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一 捕らえられた刺客

「御屋形様!刺客を捕らえました!」

「・・・怪我をさせなかったな?」

「は、世之介よのすけ様が仰せの通りに」


 氏郷うじさとはゆっくりと本坊の濡れ縁を降り、小者に従って広い庭園の奥にある小川のほとりに入っていった。

 そこには両腕を頭の後ろに上げさせられ、長い黒髪のもとどりに巻いた真田紐で手首を一対に縛られた少年が座らされていた。袴は履いておらず、争いのため小袖の懐がはだけ、片方の乳首が露わになっている。

 少年は氏郷の閨で伽をしている最中に、忍ばせていた鎧通しで氏郷を突こうとした。だが、兵法の達人でもある氏郷はとっさに防いだ。組伏そうとする氏郷の手を逃れ、庭に逃げ込んだ清十郎を、宿直の側近、橘世之介は追ったのだ。

 庭に隠してあった、逃亡用の小袖に着替えているところを世之介に見つかった。体術を極めていた世之介は、とっさに自分の大刀の下げ緒で少年を組み敷き、両手を髪に括った。これで上体を動かすことは出来ない。

「・・・清十郎」

 少年はきっと氏郷を睨んだ。怒気を孕んだ眉が釣り上がる。見開かれたその大きな瞳は何も怖れていない。きっと結んだ形の良い口が、務めを果たせなかった無念を表していた。その妖艶な姿に氏郷は魅入られていた。

 次の瞬間、少年は華のように微笑み、言った。

「・・・氏郷様。こうなっては私の命運も尽きました。ご存分にして下さい」

 縄目を握っていた世之介が怒鳴った。

「清十郎!誰に雇われた!吐かねば地獄を見せてくれるぞ!」

 少年は世之介を向いてふふんと笑うと、

「あるじは伊達政宗様よ!」

 氏郷と世之介は驚いた。

 世之介は清十郎に未練を残していた。御屋形様の側に仕えていた清十郎に憧れ、付け文を送ったが体よく断られたのだ。すでに御屋形様のお手が付いたと言うことで、諦めるしかなかった。

 諦めていたとは言え、一度は恋した者が何とあるじの命を狙う刺客だったとは。許せぬ!

 世之介は少年を卑下しようとした。

「・・・なんと情けない奴!命欲しさに軽々しく伊達殿の名を出すとは!このげすめ!」

 少年は世之介をきっと見て言った。

「俺の名は三浦清十郎!れっきとした伊達の家臣の子じゃ!」

 今度は世之介が狼狽えた。刀の鯉口を切って、

「・・・小賢しい下郎め!盗っ人猛々しいとはお前のことじゃ!」

「待てっ」

 氏郷は世之介を制すると、

「清十郎。何故、そのような嘘を言う」

 少年は叫んだ。

「嘘ではありません!」

「刺客ならば、そのあるじの名をを三途の川まで持って行くのが務めであろう・・・」

 少年は氏郷を見た。その深い美しい鳶色の瞳の美しさに、氏郷は心の中で唸った。

「・・・私は命が惜しいわけではありません!ただ、務めを果たす前に死んだと言うことを、父と母に知らせたいのです!」

 少年の瞳が潤んだ。

「・・・正宗様から氏郷様を亡き者にせよとご下命があったとき、両親は泣きました。正宗様は惨いことを私の様な幼い者にする、家を潰されても良いから逃げろ、と言われました。でも私は逃げられませんでした。

 私の家は伊達様の陪臣です。そして遠縁が蒲生家に仕えておりました。恥を忍んでその伝手で御屋形様に媚びて取り入りました。そしてお命を頂けば、正宗様に恩を売ることが出来ると考えました。でも・・・」

 清十郎は目を伏せた。

「私がここに果てたことをどうしても知らせたい!例えそれがどのような結果になろうと、両親が本当に知りたいのは私の最後のはず!」

 世之介が叫んだ。

「黙れ!清十郎!」

「世之介!待て!お前は斬れるか!この孝の者を!」

「・・・しかし御屋形様!このまま生かしておくことはなりませぬ!」

「解いてやれ」

「な・・・何と仰る!」

「赦すのじゃ」

「御屋形様!刺客を赦すとは!古今の例に反しまする!」

「儂がその初めじゃ!」


 氏郷は寝所に清十郎を呼んだ。

 絹の寝間着に後ろ手を縛られて、世之介に連れられて来た。

「縄を解いてやれ・・・」

 世之介は仰天した。

「御屋形様!それは!」

「よい!世之介。儂も卜伝流を修行した身じゃ。信長様や又左殿(前田利家)の槍のお相手も仕った。心配するな」

 清十郎の縄を解き、世之介はしぶしぶ引き下がった。

 清十郎は腕をさすっていたが正座を崩さず下を見ている。

 ぽつりと言った。

「・・・何故私を助けるのです。しかもお伽を命じるなど」

「・・・儂はお前の親を思う真摯な心に打たれた。お前を国元に帰そうと思う」

 清十郎ははっとして顔を上げた。

 だが、また上目遣いで氏郷を睨む。

「・・・私を笑い者になされるおつもりですか。ならばここを出たところで私は死にまする」

「そうなれば正宗こそ笑い者よ」

「・・・なぜ?」

「儂はお前のあるじに手紙を出そう。清十郎という者、儂の命を狙ったが運悪く捕らえられた。高々十四の齢の前髪のの子が、命を賭けて主君の命を果たそうとした。そのようなあっぱれな家来を持つとは祝着至極。このままこちらで召し抱える所存ながら、一度あるじ殿の御為心をお聞きしたいとな」

「・・・」

「お前が儂に何を話したかは何も知らせぬ。ただお前のまっすぐな心を正宗はどうするのか。見物じゃ」

「・・・どうにもしますまい・・・」

「清十郎。家臣は宝なのじゃ!太閤様のお仕置きで世は治まるかも知れぬ。だが、家とは忠なる家臣があってこそ治まり続くのじゃ。家臣を見捨てるあるじなど、仕えるべき器ではない」

「氏郷様・・・」

「正宗が器でなければ儂に仕えよ」

 清十郎の目から涙がすうと流れた。

「また儂のものになってくれ・・・」

「御屋形様!」

 清十郎は氏郷の側ににじり寄るとその懐に飛び込んだ。


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