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GodBell  作者: 杮 洛
3/16

試験編Ⅰ 眩しい街並み

物凄く濃い時間だった。都会は怖いと改めて感じたが、よく考えればこの宿に泊まっている人間全員が田舎者だろう。近くに住んでいるのならわざわざ宿をとる必要が無い。


部屋に着くと既に晩御飯が準備されていた。時計に目をやると、長針が2に重なる。この宿に四十近くになるだろう。何人従業員がいるんだ。宿に着いてから受付に一人、医務室には人が居なかった。配分がおかしくはないか。

もしくは七不思議の一つなのかもしれない。学校を飛び出してはいるが。


夕飯は中々の豪華さである。母上、家にはこんな贅沢をする余裕などないでしょう。良いのですよ無理をしなくて。


豪華な夕食を心配そうに食べる自分にがっかりだ。人の厚意を与えられた通りに受け取ることが出来ない。


こんな時の正しい感情は”絶対に受かってやる”これに尽きる。夕食を頬張る、何も考えずに明日に向けて。


この部屋に来た当初の悩みは既に消え、部屋についているお風呂でシャワーだけ浴びて寝る。明日に備えなければ、期待に応えなければ。


試験日の朝は穏やかだった。体に余計な力が入っていない。調子が良くて、軽い怠さすら感じない。この宿では試験に合わせて朝の六時に朝食がやって来る。


帝立の試験は四日間行われる。今日の午前は筆記試験、簡単な魔法式や帝国の歴史、算術等の一般的な教養のテストが行われる。


午後はメインの武闘試験になる。制限時間は十分でどんな魔法も能力も使用制限はない。受験者同士で五戦行われ、戦闘成績と内容が採点の対象となる。


 明日以降は全て武闘の試験がある。一日1,2試合ずつで注目の試合にはスカウトや観覧が来ることもあるらしい。


勿論戦闘が苦手な人もいる。例えば回復呪文が得意な人。そのような特殊な人は一戦ごとに怪我を負った受験者の回復が試験となる。


どちらも強い人と戦った場合・重い傷の手当てを行った場合は高く評価されると聞く。僕と当たる人は運が良い。負けても評価されるのだから。


この試験で僕の人生が決まると思うとこんなにも心地好い。簡単だ、勝つだけ、それだけ。


試験開始時間が八時半で、早めに校舎に着いておきたいので七時半に宿を後にする。どうせ今日もここに泊まるのだから片付けも程々に鞄を持って出る。


流石に早い。人の姿は一人、二人しかいない。僕が早く着きたかったのは、会場の空気に慣れたいとか遅刻が怖いなんてものではない。少しでも早く門を潜りたかった。あれだけ大きい校舎だ試験前に見学をしたい。どうしても見て回りたい。


帝国騎士団・第二師団師団長・エデン=オルグレンの過ごした場所をこの目で見たいのだ。どうしてもこの瞬間でなければいけないことは無いが、少しも待ってはいられなかった。


予定通り早く校舎に入る。広い校庭を突っ切って、体育館横を通り、午後から試験を行う武闘場を素通りする。校舎に入るや否や迷った振りをしながら、真っ直ぐ目的地へ向かって進んでいく。


エデン様は学生時代”ジーニアスオルグレン”と呼ばれるほどの文字通りの天台であった。逸話も多く残っている。入学時点で学校最強で校内ランクも一番だったそうだ。


今もあるが集団戦を練習するために作られた制度でアライアンス制度と呼ばれるものがある。簡単に言うと学年・クラス関係なく団体戦のためにグループのことを言う。


主席入学のエデン様もさぞ多くもアライアンスに誘われたことだろう。そこには当時最大派閥の”皇帝騎士団”もあった。


エデン様は”皇帝騎士団”の誘いも断り、自らのアライアンスを立ち上げた。


頭の中でエデン様の歴史を思い返しながら、遂に着いた。僕はとうとう屋上に着くことが出来た。


マルドラ帝国の首都チェスタンで城を除いて最も高い建物の屋上は、この町全てを掌握しているかのような錯覚に陥る。


この場所が一番来たい場所であったのは、この場所と同じでどんなに凄くても、どんなに強くても何でも思い通りになると思うなという意味が含まれていると聞いた。本当にエデン様がそんなことを考えていたかは分からない。


けれど、この場所からはエルサンドの村は見えない。僕は安堵して胸を撫でおろす。

もう戻らなければ、試験に遅刻してはいけない。


筆記試験の開始三十分前に教室に着いた。流石に大きな校舎だ、寄り道せずに来ても時間が掛かってしまう。試験番号で決められた席に着き時間を潰す。大勢が教室にいる様子を見ると僕は最後かもしれない。


流石は帝立、こんなにも人が居るのにちっとも煩く無い。自身が帝立に入るかもしれないと誰もがその自覚を持っている。


それから二十分たち、問題用紙が配られようとしたとき前方のドアが開き、一人入ってくる。


そいつは起きたての寝癖を立てたまま、悪びれもせず入ってくる。早く席に着きなさいと一言注意されて、一番前の席に座った。


僕なら恥ずかしくて耐えられらないと思うが、変な奴を昨日三人も見たせいで驚きもしない。


何か忘れている気がして、ソワソワする。初めて試験を受けるからかもしれない。エルサンドはどんな人間でも中学に入ることが出来たから、入学試験というもの自体が存在しなかった。


