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アツいところはご用心(前編)




バッドエンド確定……?









 2月某日。

 いつもの下校路。彼が歩いていた。

「おらあああ! なに帰っとんじゃこの真斗くんはぁ!」

「ぐへっ!」彼が背に蹴りを受けた声である。「や、やはり皆元さんか」

「そうだよそうだよ私だよ。真斗くん友達とかぜんぜんいないし、私以外に帰宅中の真斗くんに蹴りを入れる人物なんているわけないでしょう!」

「まことに失礼なんだけど! いるかもしれないだろ? いや、帰宅中に蹴ってくるとか嫌だし痛いし、そういうヒトは他にはいないでほしいけども……」

 彼は、特に誰かは思い浮かばなかったが、なぜか今後もそういう展開があるような気がした。


 そこに停めた自転車を押してきた彼女が不機嫌顔で問う。

「もーもーもー。時間的にもう家まで帰っちゃったかと思ったよ。連絡しても電話出てくれないしさー」

「え、ごめん。電話してたの? 確認してなかったよ」

 彼が制服上着の右ポケットからスマホを取り出して操作した。

「ホントだ。ちょっと音とか振動とか鳴らないようにしてたから気づかなかったよ」

「まったくもー。帰り道の途中で追いつけてよかったけれど。――それよりよりより、真斗くん! そもそもなに帰っているんだよ!」

「え、いやだって、電話はあったみたいだけど、今日は事前に、放課後まっていてくれとか、いっしょに帰ろうとか、誘われてなかったよね?」

「え! いやだって今日だよ?! べつに待っててとか、いっしょに帰ろとか、誘われなくても、察してよ! 今日がなんの日か、もちろん覚えているでしょ?」

「え、そりゃ、まあ……」

 スマホを先のポケットに戻しながら彼が歯切れ悪く同意。

 彼女が憶えていないのか、と責めるように言う。

「真斗くんが私に告白してくれてから、今日でちょうど119日だよ!」

「ごめんそれは覚えてなかった! てかキリが悪い119日目って。ちょうど、じゃないだろ。――せめて100日とかいやそれで言うなら明日の120日で言いなよ」

「ちなみに付き合い始めて、ぴったり18週目だよ!」

「それも『ぴったり』っていう程キレイな数字じゃないよね? 18週目が始まったとこね」

「けれどけれども、てかそんなことは、どうでもいいの!」

「皆元さんが言ったんだけど?!」

 彼女が言葉を強めた。


「バレンタインデーでしょ! 今日は」


「まあ、そうだね」それはまあ知っていた。「でもなんか皆元さん、いそがしそうだったからさ」

「そうだねそうだねそうですねぇ。友チョコとか義理チョコとか配りまくっていたのでね。ちょこっと動きまくってたけども」チョコだけに、と言葉尻に付けたしてダジャレをかました。

「うん。すごかった。まるで『餅まき』のようにチョコをバラまいてたしね」冷静な彼。ダジャレはスルーだ。

「いやいやいや乙女が作ったチョコレートを配るのを『餅まき』って……――ん? 意外と的確な表現かも……」彼女納得。

「けが人や死者が出なかったことを祈るよ」

「私、イベントには積極的に参加するタイプなので。いやあ、今回は燃えたよ。もうすぐ卒業だからこれまでの感謝を込めてチョコ渡して回ってたの。ちょー燃え上がった。職員室入口の荷物置き場近くの壊れたストーブくらいの熱を纏っていたね」

