第六話・組織の中、軍隊と警察など
子供の話を書きましたが大人の話も。というのは大人でもいじめの構図はあるのです。人が人をいじめる……子どもも大人も変わらないですよ。教師同士のトラブルで教員同士のいじめに発展してうつ病になった患者さんもいましたし、結構多い話ではないでしょうか。
私は大人になって病院に就職しましたが、その時にすでに退職したが嘱託で事務をしている人がいました。Cさんとします。Cさんは話好きでしたが、話の内容にかたよりがあって、軍隊でいじめられた話が多かったです。今となっては大変貴重な話かと思うので書いてみます。
というのは、Cさんは軍隊といえども一番下っ端で、上官から理由なく殴られたり蹴られたりしていたそうです。場所は東南アジアのどこかの島。終戦後命からがら帰国。場所も教えてくれたのですが、興味がなかったので覚えていません。メモぐらいとってればよかった……残念です。
当時戦争があった時代で招集を受けて前線にやられました。号令一つでどう動くべきかを集団で教えられたそうです。年令はまだ十八、九ぐらいだったか。上官から足の運びが悪いと、頭や顔を殴られ、走るのが遅いと銃で殴られる。蹴られる。楽しいことは一つもなかったそうです。眠るときに、怒られ仲間と一緒に「早く故郷へ戻りたい、おいしいものを食べたい、両親に会いたい」 と泣いたそうです。日本の国のために戦うという意識よりも、理由なく殴ってくる上官と一緒に生死を共にしたくなかったと思うのは当たり前です。今でこそ言える話でしょうけど。
人間の感情は正直に言えば、えてしてそんなものでしょう。戦争はお国のためにやる。軍隊に所属するのは男子の務め。でも理由なく殴られるのには我慢ならぬというわけです。どうしてやり返せないのですかと聞くと、上官に反抗すると国に反抗するのと一緒で撃たれてしまう、という返答。つまり戦争中の思考であったわけです。そりゃ上官、やりたい放題でしょう。
Cさんの話が、毎度そういう殴られっぱなしの話だったので、私はある時、別の話はないのか? と聞きました。
Cさんは驚いていました。ちょっと無言で考えたあと、海が近かったので順番に見張りをたてて魚を取った話をしてくれました。その時の収穫が大量だった。いつ銃弾が飛んでくるかわからない状態で本当に命がけの漁だったようです。
「あの魚はうまかった。みんなうまい、うまいと、かぶりついていた」
私⇒「その憎たらしい上官も一緒ですか?」
「そうだな、思いだした。上官も込みで皆で食べた。見張りをたてて順番に座って……でもお腹がすきすぎていたので、もういつ死んでもいいからと食べたな」
まだ二十歳前後の若い人たちである。空腹に耐えかねていつ銃弾が飛んでくる状態で漁ができたのかと驚いたのですが、そのあとまた殴られる話に戻りました。私はもう順番に並んで殴られるのを待っている話はいいですよ、海の話が聞きたいなといってその海の青さと蒸し暑さに倒れそうになった話など聞きました。Cさんはいつものように殴られた話を相当したかった? らしく、話の腰を折りまくって逆質問をした私のことを「変わったコだ」 と言っていたらしいです。でもCさんを電車で一緒になると軍隊の話になるからと敬遠していた人もいたので、お互いさまだと思います。
この時の集団いじめは逆らえない相手に対しての暴力いじめですが、上官のストレス解消に使われたわけです。殴った相手だって感情があるのは知っていても、逆らえないだろうという心理があったわけです。見下げ心理ですね。殴った相手が憎いわけでもない、軽蔑しているわけでもない。敵地にいて敵にいつ殺されるかわからない状態なのに、闘う以前に気に入らない部下を殴るという状態。
戦前、つまり軍隊に入れと強制的に招集される前は、ごく普通の会社員や調理人、店員や自営業であったりの人間がそんなふうに変わっちゃう。人の心理は環境で左右されるが、やはり殴る相手にされた側にとっては憎い対象になります。一生涯あいつを許さないぞ、と。
上の話はやられっぱなしのままです。ですが、別件でその状態から逆襲した話もしてみます。警察官の新人研修での話。警察組織に入ろうとする人間は全員、集団行動で研修をしないといけません。泊まり込みです。その中で上官ならぬ指導官にいじめられた新人Dの話。高校を卒業したばかりの女のコ。顔つきと態度がでかいと目をつけられたそうです。その指導官も女性。あなたはだめね、と言葉を出すネチネチ系のいじめだったらしい。しかしDは耐える女ではなかった。
実はDは中学校から大勢の女性オンリーにもまれ、高校二年生からは部員四十人超を束ねる球技の部長をしていました。女同士の揉め事の面倒さも知っている。
立場上、頭を下げて黙って聞いているが、他にも必ず反感を持つ仲間は出てくる。Dは仲間二人を誘って仕返しをしたそうです。もう警察官にならんでもええわ、と研修も何もかも辞める気で。
研修ですので上官だって同じ官舎に泊まっています。Dたちは上官が一人になるトイレタイムを狙い計画をたてました。同僚たちにも「あいつに仕返しするから」 と根回しをする。上官は普段から一言多い女だったらしく、「やったれ」 と言われたそうです。
トイレに入った瞬間、Dは絶対にトイレから出れないように出口を押え、ホースを取り出して個室めがけて水を放出した。上官は驚いて悲鳴をあげる。鬼の形相で水を出し続けるD、それを援助する仲間、廊下の奥の各個室で静かにしている新人子羊たち。
Dは上官に言われた態度がでかいとはどういうことか、そんなことでどうしてDの人格否定につながるのかということもこんこんと聞きました。返事がないと水をかける。納得いかないことを追及するDと仲間たち。上官はとうとう謝罪し、二度としませんと言ったそうです。
結末としてDたちはクビにもならず無事警察官になりました。
この件は、さきほどのCさんのように戦時の国外の海ではないので、退職覚悟で逆襲できます。逃げ道が退職だというわけです。なんといっても命には別条ないですからね。だから反撃できた。仲間もいた。こうなったら強いです。
言葉のいじめだって、もうやめさせよう、どうなってもいいからと思えば立場が逆転するって話です。逃げ道がない場合はまた別の話になります。余談ですが殴るいじめでも言葉いじめでも同罪だと思っています。流血なしのいじめだって犯罪です。心だって血を流す。
◎◎◎ 第六話まとめ ⇒ 組織間のいじめでも逆襲はできるが、その背景と協力者の有無、退職や退学など退路確保の有無による。 ◎◎◎