ヒステリーと牢屋
メメイが落ち着いたので、とりあえず子供たちは着替えをするために一度部屋へ戻り、シノとアリシアが付き添う。
私はクラウスと応接室に戻り洗浄の魔術で服をキレイにする。そこへアイーシャがリリアナを従えて入ってきた。
不機嫌を隠そうともしない態度に呆れながら私はクラウスに声をかける。
「お茶をお持ちしますので、お掛けになってお待ちください。」
調理場へ戻るとリゼルダは昼食の準備をしてくれていた。私はお茶の用意をしながら応接室と中庭で起こったことを話した。
「あんたが怒ってないのが不思議だね。」
「クラウスさんが怖くて怒るのすっかり忘れてましたよ。」
「まあ、こっちはあたしに任せてくれていいから、後でまた聞かせておくれ。」
「ありがとうございます。じゃ!行ってきます。」
そうは言ったが応接室に入るとすぐにでも逃げ出したくなった。応接室にはクレアと見知らぬ男性もいて、アイーシャが男性に向かってヒステリックに喚き散らしていた。
私はクラウスと男性にお茶を出してワゴンの側に立った。するとアイーシャの怒りがなぜか私に向けられた。
「ちょっと!何でわたくしのお茶がないの?ギリング様、この使えない下働きを辞めさせてもっと使える人を寄越してくださいませ。もう一人の老婆もですわ。」
――酷い言われようですなぁ。怒りを通り越して笑えてきたよ。
「お茶はお客様にしか出しません。あなたは違うでしょ?」
私の言葉にアイーシャは顔を真っ赤にして今にも噴火しそうな感じだ。
「アイーシャ、修道館では下働きなど頼んでいないよ。こちらはどなたかな?」
ギリングと呼ばれた男性は修道館から来たらしい。アイーシャはギリングが知らないと言うと再び私に向かって怒り始めた。
「じゃあいったい誰なの?ここの責任者であるわたくしに断りもなく勝手に入り込むなんて!」
「私とシノさんはあなたたちが来るまでここでお世話になっていた者です。新しくきた聖女が仕事をしないので助けて欲しいとアリシアに頼まれたのでお手伝いに来ました。」
「アリシアにそんな権利はないわ。ギリング様、私に従えない者は追い出してくださいませ。」
言っていることがめちゃくちゃである。
「アリシアを追い出したら誰が子供たちのお世話をするんですか?アリシアではなく仕事をしないあなた方が修道館に帰ればいいでしょう?ギリング様は修道館の方なんですよね?この三人を仕事のできる聖女と替えてください。」
「何を偉そうに、身分をわきまえなさい!」
ここまでじっと座って聞いていたクラウスが口を開いた。
「今回のことは城へ報告させていただきます。そして子供たちのためにも聖女の交代は必要です。」
「クラウス様!あの子供はわたくしを殺そうとしたのですよ。あんな危険な子は孤児院へ置いておけません。」
ギリングがアイーシャの発言に目を見開き身を乗り出す。
「それは本当か?聖女に危害を加えるものは子供であっても捕らえるべきではないかね?」
――おかしい。マルセロがまともに思えるくらい言ってることがおかしい。
「でしたら、竜人族の子たちは私が引き取ります。グレイとソフィだけなら今まで通りアリシア一人で十分お世話できますから。ギリング様はそこの三人を連れて帰ってくださいね。これで話しは終わりです。どうぞお引き取りください。」
ギリングと聖女三人はしばらく固まっていたが、口々に文句を言い始めた。私は聞く気がないので彼らを無視してクラウスに声をかける。
「クラウスさん、おやつにクレープを作るんですけどお手伝いお願いできますか?」
「ああ、それはいいが、いいのか?」
「お話しは終わりましたよ。さあ行きましょう。リゼルダさんたちにも報告しないといけませんし。」
私が立ち上がると、ギリングとアイーシャが立ち塞がり更にクレアとリリアナも加勢する。そしてギリングが私に向かってまくし立てる。
「話しは終わっておらん。聖女に対しての無礼な振る舞いは許されるものではない。ましてや危害を加えるとは何ということだ。」
私はクラウスに視線を向ける。クラウスは一つ息を吐き頷いた。クラウスの許可が出たので、言いたいことだけ言わせてもらおう。
「聖女に対する無礼が許されないなら、特級聖女であるシノさんを下働き扱いするのはどうなんですか?だいたい修道館ってどういうところなんです?仕事もしない上に躾もできていないような無能を派遣してくるなんて信じられません。それからアイーシャと言ったかしら?身分をわきまえなさいって言ってたけど、私聖女がどの程度の身分かわからないの。上級聖女ってそんなに偉いの?」
私の質問にアイーシャがキンキン声で反論する。
「上級聖女は貴族の方々に癒しを与える立場よ。下級や中級とは違うの!」
「さっぱりわからない。私は仕事ができるアリシアの方が偉いと思うんだけど。修道館は等級より能力で優劣をつけるべきじゃないですか?」
「リオーネ、この世界は身分社会だ。そういうわけにはいかない。」
クラウスが私に意見するのを見てアイーシャがしたり顔で畳み掛ける。
「身分もわからない者が何を言っているの?あなたの言葉なんてなんの意味もないのよ。庶民は黙っていなさい。」
「そうですか、お話しは終わりということでいいんですね。そこを退いてください。」
「わたくしに謝罪しなさい。クレア、衛兵を呼んで来なさい。この者を捕らえてもらいます。」
アイーシャにギリングが同意するとクレアが走って出ていった。クラウスは私に向かい複雑な表情をしている。
「どうするのだ?」
「いっそのことアルマゲドンで消します?」
「冗談を言っている場合ではない。」
――あー、割りと本気だったりして?
