アツいところはご用心(prologue)
帰り道。
偶然に出会った2人は、いっしょに歩いて自宅へ帰っている。方向が同じなのだ。その途中、そのひとり ――超小型同学年女子(友達の姉)が、彼に質問をした。
「ねえ真斗。あんたホワイトデーにはどんなお返しを考えてるわけ?」
「いやアスカさん。どんな『お返し』と言われても、まず何も貰っていないのだけど?」
何を言ってんだこのヒト、という怪訝な顔で彼が返した。
そもそもバレンタインデーに、この小型少女と会っていない。バレンタインデーは平日であったし、この少女とは通っている学校が違う。
だがしかし。
なに言ってるわけコイツ、というイラついた顔で少女が問い掛けてくる。
「なによ、3倍返しとか常識なわけでしょ?」
「ゼロに3をかけてもゼロなんだけども!?」
「ゼロなわけないでしょ?」
「え?」
――そんなバカな、と。
絶対もらってねえよ、と。
彼が頭を抱えた。
小型少女が自信満々にいう。
「あたし、あんたがチョコもらったこと知ってんだからね?」
「ん? あ、もしかして、そういうことか……?」彼は気がついた。「僕がアスカさんから貰ったチョコレート、アスカさんへのお返し、じゃないんだね?」
「そーよ。そーいうわけよ。あたしはあげてないでしょ?」
「主語を飛ばさないでくれよ……勘違いするだろ」
さも当然のように少女が言った。
「ミナからチョコを貰ったわけでしょ? どんなお返しを考えてんの?」
少女からの『問い』自体は理解したが、それを問う理由がわからない。
「…………いや、でもなんでアスカさんが『お返し』のことなんて聞いてくるの?」
「だって、あんたモノ選ぶセンスなさそうだし」
「酷い!」
「ミナが貰って困るようなモノだったら、かわいそうなわけ」
「やはり酷い! てか僕の心配じゃなくて皆元さんの心配かよ」
彼がつっこみした。
「で、真斗、どんなお返しを考えているわけ? ――いやその前に、どうだったわけ? ミナからのチョコのお味は? おいしかった?」
「……なんで女子ってこの手の話題にガンガン首を突っ込んでくるのだろう? てか、チョコの味とか、アスカさんに話す義理はないような気がするのだけれど……」
「いやいや、あるわ。話す義理も理由もあるわけよ!」少女は意味あり気に笑っている。「実はね、そのチョコ、あたしも作成に関わってるわけよ」
「……作成に関わる、とは?」
「2月に、ミナから『バレンタインのチョコいっしょに作ろう』ってお誘いがあったから、うちの台所でいっしょにチョコ作ったわけよ」
「へー」
「まあ、その時はミナと真斗が付き合っているとか知らなかったわけだから、ただ、なんとなくミナは友チョコか家チョコかと思っていたわけだけど、なんだか妙に気合を入れて作ってたし。――アレって、あんたにあげる彼チョコだったってわけね」
「……」
「で! どうだったわけ? ていうか、いったいどのチョコレートを貰ったわけ? ミナいろいろな種類のチョコを作ってたから。マイバッグがぱんぱんに膨らむくらい材料買って来ててね」
「……」
「まず『ココアパウダーのトリュフチョコ』、それから『チョコのカップケーキ』、あと『星形にくりぬいたホワイトチョコ』あれはめちゃ大量に作ってたわね……。くり抜かなかった素材がだいぶ余ったわけ」
「……」
「これら、3種類のどれかを貰ったはずだと思うんだけど……。あんた、どれ貰ったわけ?」
「…………」ぽちぽち。
「てか、いつの間にゲーム取りだしてプレイしてんのよ! ちゃんと聞きなさいよ」
ドゲシっ! 彼の背に蹴りが入った。
「ぐわっ!」ゲーム機を庇いながら前につんのめり、なんとか踏みとどまる。
「ん? え?」困惑少女。
彼に蹴りを入れたのは、会話をしていた少女ではなかった。
「てめえ、カワイイ彼女がいんのに、白昼堂々と幼女に手ぇ出して浮気とは、いい度胸じゃねーか!」
後ろを確認。
「……いった、い……。……な、ナオ?」
「え、だれ? 誰なわけ?」混乱少女。
後ろには目尻を吊り上げて長い髪を風になびかせ仁王立ちする彼の幼馴染がいた。
小型少女が戸惑いながらも問う。
「ちょ、アンタ、いったい」
「ん? いや、……キミこそ誰よ?」
問われた女子もいぶかしむ。――なんなんだこの小学生……?