「それはあついね」学校ローカルネタに適当な返事をした。

「早朝休憩時間放課後に、同級生先輩後輩先生教頭校長と、ありとあらゆるところ、各種方面にチョコ配ってたの」

「まて皆元さん、先輩はいないだろ。僕ら3年だから」

 ノリで話す彼女に一応つっこみ。

「私のチョコは『うまい、はやい、やすい』って評判なんだ」

「牛丼屋みたいに言うね?! うまいはいいとしても、そもそも早いってなんだ? あと安いって長所じゃないよね?」

「渡して食べた玲奈ちゃん柑菜ちゃんがいってたよ。――『ヤッバこのサクサク感がたまんない』って」

「チョコレートじゃないの? サクサクってなんだ?」

「渡して食べたお母さんお父さんもいってたよ。――『おおうモフモフだなぁこりゃあうまい』って」

「チョコレートじゃないだろ。モフモフとか言ってる時点で。――あと皆元さんのお父さんのモノマネしているんだろうけれど、会ったことないからわからないって!」

「渡して食べる予定のテニス仲間の小学生たちも言っていたよ。――『うっわ皆元ねーちゃんこれちょーうまいよ』『ホントだ。ボリボリなのがいいね』って」

「チョコレートかどうかはボリボリって擬音じゃわからないけれど、食べる予定って言ったよね? まだ食ってないじゃん! それ皆元さんの想像だろ?」

「渡して食べた職員室の先生たちもいってたよ。――『あら皆元さんありがとうおいしいわ』とか『ウッホこの粉、良いじゃねーかウオオオオオ!』って。好評だったよ。職員室が粉まみれになるところだったよ」

「チョコは!? 『粉』ってなんだよ! アヤシイものじゃないよね? てか、さっきの2人目、どの先生のモノマネだったの?」

「あはは」

 楽しそうな彼女。

「皆元さんも職員室に行ったんだ。てか各種方面に配ったって聞いたけど、そんな大勢に配ってたんだ」

「だってもらえない人いたら、かわいそうだし。イベントはやっぱ楽しくないとね!」

「……なるほどね」

 皆元さん天使か、と心の中で思ったが、恥ずいので言葉にはしなかった。

「お返しもたくさんもらいたいしね。3倍かぁ。楽しみだなぁ」

「いや悪魔か」と、それは言葉にした。




「んで、結局どうしたのさ皆元さん。僕を追い駆けてきたりして」

 蹴りまでいれたりして、と背を擦りながら付け足す。

「そんなのチョコを渡すために決まっているでしょ」

「え? でも僕、チョコもらったけど?」

 ほらコレ、と制服のポケットから取り出した。

 ビニール小袋に入った小さな星型ホワイトチョコ。

「いやコレはあきらかにその他大勢に渡す義理チョコでしょ! 『餅まき』的に同学年の男子に配りまくったやつでしょ! これはカモフラージュ・チョコです! 真斗くんにだけ違うの渡したり、渡さなかったりしたら関係をあやしまれるでしょ! だから。――私からの真斗くんへの気持ちはこれではありませんので、没収!」

