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シークレット オブ フレンズ(後編)

しつこいですが……

ネタバレ注意です!

全部、読みましたか?









そうですか。

では、お待たせしました。

解決編をお楽しみください。



























 受験の日。

 彼女が筆箱を忘れた。そこで自身の筆記具を貸し出したのだが――

「でも、やっぱ、僕のペンよりも、いつも使っている自分のモノのほうがリラックスして、精神も安定して回答できるよな……アレだけ緊張してたんだし……んー。」

 別れて受験地への道すがら、ただ心配していた。

 悩む。

 決意する。

 様々なことを天秤にかけた上で。

 やはり彼は、助けを求めて連絡することにした。












 受験が終わったので帰宅する。

 帰りは、面接の時間の都合上、いつ解放されるかわからない。よって行きとは違い、いっしょに帰る約束や会おうとか合流しようとかいう話はないので、1人で帰る。そんなことで、彼は1人でいた。

 高校に合格したら電車通学にしようと思っているが、今朝は『すこし会いたい』と待ち合わせたので徒歩だった。そのまま徒歩で帰ることにした。電車賃がもったいないし、このあと用事もないし、試験や面接の緊張から解き放たれて動きたい気分だった。

 道を歩く。春を準備する桜の木々、気まぐれに通り過ぎる車やトラック、唸りだす自販機に小銭を投入している女子。それらを見流しながら、ただ歩く。

「ょ、よおっ」

「……」スタスタスタ。

「ちょっ、いや、おい。無視すんな!」

「へ?」――まったく自分への言葉だと思っていなかった。

 声の方に振り返る。

 自販機にてジュースを購入していた髪の長い女子だった。

「あっ」気が付いた。

「…………」

 ムスッ、とした不機嫌な顔をしていた。

 声を掛け返す。

「…………えっと、ひさしぶり?」

「なに言ってんだよ、ほぼ毎日あってんじゃん」

 ニッ、と今度は一転、緊張交じりにクラスメイトのその子は笑った。




「とにかく受験おつかれさん。――ほれ」

 その場で買った缶ジュースを投げて寄こす。彼がキャッチ。

「あ、うん。ありがと」

「で、試験はどうだった?」

「あー、うん。まあ、ボチボチかな」

「なんだそりゃ? 合格できそうなのか?」

「まあ、絶対に、とは言えないけど大丈夫だと思うよ」

「そっか、それはよかった。――まあ飲めよ」

「ああ、うん」

 ぎこちなく渡された缶のプルトップを引き上げた。

「歩き飲みは行儀が悪いし座って飲もうぜ? ほらそこのベンチにでも」

「あ、うん」

 すこし嵌められた気がした。




 ベンチに座り彼が缶ジュースをあおる。炭酸がキツイ。

 隣に腰を下ろした女子が話しかけてくる。

「ミイ――皆元には、ちゃんと筆箱、届けたから。ミイの家に行って、おばさんに事情を説明して、受験会場の高校まで、ちゃんとな。めちゃめちゃ自転車こいだぜ」

「ん? ああ、そっか。ありがとね。『直衛(なおえ)さん』」

「……」一拍。不自然な間をその女の子は取った。「おう。いや、それはアタシのセリフだな。ミイの――友達のピンチを救えたわけだし。お礼を言うのはこっちだ。役に立てて良かったよ。連絡くれて助かった」

「ああうん。直衛さんと皆元さん、友達だって聞いていたから」

「そっか。そう聞いていたわけか。――なるほどなぁ」

 その女子は、なにか含んだ言い方をした。

「まあ、ここに直衛さんがいる時点で、筆箱を届けてくれたんだろうとは思っていたし、わかっていたけどね」

「まっ、当り前だけどな。それに今朝、おまえが()()()()()()()()()()()にちゃんと届けるって約束したしな。それは裏切れねーよ」

「……そっか。そこまで強くお願いしたわけじゃないけど。まあ、ありがとね」

 彼がお礼を述べる。


 女子がたずねる。

「てか、よくうちの家の電話番号をおぼえていたな……。最近じゃ自宅の番号ですらスマホ本体に登録できるから憶えてないつー若者もいるらしいのに」

「いや若者って……。それに自宅の番号を憶えていない人なんて……あ、いや……」

 若者という自分たちの年齢について、今朝実際に自宅の番号憶えていない若者をみていたことについて、そもそも自分自身が……――それら、どのような話題をふって話をそらすべきか迷う。