「いや、まちなさい……。さっき『カワイイ彼女』とか言ったわけよね……」思案考察の間。そして――ギロリ、と彼をにらむ。「ねえ、ちょっと、おいコラ真斗ォ!」
「え?! 僕?」急に凄まれて戸惑う、蹴られた背面を擦る彼。
「どういうわけ?! この女子が『彼女』って。アンタ浮気してたわけ?!」
「超定番コントのようなすれ違い具合で笑えないのに草なんだけど!」
「ひとまず説明させてくれない?」
一悶着あって、落ち着いて、そして彼が提案した。
「まずアスカさん」
「ん」返事。まだ不信感から目が吊り上っている。
彼が幼馴染女子に手を向けた。
「こちら直衛薫さん。僕はナオって呼んでる。僕らの幼馴染。あとそれから皆元さんの友達」
「んーっと、ああ、なるほど。そういうわけね。はいはいなるほど」
少女が納得した。
「続いてナオ」
「ン」返事。こちらもまだ目がギラついている。
彼が小型少女に手をかざした。
「こちら海老井明佳さん。実は同級生。で僕の友達のお姉さん。んで皆元さんとは友達」
「ん? んん? いや、おい、それは……って、海老井って、そういうことか……って! マジかよ!」
女子が混乱の末に納得した。
「てかマコ、アタシへの説明が雑すぎるわ! フツー今のじゃわかんねーよ。……同級生で友達の姉でって、軽く矛盾した発言すんな」
「伝わったじゃん」
「いやわかったけどさ……」
「ナオは『察し』がよくて助かるよ」
しみじみと彼は言った。最近、彼の周りは察せる人間が少ない。
「お前らみたいな人騒がせなヤツとツルんでたら、勘もよくなるわ……」
うんざりとその女子は言った。
「その勘で、別に浮気でもなんでもないことを読み取ってほしかったなあ……」
はあ、と彼がため息をついた。
彼がほぼ理解されたが一応弁明する。
「まあとにかく、そんなわけで、浮気とかじゃないから。アスカさんとは帰り道で偶然いっしょになっただけ。ナオはただの幼馴染」
「はいはい。そういうわけね」
「なるほどな。そういうことか。――ミーを泣かせたら蹴ってやろうと思ったんだけどな」
「いやさっき蹴っただろ?!」彼が事実を伝える。「てか、ナオはなにしてんの。こんな夕方に」
「夕飯の買い出しだよ」
ほらコレ、とアピールする手には膨れた袋が握られていた。
「ああ、なるほど」
「あ、そういえば、思い出した。――アタシ、マコに聞きーことあったんだわ」
「ん? なに」
「マコ、おまえホワイトデーにはどんなお返しを考えてんだ?」
「いやナオ。どんな『お返し』と言われても、まず何も貰っていないのだけど?」
何を言ってんだこいつ、という怪訝な顔で彼が返した。
そもそもバレンタインデーに、この幼馴染と会話していない。再び会話するようになったのは最近だし、それまでは同じクラスだが疎遠だった。
だがしかし。
「ん? なんか……これ、以前にも聞かれた気が……」彼は理解した。「ナオは、僕が皆元さんに、なにを返すか聞きたいわけだね?」
彼が察した。
「おう。ミーからチョコを貰ったんだろ? どんなお返しを考えてんの?」
「……」この話さっきしたような気がする、という感覚に目眩がした。
「その前に、どうだったんだ? ミーからのチョコは? おいしかったか?」
「いや、ちょっと待て。なんでそれをナオに言わなくちゃいけないんだよ……」
「気になるだろーが」
「いや、気になるって……なんで女子ってこの手の話題にガンガン首を突っ込んでくるのだろう?」
「いま手元の買い物袋を見てたら、思い出したから聞いておこうと思ったんだよ」
