第七十五話・不幸子の話……犬編 ●
実妹Zは両親と姉の私が大嫌い。周囲には家族からハぶられて大きくなったと言いふらしている卑怯な女。実家の中ではやりたい放題の女。そんな女にも夫はいますが、夫よりも大事にしているものがいます。中型犬であるオスの柴犬です。便宜上Fという名前にします。Fは十五年間生きて、老衰で今年の春先に亡くなりました。もともとはZのペットなのでZが世話をしていましたが、結婚するとペット禁止のマンション暮らし。ですので、Fを実家に置いて両親に世話をさせていました。Zは不妊治療をしていましたが、残念ながら子供はできず、その分Fに執着するようになりました。
Fという名前ですが何らかの拍子に父母や私が「犬」 と呼ぶと私の家族だからちゃんと「F]と呼べと怒る。猫かわいがりならぬ犬かわいがりだが、私は入院中の患者さんがおいてきたペットを恋人のように恋しがるというのも知っているので、そういうものかと思っていました。
問題はFを預かる両親に全部負担をさせたこと。父が倒れると母は足腰が弱いし犬の散歩用のお世話人を雇わせました。その人が気に入らないとかでクビにしたあと、Z自身が散歩をさせるためにマンションと実家を行き来するようになりました。Zの夫の夕食の支度をしたあと、夜の十一時過ぎに実家にやってきて、宿泊します。起床後に散歩をさせたあとに、百貨店の開店時刻の午前十時前に実家を出るまで何もせずスマホをいじって時間つぶし。Fが汚したシーツ、糞尿の始末は母がしています。日中のエサやりも母ですが、少しでもFの具合が悪くなると、夜中にきて先に寝ていた母を無理やり起こして日中Fに何をした、何をやった、どういう扱いをしたかを聞き、怒ります。Fに何かあったら母のせい、ちゃんと世話をしろと怒鳴ります。母は怒鳴られつつも、足腰が弱いので日中の買い物はZに頼んでいるので「わかった、ちゃんと世話をするから」 と謝罪する。その繰り返しです。Fの獣医の通院、入院費用も全部母の負担です。獣医への入院費用は二泊三日でも健康保険がききませんので五万円前後します。これも母の負担です。Zは毎日の実家への宿泊のための定期券を購入し、あわせてFの散歩料金と称してお金を取っていました。もともとはZの犬なのに己の財布は一切開きません。Fをこの家で飼うことを決めた以上は母の犬だからお金は出してもらうのは当然という思考だそうです。
父の死後は、犬自身が老いて弱ってきました。Fの足腰がもっと弱ると庭先で飼うのをやめ、狭い実家の一番良い部屋にFをあげました。父が生きていれば嘆いたと思いますがZは昔からなじられることがあると、両親に向かって金切り声をあげて威嚇し結局思い通りに動かします。私はよそへ嫁いではじめてわが実家を俯瞰でき、私が育ってきた家庭が一般的に機能不全というか、いびつであったことに気がつきました。Zのせいとばかり言えない……両親のZに対するしつけというか、諭すことができず、結局言いなりになっていたのもイラクサですが、でもZは己を見つめることができない人間である、それが私の実妹であるというのが私にとっての大きなのイラクサです。
ZはFのために家を改築しました。Fの散歩のためにF専用の玄関の上り口をつくり、筋力の弱ったFのために廊下に滑り止めを設置、Fのために中型犬兼用のベビーカーを購入。これも全額母の負担です。Zは実家にFがいるという理由で毎晩宿泊していましたが、本当に宿泊だけして朝Fを散歩させるだけで何もしない。糞尿で汚れた畳やシーツをふき取りもせず、百貨店開店時刻前まで母とは一切会話せずスマホの小さな画面を眺めてすごし、一人笑いをする。母が会話しようとすると、「うるさい」「お前の話はうざいんじゃ」「その話は聞き飽きた」 などという。母が黙っていると割とスムーズでZが百貨店に行こうとすると母がお金を渡してデパ地下でおいしいものを買い、ついでに私の分も買ってきてという毎日。お金を渡すとZは上機嫌で帰っていく。その繰り返し。そういう話も大体のあらましは母の愚痴電話で知っていましたが、私が母が引き取って全部わかりました。
Fは老衰で亡くなりましたが、幸いZがいるときにZに抱かれて息を引き取りました。母はZがいないときにFが死んだら私はどうなるのかどうしようかとおびえていました。母への暴言暴力がひどくなるにつれ、私は老人虐待のホットラインを通じて相談していました。事態はそこまできていたのです。Fが死ぬともちろんペット専用の葬式をしペットのお墓もたてましたがそれも母の負担。それでもFが死んだので、F専用の部屋の電気代、特にクーラーや保温代が二十四時間作動していましたので一人ぐらいの母なのに月に電気代が三、四万円かかっていましたのでそれがなくなりました。さらにZに渡す散歩代金やマンションと実家の通勤代などの負担も消えました。電気代やガス代が十分の一に減ったと母が喜ぶのもつかのま、今度はZが実家に来る都度、お金ちょうだい、子供のない私は人生を楽しむ権利がある、子供ができなかったのは母のせいだというむちゃくちゃな理由で取るようになりました。
母はZの暴言と暴力が怖いので言いなりでした。十万、二十万時には交際費、着物費用と称してもっと……我が家には現金がどんどんなくなりました。このあたりは母が倒れてから判明したのです。常々母はZの言いなりでまた早く死ねと怒られたという電話がかかる都度私はしっかりしてよ、と怒るので私にも黙っていたのです。でもタガがはずれることってあります。それが先の不幸子の話になります。第六十六話・不幸子の話、今すぐ死ね、今すぐ殺してやろうか編、となります。