第八十六話・えこひいきじゃないけどえこひいきしたと思われた話
前回は私が実習生のころのセクハラ話でした。次も実習生話の連想思い出話です。今回は立場が逆です。私が社会人になって経験をそれなりに積みました。大学の実習生を預かる立場になりました。同僚とは交代で指導します。その週の役割は私が主担でありました。その時は女性二人の学生を預かっていました。Sさん、Tさんとします。あるとき、実習担当総括兼、局内人事担当の先輩から私ともう一人が呼ばれまして、学生のS,Tさんのうち、Tさんを邪険にしていないか? えこひいきしていないか、いじめてないかと尋ねられました。指導役の私たちが一人の学生をいじめる……? 私たちはまったくもって覚えがないので驚いて問い返します。先輩も困った顔でいいました。
「あのさ、片方にペンか何かをあげて、もう片方にあげなかったらしいね? もらえなかった方が、えこひいきだと報告してきたよ……」
私たちは顔をみあわせました。
「きみはペンをあげたらしい。でもTさんにはあげなかった。そしてきみはレポート用紙をあげたらしい。でもTさんにあげなかった。Tさんは、Sさんが美人でよく動く秀才なので気に入られている。その反面Tさん自身はダメな学生扱いされてつらい、と、いってきたよ!」
「ええっ」
つまりこういうことです。製薬会社のMRさん(医薬品の営業さんのこと) が宣伝を兼ねてロゴやキャラクター入りのペンや磁石、レポート用紙を持ってくることがあります。薬の名前を憶えてほしいという主目的があるので、結構デザインが凝っていていいものもある。でもペンもメモもレポート用紙もそれこそたくさんあるので、すごく欲しいってことはない。それをその場で実習生さんにあげただけのことですが、その時に一人しかいなかったのでその子だけあげちゃったわけです。もう一人もらえなかったTさんはSさんに「もらっちゃった」 という会話をして「私はもらえなかった」 と悲しんだ。私はペンだったが、別の同僚はレポート用紙をあげたわけです。偶然が続いてひいきだ、と思われたわけです。
そう思わせた私たちが一番悪い。私たちはそのTさんを呼んで、たまたまの話で悪意はなかったことをわかってほしいと説明しました。配慮がなかったことについて謝罪しました。Tさんはわかりました、といいました。
今どきのコは本当に強い。私は先に書いたようにセクハラされてくやしかったのに、そのコはさっさとペンとレポート用紙がもらえなかったからえこひいきだと局長や総括に報告した。己が傷ついたからと学生でいながらはっきりと訴えられるようになったのは時代の流れかとも思います。
この件では私たちが確かに悪かった。風通しのよい職場での話でこの件は指導する側にも反省会みたいなものがあり、私たちは事例報告して情報共有しました。
Tさんはその後卒業して就職して今では立派な社会人になっていると思います。人生は杓子定規とはいかないものという認識が私にはある。Tさんは学生でいながら上の組織を動かしてまで悪意のなかった行為を謝罪させたが、折り合いのつかない感情を処理できない場合のほうが多いはずです。Tさんがどういう人生を歩んでいるかなとは思います。




