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GodBell  作者: 杮 洛
2/16

戦慄の王と従順な獣

 目の前にいる黒髪の女性は、さも当然のように聞いてくる。仕方ないか、溢れるスター性がそうさせる。


「ええ、あなたも受けるんですか?」

「当然。そのためにわざわざ出てきたのですから」


 彼女は校舎に羨望の眼差しを向ける。


「記念受験なんですけどね」


 笑ってそう言う彼女に掛ける言葉が見つからなかった。心を絞られる様だ。


「僕はメイソン=ブラックストン。エルサンドからやってきた帝国騎士団・第二師団志望の学生であります。田舎者ですが仲良くしてください」

 

 緊張から来るのか、変な言葉遣いになってしまった。赤面して下を向く僕を彼女は笑った。温かい笑いだった。


「私はテレーザ。テレーザ=リードって言います」


 僕らは顔を見合って笑った。自分が緊張するなんて思いもしなかった。


「もう明日ですね」

「運命の日です」


 緊張を体で表すように胸を撫でる。そこに目が行くのは必然だ、その慎重な胸に。リードさんはきっと争いを好まない主張が少ない人に違いない。


「何故ブラックストンさんは帝国騎士になりたいんですか?」


 僕は考える間もなく答えることが出来ただろう。しかしこの時僕は答えを渋ってしまった。それは単なる憧れでは無かったから。


「いつか帝国のために、帝国臣民のために戦いたいからです」


 彼女も同じことを考えているのかもしれない。隣国の戦争に終止符を打ちたいと。


「お互い夢が叶うと良いですね」


 恥ずかしさを隠すために、顔を見合って笑った。


彼女は酔狂な人で、教会に行って合格をお祈りしようなんて言った。僕はもう休みたかったので申し出を断ると、「じゃあ」と言って手を重ねて空に解き放った。


二人、校舎に向かって一礼し同じ宿に帰った。


 彼女はもう既に部屋に案内された後の用で、玄関で別れた。僕も部屋番号を教えてもらわなければ。宿の受付に向かうと、明るい大柄の女性が受付をしてくれた。


 宿は木製で、玄関付近はロビーになっている。正面に進むと受付があって、そこから二手に分かれた道の奥に部屋があるようだ。二階建てのどの部屋も埋まっている、受験期が稼ぎ時なのだろうか。あちらこちらに人がいる。若い人ばかり、受験者しかいないようだ。


 しばらくすると

「メイソン=ブラックストンさんですね。部屋番号は221号です。脇の階段を上がっていただいて、通路を真っ直ぐ進んだ突き当りにあります」

「有難う御座います」

「明日からお受験だと聞いておりますので、ゆっくり休んでくださいね。七時頃に夕食をお持ち致します」


 予約が遅かったのか部屋は大分端の方だが、と言うか一番端だがそうなると取れただけで幸運なようだ。エルサンドで待つ母上に再度心の中で感謝を唱える。


 部屋の中は快適で、広くはないが一泊するには十分すぎる。シーツは皺なく伸ばされているし、ご飯も運んでもらえるのだから素晴らしい。


 お風呂に行くのはご飯より先か後か、これは悩みどころである。部屋に常設されているお風呂に入るのか、それとも共同の大きなお風呂に入るか悩みは尽きない。


 なにせ村で親の元過ごしてきたから、僕には過ぎた自由だ。選択を迫られることに弱い。


 どうでも良いか。どうせお風呂には入るのだから。一人で過ごす静寂のせいで、下らないことを考えてしまった。


 僕のどうでもいい思考が遮ったのは外からの怒号だった。気にしたら負けだ。


「どこ見て歩いてんだ」


 典型的なチンピラだ。こんなステレオタイプな奴本当にいるんだな。感心してしまう、都会とは素晴らしきかな。


「おい、聞いてんのか」


 一方的にチンピラの声しか聞こえない。仕方ないので助けてやることにした。

扉を開けた瞬間、扉の前で大男が倒れるのを目の当たりにした。僕の開けた扉が大男の倒れた大男の顔に当たった。申し訳ない。


 気を取り直して、こいつを倒した奴を探す。探す間もなく目の前に男が立っている。背は高くないが筋肉は適度に発達している。


 まだ六時半なのに、もう寝巻き。都会の夜は早いのか?

