第七十四話・不幸子の話……公正証書編 ●
またまた実妹Zの話。母は父が倒れた時に、近くに住むZよりも遠方の私を頼るようになりました。近くに住んでいてもZは頼れないだろうと私も思っています。Zはお金が好き。だからうっかり頼るとお金を取られます。
たとえば買い物を頼むと、買ってきたものの代金とおつりと交通費を当然のように取ります……お金を趣味に使うこと、他人に愛想を振りまくのが得意なZには、父の介護は無理。父が弱るにつれて私も嫁ぎ先と実家を行き来する毎日となりました。
父の死後、四十九日もすまぬうちに、三代にわたって土地を貸していた人から調停を起こされ、この時も私が母の名代を務め弁護士さんと相談しながら丸く収めました。都度母とZには報告しましたが、Zはいつでもスマホをいじっていて「まかせているから結果だけ教えて」 と言いました。なのに結果を伝えると、解決金額がダメだと怒る。また一連の調停沙汰も蚊帳の外に置かれ、母と私とで財産を握り好きなように使おうとしたと思い込みました。昔からこういう思考の人間であるのはわかっていたのですが、勝手がすぎます。
調停場所が私にとっては遠方なので少しは手伝ってほしいと、閉鎖登記簿の写しを取得してほしいと頼んだこともありますが、拒否です。法務局はZの家から自転車の距離なので頼んだのですが、あてにしたことを後悔しました。Zは登記や土地の話はわからないので全部まかす、結末についても不足はいわない、といいつつ、別の親戚にはのけ者にされた。母と姉(これを書いている私の事)が結託して好きなように話をすすめたと愚痴ったそうです。
それが根底にあったのか、調停終了後、母が生きているのに実家の土地と建物をZのものにするようにと公正証書を作れといってきました。Zは子供がないので、将来が不安。逆に私には子供があるので、将来が安泰だから実家の財産は不要、老いたら子供に養ってもらえというわけです。これは実際に言われました。それと私が遠方の田舎に嫁いだので母の老後はZが見ることになるので相続は全部Zのものだとすべきだという。Zは錦の御旗の呪文のように「この家をでて遠方に嫁いだということは相続放棄したことになる」 と言う。
これは本当に何度も言われている。
その言葉自体がZの心のよりどころなのでしょう。Zの頭の中には私の子供がいじめにあって、不登校になったり義父母の介護、仕事の合間に義父母の病院の送迎をする苦労など知ったこっちゃないのです。Zは子供がいるだけで老後は幸せだと決め込んでいる。そう思い込んでバレエや声楽などの芸事や同窓会の社交的な仕事に邁進できるZはある意味幸せでもあり、不幸でもあるでしょう。母は特にお金を使うことと言えば百貨店で買い物をするぐらいで、Zのように声楽の発表会旅行やバレエコンサート、同窓会や友の会で交友関係を広げたりはない。お金の使用目的はもちろんZの自由ですが、先にも書いたように母を罵り幼少時からの心の傷(家族からハブられたという思い込み)の慰謝料が必要だという大義名分で母への暴力でお金を取るような女。だから姉の私としては納得がいかない。
Zは母の実印を周囲に欠けがあるからみっともないという理由で無理やり変更しました。新しい実印は市役所近くの文房具店で購入した安物です。いわば間に合わせ。それを預かったまま返さない。元々母の実印は縁起担ぎが好きな母なので運命鑑定師とやらに作成してもらったものです。わずかな欠けはあったのは私も知っていますが、そこまでやるのか、と思いました。その上Zは、母の信仰している霊能者さんの名前をあげて、彼女のお告げもあったといいます。こうなると、母の思いはZのいうようにまだ生きて元気なのに公正証書を作ることにしました。
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これより公正証書作成事件の発端です。あるとき、母から奇妙な話を聞かされました。Zに連れられて弁護士の所へ行ったという。その弁護士はZの友人で信用できる人だからと言われている。その弁護士事務所をタクシーで行き来してそこで十五万円を支払ったがなんのお金か聞いてくれといいます。
