プロローグ2 「大三輪愛存」
大三輪愛存、24歳。
彼の年齢で「少年」と呼ぶには無理があるかもしれないが、はっきり言えるのは彼は「大人」ではないということだ。
そう言い切れるのは、幼い外見だけでなく、「性質」によって夢を諦めたつまらない「大人」ではないからだ。
かといって、彼に明確な夢があるわけではない。
しいていえば、「その時にやりたいことをやれること」が夢だ。
これは、彼の「性質」、<風>に由来するものなのかもしれない。
彼の両親も、彼がこの年にして就職活動もせず、定職に就こうとしないことを<風>だから仕方がないと許容している。
彼は無職ではあるが、ニートではない。
教育に関しては、そこそこの大学を出ている。どちらかというと、地頭も良いほうだ。
掃除、洗濯、炊事は普通にできる。主夫として、バリバリ働く女性と結婚するという選択肢も十分にある。
就業訓練、確かにこれはしていない。
しかし、彼には何の訓練をしたわけでもなく、先天的にある能力が備わっていた。
――八百万の神が視える。
正確には、ある神を「視ようと思えば」視えるらしい。
これは、父方の遺伝的なものだ。大三輪家は、シャーマン家系であるといわれているが、どれくらいそういった類の能力があるかはまばらだ。
愛存の父・友一は可視はできないが、そこらへんに存在する八百万の神をどこかで感じることができ、たまに声が聞こえるという。だからといって、その能力を生かすことができる職業に就く訳でもなく、一般の企業に勤めている普通の会社員だ。
真面目で、逞しい家族の大黒柱、典型的な<地>の父親だ。
愛存の祖父・大は、全くそういった能力はない。しかし、金儲けに燃えている、文字通り<火>らしい彼は、大三輪の姓を利用して新興宗教まがいのビジネスをしている。かなりグレーなことをしているのに、これまで逮捕されていないのは、愛存や友一があらゆる商業系の神様にお願いし、神々も愛存の愛嬌と友一の勤勉さに免じて、ビジネスが上手くいくように計らってくれているからだ。
今やこんな調子の大三輪家だが、かつて栄華を極めた時は言葉に表せないほど、本当に「スゴかった」らしい。
「今日、6時から高宮さんとこと会食だからね。」
愛存の母・久美子は、2階で洗濯物を干している愛存に大声で伝えた。
「はいはーい。」
愛存と久美子の関係は至って良好だ。それは、彼らが共に<風>だからかもしれない。
高宮家との会食は月1で行われる。
高宮家とは、一切、血の繋がりはないが、大三輪家が「スゴかった」時からゆかりのある家で、会食はその時から続く伝統行事だ。
「スゴかった」時の会食は「スゴかった」のだろうが、今は居酒屋、それもどこにでもあるチェーン店で、ただビールを飲んで楽しく世間話をするだけだ。
約束の6時。
愛存は父と母と都内の居酒屋に入店すると、高宮家一同が待っていた。
「あらー、久美子さん!」
「やだー、明美さん!」
第一声を発したのは母親たち。
「いやー、どうも久しぶりです。」
「1か月ぶりなのに、随分会ってない感じがしますね。」
次に、どこかビジネス的な挨拶をする父親たち。
最後に、
「よっ!愛存。」
「よっ!」
誰よりも若々しい挨拶をする愛存と高宮家の一人娘。
彼女もまた、ある能力を持っている。