第十四話・誰でも昔はみんな、新人
あるグループに新人が入ってきたとします。文字通り「新しい、人」 が新人。
新人は、学生ならばクラブ活動での新入生であったり、社会人であれば職場であったり。そして家族以上に同じ時間と空間を共にする仲間になります。たいていの新人は新しい環境にドキドキします。楽しみでもあり、怖くもある。不安でもある。そして新しい世界と仲間の中へ飛び込む。
やがて新人も成長する。社会人としての新人であれば周囲とも仲良くして仕事もおもしろい、勤務先も業績が伸びるし給料もあがる。恋人ができて、職場結婚もして出世もして……こういうラッキーな人もいる。
一方、新人を迎え入れる側も、ここが気にいってくれたらいいな、居心地がよかったらいいな、親しくなれたらいいなと思います。
しかし!
その中でも悪意ある人が混ざっていたりします。これはもう「運」 でしかない。そう、新人いびりで追い出してやろうって手ぐすね引く人も……いるのです。つまり新しい仲間として新人を育て仲良くしましょうではなく、ストレス解消や手駒や使い物にならぬと見れば辞めるまで嫌がらせをしてやろうって人種も存在する。
新人にとってはこれからの新しい環境がどうなるかわかりません。いざその環境に入ってなじむかどうかは誰にもわかりません。新人が扱いに納得いかず「いじめ」 だと感じたらそれは「いじめ」 になると思います。上司が判断したらほぼ断定に近い。でも新人は上司にはなかなか言えなかったりします。仕事と無関係の個人でどうしようもないことを言われたら「いじめ」 確定です。新人へ向ける悪意を制御できない時点で敵は幼稚な人格だと確定して間違いないかと思います。
先輩方は誰だって新人の時代はある。それを覚えていれば、新人は最初は戦力にならないけれど、育つと思って時間をさいて教えるのが普通です。時には良かれと思って新人のために厳しいことも言う。その場合、新人は涙を流すことはあっても、いつか私のために言ってくれたと感謝する時がきます。逆にあの時の先輩の注意は単なるストレス解消だな、私のためにではなく、自分が言いたいだけだったと悟るときもきます。人間は常に成長できる生き物なので、そういうことにも知恵はつく。
過去に先輩にいじめられていたから、私もいじめるという人もいます。姑から嫁いびりをされていたから、私も嫁いびりをする権利がある、そういう人もいます。子どもの頃は先生にいじめられたから私も先生になったら気にいらない教え子をいじめるといった人も。実際にある話です。
なんとなく気にくわない。という理由なき理由でいじめる人も、「いじめる人がおかしい」 。
それらの理由が新人いじめを正当化した場合、その人は大変に幼稚な人格です。職場の先輩に精神的なことで追い詰められて鬱になった人の話を職務で何度か聞いています。病気になるほど追い詰められるのはその人の性格が弱いからという断定はかわいそうです。まじめで素直に受け入れてしまい、できるだけ上司や先輩に気に入られたいという思いと本来の「私はもっと普通に扱われるべき、楽しく過ごすべきだ」 という想いに食い違いができるせいもあると思っています。
表面上に出てくる不眠や鬱症状は薬である程度は押えられても根本的に環境と思考をかえないと治らないな、と思うことは多い。しかしそれを決めるのは患者さん本人です。
いじめられてきた経験有の私からアドバイスできるとしたら、その環境から逃げろとしかいうしかないです。環境は変えたらよいとはいうものの、いじめられる側からしたら無理な話です。人を病気にするほど攻撃する人の性格はどうにもならないし、病的であっても受診することはないから。
私の場合も逃げろって言われても逃げられないので精神的に他の世界に逃げました。よくある話で参考にならぬかもしれませんけれど。
そう……小中高時代の私の場合の逃げ道は「読書」 でした。単純につるんで他人の気に入らないことで話が盛り上がっている人たちよりも、私の方が別のいろいろな世界を知っていると思うことで心のバランスを保っていました。
推理小説もまたかたはしから読んで、完全犯罪のやり方を本気で考えていました。いじめてくる人たちよりも、私の方が数倍危険人物であったと思います。だって「私をバカにするクラスメートの殺人方法を考えていた」 からです。
誰にも他人の心の中は見えぬ。私は外見上は図書室で静かに本を読んでいました。私のように、いじめ、いびり、といえる例は、まだ読書以外にも逃げ道があるはずです。憎い相手の殺人方法でも考えるだけでは罪にはならない。そしてストレス解消にはなります。私のように暴力沙汰がない場合は心はなんとでもなる。どうか早まらないでくださいと私は言いたいです。
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新人に問題があった逆パターンも書いておきます。迎え入れる側が新人によって困る時もある。
