入学とロドリア先生
あれから毎日ダンスの練習をしている。キャサリンになるためにも真剣に取り組んでいるが、引きこもりの在宅ワーカーで、机に向かって作業することの多かった私の身体は、背筋を伸ばすだけでもかなりキツかった。
時々やってくるアルフレッドが練習の相手をしてくれる。
さすが紳士流れるような身のこなしでリードも完璧だ。私はついていくのがやっとで、つい足元を見てしまう。するとリゼルダから容赦ない指導が入るのだ。
「リズム感は悪くないんだ、背中さえちゃんと伸びればそれなりに見栄えはするんだからね。ほら!気を抜くんじゃないよ。」
アルフレッドとリゼルダは他にも立ち居振る舞いや、挨拶などを教えてくれる。
――全力で頑張るとは言ったけど、二人とも厳し過ぎない?お披露目までに合格点に到達できるかな?
そんな日々の中、魔術学院へ入学する日がやってきた。
王都には城壁が三重にあり、城を囲む第一の城壁とその周りに近衛騎士団、騎士団、魔導師団の建物と寮がそれぞれあり、続いて訓練場と魔術学院が並んでいて、それらを第二の城壁が囲んでいた。そして王都をまるごと囲む壁。
第二城壁の入口でダルフォードからもらった許可証を見せると、動物を連れて入ることはできないと言われた。
ウルフたちとルビーは城門のところで待っていると言うが、拐われたりしないか私の方が心配になってしまう。
「主、我らは心配ない。エレインが近くにいるから行って一緒に待っている。佐平次は影に入れるから主と共に行けばよい。」
エンシェント・ダークウルフは助さん格さんとは違った能力を持っているらしい。佐平次だけでも一緒に来てくれたら安心だし、皆もエレインと一緒なら大丈夫だろう。
佐平次が溶けるように私の影に入るのを確認して、私はリンネットと魔術学院に向かった。
学院の建物の前でエミリアが私たちを待っていてくれた。
「おはようございますリオーネさん。おはようリンネット。待ってたわ、ずっと楽しみにしてたのよ。今日はルビーは一緒じゃないの?」
エミリアとリンネットはすっかり仲良しになっているし、ルビーのことで話しが弾んでいる。
城壁での話しをすると、エミリアは「それは残念だわ。」と肩を落とした。帰りに一緒に迎えに行こうと誘うと、ぱっと顔をあげ笑顔に戻った。
エミリアは私たちを学院長室に案内すると、自分の教室へ向かった。
学院長室では学院長と挨拶を交わし、ロドリア先生を紹介してもらう。
ロドリアは思ったより若い女性だった。座学を専門に教えていて、実習期間に入ると魔導師団で主に研究をしていると言った。
「マルセロ様よりお話しは伺っていますよ。神獣と契約されているんですって?私も一度拝見させていただきたいものです。今日はお連れじゃないんですか?」
――このグイグイ来る感じ。魔導師って皆こんななの?
ロドリアに連れられて教室に入ると、そこには教壇があり、四人掛けの机と椅子が横に三列、前後に四つずつ並んでいた。
奥から上級魔導師、中級魔導師、下級魔導師と別れていて、更に前から上級貴族、下級貴族、庶民の順で座るが、今は私とリンネットだけなので、真ん中の一番前に並んで座る。
「早速ですが、まずはどの程度の知識をお持ちなのか教えていただけますか?」
ロドリアはそう言って、教科書を開いた。
リンネットは早くエミリアと実習をしたいと言って私と一緒に予習しているので、大方理解はできている。一通り目を通して解らなかったところを質問していく。
「これだけですか?ほとんど教えるところがないではありませんか。」
ロドリアはそう言いながらも私たちの質問に一つずつ分かりやすく答えてくれる。
昼食はそのまま教室で食べると言うので、アイテムボックスからお弁当を出して広げる。今日はおにぎりと唐揚げ、魚の塩焼き、スクランブルエッグ、かぼちゃの煮物、ほうれん草のお浸しという、リンネットの定番のお弁当だ。遠足でも運動会でも、お弁当に何を入れるか聞くと毎回同じなので、ある意味とても楽だった。
午後からも雑談を交えながら進めていく。
四年分の座学が一日で終わったことにロドリアは驚いていたが、リンネットも小学校で六年間勉強をしている。持っている基礎が違うし、実際四年といっても一年間で座学を学ぶのは三ヶ月なので、教科書の内容が夏休みの宿題程度の量なのだ。
呪文などは実習で習うのでこれからが大変だと思う。
明日以降は一年生の実習に参加して魔力の流れを感じるところから始めることになった。
ロドリアは神獣や魔獣についていろいろ聞きたいと残念がっていたので、佐平次に影から出てきてもらって紹介すると、とてもよろこんでくれた。
ロドリアが佐平次のモフモフを堪能していると、教室の扉をノックする音が聞こえて、佐平次はすぐに影に入った。
「やあ、調子はどうですか?」
入ってきたのはマルセロだった。
「こんにちは、座学は終了しましたよ。明日からは実習に参加させていただきます。」
「それは、思った以上に早いですね。驚きました。」
あまり驚いた様には見えない、むしろその笑顔がなんか怖い。
「リオーネさん、家からここまで通うのは大変ではないですか?」
「まあ、結構距離がありますからね。」
「では、明日からは私がお迎えに行きましょう。」
――いやいや、怖い怖い。また何か企んでるよ絶対。
「今回は何でしょう?」
「私の部屋を通るついでに洗濯してもらうだけですよ。簡単でしょう?」
とうとう洗濯物を持ってくるのも面倒になったらしい。毎日昼食を食べに来るんだからついではあるはずなのに。
「それぐらいならお安いご用ですよ。」
「ではまた明日。お迎えにあがります。」
マルセロはステキな笑顔で去っていった。私たちの会話を聞いてロドリアがポツリと呟く。
「洗濯ですか。いいですね。」
――そっちか!