「ああっ」彼の手にあった小袋を彼女がぶん盗った。

 彼のもらったチョコ数が0になった。


「さてさて、そんなわけで……」

 彼女が少し恥じらいを表しながら、少し大きめの包装されたビニールを自転車前かごに乗っている鞄から取り出した。優しくほほえむ。

「真斗くん。――コレ、受けてってもらえるかな」

「う、うん……」

 その袋を丁寧に受け取った。

「正志くんに渡してね」

「いや、弟のかーい!」

 彼がめずらしくテンションのおかしいツッコミをした。



「あはは、あはは、あははははは!」

 彼女、大爆笑。

 彼はふてくされたように言う。

「……皆元さん、性格悪いな」

「ふふふ。うん。そうだね。知らなかったの?」

「……知ってた」

 いたずらに笑う彼女に、彼がいつもの溜息をついた。

「ちなみに正志くんへのチョコはドーナツです」

「チョコじゃないの?」

「ふふ。チョコかと思ったらドーナツかよ、って逆にビックリすると思うよ」

「いや、ビックリするかな? それ」

「うふふふ」彼女は楽しそうだ。

 なにか裏がありそうだ、と彼は疑念を持った。


「で、皆元さん、僕のチョコは?」

「えー、なになに真斗くん、そんなに私のチョコが欲しかったの?」ニヤニヤしている。

「…………」

「あー、めんどくさいって顔してるなー。あはは」

「…うん」

「……あー、めんどくさいのかぁ。まあそうかもだけど、そういうのは心の内に秘めて、言葉にはしないのがもらう側のマナーで――」

「あ、いや、そっちじゃなくて」

「ん?」

「うん、って言ったのは、その前に言ったほうの返事、なんだけど」

 彼が恥ずかしがりながら、伝えた。

「僕も皆元さんのチョコが欲しいのですが。も、もらえませんか?」

「え、ん? えっ?」戸惑う。

「だから、僕も皆元さんのチョコをもらいたいんだけど……」

「えっ」途惑う。

「あーもう。何度言わせるんだよ。僕も皆元さんのチョコが欲しいって」

「え、なんで……」おかしいと思う。「え、いや、だって、真斗くんがそういうふうに直に気持ちを言ってくれるなんてそうそう――そう! そうそうにナイことだから!」だからあせる。

「そりゃ、まあ、僕もハズイしカッコ悪いとは思うけれど、でも、さ」

「皆元さんが、学校でみんなに――友達や先生やクラスメイトあと弟に、にこにこ楽しそうに渡しておいて、僕だけもらえないのは、なんというか……モヤモヤするというか。……アレか。嫉妬か」

「……」

「だから、僕ももらえないとイライラするというか、普通じゃいられないというか。そういう気分なんだよ」

 

 彼女が急に背を向けた。

「ごめん。マジ無理なんだけど……」


「えっ! ガチのやつ?! 僕の分、用意してないの?!」

「チガウ」背から言葉が返ってきた。

「あ、もしかして、僕キモかった? だから渡せないってこと?」

「チガウ」背を向けたまま返事。

「え、どういうこと。なんでさっきから後ろ向いてカタコトで喋ってるんだよ。もしかして、急にお腹痛くなってきたとか、そういう――」

 制止、を表すように背面彼女の手だけがビュッと伸びた。

「ちがうから! ちょっとまってテ!?」


 ヤバイ。

 嫉妬してくれたの?! うれしいうれしい嬉しい。きゃぁあああー!! だめだめだめっ! 心がきゅーんってする。あとあと心臓の轟音。止まらん! いや心臓止まったら死ぬ。止まらなくても死ぬ。やっばい! えぐい! しんどい! え? え? え?無理無理無理! ダメ、しゅき。大しゅき。まずった。顔がニヤける。ゆるむ。ダメだゆるゆるだ。ニヤニヤもたまらぬがそれ以上に顔あっつい。あついあつい熱いぃ。絶対真っ赤になってるヤツだこれー。――これでは振り向けぬわ!


 とか背を向けた彼女は大変だった。


 彼は律義にその場で待っていた。













 五分後。

 彼女が振りむいた。いい笑顔だ。

「さてさて真斗くん。私のチョコが欲しいようだね?」

「え、いや、そうだけど……。五分もまるまる後ろ向いて顔をそらして止まっていて、ようやく正面向いてしゃべったと思ったら、何事もなく先程の話の続きをはじめる、だと?」