「ともかく、よくアタシんちの電話番号を憶えていたな、つーことだよ。知ってる番号をぜんぶアドレス帳に登録してたりすんのか?」

「いや……アドレス帳は、すっからかんだけども……」ちょい虚しい。「まあ、昔よく電話してたからね。そりゃ憶えてるよ」

「……まあ、そうか。――()()()()()で、()()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()、小学生時代は()()()()()()()()で――()()()だもんな。そりゃ、憶えてるか……」

 アタシも憶えてるし、と。

 その女子は懐かしむように付足した。



「てかさぁ、自宅じゃなくてスマホに連絡してこいよ。アタシじゃなくて親父や兄貴、弟が電話に出るかもしれねーし」

 そもそもスマホの番号を知らないのだが――

「家族の誰かが電話に出ても、替わってもらえばいいだけじゃん。『薫さんいますか?』って言って」

「……」不満顔だ。「アタシがもう学校に登校してたらどうすんだよ」

「そのときは、あきらめるつもりだったから。皆元さんの筆箱を。あったららいいけれど、なくても僕が貸した筆記具で試験自体は受けられるから。もしも直衛さんが家にいたら、頼もうと思ってたんだ」

「……なるほど」

「まあでも、あの時刻で、家の立地と中学校までの距離で考えたら、まだ登校してないだろうなと思ったんだよ」

「……」

「それに直衛さん、高校も推薦入試で合格が決まっているらしいからね。だから自由登校だろうし。それに出席日数を気にする『いい子ちゃんタイプ』でもないだろうし」

 彼は「いい子ちゃんタイプってなんだよ!」というツッコミが来ることを予想していた。

 が――

「……キモイな」

「……へ?」

 あっけにとられた。

「なんで、んなこと知ってんだよ。アタシんちから学校までの距離と登校時間を知っていたり、高校の推薦合格を知ってたり、――話した覚えねーし……。なんでおまえそこまで知ってんの? キモイんだけど」

女子が少々引いていた。

「いや、普通にわかるから! 家の場所はそもそも元から知っていたし。推薦入試合格の件は、クラスで聞いたんだよ」

彼の『クラスで聞いた』という発言――嘘は言っていない。

「女子の会話を盗み聞きしたのか? おまえ、クラスで会話するヤツいないだろ……。いや、ただ聞こえたのか? 女子の会話が。まあ、別にいいんだけどさ……」

「…………」

 なにか勘違いされているようだが、もう訂正しなかった。



「……」ごくごく、と彼はジュースを飲む。

 その様子を見ながら、その女子は不思議そうに訊ねた。

「もしかして……ミイと付き合ってんの?」

「ぶぐっ……ゲホッゲホッ」むせた。咳きこむ。「……いきなりなに言ってんの?」

「だってさ、ミイの筆箱を忘れたという電話があったわけだから、まず――ミイと2人で受験当日に朝から会っているわけだ。それにさっきアタシとミイが友達だって『聞いていた』つっただろ。さっきの高校の推薦入試の件も『聞いた』って。もしかしてミイから聞いたのか。ふつう『知っていた』とかじゃねーか? クラスで話しているのを見たりして『知っていた』ならしっくりくるけど『聞いていた』つったしな」

「……言い間違いだよ。あと今朝、皆元さんと会ったのは偶然だから」

 秘密なのでそういうことにしておく。

「……ふーん」疑る顔だった。

「はあ」溜息。「てか、なにをそんなに疑ってるのさ。怪しんでるのさ。探偵か? ミステリにハマるにも程があるだろう……」あきれたように言う。

「おい。アタシが疑り深くなったのはおまえらのせ……」言葉の途中で気づいた。「――いや、ちょっと待て、なんでアタシがミステリにハマってること知ってんだよ?!」

「……」失言だった。

「おまえ、マジでどこからアタシの個人情報入手してんの!? キモイな。ストーカーか? もしくは盗聴器か何かくっついてるのか、アタシに。別に秘密にしているような情報じゃねーけどさぁ! キモイぞ」

