マルシェと国境門
館へ戻ると、マルセロから話を聞いたトラヴィスが私の作った物を見たいと言うので、居間がマルシェのようになった。
ウォルフは水色の花とスワロフスキーを散りばめたコンパクトミラーを手に取り、奥さんへのお土産にしたいと言ったが、マルセロの小金貨七枚で売ったと言う報告に驚愕し、ため息をついた。
「マルセロさんはぼったくり過ぎなんですよ。ウォルフさんが持っている物ならこちらのお金で小銀貨三枚ですよ。」
ウォルフは私の言葉に胸を撫で下ろして一つ買ってくれた。
「露ちゃんのお師匠様ですから、ラッピングはおまけです。」
「ボス!名前。」
エレインに言われてハッと気づいた。早速やってしまったとウォルフたちを見るが、反応がない。
「名前がどうかしたのか?」
トラヴィスも私が間違えて呼んだことよりエレインの突っ込みを気にしている。
――これはもしかすると、もしかして。
私は御園夫妻の横に立ち、貴文さん、忍さん、そして反対を向き、露里、凛華、美都、伊織。と紹介するように名前を呼んでいく。
「名前なら知っているが、いったい何なんだ?」
――これはすごいよ!日本名を呼んでも異世界ネームに聞こえるなんて。異世界翻訳。万能ですね!
不信感全開のトラヴィスに私は異世界ネームに変えたわけを話したが、名前を変えたのは間違いじゃなかった。こちらの人は名を縛られないようにシークレットネームを持つらしい。
私とトラヴィスが話をしている間にもマルシェの前は盛り上がっている。私は助けてもらったお礼と出会った記念に、それぞれ好きな物を選んでもらい、プレゼントすることにした。
真っ先に決めたのはロベルトで、菱形のオーロラペンダントを回しながらずっと眺めていた。
ウォルフは球体の中に海を閉じ込めた置物。職業柄あまりキラキラしたものを身に付けることはしないと言った。
タカとシノは楕円形の中に宇宙を閉じ込めた物をお揃いで、ループタイとペンダントにした。
クラウスはシルバーの土台に緑色のグラデーションをのせて作ったバングルを早速着けて見せてくれた。
トラヴィスはガラスドームの中に宇宙を閉じ込め、中央に紫色の丸い天然石を入れた置物を選んだ。
そしてマルセロは「一番高価な物が欲しい。」と言うので、「売って素材を買う気でしょう?」と返したら図星だったようで、トラヴィスに怒られた。
それからとんぼ玉の簪を手に取って、自分のペンに着けたいと言うので、オルドラ王国に行ってから作ると約束した。
「ボクもペンダント欲しい。」
とリンネットが言えば、ミランダとイレーヌも欲しいと騒ぎだした。
「あんたたちは、今まで何個壊したと思ってんの!絶対ダメだから」
この先材料が入手できないかもしれない。それに売れるとわかったら壊されるわけにはいかないので、残った作品をさっさとアイテムボックスに放り込んでいく。その代わりにちびちゃんズには新しい服を、リンネットには欲しがっていたカバンをプレゼントした。
出発の日、私は朝早くからキッチンに立ちお弁当を作る。
――お弁当と言えばもちろんおにぎりだよね。
肉食たちのために、オークやクロウブロイラーは昨夜から漬け込んでおいたし、お魚も塩焼きにしてほぐしてある。クラウスに手伝ってもらってマヨネーズも作ったので、いろいろ作れそうだ。
お肉の焼ける匂いで肉食たちが起きてくるが、お肉はお昼ごはんなので、朝は軽くサンドイッチを食べてもらった。
準備万端、オルドラ王国へ向けて出発進行!
