布屋と商業ギルド
リゼルダは新装開店後お客さんが多く、しばらく休みが取れそうにないと言い、私はその間もちょこちょこと手持ちの材料でかごや服を作っては持って行き、気持ちばかりのお手伝いをしていた。
そして気づいたことが一つ。こちらの世界に来てから、かごを編むにしろ、服を縫うにしろ、とにかく速い。ミシンが無いことを嘆いていたのに、無くても何の問題もないぐらい手が動く。これは間違いなく家事スキルのお陰だと思う。その上、癒しの魔術を使うことで疲れ目や肩凝りからも解放された日にはうれしくて叫びたくなったくらいである。
そのためワンピースを作るのにも、普段なら面倒でしないプリーツを入れてみたりしている。
孤児院の子供たちとちびちゃんズにはお揃いのオーバーオールを作った。一日中走り回って遊ぶのにワンピースは向かないからだ。
――ちっちゃい子のお揃い……可愛いすぎる。
この可愛さに私は俄然やる気になった。
待ちに待ったリゼルダのお休みの日。雑貨屋に行くと、リゼルダともう一人若い女性がいた
「あんたに紹介しとこうと思ってね。ロアンヌだ。上の息子の嫁だよ。」
私たちが挨拶を交わすと、店の裏手から小さな女の子が入ってきた。女の子は「ママー。」とロアンヌに駆け寄る。
「孫のエイリンだよ。」
リゼルダはそう言って、エイリンにクッキーを渡す。
ロアンヌはリゼルダのお店が忙しいので、エイリンを連れて手伝いにくることになったらしい。
この国では、子どもが見習い仕事を始めるまで母親が家で育てるのが普通だという。子育てをしながら機織りをし、家族の服を作る。
「ある程度大きくなるまでは、サイズも直ぐに変わるし、汚れたりもするでしょう?子どもが小さいうちは本当に大変ですね。」
私の言葉にロアンヌはそうでもない。と笑う。産まれて二年ぐらいは子どもに付きっきりになるので、皆が出産祝いに服を贈る。そのため小さいサイズほど古着が多く、買い足すのも楽で、大変なのは三歳ぐらいからだと言う。
動きが激しくなるので、穴が空いたり破れたりとサイズアウトしても、古着屋に売れる状態ではないらしい。
そうなると必然的に作るしかなくなる。
――確かに三歳以上のサイズは飛ぶように売れたね。
私は仕事をしている間、孤児院にエイリンを預けるのはどうかと提案したが、親がいるのに孤児院に預けるのは外聞が悪いと言われた。
それはまたゆっくり話すことにして、リゼルダと布屋へ向かった。
「ほら、そこだよ。」
リゼルダが指差す先には【タウゼン商会】というお店があった。中に入ると光沢のある色とりどりの生地が並んでいて、グッとテンションが上がる。
私は手触りを確かめようと折り畳まれた生地の並ぶ棚に手を伸ばした。
「それは貴族様のドレスを作るための物だよ。手を触れないでおくれ。あんたらのはそっちの隅にあるよ。」
奥から出てきた女性が指す方向にはいくつかの布が無造作に置いてあった。
――えっこれだけ?
白い布に薄い緑と青、他にもいくつかあるが、全体的に色が薄い。
私はリゼルダに向かって小声で質問する。
「この布はどこで織られているんですか?」
「さっきも話しただろう?家族の服を作って余った布は売って少しでも金にするのさ。」
「糸は買ってくるんですか。」
「ああ、質にこだわらなければそんなに高くもないし、色ムラがあればもっと安いよ。」
それなら織るところから始めた方が早そうだ。ここにあるものだと織り目が荒すぎて、嫌。作れなくはないけど嫌!可愛い服を作るためには妥協できない。
リゼルダと一から作る方向で話していると、入り口のドアベルが鳴り眼鏡をかけた紳士が入ってきた。
紳士はリゼルダに気づくと「やあ、待たせたかな?」と声をかけ、私たちの方へやって来た。
「初めまして、私は商業ギルドでギルド長をしているアルフレッドです。あなたがリオーネさんですね。」
「はい、そうです。あの、リオーネで構いません。」
「ではリオーネ。リゼルダから話しは聞いています。今日は布を買いに来たんでしたね。良いものは見つかりましたか?」
「いえ、私の欲しいものはありませんでした。」
私の言葉に少し驚いたように目を瞬き、周りを見回す。
リゼルダが顎をクイッと外へ向けると、アルフレッドは頷き、お店の入り口に向かって歩き始めた。すると出ていこうとするアルフレッドにお店の女性が声をかける。
「ギルド長、例の装飾品はハウゼンの店に卸してもらえるのかい?」
その言葉にアルフレッドは振り向き私に問う。
「どうだい?リオーネ。君の作った装飾品を出す気はあるかい?」
