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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第十四章 大海原を突っ走れ!
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第十四章 第二話

 季節が七月に入るとW校ではいよいよ進級試験本番で無闇に学校を訪ねる訳にも行かず、暫く会えていないビアンカは大丈夫だろうかとジャスティンは上の空で目の前のチキンシチューをスプーンで掻き混ぜていた。

「先輩、早く食べないと午後外来始まっちゃいますよ」

 大盛りにしてもらったチキンシチューを嬉しそうに頬張っているアンガスに見上げられて現実に戻されたジャスティンは、「ああ」と素っ気無く返して掻き混ぜていたシチューを口に放り込んだ。


 何を食べても幸せそうなアンガスは人の二倍、いや三倍は食べている筈なのに相変らず小柄で、少年の輝きで瞳をキラキラとさせてジャスティンに笑い掛けた。

「ペルテスの子順調なんですってね」

「ああ。標準治療で改善が見られるから容態が安定したら一時退院かな。で、白血病の子と糖尿の子はどうなんだよ」

 先月揃って再生医療で移植を受けた子達はアンガスが担当だった。

「移植した再生細胞が上手く定着しているみたいです」

「そりゃ良かったな」

 担当の子供達を次々と寛解へと導いているアンガスは余裕の表情で、まだ担当の子供を五名抱えている上に恐らく将来に亘って観察の必要なウィリアムが居るジャスティンは卒験が近い事を思い出し苦い表情になったが、もう食べ終わったアンガスがジャスティンのトレーに残っているタルトを目を輝かせて見ているのに気付いて、大慌てで皿の残りを掻き込んだ。







 盛大に大泣きしている我が子を宥めながら何度も振り返って頭を下げる母子を苦笑で見送ったジャスティンは、此方も盛大にフゥと嘆息をついた。


 先月から始まった乳幼児への予防接種は、『発動』後に生まれた子供達は全員が未接種である事から段階的に行われていて、六月は一歳児と二歳児、この七月からは三歳児と四歳児に限定して行われていた。

 通常の外来では捌き切れず、新病棟四階にある会議室を利用して設けられた接種会場では、広い会議室内に入りきらない待ち人達が廊下の長椅子にずらっと並んで目も眩む様な光景だったが、五時を過ぎたところで最後の患者を見送って、殆ど休憩無しで乗り切ったジャスティンは達成感よりも疲労感の方が勝っていた。


「ウォレス先生、明日は聖システィーナ地区より約百五十名です」

 サポートをしていた病棟の看護師長は疲れた様子も見せずに手際良く器具を纏めながらジャスティンを振り返った。

「あ、はい……」

 外来の看護師だけでは手が回らず、病棟の看護師も借り出されているわけだが、まさか師長が来るとは思ってなかったジャスティンは頭の上がらない師長の厳格な横顔を見上げ頼りない返事をした。

「とは言っても、BVIの子供達は含まれてませんね」

 対象者リストを繰りながら呟いた師長に、座りっ放しで鈍った体を左右に揺すって鳴らしながらジャスティンは「ああ」と微笑んだ。

「あいつらは来月っすね。五歳児以上の回の筈です」


 BVIの子供達の最年長エドナの記憶によると、出生後三ヶ月以内に受ける予防接種は皆受けた筈らしかった。

「全員父の診療所に来てた筈よ。その当時はワクチンの入手も大変だったみたいなんだけど、『ワイズさんの子の為にどうしてもこれだけは本国から送れと言ってある』って確か父が言っていたから、ビアンカも受けてる筈よ」

 破傷風やポリオなどの五種混合ワクチン接種は済んでいるらしいという情報にジャスティンは安堵していたが、それ以外は未接種らしく、今回の三種混合ワクチンの接種対象にBVIの子供達も含まれていた。


「風疹は特に妊婦には厳禁ですからね。ご結婚される前にワクチンが頒布される事になって良かったですね」

 師長は淡々と言ったが、ジャスティンは後三年と迫ったその日の事を思い浮かべて「ええ、まぁ」と言葉を濁して頬を赤らめた。

「それ迄は重々ご承知かと思いますが節度を保って」

 言われなくてもそんな事をしたら班長殿とアデス中佐殿と、それからロドニーに殺されるわと、ジャスティンの内心のぼやきが顔に出ていたのか、真顔でじっと見上げていた師長が表情を少し和らげてフッと笑った。

「そんな顔されなくても皆もう分かっていますよ」

「へ?」

 何をと聞き返そうとしたジャスティンの手を軽く叩いて、師長はそのまま会議室を後にしようとしたが出口で振り返って、

「貴方が倒れたら彼女を守れませんからね。お身体を労って」

 そしてまた目元の皺を深くして笑った。

「明日も頑張って下さい」

 一瞬念願の休日という言葉が頭を駆け巡り期待した表情になったジャスティンだったが、「……はい」と素直に項垂れた。






「ウォレス先生。この患者さんなんですけど」

 ジャスティンが小児科病棟にあるナースステーションに戻るなり、ついこの前まで新人だった看護師の一人が待ち構えていたかの様にジャスティンに手持ちのカルテを突き付けた。


 頻りに足の痛みを訴えているという下肢骨折の子供の元へ出向き、症状を確認してから痛み止めの処方を指示してジャスティンは漸く電子カルテのモニター前に座り込んで肩で息をついた。

「ウォレス先生、ご苦労様」

 背後からニュッと突き出された青いマグカップからはほんのりと甘い香りが漂い、「サンキュ」と笑顔で受け取ったジャスティンは疲れた身体に染みるココアを一口味わった。

「連日大変ね」

 タイミング良くココアを差し出した後は再び点滴袋のチェックに戻ったカレンの横顔を振り返って、ジャスティンは「なぁ」と怪訝な顔で問い掛けた。

「師長がさ、『皆分かってる』って言ってたんだけど、何の事だと思う?」

「は?」

 脈絡の無い質問にカレンは眉間に眉を寄せて振り返った。



「ふーん。そういう事ね」

 先程の師長との会話を聞いてカレンは納得したのか小さく頷いていた。

「何の事だか分かるのかよ」

 まだ訝しげなジャスティンを真顔で見つめた後、カレンはクスッと小さく笑った。

「その内にウォレス先生にも分かるわよ、きっと」

「何だよ、俺だけ鈍いみたいじゃないかよ」

 口を尖らせて剥れているジャスティンは不機嫌そうにまたPCへ向かってまだブツブツと呟いていたが、その背中に優しい眼差しを向けていたカレンはやっぱり可笑しそうに小さく笑って、何処までも鈍感な男に背を向けて鼻歌を歌いながらナースステーションを後にした。

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