「あまりキモイと連呼するなよ。僕のメンタルがやられるぞ……?」

「知るかっ!」

 雑に少女がつっこみした。


 ジュースを飲む。のどに流す。それから答えた。

「まあ、ネタバレすると皆元さんから聞いたんだよ」

「それだけのことならはよ言えや!」キレ気味だった。

「ちなみに、僕が直衛さんのことを聞いたわけじゃなくて、皆元さんが勝手に話しただけだから」

「ったく。まあそーだろうよ。ミイはおしゃべりだからなぁ……――でも、……」

「ん。でも? なに」

 その女子には、疑問があるようだ。

「ミイが他人に、そこまで話すとは思えなねーんだよなぁ。アタシが推薦入試で合格しただとか、最近ミステリにハマってるとか、どんな会話してたらそんな話題になるんだよ?」

「……」問題発生。

「火のないところに煙はたたねーぞ?」

「一点の曇りもない青空だよ。煙など無い」

「でもミイと話すんだろ? やっぱりお前ら、深い仲なんじゃねえの?」

「いやいや、だからそんなわけないだろ」彼がいいかげんにしろよという体でいう。「そもそも『あの』皆元さんだぞ? それくらい通常会話で話題にするだろ?」

「うーん。そうかねえ……」女子あやしむ。「てか『あの』っていうほどミイは男子と話していない気がするんだが……」

「え? そうかな。老若男女問わず誰とでも仲良くしているイメージなんだけど」

「たしかに誰とでも無難に明るい雰囲気で会話してるけど。……でもミイ、男子との距離には気を使っていると思うぞ。特に二学期からは……――あ、なるほど。」

「……なにが『なるほど』なんだよ。……はあ」

 彼が溜息。そして続けていう。

「そもそもさ、僕みたいな陰キャのボッチに、彼女ができると思うのか? もっと現実を見た方がいいよ。それに、皆元さんは誰にでも分け隔てなく無差別に話しかけ話しかけられる社交的なコミュニケーション能力バケモノ級の陽キャだよ?」

