シノの思いと城の文官
マルセロは三階の一室を城の自室に繋げると、洗濯物の袋を持って上機嫌で帰っていった。
それを見送ってドッと疲れた私たちもその日は早めの解散となった。
ウォルフとリゼルダは帰って荷物をまとめ、明日私のアイテムボックスで運ぶ予定だ。
孤児院へ帰って夕食の準備をしていると、アリシアから報告があった。
「孤児たちの申請が通り、三日後には修道館から聖女が三人派遣されるそうです。」
「ではそれまでに引っ越しを終えないといけませんね。」
「シノさんとリオーネさんがいなくなるなんて、とても不安です」
アリシアは子どもたちを追いかけるだけで精一杯だと言う。
「グレイとソフィにもう少し任せてもいいのよ。新しい子たちにも上手に教えることができているし。」
シノは子どもたちの言動をよく見ていて、その子に合わせて言葉を選んでいるし、問題があれば言い分を聞いて、どうすればいいのか一緒に考えている。いつも怒り散らしている私とは大違いで、ただただ尊敬するばかりだ。
育児なんて何もかも一人でやろうとすれば大変に決まっている。アリシアも新しく派遣されてくる聖女たちと協力し合えば上手くやっていけるはずだ。
「七歳の子はコーダとメメイとトンガがいるでしょう?ある程度生活に慣れたら、次は小さい子どもたちに教えてあげてねって言えば、グレイとソフィのようにできると思うわ。そして時間がかかっても、できたらちゃんとほめてあげてね。」
――私にその余裕をわけてください。
「シノさんは本当に子どもたちが大好きなんですね。」
笑顔で頷いたシノはスープをかき混ぜながらゆっくりと話し始めた。
「私は保育士として、貴さんは小学校の先生として、人生の大半を子どもたちと一緒に過ごしてきたわ。教育って難しいし、楽しいことばかりではなかったけど、それでも仕事が大好きだったの。結婚したときは子どもが産まれたらどんな風に育てていこうかなんて二人でよく話していたのよ。でも私たちの元にコウノトリはやってこなかった。」
「コウノトリってなんですか?」
アリシアから質問が飛ぶ。シノが私たちの世界の伝承を説明し、話しを続ける。
「今と違ってそれなりの年齢になったら、諦めてしまう時代だったの。それでも私たちには子どもたちとの関わりがあって、定年後は二人で旅行をしたり、楽しく暮らしていたわ。突然この世界に来てしまったとき、最初はひどく動揺したし不安だったけど、私たちには残してきた者もいなかったし、人生の最後はこの世界を旅しながら終えるのもいいんじゃないかって貴さんが言ったの。だからあまり悲観的にもならなかったし、どうせだったら楽しまなきゃって思ったのよ。」
どうりで何が起こってもすんなり受け入れられるわけだ。御園夫妻はとっくに覚悟を決めていた。私はまだ流されているだけだけど、子どもたちを守る覚悟は産んだときにしているし、守るためならなんでもするつもりだ。
シノはスープの味見をして笑顔で頷くと器に入れていく。
「さあ、子どもたちを呼んで夕食にしましょう。」
シノの言葉にアリシアが子どもたちを呼びに行く。アリシアが出ていった後、シノが小さな声で囁いた。
「私、本当は今でも諦めきれてないの。」
そう言って少しさみしそうにフフっと笑った。
翌日、ウォルフの家で荷物を入れた後、私はリゼルダに頼んで織り機を見せてもらった。
リゼルダがどこの家にもあると言った織り機は卓上式で二枚綜絖の物だった。これでも悪くはないが、できれば足踏み式の高機で四枚綜絖が……欲を言えば八枚綜絖が欲しい。
これはアルフレッドも交えて相談するとして、今日からウォルフとリゼルダは館で生活するのだから、アルフレッドとの待ち合わせまでに市場で買い物をしなければならない。
今回は今日の昼食と二日分の食糧があれば大丈夫だ。
私たちの引っ越しが終わればまとめて買ってアイテムボックスで保存ができるけど、あと二日間はウォルフとリゼルダだけなので、地下の食糧庫で保存しなければならない。
引っ越しの荷物をアイテムボックス入れて、市場で買い物を済ませると、私たちは南門へ向かった。南門にはアルフレッドの馬車がすでに到着していた。
ウォルフはギルドに用があると言い、そのまま向かったので、リゼルダと二人で乗せてもらい、館に戻ってからの予定を確認していると、アルフレッドが頼みがあると言い出した。
