あの子のモノは奪われた(前編)
夜。
電話した。
「もしもし」
『もしもしみっちゃん?』
「うんうん。私、私だよ。寧々香、今日のことなんだけど……」
『うん。ごめんね。うち、忘れちゃったみたいで……』
「なんで? そんなわけないよ。寧々香は――」
『みっちゃん』
声。――その一言は怒っているような、悲しんでいるような、そんな声色だった。
「……寧々香?」
『……あ、ごめん。でもみっちゃんは、気づかなかったんだね……』
「え、……それって?」
『とにかく、うちが忘れただけだから。――じゃあね』
――プツン。ツーツーツー。
通話は終わった。
放課後のほぼ人のいない教室で、彼女は腕を組んで唸っていた。
「うーん……うーん! なぜなんだ」
ぺらり。
「………………」
唯一にしてもう1人の在室者である彼は、無言で文庫本のページをめくった。
「うむー。むむーん! いったい、どこにいったんだろう……」
彼女が先ほどよりやや大きめの声で呻いた。
ぺら。
「…………」
彼は何も言わず本のページを進めた。
「ううーん! むむむーん! いったいだれがどうしてどうやって……」
彼女が強い声で喚く。
ぱらぱらぱらー。
「……」
彼がラノベを流し読みしはじめた。
そんな彼を横目で見た彼女が、ついに明確に彼に言葉を投げた。
「………………ねえねえ真斗くん」
「ん。どうかしたの? 皆元さん」
堪忍袋の緒が切れた。我慢が出来なくなった。叫んだ。
「そろそろなにか聞いてよっ!」
「まったくまったく。真斗くん。私は困っていたんだよ? かわいい女の子が困難に遭遇しているんだよ? 声をかけるよね、フツー。ねえ。ぷくー」
ハムスターのように頬を膨らませた彼女に、彼は言った。
「あ、そうなんだ。皆元さん。困っていたのか」
「あたりまえでしょ! あからさまでしょ! あれだけ唸って悩んでいたのに!」
「いやあ、読んでいたラノベの続きが気になって集中していたから気がつかなかったんだよ」
「ウソだ! その本、もう読んだことあるやつだもん。既読でしょ」
「え、皆元さん。どうして?」
「べ、べつに真斗くんのことが気になったから、じっくり見ていたわけじゃないんだからねっ」
「なぜにツンデレ?」
その疑問には取り合わず、彼女が余裕を見せるように笑いながら話す。
「その本が既読であるというのは簡単な推理だよ。――さっき流し読みしてたし。続きが気になる文庫本を、あんなふうにパラパラーってめくらないでしょ? ネタバレになっちゃうし。続きが気になるもないよ」
「なるほど」
「受験前だから新しいの買わないようにしてるって聞いていたし。それにそのタイトル見覚えがあるもん。それ『ストーカーアンドデッドライン』でしょ? 前に読んでたじゃん。覚えてるよ」
「あー、覚えていたか……」
「もちもちろんろん! あったりまえ」
「でも覚えていたなら、推理とかする必要のない話だよね」
「いやいや推理だよ。自身の記憶から考察する。それは探偵には必要で重要な素養だよ」
「探偵って……ヘッポコ探偵がなにを言ってるんだよ……」
「ヘッポコ言うなっ!」
彼女が吠えた。
彼は渋い顔をしていた。
「はあ」
「なんで溜息なの。真斗くん」
「いやだって、コレ、ぜったい面倒くさい案件だと思って……」
「面倒くさい案件とはなんだコラ。――あっ! もしかして、だから無視していたのか。スルーしてたのか! 関わりたくないから」
「うん。まあ、そういうところもある」
「肯定しないでよ!」
「事実だしなぁ……」
「こういう時は『困っているなら話を聞くよ』と優しく声をかけてよ。最近ちょっと冷たいぞ」
「そういう皆元さんは最近ちょっとずうずうしいぞ……」
「真斗くん、あなたはそういう立場にいます。面倒くさいという理由だけで無下に扱わないでください」
「はあ」定番のため息。「まあ、どうせ逃げられないしなぁ……」
覚悟を決めた彼は、渋々と口を開いた。
「皆元さん。いったい何があったの? 困っているなら話を聞くよ」
彼女が話し始める。
「誕生日プレゼントが失くなちゃったの」
「誕生日プレゼント? モノが紛失したってこと?」
「うん。そう。――この間、直衛薫ちゃんが誕生日だったのね。薫ちゃん。わかる?」
「え、えーっと……」考えるそぶり。
「同じクラスでしょ? 髪が長くて、テニス部で、姉御肌の」
「ああ、うんうん。直衛薫さんだね。わかってるよ」
「いま思い出した感あるよ!? ホントにわかってたの?」
