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第三話・ユニークフェイス

 次に私の小学校の話。私は九才の時に病気をしまして一時学校を休んで一時間以上かけて大きな病院に毎日通院していました。注射を打ってもらいに行っていました。奇妙な匂いのする薄い黄色の液体でこれで病気がよくなると思っていました。登校しない間に年度が替わり友達が一人もいなくなり、新しく友人も作れないという経験をしました。

 話が続きますが新しいクラスになじめない私はある時、「△」 と言われているのに気付きました。アニメの△です。現在でも人気のかわいいキャラクターですが、私の場合はちょっと嘲笑が入っています。若い読者さんは、しもぶくれってわかりますか? これも死語かもしれませんが、顔半分が膨れたように見えている顔の形状をいいます。漢字で書くと「下膨れ」 になります。

 それは当時のテレビで放映されていた「△」 になぞらえて呼ばれていたのです。私が人気者だからではなく、かわいいからでもなく、単なるビジュアル面での嘲笑で大変ショックを受けました。△の番組は楽しみで見ていたのですが嫌いになりました。せめて△の恋人の「○」 というニックネームだったらうれしかったかも。○は可愛くて優しい女の子のイメージがあったので。


 後年、私は医療従事者になり、ツテを頼って当時の病院のカルテのコピーを入手することができました。子ども心に例の注射が効いてないと思っていたからです。あれは一体何の薬だろうかと。何のために学校を休んでまで治療を受けたのかと。

 当時のカルテは紙製で、先生の汚い手書きの文字が並んでいました。薄い黄色の注射液の正体は、抗菌剤とビタミンB1が入っていました。それであの匂いだったのかーとわかりました。そしてステロイドも入っていました。ステロイドは副腎皮質ホルモンの一種で、当時の医療では万能薬で炎症反応が見られれば猫も杓子もステロイド、といった処方をされていました。確かに期待する病気を治す薬ではありましたが、いろいろな副作用もまた報告されています。私はつまり顔が丸くなるムーンフェイスであったというわけです。多血や多毛まではいかず、顔もマンマルとはいえてないので、ステロイドの副作用としてはごく軽い方です。幼い私はそれでもクラスメートにからかわれていたわけです。また私はある系統の抗菌剤がダメなのですが、効果が見られないのにその系統の抗菌剤が漫然と多用されており、それで抗菌剤アレルギーがあるのだと思っています。

 母は医療に疎くまた当時の医師はステロイドの副作用についての説明はしなかったらしく、私が当時のカルテのコピーと写真などを見せて説明すると驚いていました。


 つまり私は子どもたちからみて、私はプチユニークフェイスであったわけです。ユニークフェイスというのは、大多数の人間のように見慣れた顔の形状をしてないことをソフトに言い換えたものです。架空の症例をあげると、目が三つある人や顔半分が鳥の羽根で覆われているなどはユニークフェイスという言い方ができます。

 めったに見かけない容貌の人を見かけると振り返って見てしまうのは結構ある話ですが、ある程度は仕方がないでしょう。容貌を嗤われる側からすると、その事実を受け入れするしかありません。

 ついでに書きますが私は小中高学校の写真は二十代の頃に自身の手で捨ててしまっています。当時のその顔が嫌いというよりも、言い返せず黙って俯いているしかなかった自身が嫌いなのです。マジでいい思い出がありませんのでクラスメートと微妙な距離がある集合写真など私には不要です。

 例の△と△一族のキャラクターはかわいいですが、年を取った今でもなお街中で見かけると、とても複雑な気分になります。△に関するキャラクターものを買ったことはないし、子どもたちにも買い与えたことはありません。

 大人になってから某発表会の楽屋の時間つぶしで、「子供の時のあだ名はなにか、なんと呼ばれていたか」 という話になったことがあります。あだ名というのは現在ではニックネームという意味です。私にはあだ名なんてありませんでした。仕方なく△と呼ばれていた話をすると、「まあ、かわいい。人気者だったのですね」 と無邪気に言われました。私は「いいぇ全然……」 と返して打ち切ったことがあります。その前後の会話で母親につけられた名前が気に入らない人が一人いて、その人も話の後に暗い顔をしていたのも覚えています。ほんとうっかり過去話をすると、何がほじくられるやら、です。華やかなお衣装を身に纏いつつ、その人と私だけが思い出したくない思い出を反芻していたはずです。




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 昔はわりとビジュアル面からくるニックネームが多かったように思います。小説や絵本でも。チビとかのっぽ、びっこ、メガネなどという言葉も普通に呼び捨てで使われていました。

 もう一つビジュアル面での思い出話を書きます。

 クラスメートに皮膚疾患が全身にある男子がいまして、それだけで嫌われていました。大変に理不尽なことで今でもかわいそうに思います。(病名はわかりますが、私が書くことで同病の人とその親御さんが悲しむかもしれないので書きません)体育の授業で彼と手をつないだ女子は私だけだったかと思います。眉毛が湿疹に覆われ目がくぼんでまぶたが落ちたように見える外観で、私も最初は話しかけるのが怖かったです。しかし体育の時間をきっかけに恐々と話してみますと、とても優しい動物をかわいがるコでした。己の外観が人から嫌われるものと自覚していて、そのコからは一切話しかけられることはありませんでした。小学生にして外観からいじめを受けることは、先行く人生の厳しさを感じることになると思います。また「普通」 って一体何だろうと幼心に自問すると思います。

 もう一人、嫌われているというより、避けられていたコがいました。これはビジュアル面ではありません。環境面です。孤児院のコと呼ばれていた男子がいて、そういう家庭環境だということだけで話しかけられないということがありました。昔は一人親家庭や、離婚家庭、母親が外で夜まで働くことは自営業以外では蔑視されていました。ましてやその子は帰る家がないというのです。だから余計に蔑視されていた。現在では考えられないことです。

 というわけで△の私と「オバケ」 と言われていた皮膚疾患のコ、孤児院のコ……クラスのはみ出し者同志、時折日当たりの悪いウサギ小屋の前で、言葉もかわさずなんとなく過ごしていたことを思い出します。人間は外見だけじゃないということを自得した小学校時代でした。 

 私は一緒にウサギの話をしていた男の子の顔も名前も覚えていません。私よりひどいユニークフェイスであったその男の子の手をつないだ時のざらりとした触感や赤い目もおぼろげにしか思いだせません。それなのに私のことを「△みたい、おかしい」 と笑った人たちのことは鮮明に覚えている。いじめとはこんな些細な事からくるものです。



 ◎◎◎ 第三話のまとめ ⇒ 外見や環境で嘲笑してくる人の存在も認めるしかありません。嘲笑される側からしたらその事実を受け入れるしかない。人の心は変えようがないので、そういうものだと割り切るしかない。天変地異がない限り空や海が青いのと同じで、仕方のない事実だと思います。 ◎◎◎



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