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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第十四章 大海原を突っ走れ!
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第十四話 第五話

 広い会議室内では真剣な表情の十名の研修医達がペンを走らせる音と監督官が時折室内を歩くコツコツという靴音だけが響いていて、倍の大きさの口を開けた砂時計の砂が一気に零れ落ちて行くような流れの速い時間の中で、ジャスティンも問題用紙を睨んで悪戦苦闘していた。

「先輩、どうでした?」

「自信は無い。全く無い。でも何とかなるだろ」

 満足気な顔のアンガスと並んで歩きながら、痛む胃を抱えて苦虫を噛み潰したような顔のジャスティンは、諦めと懇願との混じった複雑な表情で空を見上げて呟いた。


 八月の第二週に入って直ぐに行われた学科試験の後には最難関の実技試験が待ち受けており、その結果は実技試験の三日後には発表される予定であった。

「まぁ、気楽に行けばいいんじゃないですかね。先輩の場合は最悪落ちてもう二年研修になったとしても結婚には間に合う訳ですし」

「お前な」

 小児科医局( ドクターズルーム)へと戻った二人は緊張から解放されて一応ホッとした表情で椅子に座り込んだが、そこへ二人分のカップを持ったカレンが顔を見せて「お疲れ様でした」と其々の前にカップを置いた。

「お、サンキュ」

「カレン、ありがとう」

 甘く芳しい香りを漂わせているココアは口に含むとその温かさが身に染みて思わずジャスティンも笑顔になった。アンガスは大好きなココアとあって一層の笑顔で、微笑んで見下ろしているカレンと穏やかな笑みを交し合っていた。

「それで、どうだったのよ。試験」

「聞くな、カレン」

 ジャスティンにはニヤリと意地悪な笑みを投げ掛けてきたカレンを睨んでジャスティンは口をへの字にして黙り込んだ。

「まぁ気落ちしないで頑張って。また再来年もあるんだし」

「うるせー、俺は絶対に落ちたりしないぞ」

 折角ほんのりと甘く感じていたココアも苦味を増した様に感じてジャスティンは無愛想にカップを置いた。






 翌日、何時もの飄々とした普段通りのアンガスを実技試験となる外来へと送り出したジャスティンが小児科医局でここ最近の外来の傾向を難しい顔で纏めていたところに、カレンがひょっこりと顔を覗かせてジャスティンに声を掛けた。

「ウォレス先生、一階にお客様が来ているそうよ」

「俺に、客?」

 首を竦めて頷いたカレンを振り返ってジャスティンは首を傾げた。



「何だね、ちゃんと鍛えてなかったのかい」

 一階のロビーで憮然とした表情で腰に手を当てて立ちはだかっていたのはスコットランドAAS部隊独身宿舎の主ハナ・ウィロックで、苦笑いしているジャスティンを見上げてフンと鼻で息をして、下から上までジロリと睨み上げた。

「ハナ、態々スコットランドからどうしたのさ」

 お小言は聞き流して問い掛けたジャスティンを見上げて、ハナはまたフンと息をついてニヤッと笑った。

「これからエディンバラに帰るところさ。レオが戻ったでね」

「ああ。やっぱり班長殿が戻られたのか。てか随分遅くないか」

「ニコラスとダニエルが何とかとかいう病気になったでね。それで暫く様子を見てたんだけど、大丈夫そうらしいでね。エディンバラから早く戻ってきてくれ五月蝿いんで、帰る事にしたってわけさ」

「ちょ、待って。病気って」

 得意げに話すハナを見下ろしてジャスティンは真顔の医師の顔になったが、ハナはジャスティンを軽く往なしてカラカラと笑った。

「突発性なんとかって赤ちゃんがよく罹る病気で大した事ないってポーツマスの軍病院のお医者様が言ってたでね。お前さんの出番はなさそうさね」

「ああ、突発性発疹なのか。んじゃ大丈夫だな」

 乳児がよく罹患するこの病気は重篤な状態になる症例は少なく、もう熱も下がって体に赤いブツブツが出来ているというハナの説明にジャスティンもホッと胸を撫で下ろした。


「でも不思議な事もあるもんだね」

 眉を寄せた顔になったハナがジャスティンを見上げて少し心配げな表情を見せた。

「何だよ、ハナ」

「二人のその赤いブツブツさ。ニコラスは全身に小豆みたいなのが散らばっているのにダニエルは背中に三個あるだけで、同時に病気になってもそんなに違う物なのかい?」

「ああ。発疹の出方は個人差があるからな。別に不思議な事というわけでもないけど」

「それが、二人が銃弾を浴びた場所とそっくり同じだなんて、何か嫌な感じがするんだけどねぇ」

「え?」

「ニコラスとダニエルさ。ニコラスは全身に無数に弾丸を浴びて、ダニエルは背中に三発だった。それであの子達は逝っちまった」

 宿舎の兵士達は皆自分の子供の様に感じているハナの寂しげな顔を見下ろして、ジャスティンは黒々とした不吉な影が間近に迫っているようにも感じたが、気のせいだとブルブルと首を振って明るい顔でハナに笑い掛けた。

「ハナ、大丈夫だよ。赤ちゃんの殆どが罹る軽い病気なんだ。もう熱も下がったんなら心配はいらないから」


 またしてもジャスティンに訓練を命じて北へと帰って行ったハナを見送りながら、真夏の日差しが燦々と輝く深く青い空を見上げて、ジャスティンは両手を広げて全身で陽の光を受け止め靄の様にこびり付いている不安を何度も深呼吸を繰り返して振り払った。

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