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聖女と大魔王は己に磔刑(たっけい)を望む

作者: 奥久慈 しゃも

 聖女。慈愛に溢れる女性を指す言葉であり、神聖視されることには慣れたもの。けれども、教会の女神像へ祈りを捧げる毎日に、私は不安を募らせるばかりだった。

「ただ善を重ねるだけの人間が、私には何処が特別なのか分からなくなるがことあるわ」

 これは、幼馴染のアベルにだけ話す秘密の会話。彼は決して色目を使わず、等身大の私を見てくれる。

「何を言っているんだ。君が簡単に言っていることは、大抵の人間にはとても難しいことさ」

 アベルは謙遜しなくて良いと言ってくれるものの、私は変化のない自分に自信を持てなくなっていた。

「私は不安なの。善を重ねていく内に、いずれは惰性となっていくのではないかって。もしかしたら、私は既に善を善と認識していないのかもしれない……。それは、単なる偽善者よ」

 アベルは小さな頃から、泣き虫だった私の涙をその指で拭ってくれた。それは大人になった今でも変わらない。

 今にも零れそうな、目尻に溜まった私の涙を、彼の親指の腹が優しく撫でる。

「君の言っている通り、君の行いは既に偽善とすり替わっているのかもしれない。けれど、君の行いに慈しみの一切が無いわけではないのだろう?」

 アベルが優しくあればあるだけ、私の心は自分の無力さに悲鳴を上げる。

「貴方は相変わらず優しい心を持っているのね。私よりも余程、貴方が民の拠り所になるべきなのに……」

「違うよ。僕は君がいるから強くあれる。君が聖女として、民の光でいてくれる限り、僕はどんな火の粉だろうと振り払えるのさ」

 貴方が誰よりも強がりなことを私は知っている。

「私は貴方を一番に慈しむ自負がある。それなのに、私は一番に貴方を傷つけてしまっている。私はそれが耐えられないの!」

 アベルの表情から一瞬だけ笑顔が消えた。

 しかし、それは瞬間の出来事に過ぎず、私の言葉は刹那の楔にしか成りえなかった。

「おいおい、そんなことを大きい声で言うものではないよ。さて、もう時間だ……また来るよ」

 そう言って振り返って見せるアベルの背中は、徐々に遠くなっていることに彼自身、気が付いていないのだろう。

「貴方と一緒なら、私はこんな居場所なんて必要ないのに……」

 アベルの背中を引き留める言葉を、私は既に持ち合わせてはいない。

 魔王としてのアベルを止める為には、もう、彼の鼓動すら止めなくてはいけないのだ。

 いずれはやがて、惰性の産物と成り果ててしまうのだろう。

 私が慈しむ果てに流す。この、涙でさえも。


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