彼女は、まあいいやそれはともかく、と続けて話す。
「その薫ちゃんの誕生日会を開催したのね。昨日。カラオケで」
「うん」
「メンバーは、私、竹田玲奈ちゃん、山西柑菜ちゃん、鷲尾寧々香。そして、主役の薫ちゃんの5人」
「なるほど。そのメンバーみんなこの3年2組の人だよね?」
「うんうん。そうそう。――なんだ。それくらいはわかるんだね」
彼女が感心する。
「まあ、そりゃ昨年から同じクラスだし、聞いたことある名前だからね。それで?」
「ええ、うんうん。――この5人でカラオケルームに入室。それでしばらく普通に過ごして、薫ちゃんが歌い終わったとき、電気を消して『え、なんだ』と薫ちゃんが驚いたところで、パーンとクラッカーを鳴らして『誕生日おめでとー』とお祝いの言葉を告げ、プレゼントを渡す。――そういう作戦だったのね。サプライズ」
「ふむ。なるほど。――ところで、この作戦の発案者、皆元さんだろ」
「えっ!? なぜわかった真斗くん」
「そういうの好きそうだから……。で、それでどうしたの? プレゼントがなくなったっていうのは?」
「ああ、うんうん。――クラッカーを鳴らして電気をつけて、薫ちゃんにプレゼントを渡す段階になったんだ。それで、私、玲奈ちゃんと順番でプレゼントを渡して」
彼女が思い出す。
「……あ。そういえば」
「そういえば?」
「私からの薫ちゃんへのプレゼントは、このまえ本屋さんに行った時に真斗くんがオススメしてた推理小説にしました!」
「ああ、うん。関係ない脱線だったか……」
「ほら、あれ……なんだっけ」
「もしかしてあのシリーズか?」
「そうそうソレだと思う。それの第2巻をあげました。あれ、基本短編だからどの巻からでも読めるって真斗くんから聞いていたし、薫ちゃんミステリにハマりはじめたって言ってたし、1巻だったら持っているかもしれないでしょ? そういう配慮」
「てかそれ、僕が読みたいけど受験終わるまで我慢してるやつじゃん」
「そうそう。それそれ。薫ちゃんは推薦入試でもう合格確定しているから。気兼ねなくプレゼントできたよ」
「……良い性格してるな、皆元さん。よくも僕の前でその話題をしてくれたな……欲しくなってくるじゃん。ていうか、話し脱線している。それで?」
彼女はすこし声のトーンを落した。残念そうに。
「ああ、うんうん。それで私、玲奈ちゃんと順番で薫ちゃんにプレゼントを渡して、それで寧々香の番になったんだけど、寧々香は申し訳なさそうな顔で『ごめん、うちプレゼントを忘れてきちゃったみたい……』って謝って……」
「うん」
「それで……どうしてだろうって……」
「……」
「……」
「……ん?」
「え? どうした、真斗くん」
「いや聞いたところだと、鷲尾さんはプレゼントを忘れてきたんじゃないの?」
「うん。寧々香はそう言っていたけど……」
「ならばそのままだろ。鷲尾さんは渡すはずだったプレゼントを忘れてきたんだろ? 皆元さんの話だと『プレゼントが紛失した』みたいなニュアンスだったけれど」
「うん。そうなんだ」
「んん?」
「寧々香は、プレゼントを用意していたはずなの」
彼女は納得していない。
「私、寧々香と話したの。カラオケルームに入室する直前、店員さんに案内されて移動しながら確認したの。――『プレゼント、ちゃんと用意できた?』って。そしたら寧々香は鞄をあけて、包装された小箱を私にみせて『だいじょうぶだよ』って、言っていたから……なのに……」
彼女は、納得できなかった。
考えを話す。
「きっと寧々香は、『プレゼントが失くなった』なんて言ったら誕生日会の楽しい雰囲気を壊してしまう、だから言えなかったんだと思う。それで『プレゼントを忘れてきてしまった』と、そういうに取り繕ったんだと思うんだ……」
「なるほど」
「みんな――薫ちゃんも、玲奈ちゃんも、柑菜ちゃんも、いい子だから『まあそういうこともあるよ』って流してくれて、いい雰囲気のままサプライズ誕生会は終わったんだけど。でもでも、プレゼントがなくなった件に私は納得いかなくて……。だからその後、こうして考えてるの」
「ふむふむ。たしかに、そうだね。――部屋に入る直前までプレゼントはあったならば、それは紛失事件か」
「……うん。そうなの」
「……皆元さん。もう気づいていると思うけれど、それでも、ちょっと嫌なこと言うよ?」
「……うん」
「――いっしょにカラオケルームに入った4人のうちの誰かが、鷲尾さんのプレゼントを盗んだ可能性があるね……」
