第八十五話・セクハラ
痴漢の話でも書きましたけど私はこのテーマは何度でも書く。わざわざ読んでいただける人には感謝します。
で、下の二行は大変お手数ですが各読者様の頭脳中で拡大文字にしてお読みください。
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セクハラも痴漢も公共の場で被害者のプライベートゾーンを勝手にさわるということです。そして加害者は被害者の恥ずかしさと屈辱を理解できない、もしくは理解しようとしない。そういう行為で快感を得ようとするのは一種の病気です。もちろん犯罪です。私が呂后や西太后並みの絶大な権力を持っていたら○刑にします。
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さて今回は電車内での痴漢ではなく私が実習生の頃にお世話になった実習先での話です。厳密にいうと、セクハラです。痴漢もむかつきますが、セクハラも大変むかつきます。念のために書き添えておきますが、セクハラとはセクシャルハラスメントの略で性的な嫌がらせをされることをいいます。男性女性双方ともあります。ウィキによると男女雇用機会均等法に関する公的機関が受ける相談内容ではセクハラは実に四割を超えているらしいです。それだけ優位な立場を利用して犯罪を犯し被害者の感情を理解できない人種がいるということです。
私が受けたセクハラは某大学医学部付属病院内です。私は本当に地味な顔で美人だなどとモテはやされたことはないですが、そのため逆にどこをさわっても大丈夫そうだという印象を持たれたのかもしれないと自己分析しています。事実私はいるかいないかわからぬ人だともいわれたことがあります。話しかけられたら返答は一応礼儀としてするが気の利いたことがいえるわけではないし、本当に学内でも限られた知人だけしか話しませんでした。一種のコミュニケーション障害だともいえます。卒業後は人と話さないと仕事ができないという状況に嫌でもおかれ、数年かけてそのあたりはなんとか治癒? したと思います。話下手はあいかわらずですけれどね。
実習の時はもちろんほかの学生と一緒だったのですが、チームメイトは私を含めて女性ばかりの四人組でした。単位を取るためでもありますが、私は卒業後は最初から病院就職を希望していましたので周囲に気に入られ、あわよくば実習先に就職できたらいいなあ、とは思っていました。しかしメンバーは優秀な人材ばかりで先生方から何かを言われる前に率先して動くタイプばかりでした。私はメンバーの後についてうろうろするタイプ。つまり気がきかない学生でした。人に後れを取るタイプ、目立たない地味な容貌と性格……そういうところがセクハラをしかける加害者を引き寄せてしまいました。その人は実習先の正規職員。つまり逆らえない人です。壮年の男性です。なおタチが悪い。
周囲に人がいないところで「君の胸目立つね」 といきなり話しかけられ「近くで見ると結構大きいね」「サイズいくつ? DかなEかな?」「白衣の上からでも胸が目立つよ?」
私のことが気に入ってモーションをかけるというよりも、私の胸ばかりに集中攻撃するのはいわゆる「おっぱい星人」 とやらだったのかもしれませんが、不快でした。相手は院内での指導者の一人にあたるので、怒れない。感情を隠してあいまいな笑みを浮かべて忙しそうな擬態をするのが精いっぱいの抵抗でした。それに私は実習に来たのにどうしてそんなことをいえるのかと理解に苦しみました。というか私の感情を全く考慮してない。人間扱いされてないという苦い感情が沸き起こり、姿を見かけても実習期間は逃げられない……実習中そいつがそばによるとさりげなく忙しそうにする、休憩中は一心不乱に本を読むなど工夫しました。とりあえずチームメイトから離れないようにする。昼休みも着替えもくっついていました。そこは卒後研修生といって常勤やパートではなく無給で働いている先輩もいたので、その人たちとも離れないようにしました。ただ公に相談しようという頭はありませんでした。グループ内や院内の人にそれをいうと、最悪実習が中止になり私の単位が取れなくなるかもしれないという恐怖がありました。セクハラの加害者は、私の性格とその思考を見込んでいたとしか思えません。幸いそれ以上のことはされず、言葉でいたぶるというか、そういうことで快感を得ていたのだろうと思います。
その実習の最終日に事件がおきました。私にとっては忘れられない事件です。実習報告書、論文のような文面のを最終チェックされるために局長室の前の椅子に座って順番を待っていました。局長の許可をもらえたら大学に提出するものです。歴代の実習生からの伝言でここの局長はどういう論文を書いても厳しい評価をするというので皆で緊張して待っていました。
一番に出てきた人が暗い顔をして隣に座りました。厳しい指摘を受けたようです。そして私の番。おそるおそる入室した私に局長は私の論文を机上に放り出しました。「これは論文ではない。こんなレポートを提出してきた学生は初めてだ」 と怒られました。
「いいかね、これは新聞記者の書く記事だ。論文は誰が見てもよいものではない。一般人向けの文面にして、わかりやすい読み物にすべきではない。実習を通して院内薬局としての俯瞰と今後の展望などを論文にしろと私は言ったはず。それがまったくもってできてない」
「す、すみません……でも、わかりやすかったといわれてうれしいです」
「うれしい? 君は論文ではなく新聞記事だといわれてうれしいのか?」
「すみません」
「このレポートをやり直すつもりはあるか?」
「いえ、ほめられましたので、このままでいきます。提出後の教授の反応も楽しみです」
局長は黙り込み首を振りました。
「そう思うなら直さなくてよろしい。君はよい点はあげられんが、単位だけはやる」
やった~。文章が褒められた上に単位くれるってばよ!
