試験編Ⅴ 武器商と少年
僕の番号は掲示板に見当たらない。四日で五試合、二日連続で二連戦。こればかりは変えられないから受け入れるしかないけれど、大変なものは大変だ。
でも幸運かもしれない。
昨日の試合で剣が溶けてしまって、今日新調しようと思っていたところだ。朝の散歩で目星は付いているから、ゆっくり選ぶ時間が出来た。
「リードさんは何時からですか?」
「昨日と同じ時間ですね。お昼明けです」
もう一度自分の番号を見て、時間を確認する。
「今度こそ見に行きますね。絶対行きます」
「本当ですか? 信じてますからね」
目を細めて僕を見る。じっくり眺めても中身が透けて見えるなんてことは無いですよ。無いですよね。無いと良いな。
「僕はこれから武器屋に寄ろうと思うんですけど、リードさんはどうします?」
「じゃあ私も付いて行っても良いですか? これからお世話になるかもしれませんし」
確かに受かれば通うことになる。それなら少し高くても、商品に拘りを持った人のお店を選ぶべきだ。
僕ももう一度自分の番号を探す。最初と同じく、番号が書かれていない。
安心して武器屋に向かう。
散歩した道を自信をもって進む。レンガの橋を渡り、子供がボール遊びしている公園を過ぎて少し歩けば。
妙に薄暗い道に出た。変だな、さっき来た時と景色が違うぞ。ぼろぼろの服を着た人たちの往来に出くわした。
そんな布の服どこに売っているんだ。人間は暗い道に出ると警戒感が強まるが、お化けがより人間の方がよっぽど怖い。
あまり長いしない方が良いな。道を一つ戻るだけだ。恰好が付かないが認めざるを得ない。
「すいません、道を間違えたみたいです」
「あら、それは何と言えば良いか分かりませんね」
武器を抜きさえしないが、緊張感は伝わってくる。
踵を返そうとした時、奥の方から男の叫び声が聞こえる。
「本当に見たんだ、あれは悪魔なんだ。本当なんだよ」
「そんなわけねーだろ。大昔に神様が悪魔を滅ぼしたんだ。神様の仰ることに偽りがあるってのか?」
「いや、でも見たんだ。空を飛ぶ羽の生えた化け物を。あれはまさしく悪魔だったんだ」
「爺さん、狂っちまったか? もうそんな歳か?」
早くここを去ろう。面倒ごとに巻き込まれたら迷惑だ。もしかしたら違法薬物が流行っているのかもしれない。特に戦敗国は夢を見たい気持ちも分からなくはない。
彼女の手を引いて来た道を戻る。
少し歩いて振り返る。誰もついて来ていないことを確認して安堵するなんて、追われる身になった気分だ。
「本当に悪魔がいたと思いますか?」
唐突な質問の戸惑ってしまう。そんなわけがない。
「幻覚を見たんじゃないかな。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」
僕の回答を聞いて唸る。真剣にいると思っているのだろうか。精々幻術を見せられたってのが関の山だ。
それ以来何も言わなくなってしまった。
そのままの歩で今度こそ武器屋に着くことが出来る。離れたところから一見すると住宅街の家々だが、正面に来るとその家の前にだけ立て札が出てる。
「アルバルメ? ここは本当に武器屋なんですか?」
看板の一部を指さして言う。
「このマークは武器屋ってことでは?」
盾を模った外形に、内側で剣が交差している。このマークは疑いようもなく武器屋を表してると思うが、違うこともあるのかな。
「入ってみましょう。違ったら次を探しましょう」
「分かりました。入りましょう」
確かに怪しい。楕円形のガラスが嵌められ中が見えるようになっている扉の裏から黒色の布をかけている。
コソコソする人間は疚しい事のある人間というのは通説。
扉を開けると内側の呼び鈴が鳴る。外見以上に広く、薄暗い店内には多種多様な武器、防具が所狭しと並んでいる。
呼び鈴が鳴ってからものの数秒、突然明かりがつく。
「いらっしゃい」
カウンターの裏側から巨体の男が現れる。見たところ2mを超えている。明かりに照らされ光る頭が何とも物々しい。
