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アツいところはご用心(後編)



 家に入ろうとする彼に、彼女が声をかけて止めた。


「もう茶番はやめようよ」


 彼が困ったように言葉を返す。

「……えっと、茶番ってなんのことかな。皆元さん」

「……今、この状況のことだけど?」

「今の状況といわれても……皆元さんが隠したチョコを僕が見つけられなくて、ゲームオーバーしたところだけど……」

「ゲームオーバー?」

「うん。いろいろ考えたんだけど、もう思いつかないよ……家にも着いちゃったし……」

「そうだけど、そうじゃないよね? 真斗くん」

「……えーっと、いったいなんの――」

 そこで――


 彼女が駆け寄って、彼を抱きしめた。


 急に彼女の匂いが目前にある。固まる彼。

「えっ、ちょっ、皆元さん?!」

「……………………やっぱり、そうだよね」

「そうだよね、って皆元さんいったい何を――」

「私は『コレ』のことを言っているんだよ」

 彼女が取り出した『モノ』を見せつける。

「えっ、……あっ!」

「……真斗くんの制服の左ポケットに入ってたよ……」

 キレイにラッピングされた箱。


 彼女が彼に用意したバレンタインチョコだった。




 彼がくっついている彼女に声をかける。

「えっ、まさか。そんなところにあったなんて。びっくりしたよ。皆元さん、一体いつ仕込んだの?」

「……」

「いやあ、ぜんぜん気がつかなかったなぁ」

「……」

「じゃあ、その皆元さんが持っている僕のチョコは、家に帰ってゆっくり食べさせてもらうね。皆元さん、どうもありがとう」

 彼がチョコの箱に手を伸ばして――彼女は渡さなかった。

 強く握って彼に取らせない。

「あの、皆元さん? 箱を放してくれない? それに無事チョコも見つかったことだし、お帰りになっては……」

「……ヤダ」

「……いや皆元さん。ヤダって言われても……」

「……このチョコは渡しません」

「ええー。僕に用意したチョコじゃないのか?」

「真斗くん。私もバカじゃないよ。ヘッポコとか言われてるけど、それでも……真斗くんが『こんなことした理由』もだいたいわかってるから」

「……理由って」

「それでも、ちょっと怒ってるけどね……」

「……」

「だから一度、ゆっくり話したい。真斗くんと」

「……えっと、」困る彼。

「だから、お家に入れてくれないかな? ここにいたら――ここで抱き合っていたら、目立つし、ご近所さんやご家族――特に正志くんなんかに見られちゃうとマズイと思うけど?」

「……」返事はない。

「大丈夫だよ。絶対にお家の中を物色したりしないし、余計なモノ触ったりしないし、別の部屋に入ったりしないって誓うよ。だから」

「……はあ」とても大きな溜息をついた彼が、折れた。「わかった」




 彼の部屋はシンプルだった。

 玄関で靴を脱いで、彼が彼女の手を引いて自室に引き入れた。

(へー。真斗くんの部屋って、もっとアニメポスターとか壁一面に貼ってある部屋を想像してたんだけど、勉強机があってベッドがあって大きい本棚があって、思っていたより普通だ)