「じゃあ、身分とやらを振りかざしてみます?」
私とクラウスが話しているところにアイーシャが割って入る。
「早く謝罪しなさい!」
「お断りします。だいたい人が話している最中に首を突っ込むのはお行儀が悪いですよ。」
私の態度が気に入らないとアイーシャがヒステリックに叫んでいる間にクレアが衛兵を連れて戻ってきた。
「この女を捕らえなさい。わたくしを侮辱したのです。」
アイーシャの訴えに衛兵が向かってくるが、クラウスに気づいて敬礼する。
「リオーネ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。子供たちにクレープは今度作るって伝えてください。それからリゼルダさんとシノさんと子供たちをうちまで送ってくださいね。あと冒険者ギルドでお肉を受け取ってください。エレインを連れていってアイテムボックスに入れさせればいいので。えーっと他にはもうないかな?」
「何をしているの!早く連れて行きなさい!」
アイーシャがうるさいので、とりあえず衛兵と一緒に孤児院から出ることにした。勝ち誇ったように笑うアイーシャに私も笑顔で返す。
「あなたもシノさんに謝罪しないと特級聖女を侮辱した罪で捕らえられるわよ。何なら一人残しておきましょうか?」
絶句しているアイーシャの後ろでクラウスがため息をつくのが見えた。
衛兵と向かったのは城門の近くにある建物だった。中に入ると広い部屋があり同じ服を着た男性が五人ほどいた。奥へ行くと薄暗い廊下の両脇に牢屋がある。それを見て衛兵が警察官みたいな役職らしいことがわかった。
私は一番奥の牢屋に入れられた。窓には格子がはめられているが、外を見ることはできた。私が外の様子を見ていると、助格コンビの声が聞こえた。
「主、我らは怒っている。主に敵意を向ける者は食べていいか?」
「ダメに決まってるでしょ!パーティーの前にお腹壊したらどうするの?せっかく狩ったお肉が食べられなくなるよ?……そんなことより助さんと格さんはヒューマン食べるの?」
「好んで食べたりはしない。」
「ヒューマンは臭いし美味しくない。」
――美味しくないと言いきるってことは食べたことがあるんだね。
そんな話しをしていたら豪快にお腹が鳴って、お昼ご飯を食べ損ねていたことを思い出した。私はアイテムボックスの中からチョコチップクッキーを出して食べるがやっぱりそれじゃあ物足りない。
アイテムボックスにはまだいろいろ入れてあるけど、ここで食べてもいいものか、一応考えてみる。
――悪いことはしていないし、いいよね。
アイテムボックスに入っているのは、唐揚げとカツサンドと串焼き……。肉ばっかりだった。なぜ白米を入れておかなかったんだと、過去の自分を責めてもしょうがないので、一人肉パーティーを開催した。
「我らも肉が食べたい」
そう言って小さくなった助格コンビが格子を抜けて入ってきた。モフモフだから丸いけど格子の間を通るときは細いのがよくわかって面白い。ちっちゃいままでいいのに入ってきたら元の大きさに戻ってしまった。
私がアイテムボックスから助格コンビ用のお皿を出して唐揚げと串焼きをのせるとガツガツと食べ始めた。私も横に座って唐揚げを摘まむ。
――これからどうしよう。早く帰ってパーティーの準備したいんだけどなぁ。
「ボス、何してんの?」
「なっ!びっくりさせないでよ。露ちゃんこそ何してんの?」
薄暗い廊下から悦子さん覗きをしているエレインに声をかけられ、びっくりして唐揚げを落としそうになった。
「どうやって入ってきたの?あっちはいっぱい人がいたよね?」
「あんなの楽勝。それより肉!ずるくない?」
「ずるくないですー。今日はちびちゃんズ見てるはずじゃなかった?」
「シノさん帰ってきたから、ボス助けにきた。逃げる?」
――あれからすぐに帰ったってことだよね。どうなったか気になる。シノさんはちゃんと謝罪を受けたんだろうか?
「悪いことしてないのに逃げるのはおかしいでしょ。」
「じゃあ、あたしも肉食べる。」
そう言ってエレインは鍵を開けて入ってくると私の隣に座って食べ始めた。
「飲み物ないの?」
「あるけど、ここで宴会ってどうなの?」
「始めたのはボス。」
「まあ確かにそうだけど、一人肉パーティーだったはずなんだけどなぁ。」
アイテムボックスからレモネードを取り出し、エレインに渡して更に追加でタンドリーチキンを出す。
オスロも食事のときはエレインから降りてきて、お皿から食べる。オスロは基本丸飲みなのでエレインが小さくほぐしていた。
楽しすぎて自分の置かれた状況をすっかり忘れた頃、扉の開く音と怒声が聞こえた。




