訳あり物件とエレインの帰還
南門の近く、木立を抜けたところで馬車から降りるとヴィンスが辺りを指しながら説明を始めた。
「この辺りが現在売りに出されている土地です。元々は上位貴族の領地ですから土地は広大ですが、四年前に魔獣の群れに襲われて壊滅しています。」
「そんなところに工房を作って、働きに来てくれる人がいるんでしょうか?」
「サウラドラゴンやイグレットバードを狩る神獣がいれば何の問題もないと思われます。」
「貴族の領土なら跡継ぎがいたりしませんか?」
「一人娘が嫁ぎ先で亡くなっています。領主様は領土を売って孫に遺産をと考えていらっしゃいます。」
――貴族のお家騒動かぁ。訳あり物件だね。
「一部を買うことはできないんでしょうか?そんなに広大な土地は必要ないですよ。」
「サウラドラゴンの素材で買えますよ?領主様は病で臥せっておいでですし、亡くなられた場合国に帰属することになるため急いでいらっしゃいます。」
――そんな情に訴えられてもなぁ。
私は振り返り、後ろを歩いているリゼルダに聞いてみた。
「リゼルダさん、どう思います?」
「買えるんなら買っちまえばいいだろ?広くて困るもんでもないし。」
「ですよねー。」
こうして土地の購入が決まった。書類はヴィンスが用意してくれるので、素材が売れてから契約することになった。
それからしばらくはリゼルダのお店で売る洋服や籠を作りながら過ごしたが、とりあえず購入した布の品質に納得がいかない。早く工房を立ち上げて素材から全てを自分で作りたい。
そして魔獣の解体や土地の契約が終わった頃、エレインが帰ってきた。
「露ちゃんおかえりー。」
久しぶりに見るエレインはなんとなく……全く変わっていなかった。
――一月ちょっとじゃ変わんないか。
それでも寂しかった思いをぶつけようと、両手をひろげて駆け寄ると、頭上に乗っかるものと目が合った。
「露ちゃん頭に何乗せてんの?」
「蛇だよ?」
「何で乗せてんの?」
「この体勢が好きみたいだから。」
エレインの頭頂部に頭を乗せ、胴体はそのまま後頭部から首回りを緩く一周し、尾が右肩から前に垂れている。
蛇の体は真っ黒で艶があり、目は金色、そして額板が青く輝いていた。
――不思議生物が増えたのね。
「露ちゃん紹介してくれる?」
「あっ、わかった?名前はオスロだよ。オスロ、ボスだよ。」
――それ、紹介になってないから。
「初めまして、オスロ。私はエレインの母でリオーネと言います。」
「ワシはウィズダム・スネーク。オスロという名を賜って契約を結んだ。そなたも契約者だのぅ。」
「オスロはねぇ、おじいちゃんなんだよ。」
そう言ってエレインは笑う。歳は六百二十七歳だと言うが、神獣と呼ばれる種族の寿命が千年から二千年ってことはまだ若い方ではないかと思う。
「ワシは五百年程前にもヒューマンと契約を結んだことがあるが、あやつはこういう話し方じゃったが。」
どうやら過去に契約したのがおじいちゃんだったようだ。
私はエレインより少し遅れて戻ってきた一行を見て驚いた。そこには帰ったはずのガルーと他にも子どもが増えていたのだ。
「おかえりなさい、皆さん。」
「ああ、今帰った。子どもたちのことで話しをしたい。」
クラウスはウォルフに見習いたちとギルドまで戻り、そのまま城へ状況報告に行くよう指示を出し、子どもたちを連れて孤児院へ向かった。
孤児院に着くとガルーはちびちゃんズたちといつも遊んでいた中庭に一緒に来た子どもたちを連れていった。
ガルーを見て、一番に駆け寄ったのはミランダだった。うれしそうにガルーの周りを跳びはね、少し離れたところで戸惑っている子どもたちに歓迎のハグをしていく。それを真似てイレーヌもハグをすると、戸惑っていた子どもたちも緊張が解けたのか一緒に遊び始めた。