 僕とつり合うと思ってんの? と問う。

 我ながら納得の理由だと思っていた。――納得できるのが虚しい。が、彼はまったく表情にしなかった。

「うーん。まーなぁ。つり合うというか、属性が違うというか。――てかおまえ自己評価低いな。自分で陰キャのボッチっていうか? ……まあでも納得しそうだわ」

「だろ?」

 当然のように返すが、納得されると、それはそれで、……やはり虚しい。



「あ、でもそういえば……」

 突然、女子が思いついた。思い出した。

「ん。そういえば?」

「おまえ、去年の大白鳥公園のテニス大会に応援か見学か、とにかく来てたよな? 海老井の最終試合のときにフェンスのところにいたのを見たんだ。いたよな?」

「……うん。まあ」

 思い出す。――彼女が勝手に迷子になっていた件だ。

「そのとき、ミイも偶然――いや、いま思うとあやしいな――まあとにかく来ていて、おまえの隣にいたのを見たんだが……。あれ、偶然じゃなくて2人で来てたのか?」

「……いいや、偶然。偶然に皆元さんが通りかかって、試合を見ていくことにして、ちょうどクラスメイトで知り合いの僕がいたから、ちょっと話をした。それだけ」

 そう取り繕った。


「ふーん。てか、おまえと海老井、知り合い――はそうだけど、同じテニスクラブだったし。でも友達だったのか? 小学生のときは、ほぼ接点なかったよな?」

「まあ、そうだね。僕らと海老井くん、グループが違ったよね。小学生のときはあまり話したことなかった」

「ああ、たしか……『あのエビなんとかってやつ、低学年の幼女に絡まれているロリコンらしいぞ』とか、そういう話を聞いて、距離をおいていたような気がすんだけど……」

「ロリコン……そういう理由だったっけ……………………あ。」

 思いついた。

 ――それきっと『姉』だな。

 いま、過去の疑惑の真相が判明した。




「つーか、話が飛んでたな」女子が話を戻す。「じゃ、今朝、ミイにあったのは、偶然なのか?」

「そうだよ。偶然だけど?」

「……本当に『偶然』か?」

「だから、そうだって言ってるだろ……?」

「んー」女子が唸る。


 ――――プルルルルルルルルル。

 着信音だ。


「おっとワリぃ」

 女子が断って服のポケットからスマホを取り出し、操作、通話する。

「もしもし。――ああ、まあ大丈夫だけど。――てか今日、受験だっただろ? 出来はどんな?」

 ベンチ隣に座っている女子が通話している。その間、彼は缶ジュースを飲み進める。

 これを完飲すれば、この場から離れることができる。

 ゴクゴク。

「そっか。お疲れ。――――ああ、それかぁ……。いや、忘れちゃったな。フフ」

 その女子はなにか、妙な笑みを浮かべながら通話している。

 ――悪い顔だ。なにかわからないが、きっと忘れていない。憶えているに違いない。

 おっと、それよりも、ジュースを――グビグビゴクゴク。


「ミイがそこにいるだろ。ちょっと代わってくれないか?」


「ぶぐっ……ゲホッゲホッ」むせた。咳きこむ。「……は?」

 急に通話に、要注意人物の名称が出てきて驚いた。

 女子はその反応を横目で見ながら、通話を続ける。

 本当に電話相手は彼女なのか。――いや、ブラフの可能性もある。

 ――この女、油断ならない。

 それを彼はよく知っていた。

 これはおそらく、もう通話は切れているのではなかろうか?

 もう電話は終わっている。どことも繋がっていない。

 だがその上で、あえて彼女の名称を口にした。

 ――僕の反応を見るために。

 そういう推理をした。

 その女子は、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。その可能性が高そうだ。

 そうなると先程の反応は失敗だった。

 ――無反応(スルー)が正解だった。また仕掛けてくるかも。

 次こそは、なんの反応も示さず、クールに対応するべき。冷静に。

「おつかれミイ。試験の方は大丈夫だったか?」

 まだ演技を続けるらしい。

 ――もう騙されまい。

 彼はそう思っていた。

「――――いいって。試験に間に合ってなによりだよ。――あ、それより、ネネのスマホだし、手短に聞くけど」


 ん?

 ネネ――それはおそらく彼女の友達の名称。

 鷲尾寧々香の名称だろう。電話をかけてきたのは、鷲尾寧々香。

 つまり、もしかして、この通話って……

 ――本物(マジ)か?!


 女子がニヤニヤしながら問う。

「ミイって、『苗倉真斗』のこと好きなの?」


「――っ?!」――直接すぎるだろ!?