 彼女がそんなことを考えているところで、彼が切り出した。

「……それで皆元さん。話したいことがあるっているのは?」

「ところで、真斗くん、えっとご両親……いやご家族は?」

 思えばちょっと大胆なことをしてしまったと、今更ながらにちょっとビビる。

「父さんは仕事、母さんもパートだと思う。弟は……まだ帰って来てないみたいだけど」

「そっかそっかうんうん」

 ふたりきりか……、そう思うとすこし緊張感が高まった。

「…………ところで皆元さん、話したいことがあるんだろ? 本題に入ろう」

「あ、うん。……そうだね。私は真斗くんに聞きたいことがあるんだ」

「僕に聞きたいこと。だから、なに?」


「なんで私のチョコをすでに見つけているのに、見つからないフリをしたのか」


「…………え、なんのことかな」

「そうやって真斗くんがごまかす理由も、なんとなく想像がついているんだけどね」

「…………」

「いや、ちょっとまって。言い直すね。――そうやって真斗くんがごまかす理由も、完全に推理できているんだけどね」

「なんで言い直したの?! そんなに変わらないよ?」

「完璧に理解している雰囲気なら、真斗くんも観念しやすいかと思ってね」

「観念って……ヒトを犯人みたいに……」

「犯人じゃん」

「え」

「どちらかというと今回は真斗くんが『犯人』だよ。まさか途中から『探す側』と『探される側』が入れ替わっているなんて思わなかったよ。いやちょっと違うかな。でもでもまあ似たようなものかな。――私が『探偵』役だったとは思わなかった。会話の途中で私は『犯人』じゃないとは言ったけど。そういう意味じゃなかったのになぁ」

「……別に事件じゃないし、探偵も犯人もないと思うけどね」

「ま、そうだね。真斗くんの言うとおりだよ。でもでも、真斗くんが私を騙そうとしたのは事実でしょ?」

「……べつに騙そうとしたわけじゃないんだけど……」

「結果は同じだよ。だから私、すこし怒ってるんだよ」

「……」

「私はね、真斗くんにチョコを見つけてほしかったし、受け取ってほしかったんだよ。作った側からしたら、あたりまえの感情だけど」

「それならゲームとか提案せず直接わたしてくれればいいのに……」

 彼がうんざりしながら言った。

「でもでも、その方が楽しいでしょ。それに――一生懸命に探してほしかったんだよ。この感情もわかるでしょ? 好きな人に、自分のために、してほしいって感情」

「…………まあ、うん」

「でもでも、なんか途中から真斗くん、真剣に探してないし、推理してないし、自転車のフレームなんてありえないでしょ! だから、ちょっと怒ってる」

「なるほど」

「制限時間は真斗くんの家に着くまで。――あのとき真斗くんが言ったように『引き延ばし放題』なのに、まったく足を止めない。速度を緩めない。私がお茶を飲むときも、止まってくれなかったし、ふつうベンチとかに座るよね。せめてその場に止まってよ。真斗くん自身が私の自転車を押してまで無理やりに歩みを進めていた。むしろ早くゲームを終わらせたがっているような。そんな感じがした」

「……」

 彼は答えない。


 彼女が確認する。

「真斗くんは、私が『真斗くんの通学鞄』の中にチョコを隠していたこと気がついていたんだよね」


 彼が驚くそぶり。

「え、皆元さん、そんなところにチョコを隠してたのか。でもポケットから出てきたけど。ていうか、僕の通学鞄の中なんて、いつの間に……」

「まったく。白々しいなぁ」

「だってさ。皆元さんが僕の鞄に隠す時間や隙なんてなかっただろ?」

「あるよ。――だって、今日の最後の授業は『体育』でしょ」

「…………」

「真斗くんが私に告白してくれて付き合うようになって、ぴったり119日目――ちょうど18週目。あの日と同じ曜日。同じ時間割。――今日の最後の授業は『体育』だよね」

「まあうん。そうだけど……それ関係ある? 実際、体育だけど」

「でしょでしょ? だから体操服に着替えるために、教室を空ける。――その隙にチョコを真斗くんの鞄に忍ばせることなんて造作もないんだよ」

「ああ、なるほどね」

「絶対にびっくりするだろうしね。知らないうちに鞄のなかにチョコレートが入っているなんて。――ちなみにこれには、気づいていないだけで『愛』はあなたの手元にあるんだよ、という私の隠れたメッセージでもあるんだけど」

「ふーん」

 返事は適当だった。

「てかてか、それはどうでも――よくないけど関係なくて! 重要なのは『そこ』じゃないよね? 『私がいつ』チョコを隠したのか、ではなくて『真斗くんがいつ』チョコに気がついたか、だよね。真斗くん、話をそらそうとしているよね?」

