ノートと採寸
雇用や工房についての話しは中断したままになってしまった。王族や貴族との話しによっては計画しても実行できないかもしれないからだ。それでも、もしものことを考えて計画だけは立てることにした。
農地の再興は領地内を見て回らないとわからないので、とりあえず工房について話しを進める。
私はアイテムボックスからノートを大量に取り出した。正確には三十二冊。これは私の知識が詰まっている大切な物だ。
ネットでいつでも検索できる環境だったが、私は基本的に書くことが好きだった。調べたことをまとめて書くのも趣味の一つと言える。
その中から一冊を選んで織物についてのページを開く。アルフレッドもリゼルダも読むことはできないが、コピーして貼り付けていた写真を見せながら説明していく。
「今朝リゼルダさんのお宅で見せていただいた織り機はこの卓上式とほぼ同じ造りの物でした。私が工房で使いたいと思っているのは、こっちの足踏み式の物です。」
私は写真を指差して説明すると、普段織り機を使っているリゼルダは違いをすぐに理解してくれた。
「いいじゃないか。効率がよくなりそうだし、手回しより楽だろ?」
「そうなんです!綜絖を増やせば、他の織り方もできます。」
私はノートに貼っている足踏み式の織り機の設計図を出して木工工房で作れないか聞いて欲しいとアルフレッドに頼んでみる。
「それにしても、設計図まであるということは、織り機も自分で作ったのですか?」
「まさか、そこまではできませんよ。何かを作り始めるときは最初にいろいろ調べるんです。」
私が初めて織り物をしたのはエレインが小学校五年生の夏だ。夏休みの自由研究の題材にしたので、織り機の種類、綜絖の枚数で織れる物の違いなどを調べた。実際におもちゃではあるが、織り機を買って、糸や毛糸など種類を変えて織ってみた。
エレインとリンネットの十二年分の研究結果もきちんとまとめて残してある。
そう、夏休みの自由研究は毎年私が興味を持っていることが題材になっていた。
エレインが一年生で朝顔の観察日記をつけると言ったときは、どうせなら食べられる物がいいと、トマトにして土作りから始めて、肥料や水の量の違いで成長にどんな影響が出るのか記録した。もちろん味の違いも。
他にも塩水から塩を作るとか、草木染めとか、全力で調べあげて、それを小学生らしく簡単にまとめていた。
――いやぁ、楽しかった。夏休みの工作も全力でやってたなぁ。私が……。
エレインは私と一緒にいろいろ挑戦したけれど、ぶきっちょさんですぐに投げ出してしまった。
いつだったかドールハウスを作ったときに設計に興味を持って進路を決めた。建築設計や家具などが本業だけど、戦艦や武器もいっぱい書いて見せてくれた。趣味の方が比重は大きかったけど工房の設計はエレインに任せられると思う。
私が思い出に浸っている間、アルフレッドとリゼルダもノートを見ていたが、二人とも写真を楽しんでいた。異世界の風景や小さい頃のエレイン、見たこともない科学の結晶に興味津々だ。
「これはマルセロに見られたら大変なことになりそうですね。」
アルフレッドの一言に私とリゼルダは頷き合う。きっといつも以上にめんどくさいに決まっている。
「気を付けます。」
そう言って一旦ノートをしまい、話しを戻す。
「とりあえず試作品として私が使うために一台欲しいです。設計図はエレインに写してもらうので、それで木工工房とお話しできますか?」
「ええ、木工工房はうちの専属を紹介しましょう。それより設計図は先に商業ギルドで登録をした方がいいね。」
「あたしもその方がいいと思うよ。登録前に設計図を見せると権利をかっさらっていくヤツもいるから。」
面倒なのでその辺りのことはアルフレッドにお任せする。
「あまり簡単に信用すると危険ですよ。もう少し用心深くなってくださいね。」
と言いながらも引き受けてくれた。
お昼にはウォルフとエレインが戻ってくるのでリゼルダと厨房で食事の準備を始める。その間アルフレッドは木工工房には仕事の依頼をするための、服屋には発注のための採寸をしたいと手紙を書くらしい。
昼食が出来上がった頃ウォルフとエレインが帰ってきた。そしてマルセロが階段を降りてくる。
「こんにちは、今日はどんなご用ですか?」
「やあ、皆さんお元気そうで。ちょっとお腹が減ったもので。」
笑顔で言っているが、やっぱりおかしい。
「普段の食事はどうしてるんですか?」
「いつもは魔導師団の食堂で食べますけど、リオーネさんが作る食事は美味しいですからね。」
「前もって連絡してくださらないと準備ってものがあるんですけど。」
「私は少食ですから、お気になさらず。」
――お気になさらず。じゃなくて、お前がちょっとは気にしろよ!