「ん? どういうこと」
「おそらく、な。――実はそのチョコ、アタシも関わってんだよ。たぶん」
「……」
「2月に、ミーから『バレンタインのチョコいっしょに作ろう』って誘われたから、うちの台所でいっしょにチョコ作ったんだよ」
「……」
「そん時、ミーがマイバッグぱんぱんに膨らむくらい材料買って来ててさぁ。んで、いま買い物袋から連想して思い出したんだ」
「……」
「んで、ミーたちとチョコ作ったんだけど、お前どれをもらったんだ? いろいろ作ったからなぁ……」
「……」
「まず定番な『チョコチップクッキー』『チョコクランチ』だろ。んで『ドーナツチョコレート』――これドーナツじゃなくてドーナツ型のチョコで、ふつうのドーナツに見えるやつぜんぶチョコなんだ。ドーナツと思って食ったらチョコだったって驚くドッキリチョコ。――んーっと、そうだ。それからミーがあと作ったのは『う…………」
幼馴染女子の言葉が止まった。
「…………」ぴこぴこ。
彼の指はなめらかに動いていた。
ゲシッ。
彼のスネに蹴りが入った。
「ぐぁってええええ。ぐううううう」彼がゲーム機を地に落とさないように死守しながら痛みをこらえて問う。「ア、アスカさん、蹴りがめちゃめちゃ痛いんだけど。体格の割に」
「だれがチビよ!」小型少女が怒鳴る。「てか真斗、また人の話の最中でゲームしてんじゃないわよ。てかそのゲーム、ポーモンじゃないのよあとでバトルパーティ見せなさいよっていうのはひとまず置いておいてまずミナ! あの子『どんだけ友達とチョコレート作ってんの』ってツッコミがないわけ。そんで、幼馴染にちゃんと『う? 『う』っていったい何?』って質問してあげなさいよ!」
「う、ううう。……う?」痛む脛をおさえる彼。
「お、おう。アタシの言いたかったツッコミをぜんぶ言ってくれた……。ありがたい」
その幼馴染は若干ひきつつ、感謝した。
「そーか。なるほど、ミーは、キミ……いや、あんた、あなた……えーっと、アスカ、さんの家でも大量のチョコを作っていたわけか」
上下関係を大切にしているテニス部のスポーツ女子が、女子小学生のように見えるが同級生のお姉さんだけどもそもそも同い年か、という微妙な立場に戸惑いながら話した。
「ア、アスカでいいわけよ。同級だし」
ほぼ友達いない系女子が、すこし緊張しつつフランクに提案。
「そーか。じゃアスカで。――アタシも好きなように呼んでもらっていいから」
「そう? じゃあナオって呼ばせてもらうわ。呼びやすいわけだし」
「おう」
理解和解。
「ところでナオ、あなたさっき会話の途中で『う』って言って止まったわけだけど、アレなんだったわけ?」
「あ、いや、それは、なんつーか、いや、べつに……」
しろどろもどろだ。
「皆元さんのことだから、きっと『う○こ型チョコ』とか作ったんじゃないの? しかも、めちゃ完成度の高いヤツ」
「おい! マコてめえ、往来の場でう○ことか堂々と言い放ってんじゃねえ!」
「ちょっと真斗! あんたデリカシーないわけ!? う○ちとか下品なこというな!」
女子二名が顔を赤くして怒鳴る。
「いやナオもアスカさんも今いったからね?! 結構大きめの声で」
あと僕う○ちとは言ってないからう○ことは言ったけど、と付け加えた。
「だいたい真斗、あんたふざけるのも大概になさいよ。ミナがそんなモノ、作るわけないでしょ? 常識で考えなさいよ」
「あ、いや……」なんだか居た堪れない表情。
「ん? どうしたのよナオ」