「…………」濡れ衣だった。

「真斗くんがいつチョコに気がついたのか。――それもわかってる。まず正志くん用のチョコを渡してから、真斗くんが私に『チョコが欲しい』と言ってくれたとき、あのときは本気だった。本当にチョコが欲しいと思ってくれていたんだと思う。真剣だったし。感情が伝わってきたし」

「皆元さん。犯人の感情から推理するのは、ミステリとしたら邪道じゃなかったの?」

「いいの。どうでもいいの。ミステリとか今は。――だから、そのあと、それを聞いて私が照れて、真斗くんに背を向けた。――その瞬間だね」

「アレ、『瞬間』ってほどの短い時間じゃなかったけどね……」

「うんまあ、背を向けた私が落ち着くまでの間、2、3分かな?」サバを読んだ。「――その間に、真斗くんは気がついたんだね。鞄の中にあるチョコレートに。ただ待ってるのも退屈だったろうさ。鞄の中に入っているゲーム類に手が伸びるのも仕方ない。それで気づいたのかな?」

「……」

 彼は肯定も否定もせず、無言だった。

「そして、そのチョコレートを制服の左ポケットに入れた。この行動については、諸説あるけど、やっぱり『そのチョコを隠したかったから』という理由じゃないかと私はにらんでいる。愛する彼女が目の前にいるのに、『誰のかわからないチョコ』が鞄から出てきたら、私から『おいおい真斗くん浮気かよ』って責められるかもしれないしね」

「その理由は……。……どうなんだろうね?」

 彼は何か言いたげだったが、お茶を濁した。


「そのあと私から『ゲーム』を提案されて、真斗くんは気がついたんだね。――『このチョコは彼女からの愛が詰まったものかもしれない』ってね」

「なんで詩的な言い回し? シンプルに『ポケットのチョコは皆元さんのかも』とかでいいんじゃない?」

「だからゲームが始まった瞬間に私を抱きしめたんだね。――アレは『牽制』だったんだね。自分から私に触れてきて『僕は別になにか隠し持っているわけじゃないから』というアピール。そしてスカートがめくられるかもという理由で私自身が真斗くんからすこし距離をあける、それが狙いだった。――自身のポケットのモノに気づかせないための『牽制』。冷静に抱きしめてくるなんて、真斗くんらしくない行動だと思ってたし」

「……抱きしめたんじゃなくて、チョコを探してたんだけどね」

「うんうん。そういう『言い訳』だよね」

「……はあ」彼が溜息をついた。


 彼女が続ける。

「そこからはチョコ捜索ゲームの裏で『チョコを見つけさせたい私』と『チョコを隠し通したい真斗くん』との攻防が始まってたんだね。――私は露骨にアピールしてたよね?」

「……そんなアピールしていたの?」

「していたよ。自販機のときも、わざわざ真斗くんに奢らせて『鞄の中のお財布』を取らせた。鞄をあけることでチョコに気づかせようとした。そういう作戦だった」

 それにさっきも言ったけど飲料を飲むから足を止めてベンチとかに座ってくれるだろうという考えもあったんだけどね、ガン無視しやがって……、と彼女が付け足した。

「なるほど。僕の鞄の中に財布が入っていると皆元さんが知っていないと、そんな作戦できない。体育のとき鞄を開けて中身を知っていたから皆元さんはそういう行動をしたのか。そういえばさっきも言ってたね。――鞄の中にゲームが入っているのも知ってた」

「うんうん。だから私は鞄を開けさせる行動をした。硬貨を自販機に入れて真斗くんが鞄にお財布を戻した後、さらに30円要求した。チョコに気づかなかったようだから『もっと鞄の中よく探しなよ!』と心の中で念じながら、ね」

「ああ、そういうことだったのか」

 彼が納得したように言った。

「全部わかってるでしょ? 白々しい。もう真っ白だよ。いや犯人だから黒だけど。真っ黒だけど。や話が逸れてたね。――それでそんで、その後、私は自販機で小さいペットボトルのお茶を選んで、わざとおつりを出した。それでまた真斗くんに鞄を開けさせようとしてね。ただのあざとウザかわいいミスかと思った?――そういう『裏』があったの」

