第十四章 第七話
双子に会うのは退院以来のジャスティンにとって五ヶ月となった双子は随分と大きくなったように見えたが、まだ其々が標準よりも小さな体で、その体に心電図のケーブルや点滴のチューブ、そして酸素マスクを宛がわれて固く握った小さな拳を胸に目を開ける事も無くぐったりとしていた。
拍動も弱く下がり続ける血圧計の数値を見て、強張った顔で振り返ったジャスティンに、ヒックスは傍らにあるフィルムビューアを無言で顎で指し示した。
「これは……」
蛍光灯の白い明かりに照らされて浮かび上がっている双子のX線写真は、同じ子供を映したのかと思われるほど似通っていて、左胸の中央付近で、心臓の位置の辺りに真っ黒な不気味な点が全く同じ位置に映っていた。
「何だかは判らないがこの異物が心神経を圧迫しているのが原因だと思われる」
そんな事は絶対に有り得ないとは思ってみても、過去に見覚えのあるその黒い小さな丸い影に手を伸ばし瞬きもせずに見入っていたジャスティンは眉間の皺を深くしてヒックスを振り返った。
「これは、銃弾だと思われます」
告げられたその言葉をどう受け止めればいいのか、その驚愕を顔面に貼り付けたヒックスは、緑の眼を見開いて口を開けたまま身動きもせずにジャスティンの真剣な蒼の瞳を見返していた。
確かにそんな事は有り得ない筈であった。銃弾を受けたと思われるような外傷も無く、そして生まれてまだ五ヶ月のこの子達に誰かが無慈悲に銃を向ける事態がある筈も無く、それを思えば映っている不気味な点が銃弾だという考えは捨て去るべきであったが、過去に軍人であったジャスティンには確信があった。
「自分は以前士官学校時代に戦場における外傷に対する応急手当について学んだ事があります。その時に見たX線写真に盲管銃創の例があり、体内に残った銃弾がこの様に映るのを確認しています」
「だが、しかし」
ヒックスが戸惑うのも当然で、この子達の体内に銃弾が存在するという事実を受け止めるにはもう一つの情報が必要であった。
「医局長はそんな事がと笑われるかもしれませんが、自分は信じているんです。この二人がかつて自分も良く知っていたとある軍人達であった事を」
荒唐無稽な事を話しながらも真剣な顔を崩さないジャスティンを、ヒックスも真顔になって見返した。
この二人は、かつて軍人として戦場に赴いて其々が銃弾を浴びて死んだ事、全身に現れたという発疹の跡が其々が銃弾を浴びた場所を指し示していた事を告げて、ジャスティンはまだ信じ難い表情で見上げているヒックスを振り返った。
「どうして彼等にまた試練が与えられたのか、それは俺にも分かりません。でも俺らに出来るのは、その目の前の試練に立ち向かって、この小さな命を救う事だけなんだって事は、それだけは、それだけは分かります」
ジャスティンの必死な訴えを黙ったまま聞いていたヒックスは、目を閉じて長い息を吐くとまた目を開いたが、その緑の瞳は医師としての強い信念に満ち、頼れる医局長ヒックス・ストライドの持つ力強さに満ち溢れていた。
「盲管銃創と思われる体内に残された銃弾の摘出の緊急手術を行う。各人準備に入れ!」
緊張の重い空気に包まれていたER室内では、もう誰もが迷いを持たずに其々が為すべき事の為に慌しく動き始め、ヒックスは無言でジャスティンを手招いて、強張った顔で立ち尽くしているこの子達の両親、ザイア少佐達の元へと静かに歩み寄った。
第一オペ室にはダニエルが、第二オペ室内にはニコラスが運び込まれ、仕度を終えて第一オペ室内に入ったジャスティンはアンガスと共に鋭い眼光だけが覗くヒックスの前に立った。
「二児同時オペだ。手が足りない。アンガス、お前は俺をサポートしろ。ジャスティン、お前は第二で長男のオペだ」
「執刀はオーツ医師、ライス医師どちらですか」
背筋を伸ばして真顔で問うたジャスティンを横目でチラリと見て、ヒックスは当然とばかりに淡々と告げた。
「二人とも専門は内科だ。ジャスティン、お前が執刀するんだ」
「ええ? でも」
「時間が無い。ぐだぐだ言わずに準備に入れ。あの子を死なせたいのか」
僅かに頭の中に浮かんだ迷いはその瞬間に消え失せ、見返す眼に力を籠め「了解しました」とジャスティンは唯一つの答えを返した。
鑷子の先に摘んだ金属製の小さな塊は、やはり見覚えのある口径八mm相当の銃弾で、看護師が差し出した膿盆の上にそっと落とすと小さくカランと乾いた音を立てた。
まだ弱いながら拍動を続けている小さな心臓をじっと見下ろして、開いた胸を閉じる作業に移ったジャスティンは心の中で眠り続けているニコラスに語り掛け続けていた。
――ティペット少尉殿。こんなところで死んでる場合じゃありません。ちゃんと奥さんと再会出来るまで頑張らないと。
暴動で妻を失いながらも明るい笑顔で皆を楽しませたニコラスの笑顔を思い出して、ジャスティンは口元を覆うマスクの下で自然に微笑んでいた。
――それに、もし少尉殿が死んでしまったら、班長殿がどれほど悲しむか。班長殿はあのロシアの地下要塞の中で、少尉殿を抱き締めてずっと泣いてらしたそうですよ。
最後のひと針を縫い終えて鋏で糸を切ると、ジャスティンは顔を上げて空を見上げて大きな息をついた。
「術創縫合完了。バイタルチェック並びに後処理を」
「お疲れ様でした、ウォレス先生」
サポートに回っていたオーツ医師の眼鏡の奥の瞳が柔らかく微笑んでいて、その表情を見た途端突如としてこみ上げてきた涙を必死に堪えながら、ジャスティンは無言で何度も頷き返していた。