「何かお探しですか?」
慣れた口調に満面の笑みを浮かべる。店を開いて長いのだろうか、接客には何一つ違和感が無い。
「ここは武器屋ですよね?」
「えぇ、見ての通り武器と防具を置いてます」
後ろを振り返るとほっとした顔のリードさんが映る。店主の前でそんな顔をしたら失礼ですよ。
僕は自前の剣を抜く。
「こんな長さの剣が欲しいんですけど、置いてますかね?」
店主は直ぐに動き出す。ついてくとそこには何十本、もしかしたら何百本の剣が立て掛けてある。
「この辺りですかね。気になる物が声を掛けて下さい」
一言言うとカウンターに戻っていく。
それにしても凄い量だ。いくつか手に取ってみる。
今まで使っていた剣に体が馴染んでいるから、どれも違和感が拭えない。軽すぎたり、重すぎたり長さもまちまちでしっくりこない。
そんなに時間は立っていないが店主がまた近寄ってくる。
「お悩みですか?」
「そうですね、どれもしっくりこなくて」
すると店主は不敵な笑みを浮かべる。
「それはそれは。オーダーメイドというのがありますが」
成程。オーダーメイドを進めてくるか。既製品より高品質だからその分高い、それと一人一人型が違うだろうからその料金も取られる。
到底、学生が急場凌ぎで買うような品ではないことは誰もが理解出来る。
しかし、相談だけなら無料だろう。
「ちなみになんですけれど、それっていくらくらいになりますか?」
「お求めになる品質にもよりますが、20~50程度あればお買い求めいただけますよ」
この店主はきっと何か勘違いしてる。どこかの上流階級のボンボンだと思ってたかろうなんて酷い考えだ。
「学生には随分と手の届かない商品ですね」
必殺・笑って誤魔化す。相手は商売人、これから少し高い商品を出してきて安く見せるはず。
その手には乗らないぞ。小遣い程度の品を出してこい。
少々お待ちを、と言いながらカウンターの裏に消えていく。
「これなんかどうでしょう。5000オルです」
店主が持ってきたのはお手頃な値段、しかも素材も上等。素人目に見ても10万オルは下らない。
この剣がこの値段なんて変だ。
「何か訳ありですか? 余りにも安いような気がしますけど」
後ろのリードさんも頭が千切れるほど頷く。誰が見ても怪しい取引。鳴りを潜めていた不安感がど
っと増える。
「そうですね、実は事情がありまして」
言葉を溜める。
「こちらとある方から寄贈された物でして、その次にここを訪れる学生にこの値段で提供して欲しいと言われまして」
眉唾な話だ。どこにそんな酔狂な人間がいる。こんな上等な品を寄贈だと。あり得ない。
「本当ですか、こんなに良いものを。どこのどなたかは教えていただけますか?」
すると店主は言葉に詰まった。さっきとは違い明らかに動揺している。
なんとか絞り出して言う。
「お客様の情報はお教えすることは出来ません」
ゆっくり考える。この商品が5000オル。異様に安い。何の目的がある。もし仮に中古だとしてもお得過ぎる。
「それ本当に5000オルですか? 中古でしかも、一桁間違っていませんか?」
「間違いなく5000オルです。新品です」
何が何だか分からなくなってきた。
「分かりました。買わせていただきます。それと店長の名前を教えてください」
「毎度あり。私はランパー・ベイリーと申します」
ベイリーさんは僕らをカウンターまで招き、会計を始める。
「一点で5000オルになります」
僕は一枚のお札と剣を取り換えた。
ベイリーさんは僕らが扉まで誘導し、店を出ても閉まりゆく扉の前で頭を下げていた。
肩に掛けた鞘から剣を取り出す。日の光に照らすとうっすらと紫色に光る。
良い買い物をした。
扉が閉まったのを確認して頭を上げる。また損をしてしまった。学生を見るとどうしても大赤字を出してしまう。
いつも使っている言い訳だが今日も疑われてしまった。あの子たちも私の母校、帝立に受かってもらいたいものだ。
未来の騎士よ、この国を頼むぞ。
少し寒いか。