「面倒くさいことしてくれたなぁ、とは思ったね……」

「でもでも、そこでちょっとおかしいと思った」

「ん? なにが」

 彼が首を傾げる。

「そこで真斗くんは鞄を開けなかった。おつりをポケットにしまった」

「財布を鞄から出すのが面倒くさかったんだ」

「財布を鞄から出すのが面倒くさかった――という言い訳するんでしょ?」

 彼と彼女の声が被った。

「………」彼が不服そうに黙った。

「うんうん。まあ面倒くさいよね。何度も何度も鞄を開けさせられたら。――でも私はおかしいと思った」

「どこがだよ?」

「真斗くんは私が渡したおつり30円を『制服右ポケット』に入れた。――でもでも、そこにはスマホが入っているはず。スマホと小銭をいっしょに入れたらゴチャゴチャするし、スマホの画面キズついたりするかもだし、よくないよね。それなのに……なぜ、空いている『左ポケット』におつりを入れなかったのか」

「……」彼は黙っている。


「あとそれから、そのあと、最後の最後、私はヒントを出したよね。ヒント3『その鞄の中には真斗くん用のチョコレートは入っていません』。そういった。その鞄の中『には』。だとすると、この場にある『もう一つの鞄』に何かあるかもと考えるのが普通だよね。でも真斗くんは気づかなかった。これまであらゆる事件や事態を推理してきた、あの真斗くんが。――それらを考えていたら、私の心に二つ疑問が浮かんだ」

「……」彼は黙り続けている。

「もしかして、左のポケットになにか入っているんじゃないか?」

「……」

「そして、なぜアレほど鞄の中を漁って、ヒントを出して、鞄に注目させているのにチョコに気がつかないのか?」

「……」

「その二つの疑問が重なって、思いついた。――もしかして、って」

「………」

 それでも彼は黙っている。

「でもでもありえない。真斗くんの通学鞄に入れたはずなのに。左のポケットには別のモノが入っているんだろう。何かの間違いだろう。でも真斗くんが気づかないのはおかしい。――でも、もしそうなら、なんでだろう。もしかして真斗くんは……」

「…………」黙っているしかない。

「……私のチョコが迷惑だったのかな……とか」

「いや、それは、ないよ!」

 彼が口を開いて否定した。

「うん、ありがとう」彼女がニッと笑った。「そう言ってくれてよかった。――じゃあ、なんでチョコを隠すのか」

「……」彼は再び口をつぐんだ。

「なんで、持っているのに見つからない、持っていないフリをしているのか。――そういえば、前にも似たようなことがあったよね?」

「……」

「以前、寧々香が薫ちゃんの誕生日プレゼントを持ってきているのに、忘れてしまったと嘘をついた。――もしかして、それと同じなんじゃないかって思ったの……」

「……同じってなにが?」

「真斗くんは、私に悲しい思いをさせたくなかったんだよね?」

 そう言った彼女は、件の箱を取り出した。

 彼女が用意したバレンタインチョコ。

 ――ベリベリベリベリ。

 彼女が包装を破り捨てた。

「ちょっ! 皆元さん?!」

「大丈夫。わかった。わかってるよ。――これが原因なんでしょ?」

 梱包された箱が露わになり、彼女がそれを開けた。

 そして彼女だけが見る。

 その中身を。

「あーあ。やっぱりそうだったのか……」

 彼女が納得した。悲しそうに。


「私のチョコ、溶けちゃったんだね……」


 彼が額に手を当て、無念そうに声を吐く。

「……ああ。ばれちゃったか……」

















 彼女が溶けてしまった箱の中身を見ながら、つぶやく。

「……のら……たー……じつは……の……です。うーん……溶けてまた固まってきてるけど、うーんダメかな」

「え、皆元さんなんて言ったの?」

「いいや、なんでもないよ」

 彼女が頭をふった。

「真斗くん、キミは優しいから、私をこんな残念な気持ちにさせたくなかったんでしょ?」

「はあ、……どうだろうね」

 溜息をついた彼が言葉を返した。それはもう認めたようなものだった。

「チョコを隠した本当の理由は、私といっしょにゲームして、チョコを発見したら『2人でいっしょに食べようよ』という流れになる可能性が高い。溶けて形を成していないチョコを私が見ることになる。だからチョコが見つからないフリをした。溶けてしまった私のチョコは家に帰って1人で処理する気だったんだね?」

