かくれんぼと出発準備
朝食を済ませると、御園夫妻も同席して昨夜の件も含めて話し合いが始まった。
できるだけ早く帰国することに反論は無かったけれど、国境門を通る方法が決まらない。身分証無しで通れるのは奴隷だけだが、私たちが奴隷に扮しても奴隷を集めていた国が出国を認めるとは思えない。計画が行き詰まったところでミランダとイレーヌが走り込んできた。
「リンちゃん見た?」
「もーいーかーい」
「もーいーよー」
私たちのすぐ後ろで声がして皆が視線を向ける。でもどこにも姿がない。エレインが「サーチ」と言って目の前に出ているだろう画面を見つめて「ソファーに座ってる。」と言った。
「ソファー?誰もいないけど。」
私の言葉にリンネットの笑い声が聞こえ、突然姿を現した。
皆何が起こったのか理解できていない。
「あんた、何してるの?」
「スキルの練習。お姉ちゃんのサーチには効かないみたいだね。サーチって誰でも持ってるスキル?」
リンネットの質問にウォルフが答える。
「いや、聞いたことがない。それはどんなスキルだ?」
「ええっと、自分を中心にどの方向に何人いるかが、こう目の前の画面に出てくる感じ。」
そう言ってステータス画面が出る辺りを四角く囲む動作をするが、いまいち伝わっていないようだ。
「家族とタカさんたちは登録しているから、見えなくても誰かわかる。師匠たちも登録していい?」
――はい?今師匠って聞こえたんだけどいつの間に?
「それは構わないが、すごいスキルだな。」
「いや、それよりもリンちゃんが突然現れたのはどういうことですか?」
ウォルフの返答と同時にロベルトが興奮して立ち上がる。
「これはボクのスキルで幻術だよ。かくれんぼには最適だよね。」
「それです!」
得意気なリンネットの言葉にマルセロも立ち上がる。トラヴィスが二人に座るよう促し、話を続ける。
「確かにかくれんぼには最適だな。リンネット、それは自分以外も隠せるのか?」
「範囲指定すれば大丈夫。」
そう言って手を動かすと、トラヴィスが目を見開き。「これならいける。」と呟いた。
リンネットが幻術をかけると、トラヴィスには目の前に座っていた私たちの姿が見えなくなったそうだ。
無事国境門を越える方法が決まり、帰国準備を始めることになった。
私はクラウスとマルセロと一緒に道中の食料品や必要な物を買うために市場へ向かう。
「ここからオルドラ王国までどのくらいかかるんですか?」
「歩いて二十日程だな。」
――ひょえー、二十日も歩くの?
「それじゃあ、食材いっぱい仕入れないとダメですね。」
「ああ、でも途中で二つ街があるし、魔物が出れば肉には困らない。」
――やっぱり主食は肉ですか。
「途中がどうかわからないんで、できるだけ買っておきましょう。」
「それなんですが、買おうにも手持ちが少ないのです。」
マルセロがお財布をぶら下げて揺らして見せた。
私はアイテムボックスからガラス細工の髪飾りを二つ取り出し、クラウスとマルセロに見せる。
「これはすごい。この赤い宝石は何ですか?これ程濃い色は初めて見ます。」
「これはガラスです。窓にはまっているヤツと同じですが、これって売れますか?」
私の説明に窓と髪飾りを見比べたマルセロがちょっと悪い笑みを浮かべ、クラウスに財布を押し付けるとそのまま富裕層の商店街へ走って行った。
残された私たちは、とりあえず手持ちで買えるものから仕入れることにした。
市場に入り先ずは野菜を買い込み、肉屋に向かっていたところで私はお米を見つけた。
――あったよ!お米。やっぱ主食は米だよね。
お米は絶対譲れない私と米より肉を優先したいクラウスが睨み合っていると、マルセロが割り込んできて極上の笑顔で言う。
「売れましたよ。小金貨七枚で。」
クラウスは一瞬驚きの表情を見せたが、にっこり笑って、「上等な肉が買えるな。」と呟き。お米を好きなだけ買っていいと言った。こちらのお金がいまいちわかっていない私は、小金貨がどのくらいの価値なのかわからない。マルセロに教えてもらい、そこで初めて驚いた。
「七十万円!ガラスって言いましたよね?マルセロさんは詐欺スキルでも持ってるんですか?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。素材はガラスでも、色もデザインも技術もこの国では誰も見たことがないものですから、国外に初めて出したと言えばこのくらいの価格になりますよ。王に取り入る材料として考えれば安いものでしょう。」
「でも、王様の近くには私と同じ世界から来た人がいるわけで……すぐにバレちゃいますよ?」
「……では、急いで出国しましょう。」
お米をいっぱい買ってご機嫌な私と上等なお肉とお酒も買ってご機嫌なクラウス。残ったお金で希少な素材を買ってご満悦のマルセロ。そんな私たちが館に向かって歩いていると、別の買い物をしているウォルフたちに出会った。
こちらはどうも暗い感じがした。エレインを除いて。
「ウォルフさん、どうしたんですか?」
「ああ、帰りは大所帯だろ?幌付きの馬車を買おうと思ったんだが、手持ちが足りなくてな。」
「馬車ですか?タカさんご夫婦とちびちゃんズが乗れれば、荷物はアイテムボックスに入れますし、そんなに大きくなくても大丈夫だと思いますけど。」
「師匠はあたしらが野営に慣れてないだろうからって。あたしは野営でいい。師匠と一緒。」
ウォルフの優しさはうれしいが、冒険者の旅に馬車は逆に目立つ。荷車もあるので、大きめのタープとロープを購入して館に戻った。




