表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

干し肉☆くえすと~ペガサス桜肉編~

作者: みうポルン
掲載日:2017/04/19

 気が付けば、彼女はそこに横たわっていた。どうやら気を失っていたらしい、以前の記憶を思い出そうとするが、直近の記憶はなく、あるのは彼女が力を求めて家出をしたところまでであった。


 彼女は名家の長女として生を受けた。しかし代々受け継がれてきた『(せい)(せん)術』を使うことができず、出来損ないの烙印を押されてきたのである。それに耐えられなくなった彼女は星仙術の祖となる先祖が書いた本を片手に、そこに記述されていたニクの森へ向かったというわけだ。


 それから彼女は今いる場所を見渡した。天井は高いがはるか上では葉が生い茂り、今が昼なのか夜なのか分からない程の暗さ。樹齢何百年くらいかの巨木が暗闇の先まで林立している。その幹にはうっすらと光る苔がこびりついており、そこに群がる蛾が気味の悪い文様を羽に浮かび上がらせている。座り込んだ彼女の手の上を、草色に偽装した大きな芋虫が這っていた。


 彼女は勢いよく芋虫を草陰に投げ込むと、立ち上がって手の甲を幹に擦り付けた。


 人の手が入っていないような森の中。彼女はこの場所がニクの森だと確信した。ヒールのついた靴で歩いてこられる距離といえば彼女の家の領地内であり、絶対に人が立ち入ってはいけない不可侵であるこの森しかないからだ。着の身のまま飛び出してきたので真っ白だったワンピースは木の枝か何かで裂け、ヒールは片方が取れかけていた。


 現状を確認すれば、今度はお腹が音を立てる。そうだ、自分はお腹がすいてここに倒れていたのだったと気が付いた彼女は、とにかく水源を求めて歩き出した。




 どれだけさ迷っただろうか。既にどこから来たのか、それを知るすべは彼女にはない。星仙術があれば現在の位置を認識することができるのだろうが、それを求めてこうして迷っているのだから元も子もないだろう。ヒールが外れ、裸足で歩いている彼女はもう限界であった。鳴りやまぬ腹の虫、特に傷ついた足の裏は一歩ごとに痛みを脳内に送り込み、彼女の顔は泣きそうになっていた。


 死ぬ覚悟を決めたのだと自分の頬を強く叩き、じっと前方を睨んだ彼女は向こう側に光るものを発見する。光る苔にしては反射率の高いこと。それらが一か所に固まってキラキラとしているさまを見て、フラフラと足を持っていかれてしまったのは、もう脳が判断力を失っていたためであろう。


 かくして、光源へたどり着いた彼女は一気に視界を真っ白に染め上げられ、目を細くした。しばらくして目を開けると、そこは森が途切れ、何の弊害もなく日の光が差し込んだのを、てらてらと反射する湖があった。


 残された力を振り絞って湖に駆け込んだ彼女は真っ先に顔を水につけ、がぶがぶと水分を補給する。続いて患部の血や汚れを洗い流し、身を清めた彼女は水面に己の顔を写した。全てに絶望したような酷い顔を見て、思わず笑ってしまう。そんな自分もまたおかしくて、そのままげらげらと笑っていると、湖の奥の、森から気配がした。身構えて護身用の短剣に手を添える彼女だったが、この森においてナイフ一本だけで立ち向かえる存在などありはしないと思い至り、戦うことをあきらめる。それでも音のする方をずっと見ていると、そこから出てきたのは、


「……ペガサス?」


 白馬よりも白く、周りに精霊を従わせるペガサスであった。額に生えた角がこちらを向き、背に生えた翼が感情を表すかのようにバサバサとはためかせていた。手に持つ本に書かれていたペガサスが本当に実在したことに驚く彼女は、ペガサスがこちらへやってくるのをただ茫然と見ていることしかできなかった。


 その歩みを緩めることなく、やがて湖の畔へ近づいたペガサスはそのまま水の中に足を踏み入れるかと思いきや、足元は水面に波紋を広げるだけで、水中に足が埋まることがなかった。


 透明な床を歩くようにして静かに歩くペガサス。それはまるで過去星仙術に存在した水蜘蛛の術のようであった。


 何事もなく湖を渡り切ったペガサスは、彼女の前に立ち止まった。翼をばっさばっさとはためかせ、心なしか鼻息がめっちゃ荒い気がする。そこで彼女は本に『ペガサスは処女を好む』とあったのを思い出した。思わず身を抱きしめ、一歩後ずさる。抱きしめたことでさらに強調された彼女の胸を見たペガサスはひときわ大きく鼻息を出すと、更に近寄る。


「や、やめて。近づかないで」


 そうは言うがその声が聞こえているのか、はたまた聞こえないふりをしているのか、どんどんと距離を寄せていくペガサスはついに鼻息が彼女の頬にかかるくらいまで近寄った。これから自分はどうなってしまうのかと、彼女はごくりと唾をのむ。さあ次のペガサスの行動は、となったとき、急に目の前にいたペガサスが消えた。否、頭だけが消えた。


