待遇と冒険者ギルド
私たちはそのまま中央会館に戻り、隣にある弧児院へ入った。
中に入ると、アリシアという若い女性が出てきて、院内を案内してくれる。
「今は孤児が二人だけなので、空いている部屋をお使いくださいね。荷物を置いたら応接室にご案内します。」
アリシアの話しを聞いていると奥の部屋から顔を覗かせている男の子と女の子が見えたが、私が笑いかけるとすぐに隠れてしまった。
「あの子たちはグレイとソフィです。夕食のときに紹介しますね。では応接室に行きましょう。」
応接室では今後について話しをしていく。
この国では十歳になると鑑定を受けて、適性に従って仕事を決め、見習いとして働き始める。そして十五歳で成人を迎えた時にもう一度鑑定をすると職業欄が追加される。その後は転職や結婚した時など、必要に応じて更新することができる。
しかし、例外があり、十歳で職業欄に聖女と書かれた子は、修道館というところで生活し聖女としてお勤めする。そして魔導師と書かれた子も魔術学院に入って基礎からで学ぶ。
トラヴィスの説明をまとめるとざっとこんな感じだ。
本来聖女は結婚が禁じられているので結婚しているシノや、子供のいる私を聖女として扱うのか城の中でも意見が分かれているという。
聖女としての待遇を受けるなら、修道館で生活することになるので生活は保証される。だが当然タカや子どもたちは一緒に暮らせない。
まあ普通に考えて答えは決まっている。
「私は聖女としての待遇は要りません。住民登録をさせてもらえただけで十分です。できれば今までと同じように自分の作った物を売って生活していきたいんですけど。まずはこの世界の常識を知る必要がありますね。」
知識を得たいと思っていることにはタカも同意し、シノも修道館に入ることは拒否した。エレインは「師匠に学ぶ」と言うのでウォルフに丸投げし、リンネットはまだ機嫌が悪いので放っておいた。
話し合いの途中でマルセロが戻ってきた。手に何やら紙束を持って……。
「文官長よりお手紙です。王侯貴族にお披露目するために舞踏会を開きたいらしいですよ。あと、魔導師団長からはリンネットさんに勧誘のお手紙です。」
「お披露目はお断りします。それより勧誘とは何でしょう?」
「待て、王族主催の舞踏会を断るとはどういうつもりだ?」
トラヴィスが私の質問に質問を被せてくる。
「聖女としての待遇を受ける気もないですし、作法も知らないですし、着ていくものもないですし……」
「でた、ボスので・すし。」
エレインは笑うが、トラヴィスは険しい顔をしている。
「そもそも踊れないですし、ちびちゃんズはじっとしていられないですし、めんどくさいですし……まだ続けます?」
「いや、もういい。」
トラヴィスがため息をつき手を振ったので、私はマルセロに向き直る。
「で、勧誘とは?」
「こちらの世界では十歳になると鑑定を受けて、自分の能力に合った仕事を決め、見習いとして働き始めます。リンネットさんは鑑定の結果、特級魔導師であることがわかっているので、ゆくゆくは魔導師団に入団することを前提に魔術学院で学んでいただきたいそうです。」
マルセロの話では、特級魔導師は上級より更に少なく、国によってはいないところもあるらしい。
現在オルドラ王国には一人だけいるが、高齢なので次代の育成を急ぐ必要があるのだとか。
一緒に話しを聞いていたリンネットはふてくされた顔で「魔術を使えるなら行ってあげてもいいけど。」と言った。
――だから何で上からなの?
ここまで黙って聞いていたトラヴィスが口を開く。
「どちらにせよ一度城の者たちと話しをする必要はあるだろう。待遇が決まるまではここで生活して、少しずつ慣れていけばいい。ここでの話しを報告しなければならないし、今日はこれで失礼する。」
そう言ってウォルフと奥さんのリゼルダを残してそれぞれに戻っていった。ウォルフはしばらく私たちのサポートをすることになり、リゼルダも手伝ってくれるらしい。二人もまた明日来ると言い帰っていった。
その夜は、アリシアと孤児のグレイとソフィも一緒に食事をした。ミランダは相変わらず直ぐ仲良くなり食後も子どもたちは楽しそうに走り回っていた。
次の日は、朝からウォルフとリゼルダに案内されて冒険者ギルドに向かう。エレインの登録をするためだが、するだけタダなら私もしたいとついてきたのだ。
「ついてきておいてなんなんですが、身分証出さなきゃダメなんですよね?この聖母ってとこ隠せませんか?だいたい聖母ってどんな仕事なんですか?あっ、転職したら書き換わります?」
思い付くまましゃべっていたら、ウォルフが受付の人と言葉を交わし、奥にあるギルド長の部屋へ通された。部屋に入った瞬間私の心拍が跳ね上がった。
――あああっ!ヴィンセントがいるよ。
子どもの頃に観た海外ドラマ。私の半獣好きの原点が今、まさに目の前にいる。興奮して話しを聞いていなかったので、もう一度説明してもらい冒険者登録を済ます。
もっとずっと見ていたかったけど、用が済んだのにいつまでもいるわけにはいかないので、エレインに引きずられるようにお暇する。ギルド長室の扉を閉めると私はウォルフに尋ねた。
「ウォルフさん、獣人族にねずみはいますか?」
「いや、見たことも聞いたこともないな。」
「そうですか……。いませんか。」
――ちょっとガッカリしたけれど、ヴィンセントに会えたもの。この世界ちょっといいかも。
「ボスはホントに好きだよね。」
「おっ?ギルド長か?」
「うん、好きだけど、好きっていうか、推しって感じだよね。」
「ああ、わかるー。」
「推し?わからん。」
ウォルフだけ話しが噛み合ってないが、私は気持ちが昂っているのでそんなことには気が回らない。その後は外で待っていたリゼルダと合流し、リゼルダが経営する雑貨屋にお邪魔した。
リゼルダのお店はとても賑やかだった。音ではなく見た目が。蝋燭や石鹸などの生活用品から服やバッグ、アクセサリーまでところ狭しと置いてある。
「ここでリオーネの作った物を売るのはどう?」
――ええっと、ここってどこ?
見渡す限り物を置けるスペースなんてない。それに石鹸とか蝋燭みたいに匂いのキツい物の隣に服を置いてるのも気になる。なんだか圧迫感もすごいし、ゆっくり見たいのになぜか焦ってしまう。
「リゼルダさん私の作った物を置くなら、いっそのことお店の雰囲気も異世界風にしちゃいませんか?」
思いきって提案してみると、リゼルダは一瞬目をを瞬かせたがニィっと笑う。
「へえ、面白そうじゃないか。でも異世界風って言われても想像がつかないねえ。」
そんなリゼルダにディスプレイについて話しをして、匂いのキツい物と匂いを吸収しやすい服などは離して置いた方がいいことを説明する。
最初こそうんうんと頷きながら聞いていたものの、終いには「好きにおし。完成を楽しみにしてるよ。」と丸投げしてきた。
「ボスに似たタイプ。」
「うん、自分でもそう思う。」
リゼルダとは似た者同士うまくやっていけそうだ。
お店の奥の扉を挟んだ向こう側は物置にしていると聞いてそちらも使わせてもらうことにした。
――さてと、許可はもらったし、あとは費用をどうするか……。
「ウォルフさん、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど。」