「いや、処理って……ちゃんと食べるつもりだったよ?」

 彼が認めて、本音を漏らす。

「まさか皆元さんにバレるとは思わなかった」

「ちょっと私を甘くみてたね舐めてたね」

 彼女がいつもより力なく笑顔をつくる。

 そして彼女が訊く。原因を。


「職員室の入り口の――荷物置き場のストーブ……かな?」


「……うん。そうだね」彼が認めた。

「あー、やっぱりかー。アレあっついもんねー。壊れかけだもんね。だからあえて職員室の出入り口付近においてあるんだもんね。出入り口付近は寒いし、温度調節しやすいようにって」

 彼女が続けて訊ねる。

「やっぱり真斗くん、職員室に寄っていたんだね」

「……ああ、そうだよ」

「うんうん。そうだと思った。――私、学校でチョコ配り終わり、真斗くんに会いに行こうとして、もうすでに家についちゃってると思って自転車で走っていたのに、下校途中の真斗くんを捕まえることができた。放課後、用事があってどこかに寄っていたってことだもんね」

 彼女が続けて理由を話す。

「真斗くんのポケットに入れてあるスマホ、音と振動なしの状態にしてあった――マナーモードだったし。私が電話しても出てくれなかった。それは、そうしなければいけない場所にいたということ。職員室にいたからってことだよね」

「ああ、そうだよ」

「それに、決定的なのは私がチョコを配った話をしたとき。真斗くんは言ったの。『皆元さんも職員室に行ったんだ』ってね。皆元さん『も』。それは『真斗くんも』職員室に行っていた、ということ。――私でなきゃ聞き逃しちゃうね」

 彼女のネタを彼はスルーした。

「……進路関係でちょっと先生と話していたんだ」

「なるほど。ねえ、ところでその進路関連の話は大丈夫なの?」

「ああ、うん。ちょっとした確認だったから。問題ないよ」

「そっか。よかった」

 彼女が一安心して、また話す。

「私達、一般生徒が職員室に入るとき鞄は荷物置き場に、というルールだし、ね。職員室にはテストや成績表とか大事なモノが保管してあるし不正防止やらなんやらで。鞄は持ち込めない。――それに、真斗くんが職員室に入ったときは『鞄の中にチョコがあるとは知らなかった』んだもん。仕方ないよ」

「……うん。ごめん」

「いいよいいよ。この件については真斗くんが謝ることはないよ。むしろ黙って鞄にチョコを入れた私の落ち度だよ。うんうん。――なるほど。だからかぁー」

「……ん? 皆元さん、だからって、なにが?」

「だから真斗くんは、私に『どんなチョコなの?』って聞いたんだね」

「……」

「ゲーム開始直後、真斗くんが聞いたじゃん。普通は外装を聞くべきなのに、チョコ自体を質問した。それで私は『真斗くんがビックリするような形状』って答えたよね? それで、きっと言いづらくなっちゃったんだよね? マフィンとかケーキとかなら溶ける心配ないし」

「……」

「チョコが溶けて形がわからなくなっているかも。不安になったかもね。だから私に言いだせなかった」

「…………」

 彼は答えない。それが答えだった。

「うんうん。やっぱ、そういうことだね。――ぜんぶわかったよ」

 彼女が納得して、優しく頷いた。








「それで、真斗くん」

「なに、皆元さん」


 彼女が目尻を吊り上げた。訊く。

「なんで『それ』を私に話してくれなかったの?」


「え、なんでって、……皆元さん自身もさっき推理しただろ? なんと言えばいいかわからなかったし、皆元さんがガッカリするだろうし、だから……」

「うん。そうだろうと思ったし、そう聞いた」

 彼女は更に目に力を込めた。

「でもでも! それでも言ってよ!」

 怒鳴られる。

「……」黙るしかない。

「私、前に言ったよね? 悲しいことや辛いことがあったら、共有しようって! 話してよって! 1人で抱え込まないでって、そう言ったよね? たしかにこの件に関して真斗くんに落ち度はないよ? 悪いことはない。謝ることはないよ。――でも私に話してくれなかった。それは話が別だよ! 話が違うよ!」