彼女はやるせない顔で、無言であごを引いた。
――なるほど。だから皆元さんは僕の方から声をかけさせようとしていたのか。
この件を調べるということは『友達を疑う』ということである。自分から率先してやりたい行為ではない。それも事件の容疑は『窃盗』である。けれどそれでも、真実を求めなければならない。
だから彼に調べてもらいたかった。
「ごめん。皆元さん」
「えっ? あの、なんで謝るの? 真斗くん」
「もっと早く、ちゃんと話を聞くべきだった」
「え、いやいやいやいや」彼女は頭をブンブン振って否定する。「もともと真斗くんは関係ないのに協力してくれているって立場だから。そんな責任を感じる必要はないんだよ!?」
「いや、皆元さんも言っていたけれど、関係あるよ。僕はたしかにそういう立場にいるし。解決できるかはともかく、早く話は聞くべきだった」
「えっ、あの、それって……」
意外な言葉に驚く。
関係ある。そういう立場。
――それってやっぱり、私の恋人だからという……
「それに皆元さんのことだから、いつものくだらない案件だとばかり思ってたんだ」
「おい。真斗くん、くだらいない案件とはなんだ、いつものくだらならい案件とは!?」
キレた。
「プレゼント紛失の件に話を戻そう」
彼が軌道修正する。
「皆元さん達がカラオケの個室に入る直前、プレゼントが鷲尾さんの鞄の中にあるのを皆元さんが確認している。ならばプレゼントが紛失したのは、入室してからプレゼントを渡すまで、その間ということになる」
「うん。そだね」
「その間は、どういうことがあったの?」
「あ、うんうん。説明するね。――まず部屋に入って席に座ったね。座席はこんな感じ」
彼女は机の上に出したノートに記入した。
『
モニター
○ ●
○ 机
○
鞄 ○ 扉
』
「○が座席ね。L字型に座ったの。入室したときはL字の頭の方から、玲奈ちゃん、寧々香、柑菜ちゃん、角に鞄をおいて、薫ちゃん、という順番で座ったの」
「ん? それじゃ4人じゃないか。さっきいなかった皆元さんは……いや、この●か」
「うんうん。この●が私。いや入室したときの私、だね」
「ああ、座席を移動していったんだね」
「そう。歌う人はモニターの前で立って歌うようにしたの。●は歌う人。――まず私が1番に歌って、それから、玲奈ちゃん、寧々香、柑菜ちゃん、最後に薫ちゃんが歌って、そして電気を消してお祝いのサプライズクラッカー。そういう流れだったの」
「なるほど。時計回りに座席を巡る形だね」
「そーそーそーなの。そーゆーことなの。歌い終わったら、扉の前――鞄の横に座って、みんなモニターのほうにズレていくの」
「鷲尾さんのプレゼントの入っていた鞄は、同じように角に置かれていたの? みんなの荷物もまとめて」
「うん。そーだよ。入室した直後に、みんな鞄は角に置いたの」
「……なるほど。座っていた順番は本当にこれで間違いないの?」
「間違いないよ。サプライズの舞台を整えるために薫ちゃんを端の席に誘導したの私だし、玲奈ちゃんと柑菜ちゃんに挟まれて寧々香が座っていたのをよく記憶しているし、みんなの順番も歌った曲もぜんぶ答えられるよ」
「そっか」
「うんうん。それに私、前に出てトップバッターで歌ったけど、そのときに全員の座席を正面からちゃんと確認しているし」
私、竹田玲奈ちゃん、鷲尾寧々香、山西柑菜ちゃん、んで薫ちゃん。
順番を確認してもう一度いう。
「うんうん。前に出て歌った時にずーっと見ていたからね。間違いないよ」
「いや『ずっと』って。歌うときは歌詞を――モニターを見るだろ?」
「ふっふっふ、いやいや、いいえ」彼女が不敵に笑う。「私は歌詞なんて確認しないよ。完璧に歌えるもん。憶えてるもん。みんなの方を見ながら、踊りながら歌ったに決まってるじゃん」
自慢げだった。
彼女は胸を張った。
「あー、なるほど。……皆元さんって、無駄に微妙なところがハイスペックなんだもんなぁ」
「無駄に微妙なところってなにっ!?」と彼の評価に文句を言ってから呟く。「……まあ本当はとある人物をテレさせようと思って、直視しながらラブソングを歌う練習をして習得したのに、本人は私が歌うときに限って選曲タブレットと格闘してるんだもんなあ。私の方を見ずに……」
「む? それって……」
「えっ! もしかして聞こえてた?! そこは鈍感主人公的な属性で聞き流すものかと思ってたのに……というか私の地味な恋の努力を知られてしまったのはハズいというか――」