「館で下働きや、料理人を雇ってもらうことはできないかね?」
アルフレッドの話では、王都には移住者が多く、人が溢れている状態で、当然仕事を探している人もたくさんいる。仕事がなければ生活が苦しくなり、それが治安の悪化に繋がっているらしい。
「でも、人を雇うほどの仕事ってありますか?大抵のことは自分たちでできてしまいますけど。」
「農地を再興させてはどうかね?王都の物価の上昇も抑えられると思うのだが。」
それは結果が出るのがずいぶん先の話しになりそうだが、働き口を探すのは急務のようだ。
館に着くと、そのまま応接室へと移動する。リゼルダはお茶の準備をすると言って厨房に向かった。
私とアルフレッドは向かい合ってソファーに座ると馬車での話を続ける。
「農地の再興はお貴族様が領地を経営するようなものですよね。私経営の方はさっぱりなので無理だと思います。」
「人材はこちらで厳選して集めよう。」
――うーん、引く気はなさそうだね。
「こちらで雇用するとなると、それぞれに家と農地を与える形にはならないですよ。それなら土地を貸し出して自分たちで生活してもらう方がいいですよね?」
「土地を借りる元手がない。リオーネのいた世界では何かいい方法はなかったかね?」
「通いと住み込みでも違ってきますし、単身者なら寮で、家族がいれば社宅?ですかね。」
アルフレッドができれば住み込みにして王都の飽和状態を解消したいと言うので、寮や社宅について知っていることを説明していく。
しばらくすると、リゼルダがお茶と一緒にお客様を連れて戻ってきた。
「城からのお客様だよ。」
私とアルフレッドは席を立ち、お客様に挨拶をする。貴族相手の挨拶は正直めんどくさいけど、郷に入ってはなんとやらで、きちんと教えてもらっていたのでなんとか無礼にならない挨拶ができた。
城から来たのは文官で、名前はブレイドといった。
ブレイドの話しは長かった……。なんというか全てが遠回しでこちらの解釈次第ではどうとでも取れるような……途中から右から左へ流れそうになるくらい退屈な話だった。
まあ、簡単に言えばこうである。
異世界から来た私たちに王族が面会を求めている。
庶民である私が広大な領地を購入したことに貴族たちから不満の声が上がっている。
リンネットを魔術学院に入学させたいと、マルセロが言っている。
――たったこれだけの話しをあんなに引き延ばすなんて文官って効率的に仕事をする気はないの?
「マルセロさんの話しは却下でいいんじゃないですか?めんどうだし。」
そう言った私にブレイドがあわてて言葉を続ける。(ここからは通訳バージョンでお届けします)
「マルセロ様からは魔導師団長様のご希望だと伺っております。」
――あー、お偉いさんの希望じゃ考えるしかないね。
「わかりました。それはリンネットとも相談して決めます。土地の購入は正規の手続きを踏んで行いましたが、何が問題なんでしょう?」
「グレディオール家の領地は王都に次ぐ広さでして、他の貴族より広い土地をしょ……いえ、個人が所有するのはどうかと……。」
歯切れの悪い物言いにイラッとするが、ここは我慢だ。
「庶民には分不相応だということですね?私としては必要なのはごく一部の土地なので、購入を希望する方がいらっしゃればお売りしますよ。」
「いえ、今はどこの領地も領民が減って財政が厳しいので。」
――はぁ、一言多いのも嫌だけど、この人は最後の一言が足りないんだよね。だから何?って突っ込みたくなる。
「王族と面会して聖母としての位を賜れば、不満は解消されるのではないかと。」
ここで私はアルフレッドとリゼルダに意見を求める。
「どうすればいいですかね?」
「もらって事が収まるならいいんじゃないかい?」
リゼルダはやっぱりリゼルダだった。アルフレッドも言い方は違うが概ね同意だった。
「これもタカさんやシノさんと相談してみます。」
「ではこちらから招待状をお送り致しますので。」
そう言ってブレイドは帰っていった。
「相談してみるって言ったのに、話しもちゃんと聞けないの?」
「城の文官なんてあんなもんだよ。」
リゼルダがブレイドのお茶を下げながら言うとアルフレッドも頷く。
「面会の衣装を準備しなくてはならないね。うちに任せてもらえるかな?」
「ええ、それは構いませんけど、庶民らしいものでお願いしますね。」
アルフレッドは笑いながら了承してくれた。