 だが、いや、そんな危険な(ヤバい)言葉(ワード)を、本人に言えないだろう。

 この通話。やはりブラフで――



『ぶゅえっ!?』

 ……なにか聞き慣れた声が、離れた電話口から聞こえた。

『ええっ!? な、なに、いきなりなになの、なんで、いやそれ、は、まあ、いや、それは秘密で、って、え、そ、ちょっ、えっ、なんで――』

 慌てふためく大声が聞こえた。電話の向こうから。



「…………」

 無言。彼に言えることはなにもなかった。

 ――オワったな。

 それだけ思った。

「ぷっ。あはは。おっけーおっけー。わかったからもういいよ」ニヤニヤが止まることを知らない女子。「試験、お疲れさま。ゆっくり休めよ」

 そして、その女子は通話を終了した。

 件の女子が彼にゆっくり向き直る。

 にんまりと、せせら笑っていた。




「オイオイオイ、やっぱりじゃねーか」

 にひひひ、と薄気味悪い満面の笑みだ。

「……なんのことだよ?」

 もう無理だが、すでに絶対絶命だが、彼の最後の抵抗。

「とぼけんなよぉー」にやにやにや。「てめえ、やっぱミイと付き合ってんじゃねーか」

 脇腹をターゲットに、肘でドスドス打ってくる。――痛い。

「ちょ、おい、やめろって」

「もうネタは上がってんだぞ。いいかげん認めろよ。ゲロっちまえよ」

「刑事か! いやこんなニヤついた刑事はいないだろうけど」

「からかわれるから秘密にしようってことかよぉー。ミイの反応でだいたいわかったぜ」

「てかナオ、なんでそんなにノリノリなんだよ……」あきれていた。

「あたりめーだろ! こんなおもしろいこと聞かずにいられるか」

「いやおもしろいって、完全なひやかしじゃん……。なぜ女子ってこの手の話題に異様に食いつくのだろう……?」

「んで、本当に付き合ってんのか? おまえの口からハッキリ言え。ええ? おい?」

「そっとしておいてやろうという思いやりはないの?!」

「ねーよ。んなもん! ぜんぶ根掘り葉掘り聞くまで帰さねーよ!」

「ジュース飲み終わったら僕は帰るからな?! なにその異様な執念は?」

「気になるだろーが。マコ×ミイとか、誰が想像できんだよ。あのミイだぞ? クラス、学年――いや学校でも五指に入る美少女のミイと、根暗でオタでボッチでキモイというマコが付き合うとか、ど定番ラブコメマンガかよ?!」