「皆元さん。なにを言ってるんだ? ――それより、ずっとみんなの方を見ながら歌ったって話だったけど」
「え、あ、うん」
「ならば、その間、皆元さんが歌っていた時は、鞄から鷲尾さんのプレゼントを取り出したり――直接的に言えば、盗んだりできなかったってことだよね?」
「ああ、うんうん。そたね。みんなノッてくれてたし、タンバリンとか叩いてたし、そういう行動すればわかるし。私が歌っているときに盗むのは不可能だよ」
「……ってことは、皆元さん」
「ん? なになに真斗くん」
彼は結論から答えた。
「コレ、盗むの不可能じゃないか?」
「鷲尾さんの鞄からプレゼントが盗まれたのは入室してから、プレゼントを渡すまでのあいだ」
「うん。そだね」
彼が彼女に確認しながら状況を整理する。
「まず先程も確認したけど、皆元さんが前で歌っている時」
「うん」
「無理。盗めない。――皆元さんがみんなの方を見ている。そこから鷲尾さんの鞄をあけてプレゼントを取り出すことはできない」
「そうだね。私がみんなを見ているもんね」
彼女が同意した。
「次の2番目、竹田玲奈さんが歌った時」
「うん」
「ありえない。――もしもこの時、盗んだとしたら犯人は荷物のすぐ隣に座っていた直衛薫さんだけど、荷物のすぐ隣には皆元さんも座っている。もしも直衛さんが鷲尾さんの鞄を開けたのなら、皆元さんが気づく」
「うん。そうだね。それに薫ちゃんが盗むはずないよ。後々には自分に貰えるプレゼントだもん。――あ、でもでもそもそも薫ちゃんは、鞄にプレゼントが入っていることを知らないや。サプライズなんだから」
「ああ、そうだね。前提として直衛さんには理由――動機がない」
「うんうん」
彼女が頷いた。
「この後の3番目、鷲尾寧々香さんが歌った時」
「うん」
「できない。――この時も皆元さんが荷物の隣に座っている。だから、同じく荷物の横に座っている竹田さんにはプレゼントを盗むことはできない。鷲尾さんの鞄を竹田さんが開けたら、皆元さん気がつくよね?」
「そうだね。私が隣にいたし。リスク高すぎだよね。バレるよ。それに玲奈ちゃんは鞄を触ったりしてなかったと思う」
彼女は思い出して証言した。
「それから4番目、山西柑菜さんが歌った時」
「うん」
「これも盗めない。――このとき荷物の隣にいたのは鷲尾さんと竹田さんだ。けれど竹田さんが鷲尾さんの鞄を漁っていたら、本人の鷲尾さんが気づくよね。自分の鞄なんだし」
「そうだね。うん。それは寧々香がわかるよ。だから玲奈ちゃんには無理。私も玲奈ちゃんの隣に座ってるしね」
彼女が説明に納得した。
「5番目――つまり最後、直衛薫さんが歌った時」
「うん」
「これまた犯行は無理。――先ほどと同様だ。荷物の隣は鷲尾さんと山西さん。本人の鷲尾さんの横で、山西さんが鷲尾さんの鞄をあけることはできない」
「そぉーだねぇ。無理だよねぇ……」
彼女が理解して項垂れていた。
「そして、直衛さんが歌い終わった後、電気を消して部屋を暗くしてクラッカーを――」
「そうか。そうだそれだっ!」
彼女が彼の言葉に反応して、声をあげた。
「その暗くなったときに寧々香の鞄から取り出したのかも!」
「いいや、それも不可能だと思うんだけど……この図の感じだと……」
「ん? どゆこと真斗くん」
「そもそも暗くなった室内で、他人の鞄からプレゼントの小箱を素早く抜き盗れるのかも疑問だけど。――まず部屋の電気を消したのは山西さんだろ?」
「え、うん。そうだけど。真斗くん、なんでわかったの?」
「部屋の照明スイッチって、だいたい部屋の出入り口付近にあるよね? 直衛さんが歌ったとき、扉の一番近くに座っているのが山西さんだから、山西さんが電気を消したんじゃないかと思って」
「おおーっ! すごいすごい真斗くん。そのとおりだよ」
「それからカラオケルームなら照明が消えても、モニターの光で室内は明るいと思うけど……」
「うんうん。さすがの想像力だね真斗くん。でもでも大丈夫。――モニターは1番端に座っていた私が消しました。それで部屋を完全に暗くして、全員に配布していたクラッカーをパーンパパパーン!」
「なるほど……」
「んで、柑菜ちゃんが電気をつけて――。いやあ薫ちゃん、メチャクチャ驚いてたなぁ。実行してよかったよ。喜んでもらえたし」
「うん。やはりこの部屋が暗くなったときも、盗むのは無理だな」
「え、どして?」
「直衛さんは歌っていたからモニターの前に出ている。山西さんは照明スイッチのところにいた。鷲尾さんは盗まれた本人。竹田さんと鞄の間には鷲尾さんが座っているから鞄には触れられない」