母は書類の内容をしらぬまま言われるままに何度も名前を書き、Zが母の実印をついたといいます。大変なことになったと思いました。私は翌日仕事を休み数時間かけて実家に行きました。
母にその日の様子や場所を聞いてもわからないという。こうなるとお手上げです。弁護士の名刺もないのか、と聞くと「ある、これは取り上げられなかった」 という。ほんと、Zもどこか抜けているところがあって助かりました。名刺を取り上げられていたら私もわからなかったかもしれません。
私は名刺にあった当の弁護士に直接会話してみます。直に伺うと弁護士はZの友人ではなく、弁護士会館の無料弁護士相談で知り合って依頼を受けたという。当の母があの十五万円は、なんのお金か聞いてくれといいますと言ったら、その弁護士もびっくり。母を依頼人として土地と建物をZにすべて譲るという公正証書を作るための着手金だとはっきりおっしゃる。そこまで聞いて私も再度びっくり。思わず「あんな金遣いの荒いZが公正証書を作るのですか?」 というと、その弁護士は再々度、「ええっ?」 と驚かれました。
ま、そこから始まったわけです。
弁護士からはZが主導しているのはわかったが、あくまで依頼人は母。だから母からの依頼を受けるか受けないかの話になるので、どうしますか、と聞かれました。一応母はその弁護士を代理人として公正証書作成の依頼をしたことになっています。母が話をきちんと飲み込んでいなかったことがわかって弁護士も戸惑っていました。年齢的に認知症の考えもよぎったことでしょう。Zがその弁護士に何を吹き込んでいるやらと、私も不安でした。しかし弁護士はあくまで依頼人は母であるので、やめるなら、やめましょう。着手金も返金します、という。良心的な人でよかったです。私は受話器を抑えて母の意見を聞いてみます。
母はここで作成をやめるとZが怒るから怖いから話を勧めた方がいいかな、という。狂った家庭の狂ったいつものパターンです……姉が介入してきたと思われると例によって母が暴力を奮われるので私も迷いました。
相続は将来の子供の学費のことを考えると、もらえるものはもらいたいと思うのは当然です。私は亡父から、そして父母の先祖から受け継いだ財産を全部Zの遊ぶ金と見栄をはるためのお金に使われたくないです。でも断念しました。母はZの暴言暴力を怖がること、お釣りや交通費を都度要求されることはあっても、私のように遠方に嫁いだわけではなく、近くに住んでいることもあって万一のことがあれば助けてくれるだろうと思ったのです。
この実家に住みたいならばそれが一番よい、Zにはすでに温和な夫がいますので、昔のように家庭内暴力や暴言はないだろうという心づもりもありました。親戚の言うようにZの育て方が悪かった、姉妹仲の悪いのも育て方が悪かった……という母の涙ながらの言葉に、私も今更相続の件でZと会うのも億劫でそれを承知してしまいました。
弁護士が介入しましたもので、それはもう一部の隙もない立派な公正証書が出来上がりました。弁護士はZに対して「お姉さん(私の事)にはお礼をいいなさいよ」 と諭したらしいですが、今に至るまでZから連絡はありません。弁護士は一応母の依頼という形なのでZはお金を払っていません。くだんの公正証書の原本と実家の権利書をZは己の住むタワーマンションに持って帰ってしまいこんでいます。
しかし今年のお盆で六桁万円のお金を得たのは第六十六話の不幸子話で書いています。また同じことが起きるでしょう。
私が何をいいたいかというと、不満のある人間は満足や感謝を知らぬということです。Zのような境界型人格障害が疑われる人物は、その人物を育てた家族全員が不幸になるということです。しかしZ自身は己が一番不幸だと思い込み、周囲にも同じことを言っています。外面が良い人間の内面がいかに醜いことか……それを私はよく知っている。Zの存在そのものが、私の幼いころからのイラクサです。
戸籍上では妹ですが、Zは憎くもあり、哀れにも思います。私は善人でないので、Zを善い方向に導いてあげようとも思いません。それができるなら両親がとっくの昔にそうしているはずです。Zは死んでも母の嘆きは通じないと思う。