「てかナオの僕への評価が酷すぎる件について! だれが根暗でオタでボッチでキモイんだよ! ……否定できないからSAN値が底をつきそうなんだけど! 発狂するよ?」

「んで、どうなんだよオイ、付き合ってんだろ? もうごまかせねーぞ」

「…………皆元さんも、アスカさんにバラしたし、僕も1人くらい、いいよね……」

 凄まじい剣幕で迫る友達に、いい加減に許してほしい彼が呟いた。


 渋々と仕方なく。

「……まあ。付き合ってるけど」

「マジかよっ! やっぱりなのか!? いや嘘だろ! あのヒトを騙すことに定評のあるマコだしな。やっぱ信じられねーよ」

「認めたら認めたで、今度は信じられないのかよ!?」

 てかナオのテンションが高すぎるんだけど、と、彼はその女子にうんざりしていた。

「どっちから告ったんだ? いや、おまえ――マコからだな。美少女ミイからスクールカースト底辺のマコに告るとか、考えられねーし……」

「ねえ、なんでナオはちょいちょい僕をディスってくるの?」

「んで、おまえどこで告ったんだよ、おい」興奮しつつ訊く。

「……えと、学校の体育倉庫だけど」

「は? なんでンなところで告ってんだよ」矢継ぎ早に訊く。

「……ああ、ちょっと恨みから倉庫に監禁されて……」

「監禁って、おいおいなんのドラマの話してんだよ。ごまかされねーぞ。現実の話をしろよ!」

「正直に話しても信用されない件について!」彼が嘆いた。

 ぎゃいぎゃい、と騒がしく何から何までぜんぶ問い詰められた。






 ひと段落。

「はあぁ」異常に疲れた彼が溜息。

「ふう!」女子は元気だった。「なるほど。嘘っぽいところや隠していることもありそうだが、付き合っているのは本当っぽいな」にやにや。

「だから、そう言ってるじゃん……」

 彼は疲労困憊のようだったがベンチから立ち上がった。

「とにかく僕、帰るよ。ジュースごちそうさま。それじゃあね」

「あ、ちょっとまて」

「ん。まだなにかあるの?」

 その女子は目を伏せて、言いづらそうに、告げた。

「あの、その、悪かったな……ごめん」

「……そう思うなら根掘り葉掘り余すことなく質問攻めしてくるなよ……」

「あっ、いいや、そっちじゃねーよ」

「ん?」

「…………」口が閉じる。

 ――それでも、いわなきゃ。

 決意して、重たい口を開いた。


「……これまでの、その、3年間のことだよ……。ホントに、ごめん」


「……なんだよ、それ。別に謝ることなんて、ないじゃん」

「……アタシの、気がすまねーんだよ」

「……それを言ったら、こっちこそ。だからさ。お互い様だよ。謝る必要なんて何もないから、さ」

 気にするなよ、と彼は薄く笑っている。

「…………そーなのか? いや、違う気がするぞ……」

「……」彼はなにも言わない。

「いや、暗い雰囲気になっちまったな。悪い。伝える言葉を間違えた」

「ん?」


「その、ありがとな。気ぃ使ってくれて」


「そんなんじゃないよ。さっきも言ったけれど『こちらこそ』なんだよ……。でも、僕の方はもう大丈夫だからさ」 

「……そーか。まあ、でも今日は、頼ってくれてうれしかった」

「…………」彼無言。

「それに、話ができてよかった」

「……まあ、それも、こちらこそだよ。――それじゃ、僕は帰るから。じゃあ」

 彼は歩きだす。

 座ったままの少女は、その背に呼びかける。

「おう。それじゃ、ま――」

 告げようとした言葉を止めた。

 その言葉をいう資格があるのか、わからなかった。

 背中から、言葉が返ってきた。

「……うん。じゃ、()()()

 その()()は、そのまま歩いて帰っていった。















 ★





『あいつ』がいなくなった。





 小学6年生の3学期のある日。

「――みんなも今までと変わらず、優しく接してあげてね」

 放課後の直前、担任教師はそんな話で締めた。

 家が火事になったあいつが、明日から登校してくるらしい。

 火事の件について訊くのは禁止。今までと変わらずに接してあげろ。

 あたりまえのことだった。そんなことわかりきっていた。そのつもりだった。

 ――わかっていたつもりだった。




 あいつは宣告どおり翌日から登校してきた。

 顔を見たのは葬式の日以来だった。

 なんてことない顔で、ただ席に座っている。

 ――よし、話しかけよう。

 なんて声をかける?「よう、ひさしぶり」「おはよう」「大丈夫かよオイ」いやそれは火事の件に触れることになるからやめた方がいい。「あのゲームやったか?」それはなんの脈絡もないな……。とにかく、あいつに話を――


 ズキンッ。


 ――?

 自席に座すあいつに声をかけようとした。だけど――

 ……できなかった。

 なにかが、声をかけることに、制止をかけていた。

 ――なんでだよ……。

 そのまま、その日は言葉を交わすことなく終わった。




 その翌日。

 その日も、あいつは一人ぼっちで席に座っていた。

 話しかけよう。そう思っているのに、身体は動かない。

 考えるほどに、なんて声をかけていいのか、どんどん分からなくなってゆく。

 それでも、声をかけるんだ!

 ――そう思うたびに、なにかが、突き刺すように、痛む。

 その日も、声をかけられなかった。




 その次の日も、その次の日も、声をかけられない日が続いた。




 先生に職員室に呼び出された。

「ねえ、なんで声をかけてあげないの?」

「……」

「あの子、きっとさびしがってると思うわよ?」

「……」

「直衛さんと、仲良しだったんじゃないの? 友達だったんじゃないの?」

「…………ううっ」

 気がついたら、泣いていた。

 ぼろぼろと瞳から滴が落ちる。

 あいつらと仲良し、友達だった。

 ――そんなこと、わかってる!

 わかってるのに……わかってるのにっ!


 アタシが泣いたことで、先生から解放された。

 寒くて冷たい下校路を1人で歩きながら、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 話しかけたい。話せない。話さないと。話しかけられない。話せ。話すな。

 思いが相反する。


 わかっていた。あいつに声がかけられない理由なんて。

 ――『あいつ』がいないからだ。

 アタシとあいつの間には、『あいつ』が居たからだ。

 話しかける前には、必ず『どちらなのか』考えてから、声をかけていた。

 いまもその癖が抜けない。

 あいつに話しかけようとするたびに、『あいつ』のことが脳裏に浮かぶ。


 もう『あいつ』は、いないのに……


 ――『あいつ』はもういない。

 だから、あいつに話しかけようとするたびに、それを思い出して、辛くなって苦しくなってしまうんだ。さみしさで心が痛むんだ。胸が押し潰されそうになるんだ。

 だから、声が出ない。

 わかっていたのに、わからなかったことが、わかった。




 でもなんで、あいつこそ、あいつの方から、アタシに声をかけてこないんだよ!