「……」

「私、そんなに信用ないのかな?」

 急に声のトーンが落ちた。

「いや、そんなことは……」

「じゃあ、なんで話してくれなかったの?!」

 ボリュームが一段階あがった。いや、音量のつまみを一回転させたようだった。

「いや、だから、皆元さんが、ガッカリするだろうから……」

「うんうん! するだろうさ! ガッカリするよ! けどね、それよりも、何かあったことを真斗くんは話してくれなかった! それについて――私は激怒した!」

「……えっと、『走れメロス』のパロですか……?」

「必ず、かの邪智暴虐の王を――とか言わないから! ちがう! ただキレてるの! 無用なボケを挟むのはやめろ! 私はお怒りなんだ!」

「……」

「私、クリスマスのとき言ったよね? 悲しいことや辛いこと、そういうことがあったら話してって! そういう気持ち、共有させてって! なのに、なんで言ってくれないのさ!」

「……いや、さっき……」

「うん! さっき聞いた。私をガッカリさせたくなかったというのは聞いたから知っているけれど! だから、言え! 言いなさい! こういうことがあって、残念だった無念だった大変だった困惑した、そういうの伝えてよ! わからないよ! 今回はわかったけど、わからないよ! 私、真斗くんが言うようにヘッポコだし! わからないんだよ!」

「……」

「このまま私がチョコを見つけられずに、真斗くんがチョコを処理していたらどうなっていたと思う? たぶんね『皆元さんのチョコ見つけたよ。おいしかったよ』『そっか。で、どうだった?』『どうだったって、なにが? おいしかったけど』って! なってたんだよ、絶対! スレ違いがおきてた!」

「……えっと……」

「真斗くんにはわからないでしょうね! うん! 知ってる! 八つ当たりだから気にしなくてもいいけど、ちょっとは気にしてほしい! ああもう! わけわからん! 私の気持ちも、わかんない!」

「……」

「私をガッカリさせたくなくてチョコを隠そうとしてくれたのは、嬉しい気もするけれど! でも! そうやって問題を棚上げにするのは真斗くんの悪いところだから直した方がいいけど。そういう優しいところに惚れてしまったのも私で……あーっもう!」

「……」

 何も言えなかった。

「とにかく! そういうことする真斗くんには、もうチョコはあげません! 没収!」

「え」

「このぉ……真斗くんと私を困らせるチョコは、こうしてやる!」

 彼女が急に背を向けた。

 ガサゴソ、となにやら紙類の開封音。

「はむ! あむ! ああーむぅ!」

 なにか口にくわえるような声。

 なにかを三口で処理したようだ。

 なにか――それは雰囲気でわかった。

 ――チョコだ。彼用の。バレンタインの。

「ちょっ! 皆元さん! それって!」

 口をモゴモゴさせながら、半泣きの彼女が発した。

「ふぁい! ほれれふぁふぁふぃふぉほほほふんほほははふぃはふぇーふぃんはひふぇはっはひはふはひはひは!」

 はい! これで私と真斗くんを困らせた原因はキレイさっぱり無くなりました!

 と、彼女はそう伝えた。と思われる。

 彼は彼女の言葉を理解できなかったが、まあ、なんかわかった。














 帰り道の三人。

 彼が話し終えて、言葉を結んだ。

「と、まあ、そういうわけで、僕のチョコは皆元さんに食べられてしまったんだ。だから、もらえなかったんだよ……」

「…………」

「…………」

 女子二名はその結末にあきれて言葉がなかった。



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