これも最初、外側からだとわからない。新人側にメンタル的な面で問題がある。飛び込んだ世界つまり新人を迎え入れた側を当惑させる行動を起こす。ひどい場合は目に見える不利益や損害を与えます。そういう新人は間違いなく「他人への気遣いが欠落しています」 。成績だけで判断すると優秀だが、実際に一緒に過ごしてわかる痂疲というか。なによりも本人に悪気がないというところも、正直困ったところです。反応が過敏で迎える側の言う忠告や助言が理解できず険悪な雰囲気になったりします。病的な行動を取る人は仕事もしくは学業を一時休んで医療機関へどうぞ、といいたいところですが、なかなかそうは言えぬものです。
かように期待の新人から「いるだけで困る新人」 への変貌を遂げる場合も稀にある。これも複雑な人間社会で整合が取れぬ人間が排除されるあだ花でもありますが、適材適所という言葉があるとおり、間違った場所にいる場合は、その人を責めて排除するよりも、その人のために導いて見守る、というのも受け入れる側にとって徳を積むことになるかとは思います。なかなか我慢のいることですが、そういう人は恐らくその我慢も理解できぬ人です。しかしそういう人でも何か一つは驚くべき特技があるはず……と思う。
私は一度だけですがそういう新人困ったちゃんタイプの人に会ったことがあります。正確には新人ではなく、研修生さんでした。私が研修生担当になった時期の話。その子は短期間だったので助かりました。初々しさのカケラもない口ぶりや言い回しをするコです。それでも悪気が一切なかったのが衝撃(その一)でした。
「それをまとめて輪ゴムで止める仕事に一体どういう意義があるのか」
「白衣ってみっともなくないですか? モサい」
「仕事はつまらなさそう、やりたくない」
一切悪気がなかったのですが、先輩は避けていました。私も正直不快でしたが、恐らく生育面での精神的な環境が悪かったのだろうと推測しています。状況を見ないで思考をそのまま口に出すのは、幼すぎる。小さい子どもだとかわいいですが、大学生ならば問題です。
まあ、これは個人攻撃ではなくその場限りの不足や不満を研修生の身分でああだのこうだのいっていたので短いつきあいだし適当にかわしておりました。その子の問題は口さきだけで成績はよかったので、ロッカーの中で「あなたは研修の単位はあげられるけど、チームワークを求められる仕事は難しい。マイペースで勤務できるところがいいと思うよ」 と助言したことがあります。「ふんっ」 て横向かれましたのでそのまま肩をすくめて私もかかわらないようにしました。人から避けられる理由がわかってないというのが、これも衝撃(その二)でした。実験が好きといっていたので多分卒業後は病院には行ってない。しかし、その性格では生きづらいことは確かで今頃どうしているかなって思います。
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ちょっと時計をまたまた戻します。
今度は私の新人時代の思い出話です。一部の人から排除されそうになった話でもあります。でも先の研修生のように私は他人を不快にさせたりはしていませんよ。念のため。
私はわりと大きな病院に就職できたのですが、先輩方となかなかなじめなかった。先の研修生とは逆で、いるかいないかわからないコと言われました。頼りなさそうとも婦長さんに言われたりしました。昔は私、今よりももっと細かったですし小さいですし余計に目立たなかったのでしょうね。
当時の私に近い年で前年に入職した二人の先輩がいました。上司からわからぬことは彼女たちに聞くように言われていましたが、二人とも教えてくれない。元から仲良しだったでしょうが、「私が入職したことで余計に仲良しになった」 のかと思うぐらい。
それから非常勤の一つ、もしくは二つ年上の男女先輩も微妙な態度。
でも新人は教えてもらわないとわからない。そして私は覚えがすごく悪い。人の顔を覚えるのも苦手で誰とでも笑顔で話せない。当時は私みたいなのは、根暗と言われていました。ねくら、と読みます。これも死語でしょうが……それでも努力はしました。気にいってもらえる後輩ではなく、仕事ができる人を目指しました。ノートとペンを手放さず、先輩の仕事ぶりを見ていちいちメモっていました。人間関係の構築の努力を私は小学生時代から放棄しているようなところがあるので、例の二人組や非常勤の先輩とも、朝夕のあいさつだけはかかさず、でも会話に入らずを貫きました。せっかく念願のところに就職できたのだから仕事を頑張ろうって思っていました。そのうちに私は局長に呼ばれました。
「Gさんには注意をしましたから気にしないように」
「Gさんって……あのGさんですよね……なんのことですか……」
「知らんのか? はははっ」
Gさんは年上の非常勤先輩です。なぜGさんの名前が局長の口から出るのか?