 ――さびしくないのかよ。さびしくないんだろうな。だから、声をかけてこないんだろーな。

 もしくはアタシと同じ理由か?

 ――『あいつ』のことを思い出してしまうから、か?

 そう思った。そう思っていた。


 彼の方から、いつものように「よう、ナオ」って声をかけてきてくれたら――

 ズキンッ。

 ――心が反応した。

 ……ああ、そうか。

 あいつに話しかけられても、同じことだ。

 ごく自然にアタシは、あいつなのか、『あいつ』なのか、考えてしまう。

 そして、苦しくなる。


 それがわかっているから、あいつも声をかけてこないのかよ。

 あいつ、優しいからな……。ああ、ムカつく。










 小学校を卒業して、中学生になった。

 同じ中学に進学した。クラスも一緒になった。

 それでも、何も変わらなかった。

 声をかけたい。声がかけられない。声をあげたい。声が出ない。

 彼は、教室の隅の席で、誰とも話さず、文庫本を手に、1人でいた。


 声をかける人物もいなかった。

 原因はわかっていた。

 小学校のときの『緘口令』だ。

 火事のことは聞くな。なにかの会話からうっかり『地雷』を踏み抜いてしまう恐れがある。そう思うと迂闊(うかつ)に声をかけられないのも、よくわかる。本当に、よく理解できた。

 だから、触らぬ神に、腫れ物に触るよう、そんな扱いだった。

 他の小学校からの進学者もその空気を読みとったのか、彼に話しかける人物はいなかった。すでに地元の小学校グループで友人関係が固定化されていたのも理由だろう。

 クラスの隅の席で、文庫本に目を落している彼は孤立していた。


 思春期の男女が話さなくなることは、よくあることらしい。

 けれど、これは、そんな理由じゃないことは、自分で一番よくわかっていた。

 ――ああ、くそ。









 あいつと話さなくなって、3年が経った。

 どうしようもないなにかが心に突き刺さったまま、今日もただ1日が過ぎてゆく。

 

 そう思っていた。


 朝、家の電話が鳴った。アタシが出た。

「もしもし、」

『あ、もしもし、ナ――直衛さん?』

 すこし低くなったあいつの声を聞いたとき、心臓が止まるかと思った。

「…………あ、ああ」なんとか返事した。

『えっと、直衛さんって、皆元さんと友達なんだよね?』

「え、ああそうだけど」

 ――ミイ? なんでミイのことなんだ?

『実は高校の一般受験の日なんだけど。――皆元さん、家に筆箱を忘れてしまったらしくてさ』

「え、ええっ!」

『それで、もしも皆元さんの家を知っていて、都合がつくようなら――』

「わかった。すぐ届ける!」

 それでアタシは動き出した。


 自転車に飛び乗ってミイの家に行って、おばさんに事情を説明して、部屋に入って筆箱を確保。また自転車に飛び乗り、受験会場の高校へ。自転車を停めて校舎内へ。本人を見つけて無事にお守り付き筆箱を渡した。


 ――ふう。渡せてよかった。

 一件落着。

 路上に駐輪した自転車のところに戻る。

「でも、なんであいつがミイの筆箱のことを知ってたんだろーな?」

 ――もしかして、あいつら2人、そういう関係なのか?

『ありえねーな』と分かっていながらも『そうだったらいいのにな』と思ってしまう。

 それなら、彼は寂しくない。孤独じゃない。

 彼女はいい子だし、信用できる。

 ありえない、と、わかっているけれど。

「しっかし、ミイのやつ、なんで筆箱に『縁結び』のお守りを付けてんだろ? ふつう学業成就のヤツつけた方が――……って、あれ? 自転車、が」

 自転車がなかった。

 探す探す、これでもか、というほど付近を捜索する。

 それでも、見当たらない。見つからない。無い。

 ――これは、まさか、いや、それ以外にないな……。


 違法駐輪ということで撤去されてしまっていたのだろう。

「マジかよっ……おい」


 思案する。

 撤去自転車を管轄している警察に行くべきか? 