 数瞬遅れて噴き出す赤い液体が、そばにいた彼女の体を真っ赤に染め上げた。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なんなの? 何が起きたのっ?」


 顔に付いた血液を何とか拭うが、何が起きたのか分からず戸惑い続ける。


「いゃー、助かったよ。ありがとう囮になってくれて。ペガサスは男の前には姿を現さないからなぁ」


 目を白黒させている彼女の前に、そいつは突如として現れた。普通の村人の恰好をした青年が腕を前に出したまま、こちらへ笑いかけてくる。ペガサスを殺したのはこいつで間違いないだろうと彼女は考えた。


「ん? にしても君全身真っ赤っかだね? トメィトゥファッションかい? 近頃の流行は僕には全く分からないよ」


「あ、あなたがこんな風にしたんでしょ!」


「まじか、僕にはファッションセンスがあったというのか! なんていらない技能なんだ! よし、こんど都で店でもだそう」


「ほんとあんた一体なんなのよ!」


 トマトファッションとなった彼女を見て、青年はふむふむと未来の服飾経営について想いを巡らせる。それからややしばらくして夢想から帰還した青年は倒れたペガサスに視点を落とした。


「さて、剥ぐか」


「なにをっ!」


 再び腕を掻き抱くが、そんな彼女を青年は鼻で笑い、


「ペガサス解体の方に決まってるだろ。それともなんだ? 剥いでほしいのか?」


 にやにやと笑いながら手をワキワキさせている。彼女は汚物を見るかのように顔を歪ませ彼から距離をとった。


「欲しいわけないでしょ!」


「なら手伝え」


 興味をなくしたかのように彼はどこからか取り出した縄でぐるぐるとペガサスの体を巻いていく。そのあまりに手慣れた作業に彼女は何も手伝えることはなく、血抜きの用意が終わるところまでただ突っ立っていることしかできなかった。が、乾燥してきた血が固まり始めたのを不快に思うと、赤いワンピースのままざぶざぶと湖の中に入っていく。


「あぁもう最悪。今日はなんて運のない日なのかしら」


 ごしごしと念入りに血をとっていくが、ペガサスのエロ執念なのかなかなか汚れが取れない。

 躍起になっているせいで彼女は後ろから近づいてくる青年に気付くことができなかった。


「ひゃんっ!」


「ほぉ、なかなかいい胸だ。ペガサス級、いや、ドラゴン級はあるかもしれん」


 後ろから抱き着いた青年は回した腕で彼女の豊満な胸を掴んだ。変な悲鳴を上げてしまった彼女は顔を赤くして腕を振り回すが、その悉くを青年に回避されてしまっていた。

 いろんな意味で息を荒げた彼女はなんとかして脱出を試みたが、連日の食料不足により十分な力を出せない。満足した彼が揉みし抱くのをやめるまで、彼女はされるがままとなっていた。




「————それで、あんたこんなところで何してんのよ」


 汚物を見る目で青年に視線を送る。


「それはこっちのセリフだよ。ここはぼくのホームグラウンド、うーんこれじゃ通じないか。庭ってことだよ」


「庭? ここはニクの森よ。人間なんかが生きてられる場所じゃないわ。冗談を言うのも大概にしなさいよ」


 彼女は無断で侵入した人たちがそのまま帰ってこなくなったという話を何回も聞いていた。しかしそれでも青年はやれやれと肩をすくませる。


「冗談なんか言わないよ、現に僕たちは今生きているじゃないか」


「それは、そうだけど。でも、これからも生きていけるってわけないじゃない。魔物に襲われでもしたら」

「お、そろそろ血抜き終わったか?」


「話聞きなさいよ!」


 ペガサスの遺体を降ろす青年の背中をぽかぽかと叩くが、彼はそれを気にすることなく、解体を始めた。いらない部分を捨て、肉のブロックを広げた布の上に置くと、どかっとその場に座り込む。


「囮になってもらった礼だ。お前も一緒に食え」


「ちょ、いきなり一緒に食えって言われても」


 まさかこんなところで火を熾して肉を焼くのだろうか。そんなことをすればすぐさま魔物が襲ってくるに違いないであろうに。そんなことを考えはするが体は脳より正直だった。くぅ、とかわいらしい腹の音が鳴る。


「お腹の方は食いてえらしいぞ?」


「うっさい!」


 どうせ食わずともいつか死ぬ身だ。彼女はため息をついて青年のそばに座った。


 青年は肉の上に手をかざすと、目を瞑って朗々と呪文を唱えだした。


「星の精よ。今この肉を我々の飛躍の糧とし、与えたまえ」


 唱え終えると、肉は小さな光の粒が集まりだし、その表面を覆っていく。彼女はあんぐりと口を開けた。


「噓でしょ? 星仙術、よね? こんな術見たことないわ!」


「バカ言うなよ。初歩中の初歩だぞ? というか、これができなきゃ星仙術なんて使えねえだろ」


 彼女は驚いて何事もなげに言う彼の顔をまじまじと見つめてしまう。肉に集中している彼の顔はそれなりに整っており、何もしなければいいものを先ほどの行動の数々ですっかり魅力が失われていた。