授業が終わり、エミリアと待ち合わせていた城門に着くと、ロドリアが追いかけてきた。
「リオーネさん、もしよければ神獣についてもう少し聞かせていただけませんか?」
ロドリアはやはりマルセロと同類の研究バカのようだ。普段は伝説と言われる神獣の文献などを読みながらまとめているが、古語が多く読むのも大変らしい。
エンシェント・ウルフの存在は知っていたが、エンシェント・ダークウルフは聞いたこともなかったので、もっと詳しく知りたいと熱く語っている。
害意はなさそうなので、ロドリアも一緒にエレインがいる冒険者ギルドに行くことにした。
ギルドの訓練場ではエレインが助さん格さんを相手に戦闘訓練をしていた。
エレインの武器は身長と同じぐらいの長さの棒で、それを振り回して攻撃しているが、助さん格さんは軽々とかわしている。
ここからだとエレインの振り回す棒に助格コンビがじゃれているようにしか見えない。そしてオスロはエレインの頭の上を常にキープしている。こちらはさすがといったところか。
私たちに気づくとルビーがリンネットに飛びついてきた。
「リン。お帰りだにぃ。エミリアも会いたかったにぃ。」
「あああ!これは、クレセント・バニーですか?それにウィズダム・スネーク!」
どこかで見たことのある興奮ぶりに誰も動じない。私がロドリアを紹介すると皆マルセロの仲間だと瞬時に理解したようだ。
「生きてこれだけの神獣に会えるなんて感激です!」
「うちに帰ればアルティメット・ホークとツインテール・キャットもいるけど。マルセロさんが来るとめんどくさいからって逃げてるよね。」
リンネットの余計な一言でロドリアの興奮が加速する。
「マルセロ様ばかりずるいです。」
「じゃあ、マルセロさんの研究に入れてもらえばいいんじゃないですか?」
「そんなこと無理です。立場が違いすぎます。」
「えっ、マルセロさんってどんな立場なの?」
「この国では魔導師団長様の次ですね。」
――トップがダルフォードさんでナンバーツーがマルセロさんってホントに大丈夫なの?で後任にリンネットを育てたいって言ってるよね。不安しかないんですけど。
「それって何を基準に決まってるんですか?」
私は素朴な疑問を投げてみた。
「実力と家柄です。」
「家柄って関係ありますか?」
「研究費がかかりますからね。支援は多い方がいいに決まってます。私は庶民出なので、今ある文献を読むぐらいしかできません。」
「家柄ってことはエミリアは貴族なの?ジグセロさんは商人よね?」
私が驚いてエミリアを見ると、エミリアは笑顔で答える。
「ええ、上級貴族、エルドリア家です。兄ニは好きで商人をやっていますが、資産運用が上手くできているので家族も認めています。」
「私たちってもしかして身分的にとても失礼なことしてるんじゃない?」
「聖母様ですもの、なんの失礼もありませんわ。それに商人の妹としてご挨拶いたしましたから。」
その言葉に今度はロドリアが驚く。
「聖母様!大変失礼いたしました。申し訳ございません。」
「いやいや、隠していることなので庶民扱いでお願いします。せめてお披露目が終わるまでは。」
知ってしまった以上それはできないと言うロドリアに、やはり身分社会は面倒だと思いながらも、エミリアに向き直り話しを続ける。
「貴族ってことは舞踏会にも出るのよね?」
「本来は成人してからですけれど、魔術学院と修道館に入った者は十二歳から参加できます。わたくし初めての舞踏会ですの。もちろん兄イチ兄二も参加いたしますよ。」
身分がバレたら話し方が変わった。やっぱり兄と比べるとしっかりしている。でも、貴族のお嬢様の話し方に戻っても兄イチ兄二の呼び方が変わらないことにちょっと笑ってしまった。
次の日からはマルセロの展開した転移魔方陣を使って学院に通った。マルセロの部屋は洗濯物だけでなく、全てがぐちゃぐちゃだった。足の踏み場もない部屋で、寝るスペースだけがポッカリと空いている。
一年生と二年生の実習を受けて、私も手のひらの上に火や風を出せるようになった。
基礎に合格したことで、いよいよエミリアのいる三年生の実習に参加できるようになり、リンネットは張り切っているが、私は実習の教科書を見て気が遠くなった。
三年生からは応用として、それぞれの属性での攻撃や防御をはじめとした魔術の訓練をするが、とにかく呪文が長いし、私は全属性なので覚えることが多いのだ。
全部は無理だと諦め、必要なことだけ覚えることにしてリンネットと三年生の教室に入る。奥の席に私たちを見つけて手を振るエミリアがいて、その手前にはいつぞやの高級な食事処にいた少女の姿があった。