私はうきうきした気分でした。当時の私も雑文を書いていて、出せば読んでくれる人がいました。だけどこんな大きな病院の局長も文章を読んでくれてわかりやすい褒めてくれたのです。私は笑顔で部屋を出てちょこんと座席に座りました。となりに座っていた人が「OKだったの?」 と聞くので「うん、そのままで直さなくっていいって」 と言いました。
目立たぬ私がはっきりそう言ったので、厳しい批評をもらったと思しきチームメイトは肩をすくめました。私は論文としては見放されたのですが、満足していました。単位さえもらっておけばこっちのものです。
いきなり胸がぽんぽんと押され、次にぎゅっとつかまれる感触がしました。あの男でした。白衣を着たまま、私のいるところに歩いてきて廊下の通りすがりに腰をかがめて胸をさわってきたのです。隣に人がいるのに。それも局長室の前で。男の隣にはもう一人の男性の先生がいて、私と男を怪訝そうにみていました。私は胸をかばい、男をにらみました。最後の日だと思っては油断してた。今までは言葉だけだったのに、最後だとわかってわざわざ胸をさわりにきた。さきほどの高揚感は吹っ飛びました。今の私だったら追いかけて非難しますが、当時は固まるしかなかった。チームメートが胸をかばっている私を心配そうに見ました。チームメイトのすぐ横で、己の同僚の目の前で……私に胸だけをぎゅっとつかむなんて……私は言葉もなく呆然としました。相手は振り返りもせずそのままさっさといってしまいました。男の同僚の先生は一度だけ私を振り返ってみていましたが、そのまま男について歩いて去りました。男の痴漢行為を黙ってみて咎めもしない。その行動も本当に信じられない。今でもその犯人たちの白衣姿が目に浮かびます。
私のすぐ横に座っていたチームメイトも驚いて固まっています。
「ちょっと今のあれ……」
「だ、だいじょうぶ……?」
たぶん実習最後の日なので言葉だけでなく行動に移したのです。今の私だったら局長室に戻って犯人のしたことをぶちまけて処分を求めるところです。しかし私を含めた皆もそれ以上何もせず、そのまま帰途につきました。その間も私を気遣ってかその話題を持ち出されることもありませんでした。犯人は最後は胸を思い切り握った触ったと満足だったでしょう。が、私はこの件がトラウマになりました。両親にも話せず毎晩布団をかぶって泣きました。
この話を読んで触られたぐらいで泣くなという読者さんがいたら、その人も犯罪者気質を持っているとしか思えないです。男はたぶん今もそこで働いているはずです。私は今でも許せないし、その男好みの胸をもっている歴代の実習生はたぶんやられていると思います。絶対に許せないです。
こういうのは幼いころのいじめと違って成人後の話です。分別ある先生といわれる人でも、実習生相手なら何をやっても大丈夫だと思ってこういうことをする。何度も書きますが被害者にとって折り合いというのはつきません。胸をつかまれたその感触を私は嫌悪感を持って何度も再生できます。もうあれから数十年。結婚も出産も経験しました。それでもなお、許せないという震えるような高ぶりを覚えます。それだけ心が傷ついているのです。私は性犯罪被害者の心情に添える。心から。涙を流す。それしかできないけど。