局長は笑い終わると、私にこの職場をどう思っているか、私の仕事観を聞かれました。私も過去の持病などいろいろと話をしました。局長は「Gさんは単なるパートだ。君が常勤だよ、もっとしっかりするように」 とおっしゃいました。私の方が年下で非常勤で年上の先輩に委縮していたところがありましたので、それをいっていると思っていました。
その後、私は四才年上の先輩から詳細を聞かされました。そこではじめて一つ年上の非常勤のGさんが私のことを中傷していたのを知りました。
「Gさんは、なんであんな子がうちに来たのか。あれは相当強い縁故だろう。仕事も全然できないし気が利かないし。あんなのが受かってこちらに来るなんて不条理だと言っていたのよ」
他の先輩局員が頷いたことで、縁故採用者だと確定になったようです。Gさんは採用試験を私と同じく受けたが落ちて、仕事のできない私が採用されていたのが憎かったのでしょう。それが局長の耳に入り、Gさんに注意したようです。Gさんから無視をされていたのは知っていますが、Gさん自身非常勤だったので勤務時間も短いし、私はそういうことになっていたことに私自身気づいていませんでした。
「局長はあなたを縁故採用ではなく、採用試験でトップだった。男女一人ずつ新規採用されたが、局長は男性の方を取りたがった。でも成績では女性の方がトップと聞いてあなたにしたそうよ」
それも知らなかった。私は面接で失敗したと思っていたので、成績重視をしていただいてよかったです。(私は俗にいうアレです。紙テストで決まる成績だけは良いが、性格が根暗、地味、コミュ障ってやつです。先に書いた研修生とはまた違ったタイプの困ったさんだったと思う)
私はそのGさんに無視をされていても陰口をきかれても平気だった。というよりも小学校時代でそういうタイプだと反撃しようとしても逆にあわせようとしてもこびへつらっても自分のためにならぬことは経験上わかっている。反感をもたれると黙っているのが一番いい方法に思える。もちろん人によって違うだろうけど、私の場合はそうだった。いちいち納得できないと思っていると精神がやられる。すでに筋金入りのいじめられっ子だった私はそう感じて毎日を過ごしていました。仕事ができるようになることが最優先でGさんのことなんか眼中になかったです。
そのGさんは翌年もう一度職場試験に挑戦したが不合格で結局民間の病院に行きました。狭い業界故、消息は聞ける。先日数十年ぶりに某学会で会ったが、あちらも私に気づいても無視。私もあちらに気づいても無視。感情交流がまったくなかった場合、言葉をかけるだけ人生の無駄遣いだとお互いが思っている。だからもうそれでよい。
ずっと同じ先輩で先輩同士二人仲良く、仲が良すぎて私を仲間に入れないというか、私が聞いても教えてくれないと思っていた先輩は、別の先輩からいさめられて態度が改まった。その二人のうち一人は結婚退職、もう一人はまだ元気で頑張っている。異動もある職場はいずれ別々になるよ。あの頃のように私たち仲良し~といってもね……人生はそれぞれの個人のモノでずっと一緒にいられて仲良く仕事して、というのは幻想にすぎない。
私は一切新人いびりはしない。現在の職場では皆仲良く新人が来たら不安がないようにする。現局長も新人いびりなどそういうのは嫌い。だから今の職場には満足している。
◎◎◎ 第十四話のまとめ 新人いびりをする人の心理を分析してみましょう。新人のうちにしか味わえない感情をとっくり味わったら、最低限おなじことをしないようにしましょう ◎◎◎