ただ一人だけクラウスに抱かれた子どもは眠っているようだった。
応接室に入ると、シノとアリシアがお茶を用意して待っていた。ソファーに座るとクラウスは抱いている子どもについて話し始めた。
「先ずはこの子に癒しを頼みたい。水分はなんとか与えているが、魔力がかなり減っている。」
それを聞いて、アリシアが子どもを受け取り癒しをかけた。衰弱して顔色が悪かった頬にほんのりと赤みが差す。そのあとは私が受け取り魔力を流していく。大きさ的には一歳過ぎたぐらいだろうか?それにしてはグングン魔力が流れていく。
「ちっちゃいのに魔力量が多いですね。」
「小さくても竜人だからな。竜形になれば俺より大きい。」
――なるほど。器がデカイのね。
魔力の流れが止まると、身体の強ばりも取れ寝息が聞こえてきた。私たちがガルーの話しを始めるとシノが預かってくれた。
「ガルーはどうして戻ってきたんでしょう?」
「竜人族の国では親を失った子は自力で生きていかなければならないそうだ。ガルーが一人で生活できるなら受け入れると言われたが、ガルーが無理だと言った。あちらの国では基本的に竜形で生活をする。食糧は買うのではなく、狩らねばならない。ガルーはこれから親に狩りを教えてもらうぐらいの歳だ。一人で生きるのは難しいだろう。」
「助けてくれる大人はいなかったんですか?」
「ヒューマンとは常識が違う。結束は固いが他者の子どもを育てることはしないそうだ。その辺は竜人族特有のものだと思う。そして一緒に来た子どもたちもガルーと同じだ。親のいなくなった巣穴で飢えていた。」
ガルーと同じ。それは親が狩られたということだ。行き場のない怒りが湧いてくる。
「竜人族を狩るのは素材のためですか?昔から行ってきたことでしょうか?」
「国として認められている以上、普通に考えて狩ることはない。魔獣とは明らかに姿が違うから間違えたなんて言い訳も通用しない。だが、ガルーは両親が狩られるのを見ている。誰かが竜人族を狩っているのは確かだろう。ウォルフに報告させているので、近いうちに調査に入ると思う。」
オルドラ王国は奴隷を禁止している国なので、全ての種族が普通に暮らしている。だが、私たちが召喚されたパルド王国は奴隷制度があるため、他の種族どころかヒューマンも奴隷として売買されていた。
ガルーたちが竜人族の国で生活をしても、狩られてしまう可能性が高いというならオルドラ王国にいればいいと思う。
孤児院で生活をして大人になってから国に戻ることもできるし、このままこの国で生きていくこともできる。今は子どもたちが少しでも安心できるように生活を整えることが大切だ。
子どもたちを孤児として申請すれば、修道館から何人か派遣されてくるだろうが、そうなるといつまでも私たちが孤児院にいるわけにもいかない。
私は工房を作るために、土地を購入したことを話した。
「あの土地を……。」
「クラウスさんはご存知なんですか?」
「ああ、魔獣の討伐に参加したからな。」
「そうだったんですね。領主様の館はそのまま使ってもいいと言われていますので、そちらに移ろうと思っていたところです。」
私たちは皆アイテムボックスを持っているので、バッグ一つで引っ越しができる。
「明日にでも館を見に行って、掃除や買い出しをしたいと思います。」
「それなら俺も一緒に行こう。領地内に魔獣の痕跡がないか確認しておきたい。」
「ありがとうございます。ではまた明日よろしくお願いします。」
その夜は大変だった。ガルーの他に七人の子どもが増えた。一歳が一人。五歳が三人、七歳が三人。総勢十二人になったのでご飯もお風呂もてんやわんやだ。シノと私は慣れているが、アリシアは少々パニックになっているようで、おろおろしながら行ったり来たりしている。
修道館から聖女が派遣されてくるとはいえ、ちょっと心配になってしまう。