「あ、うん。そだね……全員にアリバイがあるもんね」
「アリバイというほどじゃないけどね。限定的というか――刹那的だし」
彼が結論をもう一度答えた。
「というわけで、コレ、盗むの不可能なんだよ」
彼女が頭を抱えながら返答する。
「いやいやまあまあ、そうですそうだねそうなんだけど、誰もできないのはわかっているんだけど、でも実際に失くしているわけだし、寧々香の用意した誕プレは紛失しているわけだし、そこをなんとか解決できませんかね? 真斗くん」
「いや、そこをなんとかと言われても……無理なものは無理なんだよ」
彼困る。
彼女は拝み倒す。
「そこをなんとか! お願いします」
「いやだから、僕に言われてもどうしようもないんだって」
「それでもどーにか解決してください!」
「不可能なものはどうしようもないし……」
「不可能を可能にするのが探偵の仕事でしょう?」
「事件を解決するのが探偵の仕事だと思うよ?! もうそれは魔法使いの領域だと思う! ていうか、そもそも僕は探偵じゃないし……」
「いやいや、ご謙遜を」ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女。「真斗くんは今まで、私の身の回りで起きた事件は、ぜんぶ解決してくれたじゃん。こりゃあもう名探偵だよ」
「…………はあ」
彼は溜息を吐き出す。
「皆元さん」
「ん? なになに真斗くん」
「僕はさ、……名探偵とかじゃないんだよ?」
彼はただ淡々と告げる。
「……ただの凡人。一般人だよ。いままで事件――という呼べるクラスのものはないから厄介事だな――その謎を解決できたのは、偶然だ。たまたま。運がよかっただけ。ただ頑張って考えたら、わかっただけ。……だからさ。あまり僕に期待されても困るよ」
「真斗くん……?」
「ま、そういうことだよ。だから皆元さんが僕の『そういうところ』に期待しているんだったら、きっとこれから先、いっぱい期待に添えないこともあると思うよ?」
「……真斗くんはちょっと勘違いしているところがあるよね」
「ん? 勘違いってなに皆元さん」
「真斗くん。私は真斗くんが事件を解決してくれるから好きになったんじゃないんだよ?」
「……」
「私はね、真斗くんは私が困っていたら助けてくれる。誰かのために考えて行動してくれる。そういう優しいところを好きになったの」
「……」
「その『結果』じゃなくて、行動する『過程』なの。今だって何だかんだ言ってもあっても私に協力してくれてるし。そーいうところに惚れたの。――だからね。期待とか解決とか、そういうことは考えなくていいんだよ。……いいや、解決は、してほしいけど」
「……」
「でも解決できないとか、そういうことで私の気持ちが変わったりはしないからね?」
「……皆元さん」
「ん? なに」
そっぽを向いていた彼が、言う。小声で。
「……はずい」
「んう?」
なんといった? と彼女は首を傾げている。
彼、説明。
「いやその、それにさ。――ここ、教室だしさ。そういう、なんというか……愛を語るのは、ご遠慮願えませんか?」
「え、あ、いあ、えっ!」わたわたと彼女があわてだした。「だってだってだってばさ! もうみんな帰って、みんな居ないし!」
「でも教室だし、誰か来るかもしれないし。廊下だって、誰が通りかかっても不思議じゃないんだから……聞かれたらマズイだろ」
彼が一応、教室の外を窺う。誰も居ないようだ。
「僕ら中3で、受験前、――だから付き合っているというのは基本的に秘密にするという取り決めだろ? 受験生なのにと反対されるのも悪影響だのと言われるのもカンベン願いたいから。やっかみもあるだろうし」
「いやまあそうだけどたしかにまあそういう約束だったけれども、……でもでも、さ!」
あわてどもる彼女が強く反論。
「それを言いだしたのは真斗くんでしょ!?」
「言ってないよ?!」
「言いましたぁー。言いましたあ!」煽るようにいう。「『僕は皆元さんのこと大好きだけど、僕は皆元さんの期待に添える男じゃないかもしれないよ』って風に――」
「マジで言ってねえよ?!」取り乱す。「てかモノマネやめて。そういうニュアンスでそういう意味だったかもしれないけれど、そうは言ってないから! ちゃんとオブラートに包んだから!」
「……えっ」
きょとん。
そんな彼女。
「ん? どうしたの皆元さん」
