第十二話・女にしかわからぬ常時和風着物系女の恐ろしいところ
女同士のトラブルは表立ってはあまりなく、陰湿なイメージがありますがその通りだと思います。男性ならば拳でなぐりあってあとでそのケンカが友情の芽生えになったとかはあるのかもしれませんが……私は女性でほぼ女性ばかりの社会で生きていたので、本当にイヤというほど女同士のヤラシさが書けます。
一番よくわかりやすいのが和風系の熟女、といえばイメージが伝わるでしょうか……?
学生の時、華道部だったのですが、講師の先生は生粋の京都生まれの人でした。茶道部も教えられていました。いつでも着物で豊かな髪を高く結いあげたいかにも和風の達人という感じ。和モノにあこがれていた私は最初は喜んでいました。でもいつも着物を凛と着こなしている先生がネチコイというか、良家の奥様風なのに、若い私を含めてご機嫌を損じると学生につらくあたる。それがそこがダメだから、こうするように、ではないやり方なのです。
黙って作法を何度もやり直しさせる。最初のお辞儀だけ何度もやらせる。教えるわけでもない。まわりには人がいますが、お手本を見せるようになどは一切言わない、「やり直しなさい」 だけです。
「やり直しなさい」
「やり直し」
「もう一度」
「やり直し」
とこんな感じ……怖いですよ。皆もそういってました。作法にうるさいのはいいですが、変な意味で、さすが生粋の京女は違うなあ、と感じ入りました。私はボッチ系読書女だったので、いろいろなエッセイで読んだ京都の女性のイメージが混在して、当たってると思いました。
私が過去経験してきた軽蔑系、表情系、バーカ、ブース系言葉いじめとはまた違って上級ランク系いじめ、というか……適切な言葉を無理やりに探し出すと上質な「いびり」 ですね。指導という名前のイケずだと今でも思います、
私を含めた生徒たちのためを思っての教えでしょうが、家でも正式な作法も知らぬ生徒の扱いにさぞや講師も手を焼いていたのだと思います。冒頭の文句は、最初のあいさつがなってなかったからでしょう。
入部した時に先輩から教えてもらったその講師の有名な逸話があります。講師の機嫌が悪い時は最初の正座してのお辞儀ばかり。お茶も華も何も教えず延々とお辞儀だけさせる。ある生徒が泣きだしても最後まで「やり直しなさい」 だったことがあるそうです。
その講師の態度は「表立っては言いませんが、私は貴女の動作を許しませんよ」 ってことです。ならば、はっきり言えばいいのに、純和風京女すげえコワイ、と思いました。
その稽古でやめる生徒はやめました。表面上は、生徒自らやめた、という形ですが内部にいた私たちから見ると「やめさせられた」 です。そういうわけで私ははっきりとモノ言わないでも、我を通す京女や常時着物和風系熟女だけは敵に回したくないです。友達にはなれたら有り難いけど、無教養な庶民育ちの私ではあちらも近づいてこないと思う。
怒らせるとこうなるが、なんとなく懐かしい気分でいます。私たち生徒、弟子が憎くてそうしたのではないとわかっていますので。気分屋だったとは思ってます。
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華道の稽古で例の講師が私の斜め後ろに座られて、花を活けているのをじっと見つめられる。怒ると言葉で怒らずにイケズされるいう印象があったのでちょっと怖い。でも教えられる分にはていねいで私みたいな超初心者相手でもきちんと正座して、鋏を持つ手も袖を控えめにそっと抑えて花に着物の袖がかからぬようにする。すべての動作が和風で美しく、見とれていたのを覚えています。日本女性の鏡ですね。
教養のある男性はこういう女性にあこがれるのではないかと思いました。それが茶道部でのあの伝説のイケズをするのですから……。さすがに私も講師を怒らせたくなく、私なりに講師を慕って伝統の華道を教えていただこうというスタンスで接していました。
やがて日がたって、華道の展示会がありました。
私はまだお免状をいただいてなく、ほぼ先生が活けてくださった花を披露しました。一応自分だけで活けたものは、首を振って全部剣山からして根元から引っこ抜かれました。葉っぱまで丁寧にむしられて、講師の手で活けられました。それを私の名前で展示する。材料の花の一本ぐらいは私が活けたまま残してほしかったのですが、講師の目から見てダメだったのでしょう。もう仕方がないと思っています。華道には才能がなく、ほめていただいたことは一度もないです。
でも座って花をみて、立ってからも見て。鉢を回してどの方向からでも活けた花がどう見えるかを丁寧な動作と言葉で教えていただきました。それは今でも生きていて感謝しています。
で、その時に私は、またその講師のイケズを見てしまいました。相手は先輩のIさん。Iさんもまた美人で優しい性格で私はあこがれていました。Iさんは、お作法にのっとっていながらに斬新な活け方をしました。今も覚えていますが細長い剣山を使い、後ろの背景たる花を一列にしたやり方。
