大人になりたくない少女の話
あぁ、いつからだろうな。
こうなってしまったのは。
ーー大人になりたくない少女の話
午前の授業はもう終わりに近づいていた。
先生に見つからないように教室中を見回す。
みんな意外にも真剣に授業に取り組んでいるようで、熱心に黒板をノートに写していた。
どうやら、この教室で異質なのは私だけらしい。
(あーあ)
頬杖をつきながらきちんと最後まで閉められていないカーテンの隙間に目をやる。
隙間からはやわらかな太陽の光が差し込んでおり、今の私には眩しすぎるくらいの真っ青な空が見えた。
本当のところはわからないが、きっと雲なんて一つもないのだろうなと考える。
とても、とてもいい天気だ。
(あーあ…)
…昔は、こんな天気の日にはよく外にでて遊んでいた。
あの頃は何もかもが楽しかった。
好奇心、情熱、関心、楽しさ、嬉しさ、喜び、新しい発見…。
いろんな感情が入り混じる中、無我夢中で外をかけまわったものだ。
昔と言っても、実際にはそんなに時間はたっていない。ただ自分の心がそう感じているだけで。もちろん、今でも私は十分若い。
本当はこんな気持ちなんてまだ感じなくていいはずの年頃なのだ。
「大人」からみたらまだ「子供」なのだから。
…けれども。
(きっと私はもうあんな風に外を駆け回ることなんでできない)
私はもうあんな気持ちを感じることなんてできないだろう。
不意に生ぬるい風が吹き、私の頬を撫ぜた。
季節は真夏だ。冷たい風なんて吹くわけがないのに、なんだかびっくりしてしまった。
それと同時に、なぜだか泣きそうになる。
今でも、あの頃の気持ちを忘れたわけじゃない。
まだあの感情の心地よさ、嬉しさ、あの時の思いや記憶は私の中に残っている。
残っているのだ。
…残っているのに。
それはあくまで「忘れていない」だけなのだ。
もうあの気持ちを感じることも、あの気持ちを湧きあがらせることも私にはできない。
きっと「大人」になるにつれて感じれなくなるのだ。
そして、忘れていくのだ。あの感情たちを。あの愛おしい思い出たちを。
「大人に…なりたくない」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、ぽつりとつぶやいてみる。
そんなことを言っても、それは絶対に無理なことだと理解しているけど。
理解してるのに口に出してしまうあたり、私はまだ子供なのだと自分を安心させたりして。
あぁ、今日も私の心は忙しいな。なんて他人事のように思ったりして。
…怖い。怖いよ。
あの感情たちを忘れてしまうのが、私はひどく怖い。
時間が過ぎるのが怖い。「大人」になるのが怖い。
大人になんてなりたくない。
なんて…ね。
さぁ、もうすぐ終わりのチャイムがなる。
消される前に早く私も黒板をノートに写さないと。
風のせいでカーテンは先ほどよりも大きく開いていた。
空の見える範囲も広がり、私はさっきは見えなかった雲を見つけた。
(あ…雲、あったんだ)
予想が外れたことには特に何とも思わず、ただ雲を見つめる。
空は、雲があってもやはり美しかった。
end