第十三章 第六話
昨日は全く聞こえなかった小鳥の鳴き交わす囀りで目を覚ましたジャスティンは、部屋の隅に干して置いた二人の衣類がすっかりと乾いているのを手に取ってみて、やはりこの部屋だけは一晩中南国だったんだなと妙に納得して苦笑した。
森も穏やかに晴れ渡った青空の下で降り注ぐ木漏れ日で明るく、まだ下草は昨夜の雨に濡れて雫を滴らせていたが、命を吹き込まれた緑が燃えて近づく夏を思わせていた。
二人で歩き出して間も無く、前方から二人の名を呼ぶ大きな声が聞こえてきて、顔を見合わせて笑ったジャスティンとビアンカは、見えてきた人影に笑顔で手を振った。
この事態でキャンプは中断され、子供達や教職員の家族達は近くにある聖システィーナ修道院に皆保護されていたが、年長の男子の三人、ロドニーとザック、コリンだけは捜索に加わっていたようで、「ほら」とロドニーがぶっきら棒に差し出したカップの中身を見て、ビアンカは「わあ」と顔を綻ばせた。
甘い香りが漂うココアは先日ジャスティンが南米から取り寄せた残りで、口に広がる甘く濃厚な味わいにビアンカは嬉しそうな顔で兄ロドニーを見上げた。
「ビアンカ、無事で、無事でよかったわ」
一睡もしていないのであろうベル・オルムステッド校長の真っ赤に泣き濡れた瞳を見て、ビアンカは心配掛けまいと殊更笑顔で校長に笑い掛けた。
「私は【守護者】ですから、最悪の事態には成り得ませんでした。それよりも、メアリー=アンが無事でよかったです」
自分が起こした事態をまだ二歳児ながら薄々感じ取っているのか、メアリー=アンは何時までもグズグズと泣いていて宥めるのが大変だったと苦笑したビリーは、真顔になってビアンカを自分の腕の中に抱き留めた。
「Ms.ビアンカ・ワイズ。君が居なかったらあの崖から落ちていたのはメアリー=アンで、もしそうなったら彼女は今頃生きていなかっただろう。ありがとう。本当にありがとう」
背後でジャスティンがわざとらしく何度も咳をしているのに気付いていたが、ビリーは無視してビアンカを抱き締め続けた。
「で、何の用だよ、ロドニー」
そのジャスティンの背後からポンポンと肩を叩いてひと気の無い林の小道に呼び出したロドニーを前にして、すっかり乾いて何時もの二倍に膨らんだ銀髪をボリボリと掻いたジャスティンだったが、ずいっと一歩詰め寄ったロドニーの真顔に気圧されてビクッと身体を引いた。
「ジャスティンが一晩中暖めてくれたとビアンカは言ってたけど、お前まさかアイツに手出したんじゃないだろうな?」
怒れるロドニーの表情は真剣そのもので、更に詰め寄られて顔を引いたジャスティンはタジタジとなって返答に困った。
「阿呆言うな。俺はちゃんと約束したからな。十六歳まで待つって」
憤慨の腕組みをして、まだ疑念の消えない瞳でじっと睨み返しているロドニーを見下ろして、あの時手を出してたら絶対にコイツに殺されてるわと内心で苦笑が浮かんだジャスティンは、輝く淡銅色の肌を全て晒して一糸纏わぬビアンカの裸身を思い出すと途端に頬が爆発して、一層疑念の篭った視線になったロドニーに背を向けて、でもちょっと勿体無かったかなと浮かんだ邪念を頭から振り払う様にブルブルと銀髪を盛大に振った。
昨日は異様に感じた森の気配は、もしかしたら森が気を効かせて自分達を森に留めて又とない機会を演出してくれていたのかもと、ジャスティンは中々頭の中から消え去ってくれないビアンカの裸身を折角だからと心に焼き付けたが、禍々しい感覚しか覚えなかったあの森がそんな気の効いた事をするとも思えず、張られた罠を自分は掻い潜ってきたんだと胸を張って空を見上げたジャスティンは、ビアンカのまだAカップ程しかない小さな胸を思い出してブルブルと首を振って、やっぱりもうちょっと待たないとなと納得した晴れ晴れとした顔でロドニーを振り返った。
早速病院へと舞い戻ったジャスティンは冷やかす医師や看護師達に小突かれながら小児科医局へ戻ったが、淡々とした顔で出迎えた医局長ヒックス・ストライドは、ジャスティンの薄汚れた白衣に眉を顰め「着替えて来い」と無愛想に言った。
「え、でも」
流石に疲れ果ててこのままベッドに潜り込んで熟睡したい思いで一杯だったジャスティンが戸惑った声を返すと、ヒックスは無情にもジャスティンにカルテを放り投げて、フフンと鼻で笑った。
「新患だ。ペルテス病の疑い。五歳男児。お前が担当だ」
「へ?」
「おら、もう入院は済んでるんだよ。CT及びX‐pだ。さっさとしろ」
「イ、了解しました」
情け無い声で返したジャスティンは泣き出したい気持ちを堪えて、明るい笑い顔で手を振る看護師達に手を振り返しながら廊下を駆け抜けて行った。