「いや、その、……そう、なんだよなぁ……」
「え?!」
当時。
直衛宅にて。
とてもいい笑顔で。
『ねえねえ薫ちゃん、ほらほらほらほらぁ、見て見て見て見て。このウ○コ。すごくない? もうこれ芸術的。新鮮な感じ出てるよね?』
『ちょっ! ミー、新鮮とかいうなよ。そのリアルなのが嫌なんだが!』
『こっちの渦巻き状ど定番ミニチュアみたいなのもコメディ感があっていいと思うんだけど。ねえねえ薫ちゃん、どうかなどうかな?』
『却下に決まってるだろっ!』
友達は彼女に向かって叫んだ。
なんだか容易に想像できた。
「…………」
「…………」
「まあ、なんだ、うん……いや、まあ、きっと想像したままな感じだ。そのチョコは、全部ミーが持って帰ったんだけどな……」
「なるほど。やはりか……皆元さん……」
「ミナ、恐ろしい子……」
友達が恐怖していた。
そしてとにかく本題へ。
「んで真斗。あんたミナからどのチョコもらったのよ?」
「マコ、おまえミーからどんなチョコもらったんだ?」
いったいどのチョコレートが彼女の本命だったのか、気になる。
そんな女子友達が彼に迫る。
彼はさすがに、もうゲームはしていなかった。
これ以上に蹴られて、大切なゲームを落してしまってはたまらない。
両手を立ててシールドに。詰め寄ってくる両名を牽制する。
「いや、そんなの、そもそも、皆元さん本人に聞けばいいだろう。なんで僕に聞いてくるのさ」
「あんたに聞いた方が早いからに決まってるわけ」ずいっ。
「ミー本人に問い詰めても、はぐらかされるからな」ずいっ。
詰め寄られる。切り込まれる。
「ミナってそういう話、はぐらかすの上手いわよねー」
「ああ、コミュ強だよな。いつの間にか別の話しに切り替わってんだよ」
「それに、ねえ」同意を求めて隣に視線を送った。「ミナ自身がはぐらかすんだから、なんというか……ほら……」
「ああ、わかるわかる。無理やり聞くのはよくねーと思うんだよ」
「そうそう。ナオ、あなた話わかるわね!」
「ちょっとまった。それ! 僕ならいいのかよ?!」
こいつらなに言ってんの、とツッコミする彼。
こいつはなに言ってんの、という眼をして両名が切り返した。
「あたりまえでしょ? あんた別に友達じゃないし。弟の友達。つまり弟みたいなもんなわけ」
「あたりまえだろ? おまえとはただの腐れ縁だし。腐れ縁。つまり腐ってるからな」
「理屈が酷すぎる! てか理屈でもないな、ソレ!」
彼のツッコミだがもはや意味を為さない。
彼の胸倉が掴まれる。
「とにかくマコ、お前がもらったチョコレートの種類を吐け。そうすれば楽にしてやる」
「もはや脅迫だぞ、これ」
「どれ貰ったわけ? あたしん家で作っていた三種類」
――『トリュフチョコ』
――『カップケーキ』
――『大量の星型ホワイトチョコ』
「もしくはアタシん家で作った三種類」
――『チョコチップクッキー』
――『チョコクランチ』
――『ドーナツ見せかけチョコ』
「さあ、どれもらったわけ?」
「おい、どれもたったんだ?」
「…………いや、あのさ」
「なに?」「なんだよ?」
彼が疑問を口にする。
「一種類忘れてるよね。なんで、さっき話題にあがった『うん――」
「そんなもん渡すわけねーだろ!」
「そんなもの渡すわけないでしょ!」
すごい勢いで否定された。
さらに詰め寄られる。
凄まれる。
「おい」「はよいえ」
詰め寄る敵を前に、ついに彼が漏らした。
なんとも情けなさそうに……
「いや……、あの……、もらえなかったんだけど……」