館を出ると目の前に置いてある荷車に幌がついているのに気づいた。オルドラ王国に入るまで人目につくわけにはいかないと急いでつけたらしい。
街の門を通る前に幻術を使い私たちの姿が消えていることを確認すると、トラヴィスとマルセロを先頭にゆっくりと進んでいく。しかし、街の門番は身分証と人数を確認しただけで荷物のチェックも無く簡単に出ることができた。王都にしてはゆるゆるの警備だとロベルトが言った。
国境門に着くのは夕方になるので、手前の町で一泊するか、門を出て野営をするか、どちらがいいかと聞かれたが、私たちはとにかく早くこの国から出たかったので、野営を選んだ。
王都を出てからは私も御園夫妻も歩くつもりでいたけれど、絶対ダメだと言われてそのまま荷車で移動した。
平坦な道でもこれだけの人数が乗っていれば、かなり大変だと思うのだが、クラウスはなんてことないと笑っていた。
――さすが偉丈夫、その筋肉は伊達じゃないね。
昼食は少し遅めになってしまったが、アイテムボックスに入れたお弁当は作りたてのように温かかった。
肉入りおにぎりはあっという間に無くなり、肉食たちはお肉が足りないとぼやいていた。
予定より早く日が傾く前にパルド王国の国境門にたどり着いた。幌の隙間から覗けば国境門の前には行列ができているのが見えた。リンネットが幻術をかけ幌を半分開けて息を潜めて進んでいく。
歩きの人たちは身分証を見せ、そのまま境界を越えていくが、幌馬車や積み荷が大きい荷車はチェックが厳しいようだった。
私たちは荷車の前側に座っていて、後方に樽を三つと木箱を一つ積んで後ろからロベルトが押して進んでいた。マルセロが門番にまとめて身分証を見せると、そのうちの一人が近づいてきて、荷を見せるように言った。
樽の中身は 一つが水。二つがお酒だ。木箱には干し肉やパンなどの食糧が入れてある。
確認をしている門番にトラヴィスが厳重なチェックの理由を尋ねると、何かが書いてある紙を渡しながら話し始めた。
「城から奴隷が逃げたんだとさ、しかも装飾品を盗んだらしい。王都から出られるとは思わないが、仕事だからな。じいさんばあさんと、女が二人に子どもが三人だ。一緒にいるかバラバラに逃げているかはわからんが、もし見かけたら手紙を飛ばしてくれ。」
そう言ってお酒の入った樽を開け、「うまそうだな。」とへらへらしているあたり、全く警戒感がない。
荷の確認が終わり、通行許可が出たと同時に後ろに並んでいた馬車の荷が崩れ、馬が暴れだした。皆の視線がそちらに集中する。
すると突然荷車に幌がかけられ動き出した。大きな音にちびちゃんズが目を覚まし、「お母さん!」としがみついてくる。早足で進んでいるから振動が大きい。横を見ればリンネットがぐったりしていた。
「リンちゃん!大丈夫?」
ちびちゃんズを両脇に抱えているので、リンネットの様子を見ることができない。エレインに頼もうと思い顔を上げて辺りを見回すが、座っていたはずの場所にエレインの姿はなかった。
「エレイン?」
私の声にエレインが荷車に飛び乗ってきた。
「何で外に出てるの?リンちゃんを見てちょうだい。」
「リン。大丈夫?」
「疲れた。身体が動かない。」
「師匠。リンが動けない。」
エレインがウォルフに声をかけると、しばらくして荷車が止まった。ちびちゃんズをシノに預け、リンネットの側による。ぐったりとしたリンネットを見てマルセロが魔力を使いすぎたのだろうと言った。
「どうすれば戻るの?」
「回復薬を飲めば大丈夫ですよ。」
マルセロが笑顔で言うので大丈夫だとは思うけど、魔力が枯渇すると崩れて消えてしまうと聞いていたので、不安が残る。
回復薬をもらい、リンネットに飲ませようと身体を抱き起こす。するとリンネットに吸われるように、私の手から魔力が引き出された。魔力の流れが止まるとリンネットがガバッと起き上がる。
「お母さんすごいじゃん。魔力がグワァっと流れてきたよ。充電器みたいね。」
――元気になってなによりだけど充電器って……酷くない?