 それよりも、彼女が驚くのも無理はない。なぜなら星仙術は限られた貴族にしか使うことができず。また術が生まれた当初から随分と失われてしまった呪文も多く、今回の呪文は多くの呪文を暗記していた彼女にとって初めて聞くものだったからだ。


 星仙術が終了したのか、光が収まると彼は新たなナイフを取り出してその肉を切っていく。そして切れ端をつまみ上げると彼女に差し出した。


「ほらよ」


「え、焼かないの?」


「あたりめえじゃねえか魔物に襲われたいのか? ドエムだったのか? 干し肉だよ、ホ・シ・ニ・ク」


 その言葉を聞いた時、彼女は動きを止めてしまった。ドエムという言葉ではない。いや何の意味なのかは見当もつかなかったがバカにされているということだけはわかる。しかしそのあとの言葉が問題だった。


「ホシ、ニク……。星肉!? あんた、なんてことをやってしまったの!」


「え、ぼくがドエスな行動をしているだって? いやぁそんなわけないじゃないか嬉しいなあ」


「全然違うっ! 星肉を食べるなんて星の精を食べるのと同じことなのよ。どれだけ禁忌に手を染めてるのか分かっているの」


「キンキ? やっぱまだこの世界の言葉に慣れねえな。なんか悪い意味っぽいが」


 星肉、つまり干し肉にするということは星仙術を行使するための星の精を食料にするということになる。そのあまりにもおぞましい行為から、絶対に食べても作ってもいけないものだと彼女は学んでいた。この世の常識であるというのに彼は容易にその禁忌を破ってしまっていた。彼女は顔を覆いざめざめと泣き始めた。


「ああもうだめだわ、私たちは大変な罪を犯してしまいました。きっとただでは死ねないのね。ああ神様星の精霊様、私が一体何をしたというのでしょう。ただ力を求めることが許されなかったのでしょうか」


「なんだ急に泣き出して。あ、もしかして干し肉嫌いなのか? 好き嫌いは良くないぞ、さあ食え」


 彼女の手を押しのけてぐいぐいと星肉を押し付けてくる青年。これ以上罪を犯してたまるかと彼女は必死に逃げまくるが、青年は人間とは思えないほどの力で彼女の口に押しやってくる。


「いやぁ、やめてっ!」


「そんな好き嫌いしてっとマミーが泣くぞ。ほれほれほれほれ」


「や、やだぁたすけむぐっ」


 ついに星肉を押し込まれてしまった。彼女は泣きながら吐くこともできずに咀嚼することしかできなかった。なぜなら。




――めっっっっっちゃうまいんですけどなにこれ!?




 口に入れた瞬間広がる香ばしいにおい。思わず噛めばその肉に内包されたうま味が勢いよく飛び出し、長い間出番のなかった唾液腺を本気にさせた。凝縮した甘みがスイーツのようで、しかし肉のしっかりした脂身が最上級のオードブルだと確信づけた。


 そのことを認識してからの彼女の行動は早かった。口に入れられた星肉をあっという間に平らげ、次を求めるようにうるうるとさせた瞳で彼を見つめた。


「食わず嫌いだったか、そりゃいっちばんよくねえわな。さあ、まだまだあるからどんどん食え」


 彼の言葉を皮切りに彼女はどんどん星肉に手を付け始めた。しばらく何も食べていなかったことも相まって、どんどんと腹の中に納まっていく。気が付けば彼が作った星肉を全て完食してしまっていた。


 そして気付いたのは自分が途轍もない力を手にしている、ということだ。今まで感じていなかった、感じられなかった力。まさかと思い彼女は手を組んだ。


「星の精よ。我らがいる地を示したまえ」


 これまで一度も使えなかった星仙術を唱えた。するとどうだろうか、何も起きないはずの目の前には現在自分たちがいる位置が光って示されているではないか。つまり星仙術が成功したということ。彼女は息をのんだ。


「嘘でしょ!? 星肉になにか原因があったというの?」


「そりゃ干し肉食ったらその肉の経験値とかが溜まるに決まっているだろう。そのための星仙術だしな? ともあれ元気になったら何よりだ。他の肉も全部収納したし、僕はもう行くからな。達者でな」


「あんた、本当に何者なの……?」


 去っていく彼の背中にぽつりと投げかけるが、彼はそれに応じることなく、湖の向こう側まで去っていった。が、しばらくして恥ずかしそうに彼女の元まで戻ってくると、頭をぼりぼりと掻きながらこちらへ苦笑いをよこした。


「すまん、森の出口ってどっちだっけ」


 彼女はふふっと笑い、星仙術で示された地図を頼りに出口へ案内するのであった。

色々と粗い文章となりましたが、お読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 干し肉 [一言] くすっときました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