試験編Ⅷ 好戦戦線の一日
先輩が守りぬいた場所は懐かしい気さえする。まだ出てきて三日。たったの三日でもここは僕の中で居やすい場所になっているのは、肌身で感じる。
今日はあと一回残っている。せっかくの二試合目だから少しは勉強をしよう。
時間潰しの下手さに定評のある僕だが、例に漏れず今日も時間がたっぷりある。朝一と最後の時間に入れるのを止めて欲しい。
どうせ二戦するんだから、会場で時間潰し出来るくらいの休憩にしてほしい。
大体のことに言える話だと思うが、行き詰まったら外をあることが推奨されている。どこかの学会のどこかの人が提唱するべき一説である。
暇ほど毒なものはない。
私服に着替えるのも面倒くさいから着替えずに出てしまう。少しの小銭を内側の胸ポケットにしまっておく。
昼ご飯は見て食べたいものを買っていこう。なんだかゆったりしたい気分だ。
何かを考えて歩く行為が如何に危なく有意義か、重要性と危険性が同居している面白い時間だ。
徒歩が思考に何か影響を与えるかどうか、そんなことは知らないけれど僕の場合は歩きながらの方が深く思考できている気がしてしまう。
生まれたときから僕は帝立に憧れがあった。それは当然エデン様の存在からだ。僕が生まれたときには既に戦争は終わっていて、エルサンドで生まれたが国名はマルドラだった。
たった二十年前は今の当たり前が、当たり前でなかった。エルサンドは元々はノースデオウスト王国の土地であった。
戦争によってノースデオウスト・コードシア連合は敗北。戦後処理としてマルドラとノースデオウストの中間地点であった三つの地域がマルドラ帰属となった。
だからエルサンドの現住民の多くは帝国を悪く言う。至極当然、彼らは国籍を変えられて中には親族と離れ離れになってしまった人もいる。
エルサンドはノースデオウスト時代も田舎だが子爵が存在し、その一帯を治めていた。
故に当人や血縁者は地位を失うのだから反発も大きかった。
されどそれは僕の生まれる前の話で、僕が生まれたころにはエルサンドはマルドラ帝国領だった。その上エデン様は両親の命の恩人だというのだから、幼少期から憧れの対象だった。
戦争時にマルドラ帝国は多くの軍隊をノースデオウストに向けた。マルドラが大きな国だったこともあり、国境線を守るのにも多くの兵が必要だった。
この事実が戦争を長引かせた要因だった。ノースデオウスト・コードシア連合も国境を手厚く守った。
両軍兵数は互角だったが練度が明らかに違った。国境の主要都市には”師団”と呼ばれる特殊部隊が派遣された。
そしてエルサンドに派遣されたのが第二師団だった。
師団が投入される前は均衡していた戦力も、彼らの戦争参加で差が付いてしまった。序盤に師団が投入されなかったのは、マルドラ帝国が南方にも戦線を持っていたことにある。
師団投入後は国境をどんどん押し上げて行き最後は食料が底をついた連合軍が白旗を上げた。
ノースデオウストのエルサンド以外の地域は酷く荒らされてしまったと聞いた。その土地において戦況が悪くなり、降伏を願い出ても聞き入れてもらえなかったそうだ。
それに食料も現地のものを全て取り上げ、大勢が餓死してしまった。
一方、第二師団が派遣されたエルサンドだけは話が違った。エルサンドにはノースデオウストの中でも腕利きの兵士が多く集められ、最も混戦になった場所の一つに数えられている。
エルサンドにおける優勢は常に連合軍が握っていた。帝国に攻め入るほどの優勢ではなくとも、食料にも兵力にも余裕があった。
幸か不幸かその事実が、帝国最強の師団を招いてしまった。
その頃はエデン様は入隊したばかりで、階級は分からないが一般兵の一人だったそうだ。