「いいえ、今はリゼルダさんのお店に置いてもらっているので。」
「そうか。だそうだよ。」
そう言って、さっさと出ていってしまった。
お店の女性が「えっ?あんたが……。」と呟くのが聞こえたが、私とリゼルダもアルフレッドに続いてお店を出た。
「私の執務室まで来てもらってもいいかね?リオーネには商業ギルドに登録もしてもらいたいのだが。」
アルフレッドが歩きながらそう言うと、リゼルダも「それがいいと思うよ。」と言うのでそのまま商業ギルドへ向かった。
商業ギルドは冒険者ギルトとは違った賑わいをみせていた。皆が書類のような紙束を持ち、服装も比較的キレイだ。ただ、受付の女性がこそこそ話しているのは変わらないが……。
私たちはギルド長の執務室へ通され、先に登録をする。
アルフレッドも聖母の表記に驚いていたが、口外しないと約束してくれた。
アルフレッドとリゼルダは幼なじみらしい。どことなく言動が似ているのは共に育ってきたからだろうか。
私が異世界から来たこと。リゼルダのお店に出している物はそこで作った物で、今後はこの世界の素材で作っていかなければならないことを簡単に説明する。そして先ほどの店では庶民用の布の質が思った以上に悪かったことから、布を織ることから始めようと思っていることも話す。
「誰もが機織り、裁縫ができるのなら、働き手には困りませんよね?まあ、当然雇用して給料を払うとなると、それなりの質は要求しますけど。」
「子どもを連れて働きに出るのは難しいんじゃないかね?」
「私のいた世界では、両親が外で働くために、その間子どもたちを預かってくれる場所がありました。私は今孤児院で預かってもらっているのですが、外聞を気にするのであれば保育園を作ることも考えたいですね。」
やはり前例の無いことをしようと思うと説明が大変だ。保育園については、シノにも協力してもらわなければならない。
私は自分がやりたいと思っていることをまとめてみる。
「布を織ること。服を作ること。そのためには場所と人員を確保することと、設備を整えることが必要ですね。それができてから保育施設です。」
ざっくりしすぎてとても簡単に聞こえるが、問題しかないことがわかった。
「一つずつやっていくしかないが、費用はどうするつもりだね?」
「そこなんですよね。売る物ならあるんですけど、その度にマルセロさんを呼び出すわけにはいかないですからね。」
「それならうってつけのヤツがいるじゃないか。」
リゼルダがアルフレッドに向かってニヤリと笑うと、アルフレッドも顎を撫でながらニヤリと笑った。そしてベルを鳴らし、入ってきた女性に手紙を渡すと、直ぐに持っていくように言った。
それから金策のために売りたい物を並べて見せる。中にはウォルフがリゼルダのお土産に購入したのと同じようなコンパクトミラーもある。他のデザインを見てもウォルフが選んでくれた物が一番好きだとリゼルダは言った。
「こんなことを聞くのは悪いとわかっちゃいるけど、あの人はいくらで買ったんだい?」
「小銀貨三枚ですけど。」
「「はぁ?」」
二人の声が揃った。マルセロの売り付ける値段が基準になっているから、驚くのも無理はない。あのときは価値がよくわかっていなかったからだ。もうそんな安売りはしない。
コンパクトミラーやブローチにネックレス、他にもスノードームなどたくさんある。アルフレッドは商品その物より、素材や工程に興味があるようで、仕事道具が見たいと言った。
私はアイテムボックスから工具箱をいくつか取り出すと開けてみせた。
工具箱はそれぞれ専用の道具が入っている。はさみやピンセットは用途によって違うし、ビーズは大きさも色もけっこう頑張って揃えていた。
「アルフレッドは元々職人になりたかったから、そういうのが好きなんだよ。」
商家に生まれたので職人にはなれなかった。とアルフレッドは笑って言った。
ちょっとしんみりしてしまったタイミングで、先程手紙を持って行った女性がマルセロを連れて戻ってきた。
「あら、マルセロさん。お久しぶりですね。」
私の挨拶に一同が笑う。
「よく間違えられますが、マルセロは兄です。初めまして、弟のジグセロです。」
兄弟といっても双子だった。顔は同じだけど服装が違うし、眼鏡をかけていなかった。
「これは!」
そう言うと、ジグセロはテーブルの上にかじりついた。知らないものを前にしたマルセロと同じ反応に笑ってしまう。間違いなく同じ遺伝子だ。
「これを買い取って欲しいんです。できるだけ高額で。」