 彼、驚嘆。

「話を戻すな。もういいの! ――話を未来に進めようぜ」

「うん、そうだね。チョコは欲しいけれど」

「そんなわけで、勝負だ!」

「……勝負?」彼が首を傾げた。

「ええ、私とゲームをしましょう」

 彼女が楽しそうに話す。

「ゲーム?」

「ルールは簡単。私から真斗くんに渡す用に作った愛の詰まったチョコレート。それをどこかに隠してあります」

「隠してあるの!?」

「見事に探し当てられたら、チョコを差し上げましょう! そういうゲーム」

「皆元さんって、そういうゲームしないと死んじゃう病気か呪いにでもかかってんの?」

「制限時間は真斗くんが家に帰りつくまでね」

「制限時間がタイムリミットではない件について。引き延ばし放題なんだけど?」

「さあさあさあ、ゲームスタートよ!」

「いつもながらに突然すぎるんだけど!?」

 ゲームが始まった。


「皆元さん。何も手掛かりもない状態では探しようがないんだけど……。どんなチョコなの?」

「ふっふっふ。それは見つけてからのお楽しみだけど、私からの愛が詰まった真斗くんがとてもとってもびっくりするような形状のチョコだということは、私が保証しよう!」

「……そうなんだ。僕びっくりするんだ」

 彼は不安になった。

「それよりよりりょり、大事なのは外装でしょ? 本当に大切なものは眼に見えないもの――中身かもしれないけれど。いやいやいや、そうじゃなくてね。『隠してあるチョコを探すのに』大事で大切なのは外装――包装・ラッピングの方でしょう。どんな色の紙に包まれているか、どれくらいの大きさなのか、とか。いくら私でもハダカの状態でチョコを隠したりしないって」

「そうか。そうだね。皆元さん、そのチョコってどういう包装紙でどれくらいの大きさなの?」

「ふふふ。それは言えないなぁ」楽しそうだ。

「なんでもったいぶってんの?」面倒くさそうだ。

「仕方ないなぁ。――新ルールです。これから私が気まぐれにヒントを出していくから――うーん。じゃ3つくらい――それを参考に探してみてね。他にヒントは出しません」

「わかった」

「ヒント1『地球上にあります』」

「広すぎるっ」

「いやいや、そんなことないよ。これで宇宙空間は除外できたでしょ」

「捜索範囲が世界規模なんだけど。貴重なヒント3つなのに、いきなり無駄ヒントかよ。――まあでも、そもそも、か……?」

 彼があきれた顔をしている。そんな彼が立ち止った。

「皆元さん、それってどこを探してもいいの?」

「ふっ、なにを言っているのかな真斗くん。もちろん! いいよ。地球上、どこでも好きなところを探したまえよ。でもでもてかてかていうか、まだヒントを1個なんだけど。それでわかるわけ――」


 彼が彼女の背に手を回した。

 彼女は彼の首が急に目前にあることに気づいた。

「え、へ、……っぬぇえっ」妙な声を発しながら彼女が固まった。

「……うーん」唸り声を上げながら彼が探る。まさぐる。さわさわ、スリスリ。

「ちょ、ちょちょちょっちょ! なにっしてるのっかなっ! まっっことく、んんっ!」

 状況を理解した彼女が、彼を押しのけた。

「え、いや、どこを探してもいいって、皆元さんが――」

「そっそれでなんでそれで私を抱きしめてるのかなあ?!」

「べつに抱きしめたわけじゃないんだけど、そこしかないと思って」

「そ、そこ? そことはどこのことかね真斗くん」

 彼女がまだ動揺を引きずりつつ確認する。

 当然のことを。


「皆元さんが持っている、しか可能性ないだろ?」

「え?」


「だってさ、皆元さんは僕にチョコを渡してくれるために追いかけて来てくれたんだろ」

「え、まあうん」

「それで制限時間が――まあ時間じゃないけれど――『僕の家に帰りつくまで』なんだろ」

「ええ、はい。そうですね」

「ということは学校に戻って探さなきゃいけない、ということはないよね」

「あっ、ああ、そうか。たしかに。そういうことになっちゃうね」

「もちろん、ここから先の下校路に隠してあるなんてこともない。僕を後ろから追いかけてきた皆元さんが、ここから先の道にチョコを隠す余裕はないだろうし。誰か持っていってしまう可能性もあるし。なんだかんだ皆元さんは最低限の常識はあるからね」