圧倒的戦力は到着からものの数日間でバルバローネ城を陥落させた。僕らの両親も他の領土と同じ境遇を辿る予定であった。
師団長の命令は降伏を許可しないというものだった。殺戮の開始前、たった一人その命令に異議を唱えたのが他でもないエデン様だった。
エデン様と当時の師団長は対立し、その場で決闘を行ったそうだ。
勝利を収めたエデン様は降伏する人間を捕虜として捕らえ、最低限の生活は送れるように手配してくれた。
負けた元師団長はその場で死亡が確認され、戦死扱いになった。
その後の戦後処理でエルサンドが選ばれたのも、エデン様のおかげと聞いている。
つまり僕がエデン様に憧れるのは当然のことで、その母校に入りたいという希望も順当だろう。
だから後三戦必ず勝利する必要がある。
どうしてだろう。合格は絶対なはずなのに、最近もっと大事なものがあると思うようになったのは。
どうしてだろう。憧れて同じ道を進もうと思うのに、真実がそこには無いと思うようになったのは。
歩きながら考えることで余計なことまで考えてしまった。暇な時間も限りがあるみたいで、そろそろ会場入りしなければ舌打ちされてしまう。
朝確認した通り会場に向かう。次はイケメン以外が良いな。イケメン相手は少し気を使うからもういいかな。
入り口前に着いたとき次の相手がどんな人なのか悟る。おそらく人気のない人だろう。ここまでの戦績が芳しくないのか、それとも田舎者過ぎて認知されたいないのか、将又絶望的な不人気か。
どの選択肢でも構わなかった。併せて僕にも人気が全くということだ。ここ二戦二勝、強者にも人気者にも勝って注目度は高いはずだがこれ如何に。
中に入っていくと答え合わせが出来た。
目の前にいる男は髪は編み込み、服は私服、剣先が波形になった剣を脇に抱えて立っている。
立ちながら貧乏ゆすりをして、何か食べているのか口を動かしている。僕を見ると鼻で笑ってみせる。会場には僕を含め五人しかおらず、観客も零。
初戦以来、相手の人気に助けられていた。アウェイも困るが無観客はもっと困る。
「時間になりました。始めてください」
声が聞こえた瞬間に相手が飛び出してくる。ルール的にグレーなタイミングでの踏み込みに、切りかかってくる。
せこい手を使うやつが強いはずがない。
相手の踏み込みに一歩出遅れるが、筋力強化・速度上昇は発動。間一髪で間に合った。
上からの振りに合わせて、刃を刃で防ぐ。浮いた体を横に振り蹴りが飛んでくる。独特なリズムの足を躱すことが出来ずに顔にもらう。
不意打ちをもらっただけだ。二度と同じ技は通用しない。
体は浮くことは無かったが、右手方向に体が滑る。
彼は手を緩めない。蹴って振り抜いた足を着地と同時にバネにして、跳躍。空中で体を軸にしての回転。
上から降り注ぐ剣戟に再度剣を合わせる。剣同士がぶつかり軋む音がする。上から衝撃を利用しての攻撃に両足が地面に埋まる。
これは好機だ。相手が体を浮かし、地に足が付いていない状態で次の攻撃を防ぐ術が無い。
“雷撃”
心の中で術名を唱える。すると僕の足元に黄色の魔法陣が現れ、雷が落ちる。当たるはずの雷は目の前に光だけを与え消滅する。
どうやって躱したのかは確認できなかった。唯僕の目に彼の姿が映っている事実だけが真実として君臨した。
砂に埋まった足を救い出す。彼はさっきの追撃とは様が変わり何かを思案するような様子で、動きはしない。
足を掘り出すと、間もなく僕から仕掛ける。蹴りに警戒しつつ近寄り、左手側から剣を振り抜く。残像が紫の軌跡として描かれ、同時に足に痛みを感じる。
振るった剣は行く先を無くし、僕の体勢は後方へと崩れる。倒れながらに彼の手を地面につけ、伸び切った足が見える。
足払いを食らってしまった。彼の柔軟性と実力を見誤った。
倒れた僕に馬乗りになり、剣を振りかぶる。