言っても無駄なのがわかっているから口には出さないが、本当に変わった人だ。
来てしまったものはしょうがない。もう一人分の食事を用意して、昼食にする。
「昨日城で聞いた話しでは、リンネットさんが魔術学院に入学するそうですね。」
リンネットと相談して決めるって言ったのに、あの文官はやっぱり都合のいいように報告していたらしい。
「まだお返事もしていないのに、決定しているんですね。」
「貴族が庶民の意見を聞くなんて、まずないですからね。」
わかってはいるが、腹が立つ。私はふと思いついたことをマルセロに尋ねる。
「私も魔術を教わりたいんですけど、どこか教えてくれるところってありませんか?」
「それならリンネットさんと一緒に魔術学院に入学されてはいかがですか?」
思いもよらない返事に一瞬言葉に詰まった。
「そんなことできるんですか?」
「私から言っておきますよ。」
――簡単に言うけど、簡単に言える地位にいるんだろうか。魔導師団大丈夫?
この歳で学校に通うなんて思ってもみなかった。映画で観た魔法学校がいくつも浮かんでくる。わくわくしながら魔術を使う自分を想像して……現実が押し寄せる。
――呪文とかいっぱい覚えるの?忘れゆく年代に入ってるのに?
パルド王国で見た鑑定でも、長い呪文を詠唱していた気がする。でも、洗浄の魔術は「洗浄」だけでできた。
そこのところを理解するためにも、きちんと教えてもらった方がいいようだ。
「入学はいつになりますか?」
「いつでもどうぞ。魔導師団では皆楽しみに待っていますよ。」
何が楽しみなのかわからないが、工房の計画もストップしてしまったので、一度リンネットと見学に行ってみることにした。
昼食の片付けをしながらエレインに織り機や工房の設計を頼むと手書きはめんどくさいとぶつぶつ文句を言いながらも引き受けてくれた。
次の日にはアルフレッドが依頼した服屋からお針子たちが来て皆の採寸をし、たくさん持ってきてくれた物の中からデザインを選ぶ。
聖女や魔導師は決まった形のローブがあるのでそれも注文する。しかしあるのは特級まで。聖母は伝説上の存在だったのでどんなローブなのか誰にも解らなかった。
「誰に聞けばいいんでしょう?この前の使えない文官?」
「あれはダメだね、話しにならない。」
酷い言い方だが、本当のことなので誰も止めない。本人もいないし。
「とりあえず、シノさんと同じ特級の物でいいんじゃないですか?」
聞くのも考えるのもめんどくさい。いや、王族に会うのが一番めんどくさい。
でもそれ以上にめんどくさいヤツがいた。エレインとリンネットである。
エレインは裾の長いドレスは嫌だと言い、今着ているジャージでいいと言い出した。
「これはむこうの世界での、あたしの制服だから。」
在宅ワーカーの制服と言えば嘘ではないが、王族に会うには不敬過ぎる。ドレスが嫌ならせめて騎士団の制服でといって納得させる。
そしてもう一人、リンネットはデザインはこれ、色はこれと注文が細かい。
「お母さんが作ればいいのに。」
「めんどくさいからイヤ。」
「お母さんは何言っても最初にめんどくさいって言うよね。」
だって私はめんどくさいを極めてるもの。口癖と言うより本気でそう思ってるからつい言ってしまうのだ。
「しょうがないじゃない。お母さんは一般人として静かに暮らしていきたいのに、あれこれ言ってくるんだもの。本気で全てをめんどくさいと思ってる。」
「そんなことより、魔術学院に制服はないの?」
そんなことで片付けられてしまったが、確かにそこは気になる。私はさすがに着る気はないけど。一応聞いてみた。
「制服というか、学院生が着るローブがありますよ。」
その返事は後ろから聞こえてきた。振り向くと笑顔のマルセロが部屋に入ってきた。間違いなく昼食を狙った登場だ。
「私も着ていましたし、今は妹が在学中で着ていますよ。」
マルセロとジグセロの妹……これはイヤな予感しかしない。それでも初めて行く場所に知っている人がいるのは心強いので、引っ越しパーティーに招待したいと打診してみた。
マルセロの妹はエミリアといって、リンネットと同じ十二歳、魔術学院の三年生で、マルセロ曰く、とても冷めた子らしい。
「引っ越しパーティーとは何をするんですか?」
「特に何をするってわけではありませんが、新しい生活を始めるにあたって、これまでお世話になった人たちを招待して、これからもよろしく的な食事会をするつもりです。」
「晩餐会ですか。」
「いえ、外でバーベキュー形式でやります。」
「バーベキュー?」
「えーと、簡単に言うと夜営のときのようにお肉や野菜などを焼きながら食べるんです。」
肉というワードに反応して、助格コンビが魔獣狩に行くと騒ぎ始める。マルセロとリゼルダも乗り気だ。
こうなっては止める方が大変なので、パーティーの前に魔獣狩の予定を入れた。
――工房の計画が中断したのに暇になるどころか忙しくなってきたよ。
服の注文を終え、明日は引っ越し。五日後に魔獣狩と決まった。