5.転生の間
…どれくらい経っただろうか。
手足の感覚はいつの間にか失われ、浮遊感だけを感じる。
視覚はある感じはするのだが、目の前は依然闇に包まれている。
「ほぅ…珍しいこともあるものだな」
不意に聞こえた声に意識をやると目の前は部屋が広がっていた。
黄色と白で彩られた装飾や壁、その中央に金色の仰々しい扉。
そして、その扉の前に人が1人。
「…何者だ?」
「何者…か。転生屋?まあそんなところだな」
黒い服に身を包んだ女が偉そう座っている。
「貴様は、呪いでここに来たのだろう?」
「ああ…なぜわかる?」
「残滓が魂にこびりついておるのだ。私はその匂いがどうも好かん」
我は気になり自分の体を見ようとしたが、よく見えず戸惑った。
「貴様の体は言うなれば光の球のようになっておる。まあ、魂の本来の形だ」
「…そうか」
「そんなことより貴様。なぜ、自我を保ったままここへ来ておる」
「ん?我は何も知らぬぞ」
「ほう…とんだお人好しのようだな。貴様に術をかけた者は。しかも、人間とはな…」
「通常は自我がないのか?」
「…まあ、せっかくだから教えてやろう。まず、転生とは本来、異世界から魂が迷い込むか、自らの能力によって行われる。その時は自我もあり尚且つ、次の生のために私から能力を与えてもらう。だが、呪いの場合は違う」
女は立ち上がり、我の前まで来た。
「呪いを受けた者は転生先を縛られ、自我も失われる。さらに、次の生を受けた時には記憶さえ残らず、ただ生きるだけだ。まあこんな世界では誰かに守ってもらえねばすぐ死んでしまう。普通に死んでしまえば転生などできんしな。だから呪いというのだ」
「なるほどな。くっくっ…」
急に笑いがこみ上げて来た。
「…どうした?気でもおかしくなったか?」
「いや、そうではない。我がこの呪いを受けるのは2度目かもしれぬのだ」
「2度目だと?馬鹿を言うな。呪いを受けるのはレアなことだ。いくつもの魂、もしくは高純度の魂を犠牲にする呪いであるぞ。…何度もされることなど」
「…我は今世、魔王であった。記憶のないまま生まれ、名前だけを持っていた。そして、優しき勇者とその仲間たちによって呪いを掛けられここに来た」
女は我の話を聞くとニタニタと悪い笑みを浮かべていた。
「…気に入ったぞ貴様。3度目の生を受けた者など会ったことも聞いたこともない。名を名乗れ」
「…イヴァンだ」
「イヴァンか。良い名だな。よし。決めたぞ。特別に私の能力を与えてやる。貴様の前世を知るためにもな」
「我の前世…か」
「ああ。気になるであろう?先刻の笑がその証だろう?」
女はニタニタとその表情を崩さない。
「それに人間という生物はとてつもなく生きにくいぞ。私の力添え無しでは野垂れ死に確定だな」
「…そんなにか?しかし、我なら…」
「元魔王という奢りは捨てろ。あと名前は『イヴ』とでも名乗るがいい。人間として強く生きろ」
「…わかった。礼を言う」
我は頭を下げようと思ったが、うまくいかなかった。
「くっくっ…私も少しお人好しの術者の気持ちが分かる気がする。さぁ…そろそろ時間だ」
女はそう言うと奥へ進み、扉に手をかざした。
ギギギ…ゴゴゴ…
重そうな音を立てて扉が開いた。
扉の先には光が渦巻いていた。
「…ここに飛び込めば良いのか?」
「ああそうだ。この先からは貴様は人間。今までのようにはいかない人生が貴様を待ち構えてるのだ」
意地悪そうに女は微笑む。
「…そうか。色々と感謝する。名を聞いても良いか?」
「名乗る名など無いが…どうしても呼びたければお前の名を半分もらって『アン』と名乗ろう」
「アン。良い名だ。もう会うことも無いだろうが達者でな」
我はそう言うと渦の中に飛び込んだ。