やはり都会は別格だ。中等学校も全員が受験し入れない人も多くいると聞く。その中でも優秀な人だけが高等学校に通うのだから、ここにいる人間は皆エリートということになる。そぐわないやつも何人か見かけるが。


試験官が解答用紙を一人一人の机に手で置いていく。この教室だけで百人近い受験者がいるから、試験官も四人がかりで配る。

 

今年の受験者は千人を超えると聞いた。つまり四十人も試験官がいることになる。その全員が教師なのだろうか。この問題用紙を配る人達もまた、帝立の卒業生なのだろうか。


そう思うだけで幸せな気分だ。


試験は僕の気持ちの整理を待ってくれはしない。


開始のチャイムと共に、紙をめくる音がこだまする。深呼吸を一回、これで一度感情を抑える。受からなければ意味が無い。


僕の筆は淀みなく進み続けた。勿論分からない問題もいくつかあった。精神干渉系術式が書けない。元々僕は精神系統の魔法が得意じゃないんだ。仕方ない。


それでも余裕の合格点だろう。基準の点数がどの位なのかは知らないが、この教室で上位二十人に入れば受かる倍率だから。両隣りは露骨に筆が止まっている。中々の難易度に大勢の人は苦戦しているのが明らかだった。


完全な安堵、同時にもやもやが晴れた。あのぼさぼさ男、フレディを殴り倒した向かいの男だ。


筆記試験が終わったら文句言ってやる。

 

しかし油を売ってる時間もたくさんあったわけでは無い。見直しをしなければならなかった。

 

教室の緊張はチャイムの音で解かれた。心成しか周りは自信に溢れている。相当筆記が出来たのか、それとも腕に自信があるのか。

 

筆記の様子を見る限り後者だろう。僕も楽しみだ。


 エルサンドではもう相手が居なかったのだ、楽しませてくれよチェスタン。ぼさぼさ男に文句を言う気も無くなった。昨日あいつを見たときに感じた感情を、震えを思い出すだけで楽しくて堪らない。


 これから昼休憩を挟んで、今度は武闘の試験がある。時間があるから教会にでも行って、神様にお祈りをしてこようかな。あいつと当てて下さいと。


 一度宿に戻ることにした。あの宿は昼食が出ないので、外で食べる必要があるが部屋に戻って少し休みたい気分だ。この高揚した気持ちはもう戦うことでしか抑えられない。


「メイソンさん、一緒にお昼どうですか?」

 突然声を掛けられて、振り返り後方に跳躍。話者も僕の動きに驚いたようで目を見開いている。

「そんなに驚かれなくても、私襲ったりしませんよ」

「まさか、声を掛けられるなんて思わなかったから。リードさんは社交的ですよね」

「そうですか?」

 少し恥ずかしそうにもじもじしている。褒めたはずだったが逆効果かもしれない。

「どこで食べる予定ですか?」


 そう返事をすると、嬉しそうに案内してくれた。僕の手を握り、宿の横の道を少し進んだところにある洒落たパン屋へ引っ張っていった。パン専門店なんて来るのは初めてだ。


 パンしか置いていないらしい。専門店なんてのは金回りの良い人しか来ないし、人口の少ない田舎にはまずない。偏見でした、すいません。


 しかもエルサンドは戦争に敗れて、マルドラ帝国領になったのだから尚更二十年では早々発展はしない。


 実際にエルサンド州の人間の多くはこの町に移住してきている。人手が無ければ発展は難しい。


 僕は初めてで店のルールが分からないから、リードさんの後ろをついて歩く。正直男としてはエスコートが常かもしれないが、知らない場所なんだから致し方ない。


 僕の思惑は全て潰される。


「私、パン専門店に入ったの初めてなんです」

 頬を赤くすれば何でも許されると思っているのか。黒髪ショートカットが赤い頬に良く似合っている。


 そんなに長い時間見つめていたはずはないが、目が合った途端に下を向いて手で顔を覆う。


 そんなこんなありながら僕らは食事を始める。


 彼女は何かを切り出そうとしては止め、切り出そうとしては止めを繰り返す。でも僕には心当たりがある。意地悪したいわけでは無いのでこちらから話を振ることにした。


「リードさんは午前の試験はどうでした?」

 待ってましたと言わんばかりの顔。ドヤ顔。

「聞いて驚いてください。なんと私良く出来てしまったんです。これは少し期待してしまいますね」

 えへんが良く似合う。

「メイソンさんはどうですか? 勉強できそうですもんね」

 彼女の機嫌を損ねてはいけない。こんなにも嬉しそうな人が落ちちゃいけない。

「僕はそこそこでしたね。精神干渉系術式が全然かけなかったです」


 リードさんの顔が固まった。何かまずい事でも言っただろうか。まさか僕の合格を危惧したのだろうか。


 それには及ばない。僕はこう見えて天才なのです。絶対に受かりますから安心してください。


「私も解けませんでした」

 僕らの間には沈黙が走った。まあそういうこともあるよね。

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