「いや、いま行くと『中学生がこんな時間からなにをしているんだ』とお叱りを受けるかもしれねーな。てか、もうそんな時間でもないか、もう少し経ってから行けば、いい具合か……」

 必死に探していて気がつかなかったが、かなりの時間が経っていたようだ。

 今日の学校は遅刻しても仕方がないという覚悟でやってきたが、もうそんな問題でもなかった。しかし高校も推薦合格が決まっているので、もう出席日数を気にする必要はない。

 お腹が減ったし、のども渇いた。

 自販機でジュースを買う。

 そこに、見知った人物が歩いているのを発見。


 ――ん? え、あれって……。


 もう、胸は痛まなかった。

 痛みは時間が和らげてくれた。

 ――心に突き刺さったなにかをどうにかしたい。

 もう1本ジュースを買う。

 

 覚悟を決める。声をかけた。


「ょ、よおっ」


「……」スタスタスタ。気づかなかった。

「ちょっ、いや、おい。無視すんな!」

 ――こっちは決死の覚悟で声かけてんだよっ!

「へ? ……あっ!」

 ようやく彼は気がついた。




 ★








 ようやく彼は、家の近くまで帰ってきていた。

「ん? あれ」見知った人物がいた。「皆元さん?」

「やあやあ、おかえり真斗くん」

「なんでココにいるの?」

「ちょっと待ち伏せしていたのさ。例の件でお礼を言いたかったのと、気になることがあったから。――家に帰って、着替えて、自転車でやってきた」

「そうなんだ。てか、受験直後だし、疲れてないの?」

「いやいやいやいや、だいじょーぶい。むしろテンションがあがってきた」

「それ、疲れてるんだと思うよ……」

 早く帰って休んだ方がいいと思うよ、と疲労した彼が提案した。

「それよりよりとも、実は真斗くんにたずねたいことがあるんだよ。それを聞かなきゃモヤモヤして夜しか眠れないくらい気になっていることを……」

「夜眠れるなら、別にいいんじゃないか?」


 彼女が訊ねる。

「今日、薫ちゃんが私の筆箱を届けてくれたんだけど、真斗くんはどうやって薫ちゃんまで『そのこと』を伝えたの?」

「あー」彼は思い出した。

 今まで彼女には、知り合い――友達だということは、隠してきた。

 友達であることが彼女に伝わって、例の女子に『なんで彼とお話ししないの?』などと問われれば、あの子を傷付けてしまうかもしれないから。

 今ならば、もうそんな配慮はいらない。


 ――が、もう疲れていたし、説明が面倒くさかった。


「ああ、それなら『受験なのに皆元さんが筆箱忘れた』とSNSで『拡散希望』てタグつけて、発信したからじゃないかな?」


「やっぱりかぁああああああ! どうもありがとうだけどよくも私の痴態を広めてくださりやがったなあうわあああああああああああん!」

 羞恥の念から彼女が嘆いた。







はい。



そんなわけで『マコとナオ』の話。

ツインスタンダード『MN』でした。


あ、『あの子』のこと、ご存じないですか?


「リトルツインズスタンダード」シリーズ

過去編があります。よろしければどうぞ。


実は『あの子』は、『無印』の1話目から登場している人物でもあります。

彼女の言っていた『クラスで一番髪の長い女の子』ですね。



え、矛盾点がある?

いや、そんなことはないです。大丈夫です。

どうしても納得いかない場合はコメントやらなんやらで、お申しつけください。


あとちなみに、別の短編に登場する『ナオちゃん』はまったくの別人にございます。同じ世界にはいますが、別の子です。人違いです。ミスリードでも、同じような名前をつけてしまったミスでも、ありません。違います。他人です。


さて、では。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

お疲れさまです。またの機会に!


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