はそれぞれが持っている属性で五十メートルぐらい先の的に攻撃を当てることができれば合格らしい。
私はリンネットと一生懸命呪文を覚えようとするが、長い上に言葉が違い過ぎて語呂合わせもできない。とりあえず火属性の攻撃呪文だけ覚えると、一限目は終わってしまった。
二限目は訓練場なので、エミリアが案内してくれるが、リンネットはエミリアと一緒に授業が受けられない不満を垂れ流しながら歩いている。
実習では上位の者から実践していくので、私たちは最後になる。
まずはエミリアが的の前に立ち、手のひらの上に水の塊を作り出す。そして手のひらをまっすぐ的に向け呪文を詠唱する。
詠唱し終わると、水球は勢いよく的に向かって飛んでいき、的の真ん中よりやや外側に命中した。
「良くできました、合格です。腕の角度を調整して真ん中に当たるよう練習してくださいね。では次。」
難なく合格したエミリアが私たちの方へ駆けてきた。
「おめでとう、エミリア。とても上手なのね。」
「ありがとうございます。でもわたくしは学院で恥をかかないように家で練習させられていますから当たって当然ですわ。」
家でも訓練するなんて、貴族も大変だ。
「それよりちょっと聞きたいんだけど、私、あの先生の名前知らないのよね。」
「トリーデ先生ですわ。少し難しい方なので気をつけた方がよろしくてよ。」
難しいとはどういうことだろう?と思ったが、実習が進むと嫌でもわかった。
嫌味少女は火球を放ったが的をかすっただけだった。
「よろしい、合格です。もう少し腕を自分の正面に持ってくると安定しますよ。」
最初に的に当たれば合格と言っていたし、あれで合格ならなんとかなりそうだ。
次は上級魔導師でも庶民の子だったが、的の縁よりやや中側に当たったが不合格だった。
そう、貴族と庶民で明らかに態度や採点が違うのだ。庶民でも豪商などのお金持ちには優しいが、それ以外には酷いものだった。
私たちの順番になるとリンネットが先にやると言って的の前に立った。
リンネットは手のひらの上に炎を出して的に向ける。そして呪文を詠唱するが途中で止まってしまった。
完全に覚えきれてなかったようで、「えーっと。」と言っている。
それを見てトリーデが怒りだす。
「呪文も覚えられないなんて論外です。やる気がありますの?そんなことでは魔導師団に入る資格は与えられませんわ。」
そこで私は違和感に気づいた。エレインはクロスボウを使うのに呪文の詠唱はしていなかった。それは詠唱しなくても飛ばすことができるからだと思っていたが、エレインの矢は軌道修正して的の真ん中に命中していたはずだ。でもここでは腕の角度を調整するように指導している。
何が違うのか一生懸命考えていると、エレインの言った言葉が頭に浮かんだ。「思えばできる。」
――そういうことか!
私は疑問が解消されてスッキリしたが、リンネットは怒られて落ち込んでいる。
「魔導師団に入る資格ないって……。」
リンネットの言葉に私の方が驚いてしまう。
「凛ちゃん魔導師団に入りたかったの?初耳なんだけど。」
「入りたいってわけじゃないけど、そのために来てるんだよね?」
「違うよ。魔導師団に入って欲しいって言ったのはマルセロさんなんだから、資格がなくても別に凛ちゃん困らないでしょ?」
「そっか、そうだね。じゃあいいや。」
私たちが話し込んでいると、トリーデのヒステリックな声が聞こえる。
「お母さんわかっちゃった。ちょっくら行ってくる。」
そう言って私は的の前に立ち、手のひらに炎を出した。そしてそれをトリーデに向けて放つ。
「ひぃ!」としゃがんで頭を抱えるトリーデの手前で火球は向きを変え、的に向かって飛んでいき、轟音と共に後ろの壁も吹き飛ばした。
壁の向こうでは近衛騎士団が訓練をしていたようで、「何事だ!」と騎士たちが駆け寄って来る。
トリーデが「この女が私を攻撃したのよ!」と叫び、視線が私に集中する。そしてその中にとても怖い顔を見つけてしまった。
トラヴィスがこちらに向かって来たので、「皆さん離れて!」と大声で叫び、皆の足が止まっている隙に風魔術で瓦礫を巻き上げ、土魔術でパズルのように組み合わせて固めてしまった。
「お母さん、めっちゃ早業だね。」
「だって見た?あの怖い顔。」
「見た。また怒られるよー。」
トリーデは叫びながら訓練場から出ていき、残された私たちは昼食のために教室へ戻ることにした。
「あんたたち、あんなことするなんてバカなの?これで退学は決まりね。」
そう言って嫌味少女は私たちの前を通り過ぎていった。
「お母さんいいの?退学だって。」
「魔術の使い方はわかったし、トリーデ先生から教わることもないからいいんじゃない?それよりお昼食べようよ。」
教室に戻ると、エミリアがお弁当を持って私たちの席にやってきた。周りは驚いているが、本人は気にしてなさそうだ。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
