お願いと要請
私たちは物置になってる部屋の掃除から始めた。物置といってもそんなに物があるわけではなく、板や木箱がいくつか積み上がっているくらいだ。一通り確認してから洗浄の魔術で部屋ごと丸洗いする。そして現在の店舗から商品を移動させて、店舗も洗浄するつもりなのだが、扉が一つなので少しずつしか移動できないのが不便だ。
「この壁取っ払えないですかね?」
そう言って私が壁をコンコンと叩く。
「後付けの壁だから簡単に外せるはずだよ。あんた、お願いできるかい?」
リゼルダに頼まれて、ウォルフは端の一枚の釘を抜いて外すと、少しずらして組まれている部分を離し、あとはそう、障子や襖のように上に持ち上げて外していった。
壁が無くなれば移動も簡単で、店舗部分もすぐにキレイになった。
「この扉や壁板は捨てるのか?」
「いえ、ディスプレイに使うので立て掛けておいてください。」
再利用できるものは使わないともったいない。ウォルフに部屋の角にまとめて置いてもらった。
洗浄の魔術で綺麗になったお店でリゼルダの入れてくれたお茶を飲みながら休憩していると、マルセロがやって来た。
「こんにちは、皆さん。今日はどんなご用でしょう?何やら面白いことが始まりそうですね。」
マルセロはいつもと変わらない穏やかな笑顔で辺りを見回した。
「お忙しいのにすみません。マルセロさんに是非お願いしたいことがあるんですけど。」
私はそう言ってアイテムボックスから大きな布を丸めた物を取り出し、広げて見せた。
刺繍にハマった時期にキットを買って挑戦した刺繍絵画で、小川の畔の水車小屋の絵だ。途中で飽きて他のことを始めたので、完成までに二年もかかってしまった。
召喚された日、この絵を気に入っていた友人に居候させてもらうお礼にしようと貸し倉庫に入れていたものを持ち出していたため、この世界に持って来れた物だ。
「これを売ってもらえませんか?材料費、製作時間を考えると小金貨三枚は欲しいです。それに異世界の風景という価値を上乗せしてしてください。」
「御安いご用です。その代わり後で私のお願いも聞いてくださいね。」
そう言って刺繍絵画を抱えて出ていった。
――私、返事してないけど……。
店舗内を生活用品と服飾雑貨に分けようと話していると、マルセロは大金貨を二枚も持って帰ってきた。交渉するときに魔術でも使っているんだろうかと思ってしまう。
「さあ、約束通り私のお願いを聞いてくださいね。」
「約束した覚えはないんですけど……。」
「でも私はきちんとお仕事しましたよ。今回はかなり頑張りました。」
「……そうですね。私にできることであれば。」
笑顔でグイグイ押してくる。なかなか侮れない人だ。
「そんなに難しいことではありませんよ。リオーネさんの魔力をいただきたいのです。」
「魔力を?どうやって?」
「私は仕事上魔力を大量に使うのですが、回復薬を飲みすぎると体調を崩してしまうので、リンネットさんにしていたように魔力をわけていただきたいのです。」
「ああ、充電器ですか……。それぐらいなら、まあ。」
マルセロは特級魔導師の補佐をしているのだが、この特級魔導師は高齢のために魔力はあっても体力がない状態で仕事が捗らず、マルセロ他上級魔導師が回復薬を飲みながら仕事をしているそうだ。
回復薬の飲みすぎで体調を崩すと自分の研究が進まないので魔力が欲しいという。
――仕事関係なかった。まあ、いいけど。
改装を終えてから、と約束すると笑みを深め、帰り際「その時はついでに洗濯もお願いしますね。」と言って帰っていった。どうやらまた溜め込んでいるようだ。
お金の心配が無くなったので、木工工房の職人さんを呼んでレイアウトなどの相談をすることになった。次は職人さんの予定に合わせて雑貨屋に集合なので、久しぶりに何か作ろうと考えながら帰路につく。
エレインは明日からウォルフと冒険者としての修行に入るとうれしそうに話している。
――修行と言えば守護者っていうより忍者だね。ニンニン。
途中市場に寄ってオークの肉を購入する。今日は無性にピカタが食べたい気分だった。チーズを挟むか悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「リオーネ、買い物か?」
振り向くとそこにはヴィンセントが立っている。
――私、今ヴィンセントに名前呼ばれた……。
「ええ、そうです。夕食の買い物を。ギルド長はお仕事ですか?」
「……いや、城から帰ってきたところだ。」
「そうなんですね。お疲れさまでした。」
「ああ……。」
私はチーズのことなどすっかり忘れて、挨拶をするとそそくさとその場を離れる。
「ボス、せっかく推しに会えたんだから、もっとゆっくり話せばいいのに。」
「推しは見てるのが一番いいの!ゆっくりおしゃべりなんかしてダジャレとかオヤジギャグなんて言われたら理想が崩れるでしょ!」
私の中のヴィンセントは寡黙だけど、とっても優しい紳士なのだ。この異世界で奇跡的に見つけた心の栄養剤を失うわけにはいかない。
「オヤジギャグ……そんなことは言わないよ。明日からギルドの訓練場に行くけど、見習いの訓練を見に、よくくるらしい。」
「母も見たい。」
「ギルドに登録してるからいいんじゃない?」
そんな話しをしながら帰り、チーズのことを思い出すのはピカタを焼き終えたあとだった。
食事の準備ができた頃、クラウスが訪ねてきた。夕食に誘うとにっこり笑って席に着いた。子どもたちがお腹減ったの大合唱だったので、先に食事を始めてもらい、私は余ったオーク肉を出して追加を作る。
残りのお肉を全部使いきったから、さすがに足りると思うけど、肉食は侮れない。
思った通りに完食したあとは、お茶を飲みながらクラウスの話しを聞く。
「ガルーを竜人族の国へ送って行くのにエレインを連れて行きたい。今回は俺と、ウォルフと見習いを三人連れていく。見習いに少女が一人いるんで、エレインが一緒に来てくれると助かる。」
「師匠と修行。ナイフと魔術の合わせ技を教えてもらう。」
エレインが行く気になっているので、私がどうこう言うことでもないだろう。クラウスの申し出を了承すると日程を説明してくれた。
往復で四十日程。竜人族の国とは交易がなく、道がない可能性があるので、食糧や水を大量に持って移動する必要がある。見習いに野営や討伐を教えながらなので、時間がかかるらしい。
「あの、エレインもアイテムボックス持っているんで、訓練に必要な物以外は入れて行けばいいんじゃないですか?」
クラウスは「そうだったな。」と言い、少し日数が減らせるかもしれないと言った。
エレインには「出発は十日後だ。ウォルフに教えてもらい、荷を準備するように」と言って帰っていった。
ガルーは国へ帰れるとよろこんでいたが、ミランダはもっと一緒に遊びたいと泣きべそかいていた。