「真斗くん。私のこと大好きだったの? そういうニュアンスでそういう意味だったて、大好きなのを否定してないけど……いやあ、てっきり私、真斗くんは『付き合ってやってもいいかな』くらいの軽い気持ちしか私に持っていないのかと思っていまして……その、うれしい」
少しずつ小さくなる声量。徐々に赤くなる顔。
「だから! そういう話しをやめてくれつってんだよ!」
彼が真剣にお願いした。
……ただ、否定はしていなかった。
「はい。では鷲尾さんのプレゼントが消えた件について、話を戻そう」
「ええ、そうそうそそそうですそうっスね。そういう話しでしたね!」
強引に話しを戻した。
「じゃあ皆元さん。歌っている間に、だれか目立つ行動をした人はいなかったかな?」
「ん? 目立つ? まあ、タンバリン叩いたり、踊ったり、奇声を上げたりは、みんながしていたと思うよ。――あれ、いや、奇声をあげていたのは私だけだったかな?」
「奇声って……」
「あ、聞きたい? 私の奇声」
「やめてくれ。たぶん耳が死ぬ」
「幸せで?」
「爆音で。そのままの意味だよ。実際そうだろ?」
「まあね。真斗くんの鼓膜くらい、軽く破壊してしんぜよう」
「だからやめてくれって。――で、注目を集めるような目立つ行動をした人はいなかったかな?」
「うーん。いいや、特にそういう注目を集めるような行動は思い出せないかなあ。……薫ちゃんのサプライズ誕生会だと気づかせないように、みんな無難に立ち回ってたとおもうし…………あ、いや、強いて言うなら」
「強いて言うなら?」
「――あのメンバーの中で注目を集めるように盛り上がっていたのは」
「盛り上がっていたのは?」
彼女が言った。キメ顔で。
「私かな」
「……」
「どうしたの、真斗くん」
「……皆元さん」
「ん? なに」
「もし犯人なんだったら、鷲尾さんに謝った方がいいよ?」
「はい?」
一瞬。呆れたような顔だった。
バン、と彼女が感情に任せて机の天板を叩いた。
「ちがうから!」
信じられん。そんな感情がにじみ出ていた。
いやそんな訳あらへんわ、と、でも言いそうだった。
「私、寧々香のプレゼントを盗った犯人じゃないから!」
「うん。まあ、落ち着いてくれよ。僕もあまり本気で言ったんじゃないから」
「うんうん。そうだよ。まったくまったく。私が犯人とかありえないじゃん」
「僕も皆元さんが犯人の可能性は5割くらいだと思うし」
「半分は本気じゃん!」
「まあそうだね」
「ねえ真斗くん。もっと私を信用して。悲しいなぁ。今までの私達の事件の出来事や経験、思い出して。思い出を信じてよ。びりーぶみー」
「今までの出来事や経験、思い出を加味して考えたら、信用とか言えたもんじゃないぞ」彼が真っ当に評した。「なんだかんだ皆元さん、犯人だったり元凶だったりの可能性、とても高いからね。このあいだの正月の件とか。ちょっと今までの自分の行動を鑑みてくれ」
「でもでも、今回は違うから。絶対。――そもそも私が犯人だったら、真斗くんにこの件を相談するはずないじゃん」
「うん。まあそうだよね」
「そもそもさ。なんで私が犯人? どういうこと」
「犯人が2人――複数犯だったら、と考えてみたんだ」
「複数犯?」
「うん。事情や動機は脇に置いて、まずどうやって盗んだのかを考えたんだ。――だけど、普通に盗み出すことは、さっき話した様に不可能だ」
「うんうん。そうだね」
「だから、2人組だったらどうだろうと思った。――1人が全員の注意をそらし、もう1人が鞄からプレゼントを盗み出す。それならば、可能かもしれない」
「おおぉ、なるほど。そういうことかー」
彼女、納得の感心。
彼が説明。
「犯人の1人は奇声をあげるなどして全員の注意を自分に集める。そして、その間にもう1人の犯人が鷲尾さんの鞄からプレゼントを盗み出す。これが僕の推論」
「ふむふむ。そうか。なるほど」
「そんなわけで、――皆元さん、犯人なのか?」
「だから、ちがうっていったでしょ!?」
彼女、全力の否定。
「だけど奇声をあげたりしたのは――1番注目を集めていたのは皆元さんなんだろ?」
「いやまあ、それはそうなんだけど……それは、薫ちゃんにサプライズだって悟らせないように『私すごくカラオケに超いきたかったんだ。とっても嬉しいよ!』というテンションを演じていたわけでありまして……」
「ふーん。そうなんだ」
「ともかくとにかく、私は、犯人では、ありませんん!」
彼女が声を荒らげた。
「本当に?」疑いの眼。