「……なーる」彼女、感心。「てか、いま最低限って言った? あるよ? ジョーシキ!」

「つまり、あとはもう皆元さんが隠し持っている、くらいしか可能性はないんだよ」

「なほどるほど。……だから私の身体をまさぐっていたんだね……この男は……」

 彼女が身体を隠すように、手を交差させる。

「うん。だから、あと探していない場所は――」

「ちょっ、ま!」彼女があわてる。「なんで真斗くんは私のプリーツスカートに目線を飛ばしているのかな?!」

「だってさ、あと探していない場所といえば『そこ』の中しか――」

「いやいや、あのあの、ここ、道なんだけど! ヒトもヒトケもヒトカゲもないけれどココは往来の場なんだけど!」

「でも、皆元さんは『どこを探してもいい』って許可をくれたよね?」

 彼が彼女ににじり寄る。

 彼の怪しむような目線。

 ひらりと風で揺れたスカート。手で抑えつける彼女。

 ――えっ、本当にめくってくる感じです?

 あせる。



「ひ、ヒント2! 『私はチョコを持ってませんっ』!」

 あわてた彼女が大きい声で言った。




 道を歩く彼が、平然と言った。

「ま、そりゃそうだよね。『皆元さんが隠し持ってる』って、皆元さんが仕掛けてくるにしては、あまりに簡単でアッサリ過ぎるし」

「そう思うのならばドッキリアクションしてくるんじゃない! 意外な行動にドッキドキだよっもうっ! 道の真ん中でスカートめくられるかと思ったじゃん」

「はは。そんなことするわけないだろ?」

「私が止めなかったら絶対めくってたでしょ! もうっ! セクハラだかんね!」

「でも皆元さんが『どこを探してもいい』って――」

「ああっ、もうっ、そうだけど。そうなんだけど! 限度があるでしょまったくもー」

 彼女が憤慨している。だがまあ本気ではないっぽい。彼はこれまでの付き合いでそれがわかった。

「でもさ皆元さん。ヒント2で『私はチョコを持っていない』って宣言したけれど、他のチョコは持っているんじゃないの? いっぱい配っていたし、その余りとか」

「ないよ。私は今、一つもチョコを持っていません。作ったチョコは、学校でぜーんぶバラまいちゃったからね」

「バラまいたって言っちゃったよ……。ん? でも、矛盾してない? さっき僕から没収した白い星型のカモフラージュチョコ(?)だったけ。アレを皆元さんは持っているから――」

 彼女がポケットから取り出して、丸かじり。

 2口で処理した。

「ふぁい。ほれれふぁふぁひはほほおほっへいまへん!」

 はい。これで私はチョコをもっていません! と手で口元を押さえながらモゴモゴしている彼女の言いたいことが伝わった。

「ああ、うん。わかった……」

 そんな彼女の様子を見て彼は、ハムスターみたいだなと思った。



 彼について歩いてゆく彼女が、物申す!

「のどが渇いた! なにか飲みたい!」

「そりゃあ、そうだろうね……。チョコ丸かじりしたら。――あ、皆元さん。そこの角を曲がったら自販機あるよ?」

「じーっ」彼を見ている。

「……皆元さん?」

「じーぃっ」彼の瞳を凝視している。

「……み、皆元さん?」

 あまりに注目されて居心地の悪い彼に、彼女がぽつりと言った。

「…………おごれ」

「ん?」

 察しの悪い彼。

 イラっ、とした彼女が捲し立てた。

「ここは男らしく彼女に奢るところではありませんかね? 私、あなたのせいでのどがカラカラで干乾びて死にそうになっているわけなんですが? この場は愛しの彼女を助けるために一肌脱ぐ場面なんじゃないですかね? だから120円を鞄にしまってあるお財布から取り出して自販機に投入してくれるシーンじゃありませんのですかね?!」

「お、おおう。」怒涛の捲し立てに、彼が怯む。「左様ですか」

「うんうん。そうそうですです。ココはおごってよ」

「てか皆元さん、スラスラハキハキめちゃくちゃに話してるけど……。ホントにのど渇いてるの?」

「カラカラに決まっているでしょう! 口内はまるで砂漠のようだよ。鳥取砂丘クラスだよ。まったくもう!」

「……そうなんだ」

「そもそも私は真斗くんにチョコあげるでしょ? 等価交換。だから私にジュース奢ってよ」

「もらってないんだけど? 今、探し出せねばチョコあげないってゲームをしている最中なんだけど? そもそもバレンタインのチョコのお返しはホワイトデーにするもんなんじゃ……」