あまり人をジロジロ見ることが良いことでは無いのは知っていたのに、無意識にそうしてしまった。


 彼と目が合うと、少し気まずい。


「悪いな」


 何も気にしていないかのような暢気な声。何にも興味を示さないのだろうか、これまで何も無かったかの様だ。


 男は謝るとぼさぼさの髪を掻きながら、僕の向かいの部屋に入っていった。


 彼が部屋に吸い込まれた後、体に力が入っていることに気付いた。横倒しになったモヒカンに一瞥。こんな大きな人間を一撃で倒すのが容易であって堪るか。


 都会は初めての感情で溢れている。


「はぁ、こいつを担いでいくのは俺の役目なのか?」


 モヒカンを背負って宿の受付に行く。僕が手当てをしてやる義理など微塵もない。でも放っても置けない。今度会ったら文句を言ってやる。


 結果的には大男は案内された医務室に着いた途端に意識を取り戻した。辺りを見回しても状況を理解できていない様子で、きょとんとしている。


「俺はなんでこんなところにいるんだ?」


 誰に聞いたのか分からない問いだが、この場で答えられるのは僕しかいないので教えてやった。


「成程、ありがとな。俺はフレディだ。よろしくなヒョロガリ」


 余りにも失礼だ。ここまで運んでやった恩も感じないのか、今まで余計なお世話だと言われたことはあったが、まさか助けてやったにも拘らず罵倒されるとは思わなかった。


「やあ、僕はメイソンだ。よろしくな」


 顔は引きつったがなんとか堪えた。僕は帝国騎士になる男だ。こんな奴に構っている暇はない。


「そうか、仲良くしような。メイソンも受験だろ」


 気づかなかったがここにいるってことはこいつも受けるのか。帝国も世も末だな。


「当然受けるさ、フレディ明日当たっても文句言うなよ」


 フレディはにやけて、僕の脇腹を肘で突く。正直気持ち悪い。


「やっぱ俺、そう見える?」


 何を言ってるんだこいつは、ちっともそうは見えない。唯ここにいることだけがそう言っているのだ。何を勘違いしてやがる。


「俺は帝立を受けないんだ。チェスタン州立一本だからな。試験は明後日からだぜ」


 今度は僕がにやける。それもそうだ、フレディが帝立に入れるはずがない。僕も何を焦っているんだ。


「僕も明後日州立を受けるよ。そのときはよろしく」


 フレディは何だか嬉しそうだ。変な奴だな。


「そうか、一緒に受かると良いな」


 縁起でもない。誰があんなとこに行くものか。しかし州立も大したことは無いな。帝国で四番手なんてのはこの程度の人間の集まりとな。


「俺さ、受からなかったら実家の武器屋を継ぐんだがな、今の俺では足手纏いだから少しでも成長したいんだ」

「それは殊勝なことだな」


 当たり前だろと言いながら僕の背中を叩く。力加減を知らないのか。


「帝立も受けようかとは思ったんだがな、州立にはヨアキン=アルバレスがいるからな」


 誰だろうか。そんなに有名なのか。州立のことは何一つ興味が無いな。しかし素直に知らないとは言えない。


「アルバレス、道理で州立に行きたがるわけだ」


 知ったかぶりをしたことに怒ったのか、眉間に皺が寄る。


「メイソン、アルバレス先生呼び捨てにするな」


 胸ぐらを掴まれて壁に押し付けられる。さっきの事件もこの短気な性格が原因みたいだ。明日が試験だということを忘れないでいただきたい。


「落ち着いてくれ、悪かったよ。そんなに凄いのか?」


 彼は自分のことのように誇らしく話す。


「それはそれは素晴らしいんだ。何せ呪文を武器や防具に付加する研究の第一人者だからな。それだけじゃないぞ。州立の試験はアルバレス先生が採点するんだが、今は強くなくても才能がある奴は皆合格にするらしい」


 前者は確かに素晴らしいかもしれない。この世界では魔法が使える人と使えない人がいるのは確かだから。でも、天才は間違いなく存在する。魔法は後天的なものだが、能力(アビリティ)は先天性のもの。そこを埋めることは簡単ではない。そこで先天性である能力を持つ人間を採用しようという魂胆が見え見えではないか。


 しかしフレディは続ける。


「アルバレス先生の功績によって州立は帝国で五本の指に入る強豪になったんだ。州立を受ける人間は全員先生を尊敬しなければならないな」

「それはどうだろうか。アルバレス先生も慈善のためにやっているわけではないだろう」


 僕はまた壁に叩きつけられる。いい加減学習して欲しい。


「俺はな、魔法の使えない人間にも夢を見て欲しんだ。この気持ちも私利私欲か?」

「悪かったよ。だがな、アルバレス先生がやっていることは魔法の使えない人間に魔法の力を使わせるのと同時に、能力を重視して合格者を決める行為だ。矛盾していないか?」


 彼が僕を掴む手の力が弱くなる。彼の憧憬を壊してしまったかもしれない。僕の不安はすぐに打ち壊される。力の籠った目で此方を見る。


「その通りだ。能力があり魔法の使えない人間に魔法を与えようとする行為だ。それが褒められたことなのかは意見が分かれると思う。それでも人なために何かをする人間をそんなに悪く言うな」


 しんみりを言葉を紡ぐこいつは知らぬ間に、大きな背中がより大きく見えた。真剣で純粋な心を持っている。僕が持ち合わせていないものを持っている彼を羨ましかったのだろう。フレディは嫌な奴では無いのかもしれない。


 僕の謝罪でこの一件は終わりになった。握手を交わして各々の部屋に戻る。フレディのことは忘れられないだろう。初対面の人前で気絶し、介抱した人間の胸ぐらを二度も掴むなんてどんな神経しているんだ。

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