「本当だって! 私が犯人だったら、真斗くんに事件の話をしたりしないでしょ! さっきも言ったけれど」
「まあ、たしかにそうなんだよなぁ。――なぜだろう? 罪の呵責に耐えかねて、とか?」
「だから違うって何度もいっているでしょ! 私が犯人だという考えを捨てなさい!」
「うーん」難しい顔の彼。
「わかった。もーわかった。真斗くんが納得いかないのはわかったから。――じゃあ、絶対違うから。賭けをしましょう。賭け」
「ん? 賭けって……ああ、いつものか」
「いつものとか言うな! 絶対ちがうから!」
彼は経験から予測できた。それに彼女が憤慨した。
「もしも、絶対に違うけれど、もしもこの事件で私が犯人だった場合、私、その、えっと……しょ、私の……」
「ん? どしたの皆元さん。急にしどろもどろになって」
覚悟を決めた。そんな彼女が宣言。
「わっ、私の、しょっ、処女を真斗くんにあげるよ。やるよ。捧げてやるよ!」
「……はい?」彼唖然。
「だからつまり私は犯人じゃないから。それに私の処女を賭ける。犯してくれて構わないぞ!」
「んなもん賭けるなよ! 僕に賭けに乗る気はないから」
これならどうだと言わんばかりに胸を張って全身が真っ赤に染まり一杯いっぱいになった彼女に、彼が命一杯のツッコミを放った。
「な、なんだまま真斗くん。お、怖気づいているのか?」
「怖気づいている上に、心底ビビってるよ! 皆元さんの倫理観に!」
彼がいつものように嘆いた。
オーバーヒートな彼女が宣言する。
「と・に・か・く! 処女を賭けられるくらい、私ではありません。――ということなんだよ。そういうことなんだよ! 私は犯人じゃないから」
「ああ、はいはい。わかったわかった」
「『はい』は1回。『わかった』も1回。適当な感じを出すな!」
「わかったよ。じゃあ、皆元さんは犯人じゃないという前提で考えるから」
「ええ、ええ、そうしてください。まったくまったく」
ふんぞり返る彼女に、彼がぼやく。
「……この人、僕に2回言うなと命令しておきながら、2回言うのは自身のアイデンティティなんだもんなぁ……」
「なになに、なにか言ったか真斗くん」
「いいや、なんでもないよ皆元さん」
ごまかした。
「それじゃあ皆元さんが犯人ではなくて、犯人が複数犯ならば、竹田玲奈さんと山西柑菜さんの2人がグルであるしか考えられないんけれど」
「うーん。そうなっちゃうよね。寧々香は盗まれた被害者で、薫ちゃんはプレゼントをもらう側。そうなると玲奈ちゃんと柑菜ちゃんしかありえない……。でもでも、2人ともそんなことする子じゃない気がするんだけど……」
やりきれない表情をする彼女。
「……。それで、皆元さん。それはありえるのかな?」
「ん? どゆこと」
「だからさっき言ったけれど、どちらが盗んだにしても、もう1人は盗んでいる最中に全員の注目を集めて気をそらす――犯行をサポートしないといけないだろ。そういう行動をしていたかって話なんだけど」
「あ、ああ、そうか。そうだね。……ううーん。どうだったかなあ。私が憶えている限りは、玲奈ちゃんも柑菜ちゃんも、特に目立ったことはしていなかったと思うんだけどなぁ」
「そうか。じゃあ、犯行は難しいな。まあ、その2人がグルというのは可能性として憶えておこう。その2人って仲はいいの?」
「え、うんまあ。仲が悪いことはないよ。仲は良いけれど……。でもでも2人で寧々香を貶めるなんて……ちょっと信じられないなぁ……。2人とも寧々香とも同じように仲良しだと思うから……」
「なるほど」
話を聞いた彼は思考を切り替える。
「……ハウダニットやフーダニットじゃなくて、ホワイダニットで考えたほうがいいかもしれないな。……かの魔術師の人も言っていたし」
「え、なんていったの真斗くん」
「動機の方を考えてみようと思うんだ」
「動機……どうしてそうしたのかってことだよね」
「ああ。ふつうに考えたら、鷲尾さんに嫌がらせをしたかった、というのが動機として考えられるけれど、いや、まてよ…………それは、おかしいと今思った」
「え、いま?」
「うん。いま気がついた」彼が考えを話す。「鷲尾さんをイジメるなら、傷付けたいと思うならば、プレゼントを忘れたと言ったとき責めるべきだよね。『アンタなんで薫のプレゼント忘れてんのよ、ないわー』とか」
「あははっ」彼女が爆笑。「真斗くんの感じ悪い女子のモノマネがっ。あっはっはっは。それが、ナイわー。あはははははっはっはははは」