「はあ」めずらしい彼女のため息。「わかった! わかったよ! じゃあ今度120円ちゃんと返すから今はおごってよ。私、お財布を家に忘れちゃったの!」

「ああ、そうなんだ」

 それじゃあ仕方がないな、という風に自販機の前に着いた彼は自身の通学鞄のジッパーを少し開けて、隙間に手を入れて財布を取り出し、そして合計120円を自販機投入口に入れた。商品サンプル下のボタンがいくらか点灯した。

「はいどうぞ皆元さん。好きな飲み物を選びなよ」

「…………」少し停止する彼女。「好きな飲み物と言いつつもペットボトルは選べないんだけど?」

「皆元さんが120円って言ったんだよね?!」

「いやあ、でもでも私、のどカラカラだし、身体が大量の水分を要求しているのを感じるんだ。だから、ペットボトルの方がいいな。あと30円貸してくれない?」

「はあ」彼溜息。

 鞄にしまった財布を再び取り出して、30円を自販機に投入した。

 自販機のすべてのボタンが点灯した。

「うんうん。どうもありがとう」

 彼女が満面の笑みで、少し考えて、温かいお茶のペットボトルのボタンを押した。

 温かいお茶。――小さいサイズのペットボトルのボタンを。

 ガコン。キャップが燈色、ラベルが緑色の手の平サイズのボトルが取り出し口に排出され、

 チャリンチャリンチャリン。――おつりが出てきた。

「…………あの、皆元さん」

「ん? なに真斗くん」

「おつり、出てきてるんだけど……」

「あ、これ、120円のやつだったのか。ごめんごめん。勘違いしてた。ペットボトルはみんな150円かと思ってたんだ。――30円返すね」

 彼女が取り出し口から緑色な茶のボトルを取り出して、30円を回収。彼に手渡した。

 彼が受け取り、そのおつりを制服上着右のポケットに入れた。


 彼女が自転車を押しながらキャップを開けようとする。ハンドルを持ちつつボトルも掴んで回そうとするが……

「むむ。解栓しづらい……」

「はあ。貸して皆元さん」

 彼女がボトルを渡す。彼が捻って開封した。そして手渡す。

「はい。開いたよ」

「うん。ありがとう」

「飲みづらいだろうし、僕が皆元さんの自転車押すよ。代わるよ」

「うんありがと」

 彼が自転車のハンドルを代わって握った。推し進める。

 彼女はお茶を飲む。

「ゴクゴク――あっつ」熱かったようだ。それでも飲む。「ゴクンゴクン。――ぷっはー。生き返った」

「それはよかった」

「さてさて、それじゃあゲームを再開しよっか」

「ああ、そっか。そうだったね」

「本題を忘れないでよね!」

 そもそも真斗くんが欲しいって言ったんじゃん、とすこし不機嫌な彼女。

「うーん。皆元さんがチョコを隠した場所、かぁ……」

「そうだねそうだね。存分に悩むがいいよ」

 彼女が笑む。

「そうか」

「おっ、わかったのかな? さすが真斗くん」

「木を隠すなら森の中。皆元さんなら、そういう盲点な場所に隠してあるはずだ」

「おっ!」彼女が反応した。

「皆元さんのことだ。どうせ、実は目についているのに、目立っているのに、考えつかなかった場所。うっわココなのかよ悔しいなあ。と、僕がそんな反応をする場所に隠してあるはずだ」

