試験編Ⅱ 嵐の予感
楽しい昼食もいずれは終わる。彼女には非常に感謝している。あまり意識していなかったが、今思うと力が入っていた。緊張状態だった僕を落ち着かせてくれた。
狙ってやったのだとしたら強敵かもしれない。田舎者同士頑張ろうと心の中で呟く。
「リードさんは武闘で受験ですか? それとも補助で?」
「恥ずかしながら、私武闘で受けるんです」
微塵も恥ずかしい事ではないが、見た目は強そうには見えない。精神系統以外の魔法が得意なのかもしれない。
「僕対戦相手が気になるんですよね」
「私もです。強そうな人とは当たりたくないです。見ただけで引いてしまいますから」
逆の考えもあるのか、確かに強いやつと当たると不利かもしれない。しかしどうこう言っても、もう対戦相手は決まっているはずだ。
リードさんはゆっくりとパンを食していく。僕は手持ち無沙汰を悟らせないようコーヒーを慎重に飲む。
「食べるのが遅くてすいません」
悟られてしまった。情けない。
「いいえ、大丈夫ですよ。試験までたっぷり時間がありますから、ゆっくり落ち着いて食べてくださいね」
「お母さんみたいですね。ではお言葉に甘えますね」
気を使わせないためには何かしているのが一番良いだろう。なんか偉い人もそんなこと言っていたような気がしないでもない。
面白い話なんか出来ないことは自分でもわかっていたから、昨日の出来事を話すことにした。
ぼさぼさ男がフレディを一撃で沈めたこと、フレディを医務室まで運んだこと、フレディに胸ぐらを掴まれたこと、昨日別れてからのことを話した。
楽しそうに話を聞いてくれたが、思わぬ情報も手に入った。
「そのぼさぼさの人ってエリオット=イーデンさんですか?」
そんな人知っているはずない。
「誰ですか? その人」
ぽかんとしている。珍しいものでも見つけたのかな。妙に納得いったように、左の手のひらを右手の握りこぶしで叩いた。
「私を揶揄っていますね」
揶揄っていない、僕は至って真剣で寧ろこっちが揶揄われている。
「有名ですか? なんとかなんとかさん」
「エリオット=イーデンさんです。本当に知らないんですか?」
「全然知らないです。でも同い年ですよね?」
「そうですよ、同い年だからです」
同い年だから有名なんてそんなものが世の中にあるか? 何だろう、自分が世間知らずだと思ったことは無いが、世界は広いかもしれない。
「全国中学部統一武闘大会って言えばピンと来ませんか?」
ヒントを出されたところで分からない。ちっとも心当たりが無い。正直言えば、本人を見たのに思いつかない名前を思い出せるはずがない。
「全中大のことだよね、それ。略さないとそんな名前なんだ。知らなかった」
「そうですそうです、全中大知ってるんじゃないですか。それでエリオット=イーデンさんは三連覇したんですよ」
驚いて椅子から落ちた。リードさんが手を引っ張って起こしてくれた。
嘘でしょ、全中大は戦争以前からある歴史の長い大会でもう百年近くなる。そんな大会で今まで三連覇を達成したのはエデン様だけだったはずだ。
「僕だって全中大は知っているけど、三連覇を達成したのはエデン様だけでは無かった?」
「この前まではそうでしたよ。史上二人目です。ビックリされてましたけど本当に知らないんですね」
益々奴と戦いたくなった。あいつを倒すことが出来ればエデン様に近いのは僕ってことを証明できる。
大きく倒れたせいで店内の注目が集まってしまって恥ずかしい。いつの間にかリードさんの皿の上のパンも無くなっている。
きりもいいし、何よりも決まりが悪いので僕らはパン屋を後にした。
荷物を取りに、一度宿に帰ることになった。これから武闘試験が始まるのに剣が無くては締まらない。
ふと気になってしまったが、リードさんはどんな武器を使うんだろう。身長も僕と同じくらいだから160cm弱くらいだろうか。
最初の読み通り魔法系だろうか。だとするとロッドや錫杖、変わり種で銃なんかもあるかもしれない。
身長的にも大きくない僕は両手持ちの諸刃剣を使う。このタイプの剣を片手で扱って、利き腕の逆の腕に盾を持つ人もいるが、攻撃を躱す方が性分に合っている。