「笑いすぎだろ! いや僕もコレじゃない感はあったけれども!」
「はあ、はあ、笑い疲れた」
彼女が息を切らしていた。
「はいはい」彼が流して続きを話す。「けれど皆元さんの話では『みんな許した』んだよね? プレゼントを忘れた鷲尾さんを。誰も責めたりしなかったんだよね?」
「うんうん。そうだよ。気にしなくていいよ、って誰も責める感じはなかったよ」
「じゃあ、なんで盗んだんだろう……」
彼がさらに深く考える。
「ならば……それなら……プレゼントを盗む理由……そのプレゼントを渡されたくなかったとか……いや、もしかして――」
「……真斗くん?」
彼が動機を思いついた。
「――自分のプレゼントを、忘れたから、か?」
「いやいや、なに言ってんだ。真斗くんよ」
「……」彼考え中。
「プレゼントを忘れた子は寧々香の他にはいなかったよ。寧々香も忘れたことにして、自分がプレゼントを忘れた失敗を軽くしようとしたってことだよね。みんなで忘れりゃ怖くない、というヤツだね。でもでも、玲奈ちゃんも柑菜ちゃんも、プレゼントを持ってきていたよ?」
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃないって、どういうこと」
「――犯人は直衛さんに、盗んだ鷲尾さんからのプレゼントを渡したんだ」
「え」
「鷲尾さんて気が小さいだろ。気が弱いだろ。だから盗まれた自分のプレゼントをその場で渡されていても、何も言えなかったんじゃないか」
「……それは……」彼女が思案する。
「誕生日会の空気も壊してしまうことになるしね。だから言えなかった。どうだろう?」
「……ありえないことじゃない、かも……寧々香なら……」
彼の考えに納得した。
けれど納得しても、受け入れられるかは別だった。
「でも、盗んだモノを、プレゼントにするなんて……」
「皆元さん。みんな直衛薫さんへのプレゼントに、なにを渡していたのかな?」
「でもでも、寧々香と同じプレゼントを渡した人なんて、いなかったよ」
「皆元さんが見た鷲尾さんの準備したプレゼントは、包装された小箱って言っていたよね」
「うん。手のひら大くらいの長方形で、薄黄色の包装紙で、赤色リボンのシールが貼られてた。――だから違うよ。そんなモノ渡した人、いなかったもん!」
「……いや、僕にはまだ判断できないけど……。でもさ」
「でも?」
「外装は剥がして渡すことができるだろ?」
「……あ」
「だから竹田さんと山西さんは、直衛さんになにをプレゼントしていたの?」
「うーん。それでも、玲奈ちゃんも柑菜ちゃんも、寧々香から奪ったプレゼントを渡したりはしていないと思うな」
彼の考えを受け入れてショックを受けた彼女が、思い出して伝える。
友人の無実を信じて。
「まず玲奈ちゃんは、マフラーだった。お手製。夜なべして作ったって言ってた。『受験前に何やってんだよー』ってみんなで笑ったなあ」
「なるほど。それは――」
「うん。違うよね。寧々香の準備していた箱には入らないと思う。マフラーの方がだいぶ大きいもん。私が見た箱のサイズは手のひらくらいの長方形だったもん」
「そうだね」
「それで、柑菜ちゃんはマーカーペンのセットだった。5色。サイズ的には寧々香の箱と同じようなサイズだけど、……だけど、ね」
「だけど?」
「柑菜ちゃんの渡したペンセットもラッピングされていたの。水色の包装紙で。それを渡された薫ちゃんが開けて中身を見たの。柑菜ちゃんが『これでメイクしてね』って言ったのを薫ちゃんが『いやコレ、メイクの道具じゃねえし、文房具だし、アタシをヤマンバにする気か!』てつっこんで爆笑した」
「なるほど。じゃあ違うね。さすがに盗んだプレゼントを再度ラッピングすることはできないから。包装を取ることはできても、みんないる中でプレゼントを包むのは無理だ」
「うんうん。そうそう。そうだよね」
彼女が安心したように頷いた。
「だからね、真斗くん。盗んだものを渡すなんて、そんな非情な事をする人はいないんだよ。うんうん」
「そうか。予想していたけれど、おなじプレゼントの人はいなかったか……」
「うん。そうだよ、うん」
「…………ん?」
なにか引っかかりを覚えた。
「おなじプレゼントの人はいなかった……か。……いや、ちがうかも」
「なに言ってるの真斗くん?」
気づいた。
「……そうか。わかった」
「え」
彼女が驚く。
「皆元さん」
「な、なに?」
彼が彼女に要求する。
「とりあえず、鷲尾さんに謝った方がいいよ?」
《つづく》