「ええ、どうぞ座って。」
私たちがお弁当を食べているとトラヴィスが怖い顔でやってきた。
「こんにちは、トラヴィスさん。お説教なら食事が終わるまで待ってくださいね。」
「わかっているならさっさと食べろ。」
いつものことだが、トラヴィスはすぐに怒る。クラウスは笑って流すか、ため息をついて終わるのに。兄弟でずいぶんと違うものだ。
「教師に向かって攻撃するとはどういうことだ?」
「まだ食べ終わってないんですけど。それに私の攻撃はちゃんと的に当たりましたよ。」
私とリンネットは聞き流しつつ食べているが、周りの子たちはかわいそうなくらい小さくなっている。怒られているのは私なのに。
「ちょっとした疑問を解消するための実験をしただけですよ。」
「それが問題なのだ。トリーデは攻撃されたと言うがお前の攻撃はトリーデとは全く違う方向の的と壁を破壊している。説明がつかない。」
「トリーデ先生から教わった方法は私には合わないってことがわかりました。」
「それでは説明になっていない。」
そこへマルセロが入って来たので周りの子たちは更に驚く。
「まとめてお話しするので一緒に夕食はいかがですか?」
「それは良い案です。では夕食の頃に伺いますよ。」
マルセロはそう言って回れ右で帰っていった。トラヴィスも一応納得して「では、後ほど。」と言って出ていった。
皆安堵したようで、食事を再開しながらおしゃべりする声が聞こえてきた。
「エミリアも一緒にどう?マルセロさんも来ることだし。」
「わたくしは遠慮しておきますわ。今日のお食事は楽しそうではありませんもの。」
確かに、楽しそうなのはマルセロだけだ。
昼食が終わり特に呼び出しもなかったので、午後の実習のために訓練場に向かう。
私たちが訓練場に入るとトリーデと嫌味少女がこちらを見てニヤニヤとしている。
「リオーネさん、気をつけてくださいね。」
そう言ってエミリアが心配そうに自分の場所へ向かっていった。
「午後は魔力封じの手枷について勉強します。これは、犯罪者などが魔力による攻撃や逃げることができないようにするためのものです。実際に着けて、魔力が封じられるのがどのような感じなのか体感してみましょう。」
――うーん、これは計画的だね。どう対処したものか。
トリーデは最初に私を呼んだ。順番が違うことにエミリアが講義するが、黙殺された。
私が前に出ていくと、手枷を持ったトリーデが笑顔で説明を始めた。
「今日は授業ですので、皆に体験していただきますが、手枷をはめている人に攻撃をしてはいけません。わかりましたか?」
そうは言っても攻撃する気満々にしか見えない。トリーデと嫌味少女以外は表情が硬い。エミリアも顔色が悪くなっている。
「さあ、手をお出しなさい。」
トリーデの言葉に待ったをかけて私は何処にともなく声をかける。
「助さん、格さん、佐平次、ここへ来て。」
助さん格さんはドアから入って来て、佐平次は影から出てくる。私の周りを大きな神獣が囲んだ。
「これから魔力封じの手枷をはめるけど、その間に私を攻撃した人は食べちゃっていいからね。」
そう言ってからトリーデの前に両手を差し出した。
「なんですかそれは。動物を入れるなんて。」
「魔力を封じられている間の自衛ですよ。さあ、どうぞ。」
両脇で助さんと格さんが牙を剥く。その前でトリーデが震える手で手枷をはめた。カチっと音がすると勢いよく後退りして私を睨んでいた。
私が魔力を放つと、そのまま手枷に吸いとられる感覚がした。
――この手枷って許容量が決まってるのかな?
私は試しに全力で魔力を放出してみた。最初は勢いよく吸い込まれていたが次第に緩やかになっていく。そして流れが止まりそうになったところで更に勢いよく魔力を放出すると、手枷が弾け飛んだ。
手枷がなくなっても全力で放っている魔力は簡単には止まらない。
徐々に抑えていくが辺りには私の魔力が広がっていく。それをウルフたちが吸収し始め、魔力が止まる頃には一回り大きくなった。
「助さん、格さん、佐平次。進化したの?」
「我らに進化はない。」
「主の魔力で成長したのだ。」
「主を乗せて走ることもできるぞ。」
――ええっ!なにそれ。ぜひお願いします。
私のよろこびとは反対に教室内は静まりかえっていた。
そこで私は手枷を壊したことを思い出した。謝らなければと思ったが、突然勢いよく扉が開き、たくさんの人が訓練場に入ってきた。
「今度はなんだ?」
声をかけたのはトラヴィスだった。その後ろにはダルフォードとマルセロ、それにロドリアもいる。他にも騎士や魔導師が入り乱れて授業どころではなくなった。
一回り大きくなったウルフたちを見て騎士団は驚き、魔導師は興奮し、トラヴィスは顔をしかめた。
――わお。見つかったでござる。