両手持ちするには短く、片手剣として使うには長い中途半端な武器を背中に担ぎ玄関に向かう。
リードさんは一緒に行こうなんて言うが、学校は直ぐそこだ。一緒に行くほどの距離では無いけれど何かあるのだろうか。
待っている時間も束の間、彼女は玄関にやってきたが、何とも長い得物を持って現れる。
「お待たせしました。では向かいましょう」
ツッコミ待ちですかと言わんばかりの主張。背よりも大きい何かを担いでいるが、こんなの使えるのだろうか。
視線に気づいてくれたようで解説してくれる。
「これは偃月刀というものです。重いですけど、魔法と一緒に使うと意外に使いやすいですよ」
持ってみます? を顔で表現された。手渡されたのでカバーの肩掛け紐も預かる。兎に角重い。こんなもの振り回せない。これじゃ大剣と変わらないじゃないか。
さりげなく、持てますよという雰囲気だけ出して持ち主に返す。
リードさんはそんな僕を見てにやにやする。何とも言えない気持ちを何と呼べば良いのだろうか。
「行きましょうか」
宿のカウンターの上の時計は十二時過ぎを指している。
昇降口の前には、試験まで一時間近くあるのに人だかりができている。集団の視線の先には巨大な掲示板が設置されており、そこには規則正しく数字が並べられている。
ここに出ているのが今日の対戦カードだ。ここに張り出されているのは今日の分だけで、翌日以降も当日になって発表される。
理由はいくつかあって、一番大きな理由は先に対戦相手を知れると観戦しに行ってしまうことが問題だ。
これを許すと有利な人間と不利な人間が出るのは明らかだから禁止しているらしい。
何を言いたいのか、それはこれから四日間もこの人混みの中に来なければならないことへの文句。
手の内を知られただけで不利になる奴なんてこの誇り高き帝立に相応しくない。
一度は人垣をかき分けて前に出ようとも思ったが、非効率だろうから少し離れて人数が減るのを待つことにした。
リードさんもその意見に賛成の様で二人して少し離れたところで待つことにした。
めぼしい対戦相手はいなさそうだ。見た目で強さが決まるわけじゃないが、リードさんみたいな武器を持ってこられると少し警戒するのは事実だろう。
人混みの方からは、一喜一憂する声が聞こえる。
今日試合が無いとか、この番号って誰々さんじゃん絶体負けるよとか、どうでも良い声が蝉の鳴き声のように復唱される。
誰が相手でも勝つつもりでいなければここにいる資格など無い。
隣を見やると俯き目を見開く、典型的な緊張の姿があった。
「大丈夫ですよ、今緊張しても相手変わったりしませんから」
「そうですよね、番号見たところで誰かなんて分かりませんもんね」
そんな時だった、イーデン某が現れたのは。見たことない取り巻きを連れて、然も国王のように堂々たる徒歩。
彼が進み先の人垣は順々に端にづれていき、彼の通る道が出来上がった。
この反応を見てリードさんの言っていたことが事実なんだと気づく。僕らはイーデン世代と呼ばれるのだろうか。なんとしても阻止しなければならない。
彼の取り巻きがボードの前に立ち、番号を確認していく。仲間全員分の番号を確認するのだろうか。
手元の紙を一枚見ては名前と対戦相手、時間と会場を読み上げていく。その声はその場にいる人間に響き渡る。
番号を読み上げられたであろう人垣の一人が泣きだした。
しかし呼ばれた名前はイーデンではない。取り巻きの相手をするだけなんだから大袈裟な奴だ。
誰かについていく人間が強いわけない。イーデンより弱いなら、どいつとやっても同じことだろう。
気を抜いていたら僕の番号が呼ばれた。おかげで掲示板を見る必要がなくなった。午後一番目の試合になった。流石は帝立、僕を一番に持ってくるなんて解っている。
けれど同時に、イーデンとの対戦もお預けになってしまった。
最後の名前が呼ばれる。
「エリオット=イーデン。番号X-0827・一時・コートAです」
コートAは帝立で一番大きな闘技場で、云わばメインステージなわけだ。帝立は分かっちゃいない、イーデンにはこのコートはまだ早い。
「ね、リードさん」
言うと同時に横を向くと、瞳孔の開いたリードさんと目が合った。
「どうしよう」