「なるほどう、と感心するけど――犯人の感情から推理するのは、ミステリとしたら邪道じゃないの? てか私『犯人』とかじゃないけどね!」

「だから、目に入っているのに調べようと思わないとこ。それは――」

「それは?」彼女が誘うように笑う。


「つまり、この自転車――コレ自体がチョコということはないかな?」

「は?」彼女が反応した。


 彼が彼女の代わりに押している自転車を見る。

「この自転車にチョコが隠してあることはなさそうだ。押しながら見ていたけれど、隠せるようなカゴとかチェーン、ギア周辺、アヤシイところはなさそうだ」

「ええ、そうでしょうね」

「ならば、このフレーム。自転車本体。――それ自体がチョコレートになっている!」

 彼が結論を出した。

「どうかな皆元さん」

 彼女はズバッと言った。


「ないよ」








「いやいやいやいや真斗くん、自転車自体がチョコレートになっているって、どんなトリックだよ。ありえないでしょ」

「だよね」彼があっさり言った。

「自転車のフレームをチョコにするって、耐久性! 乗れないって。乗車したら折れるでしょ!」

「あー、やっぱそうだよね」

「あっ! いや待て!」彼女が気がついた。「乗っても折れない! 私そんなに重くない! ぜんぜん重くないから大丈夫なんだけど。自転車のフレームをチョコしたら溶けるでしょ!」

「んー。今、冬だし大丈夫じゃないかな?」

「あと、衛生的にダメでしょ」

「ごもっともで」彼が認める。

「あとそもそも技術と資金! 私、一介の女子中学生なんですけれど?」

「だね。自転車のフレームをチョコに変えるような技術があったら、その道ですでに活躍していそうだよね。パティシエか自転車整備士として。漫画とかでありそう……」

「私、そんな特殊技術者じゃないから。――この推理なかなかに酷いよ……。何割くらい本気で言っていたの?」

「0割くらい本気で言ってたよ」

「本気の欠片もないじゃん!」

「まあね」彼がさらっという。

「いやいやおいおい。これならまだ『私自身がチョコレートでーす』という結末の方がしっくりくるよ……」

「え、そうなの?」

「え、あ。ち、ちがうよちがうよ! 私自身がチョコです私を食べてね(ハート)みたいなの創作ではよくあるけど違うから! それもちょっといいかな、とか今一瞬思ったけど違うから。ちゃんと用意しているから、箱型でラッピングしたチョコを!」

「箱型でラッピングしてあるヤツなんだね」

「あ、はっ! しまったヒント言っちまったぁ!」

 彼女が迂闊だった。




 笑っている彼女が言う。

「さあさあ、そろそろ見つけないと。時間がなくなってきたよ」

 彼の家までもうあまり距離がない。

 難しい顔をした彼が言う。

「…………思いついていることはあるんだ」

「ほほほう」彼女が興味深く聞く。

「ココになかったらもう見つからないだろうな、きっとこれがラストチャンスだな、という場所が。もうそこしか思いつかないし」

「へー。――して、それはどこかな?」

 歩く彼は視線を飛ばす。


「皆元さんの通学鞄の中だ」


 押している自転車のかごに入っている彼女の鞄。

「……へー」

「今まで1度もその話題に触れていなかったからね。1番怪しそうだけど」

「……なるほど」

「そんなわけで皆元さん。その鞄の中、調べて見てもいいかな?」

「……真斗くん、べつに、いいんだけどね……うん」

 彼女は困ったような表情で、言った。


「ヒント3『その鞄の中には真斗くん用のチョコレートは入っていません』」


 彼は彼女からの最後のヒントを聞いた。

「……そっか……」

「うん。そうなんだ」

「それじゃあ、これで終わりかな……」

 残念そうに言った。

 足を止める。

 彼の自宅の前だった。


「ごめん皆元さん。見つけられなくて。自転車返すね」

 彼女が自転車のハンドルを握った。

「…………」

「それじゃ」

 彼が背を向ける。

 そこに声をかけた。

「……ねえ」

「ん?」


 彼女が彼に伝えた。

「もう茶番はやめようよ」





《つづく》



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