見積もりと受付嬢
ジグセロは装飾品から私たちへ視線を移し、「お任せください。」と言った。
「先日の刺繍絵画も素晴らしかったです。兄から買い取った数十倍の値で売れましたよ。今回はうちの儲けを最小限に抑えて買い取り価格に回しましょう。いつも兄がお世話になっていますから。」
――マルセロの上をいく人がいたとは……。
「そう言っていただけると助かります。よろしくお願いしますね。」
「見積もりの方は私が手伝おう。」
アルフレッドがそう言って筆記用具と計算機を持ってくる。
その間私はリゼルダと工房の土地について話しをする。
「市街地では難しいだろうね。このすぐ近くの南門を出たところなら借りるか買い取るかできるはずだよ。」
「土地を買うとなると、建物も一から作るんですよね。ジグセロさんがいくらで買い取ってくれるかによりますね。」
そう言って見積もり作業中の二人を見る。
「それより魔獣を狩って素材を売った方が早いんじゃないかい?」
「それは無理です。私Fランクですよ。武器も魔術も使えませんし。」
そんな私を見て、リゼルダは「はぁ。」とため息をつく。
「誰もあんたが魔獣を狩れるなんて思っちゃいないよ。ちっちゃくても神獣を連れてるじゃないか。」
――なるほど!ちっちゃくないの連れてた。
小さい姿に慣れてしまってペットにしか見えていなかったが、助格コンビは神獣なのだ。
「助さん、格さん、魔獣を狩れる?」
「我らは得意だ。狩ってきたら肉を食えるのか?」
「そうだね。大きい魔獣ならいっぱい食べられるね。」
魔獣のお肉は美味しいらしいし、お肉が手に入れば孤児院での食費も助かる。
「解体や、素材の買い取りは冒険者ギルドで頼めるんですよね?」
「ああ、数をこなせばランクアップもできてちょうどいいじゃないか。今はうちのがいないから、あたしがついて行ってやるよ。」
なぜだかリゼルダが張り切っている。
――そういえば元冒険者って言ってたような。
「そうと決まれば、明日の朝イチで行くよ。楽しみだねぇ。」
リゼルダの楽しそうな様子に後ろで作業をしていた二人も首を突っ込んできた。
「リゼルダ一人じゃ心配だ。私もお供させてもらうよ。」
「魔獣の素材は見逃せません。僕もご一緒させていただきます。」
――なんだか大事になってきたよ。まあ、この機会に私は素材採集のクエストでも受けてみようかな。
アルフレッドとジグセロが作業に戻ると、私たちはお弁当の話しを始めた。気分はピクニックである。
見積もりが出来上がったのは、お昼を少し回った頃だった。
「今回は大青貨一枚と小青貨5枚になります。よろしいですか?」
――いやいや、よろしくないですよ。青貨って何?
「すみません、青貨とは何ですか?」
「金貨の上の硬貨ですよ。」
「ええと……位は十ずつ上がるから……一億五千万!!」
――どう見積もったらそんな無茶苦茶な金額になるの!おかしい、価値観がおかしい。
「それなら村ごと買えるんじゃないかい?それでも建物や設備を揃えるためには魔獣狩りが必要だね。」
村ごと買わなくても、それなりの土地なら建物や設備、保育施設に人件費を賄ってもお釣りがくる気がするのだが、魔獣狩りを止める気はないらしい。
――ダメだ。私の常識が全く役に立たない。
商業ギルドにいたので、正式な書類はすぐに完成し、お金と装飾品の受け渡しも問題なく終わった。初めて見た青貨はメタリックブルーでとてもキレイだったが、持っていてもそうそう使うことなどないのでギルドの銀行に口座を作り全額預けておいた。
銀行はギルドカードで出し入れができて、冒険者ギルドも共通なので、とても便利だ。
相変わらず受付の女性の態度が気になった私は、思いきってリゼルダに聞いてみた。
「ここも冒険者ギルドも受付の女性がいつもぶっきらぼうだし、いつもこそこそ話してるのが気になるんですよね。」
「そりゃあんたが王都に来たときクラウスさんと一緒にいたからだよ。あたしはやっと嫁を取る気になったって喜んだよ。まぁ、うちの人とエレインを見て誤解しちゃったのは、恥ずかしい話だけどさ。」
リゼルダは笑いながら話しているが、クラウスと一緒にいたことと、女性たちの態度が結び付かない。私が首をかしげていると、リゼルダが話しを続ける。
「クラウスさんは近衛騎士団長の家系だけど、クラウスさんもトラヴィスさんもまだ独身だ。冒険者ギルドは特に嫁の座を狙ってるいいとこのお嬢さんが受付に入ってるし、そうでなくてもあんたはライバル視されてるからねぇ。」
――私四十代、子持ちのおばさんなんですけど?既に若さで敗北している気が……。
「理解できません。それにしたって態度が悪いことが耳に入る可能性は考えないんでしょうか?」
「本人の前では可愛くしてるのに、裏で態度がまるっきり違うなんて普通のことだろ?クラウスさんたちもそれにうんざりして結婚する気がないんだから。」
――この世界、感情表現がストレート過ぎない?接客業としてはあり得ないよね。
でも私に対する態度がただの勘違いとわかってスッキリした。腹は立つけど気にする必要はなさそうだ。
私はアルフレッドとジグセロにお礼を言って商業ギルドをあとにした。雑貨屋の前でリゼルダにもお礼を言って別れる。
――さて、帰って夕食の準備だ。お弁当の下拵えもしなきゃね。
リゼルダ以上に助格コンビが楽しみにしているようで、尻尾がピコピコと全力で揺れていた。