たまたま隣にいた私はIさんに「とても綺麗です」 と感心したように言いました。Iさんはにっこりしました。そこへ講師がそっとIさんの後ろに正座します。Iさんは、ななめに下がり、講師に一礼します。
講師は首を振りました。Iさんの顔が曇りました。お免状所持者には、ダメポイントをおっしゃらぬ教え方です。
「やり直し」
昔風というか、講師もそうやって教えられていたと推察します。Iさんは花を全部引っこ抜いてやり直しをしました。今度は古風な先生の普段おっしゃっているお作法にのっとった無難な活け方です。私は前の方がいいなあ、と思いました。
「やり直しです」
Iさんは何度もやり直ししました。そのうちに私たち初心者の作品もできあがり、展示場に持っていきます。最後に残ったIさんは、段々と無難に、講師にこびるような個性もない活け方になってきました。そしてダメ出しをまた受けた後、Iさんは目を伏せて講師にお辞儀をしました。
「申し訳ありません、わかりません。どうか教えてください」
そのお作法でよかったのでしょう。講師は軽く頷くと花をひっこぬいて器も剣山も変え、最初から活けなおしました。流派から逸脱したように見える活け方は、講師の名前がついた展示会である以上、冒険は認めがたいという意思だったと思います。
でもそれを言わないでやり直しをさせる……そのへんがとてもコワいです。実際に私は隣にいたので、へたな恐怖小説よりも見ごたえのあるものを見たという感じでした。
Iさんはお免状をいただいた以上、外部で展示する分にはそうでも、家では好きなように活けて飾っておられていると思います。昔風の徒弟制度の名残を垣間見ることができてこれまた貴重な体験をしました。
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社会人となりました。職場の先輩には日本古来の伝統を幼いころからお稽古として習っていた人がいました。某道とします。総仕上げということで「教授」 の看板が欲しいと思って先生を通じて家元に願いをしました。
巷の生徒では数十年歴の生徒であっても、家元には直に会えずやはり先生通じてということらしいです。家元は雲の上という感じで、そのあたりは凄い世界だなあと思います。先輩は現金で三桁万円と、粗品を持ってまず先生にご挨拶に伺ったそうです。
ところが半年たっても、家元からの沙汰がない。取り次いでくれたはずの先生は普通に稽古をつづける。私にはそのあたりがわからぬのですが、生徒の立場から「あの件はどうなっていますか」 と問うのはみっともないという意識があるようです。はしたない、行儀が悪いという意味か。そして先生を辱めてはならぬという意識。そのあたりは和風の徒弟制度の不思議さです。それでも先輩は心配していました。
「ねえ、おかしいよね?」
というので、私ははっきり言いました。
「あ~私は育ちが悪いので言えますよ♡ もし私が先輩だったら、もしかしてあの三桁万円は家元に届けずネコババしたんですか? って言いますよ。先輩もそうしたら?」
先輩は目を丸くして急いで首を振りました。なので私はさらに言いました。
「先生に言いにくいなら、弁護士に依頼したらどうですか」
先輩はさらに激しく首を振りました。私に言ったことを後悔していたと思います。それからどうなったかは異動になったので知りません。
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着物に超詳しいひとは尊敬に値しますが、イケズも多いので私は怖いです。ついでにその話も。冠婚葬祭などで着物を着ることがあります。花嫁の友人が亡くなった祖母の思い出の着物をお色直しで着た時に、いちゃもんをつけた人がいて、大変に怒っていたことがあります。豪華な振袖だったと記憶していたのですが、一体どこがいけなかったのだろうか……。
私は着物の着付けで見知らぬ人から「帯をこうすればもっとよくなるので、私が直してあげましょうか」 と言われたことがあります。ちゃんと美容師さんにしていただいた着付けです、とお礼を言いつつも即断りました。トイレの中での話で、まわりに人がいなかったのでそれなりに気をつかってよかれと思って言ってくださったのでしょうが余計なお世話です。友人はほどほどに混んでいる電車の中でそれをやられました。着付け師にやってもらってので、これでいいはずと直さなかったら、やおら襟の合わせ部分に手を入れられて勝手にやられたそうです。信じられないですが、着物着付けに関しては通りすがりの赤の他人であっても我を通す人が多いのかと思います。
ましてや着物の達人同士の反目があれば、人目にたつケンカはないでしょう。その代わりに凄い和風知識の披露と芸道の奥義に関する皮肉毒舌がていねいな言葉遣いでの掛け合いになるのではないかと思います。扇を少しだけ開いて笑顔つきで……目だけ威嚇するという……やっぱりコワイ……やっぱり和風芸事の世界は無教養な私にはちょっと近寄りがたいです。
◎◎◎ 第十二話・常時和風着物系女は、着こなしが上手で着付けもきちんとしてお作法も完璧であるほど、敵にまわしたくないです。お作法を知らぬ庶民育ち相手用の上級イケズをされそう。 ◎◎◎