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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第一章 俺の彼女は十一歳
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第一章 第九話

「じゃあ! 俺の血を取れよ! 全部取っていいから!」

 ビアンカには緊急に輸血が必要な事を告げると、ジャスティンに掴み掛かったロドニーは唾を飛ばして叫んだ。

 ロドニーとエドナの二人の申し出を受け血液型の検査を行ったが、その結果にジャスティンは眉を顰めるだけだった。



「ロドニー、お前はダメだった」

 ロドニーを諭す様にため息交じりに首を振ったジャスティンに、ロドニーは「なんでさ!」と尚も掴み掛かった。

「血液型が合わないんだ。ロドニー、お前はB型なんだ」

 まだ納得がいかないギラギラとした瞳で睨んでいるロドニーに、ジャスティンは哀しげに告げた。

「兄妹なのに、なんでだよ!」

 二の腕の筋肉を張り詰めてグイグイ締め上げてくるロドニーの力は中々のもので、息苦しくなったジャスティンは思わずロドニーの手を払いのけて、首元に手をやってフゥと息をついた。

「兄妹だからって同じ血液型とは限らないんだ。違う血液型で輸血したら、ビアンカは死ぬ」

 淡々とした言葉であったがロドニーは唇を噛み締めて黙り込んで、顔を俯かせて拳を握り締めた。

「私は? 私は何型だったの?」

 そんなロドニーを守る様に背後からそっと肩に手を置きながら、泣きそうな顔で問い掛けてきたエドナにも、ジャスティンは暗い顔をした。

「エドナはAB型だった」

「じゃあ!」

「でも、ダメなんだ。エドナ、君は(*1)‐D‐(バーディーバー)だった。君にはその意味が分かるだろ」

 告げられた台詞にエドナの顔は凍り付いた。



 父親が医師で自身も医学を目指しているエドナは、W校卒業後はジャスティンと同じ此処の医学研修生になる予定であった。知識のある彼女は、自分の血液型が稀有なものであることを瞬時に悟って青褪めた。


「ロドニー、エドナをちゃんと守れよ。もしエドナが大量出血するようなことになれば、おそらく今のこのロンドンじゃ、彼女に輸血出来る人間が居ない」

 事の重大さの意味が分かっているのかいないのか、呆然としながらも憤慨の炎を燃やしているロドニーをジャスティンは険しい顔で諭した。

「でも! ビアンカがRh+なら輸血は出来ますよね?」

 それでも必死に縋るエドナに、ジャスティンの背後からヒックスが冷静な顔を向けた。

「君の血液は本当に希少なんだ。万が一、輸血時に何かあった時に今度は君を助けられなくなる。リスクが高すぎて危険なんだ」

「じゃあ、ビアンカはどうなるんだよ!」

 また両拳を握り締めたロドニーがジャスティンに掴み掛かろうとしたが、その手をグッと押さえて真っ直ぐにロドニーに向き合ったジャスティンは、ゆっくりと彼に告げた。

「AB型のRh+なら居るんだ、お前の目の前にな」

 口を開けたロドニーを見据えながらジャスティンは静かに頷いた。




 英国国内では人口の約三%程度しか存在しないAB型の血液型ではあるが、自分がその血液型であったのも、きっと運命のなせる業だったのだろうとジャスティンは思った。

 ICU内で、隣のベッドに横たわってまだ目覚めないビアンカの青褪めた横顔を見ながら、ジャスティンは今自分と彼女は繋がっていると思った。

 人工透析用の機器を一部分改造して作られた枕元輸血用の大きな装置は微かな振動音を立てながらジャスティンの血液を吸出して、その血がビアンカの細い腕に繋がれたチューブから、小さな体内に注がれていた。

 瞳を閉じ大きく息を吸い込んだジャスティンは、自分の中の生気を全てビアンカに吐き出そうと、ゆっくりと息を吐いた。

 ――必要なら俺の命を取ってくれ。彼女を連れていかないでくれ。

 確か、昔の歌に似たような歌詞があったなと、おぼろげに記憶を遡らせたジャスティンであったが、自分がその歌に触れたのが何時だったのか、思い出せないままにゆっくりと意識が遠のいていった。

 


 翌日、ICUでガーガーと高鼾で寝ていたところを叩き起されたジャスティンは、まだクラクラとする頭を抱えて起き上がったが、隣のベッドにビアンカがおらず、通り掛ったICU付きの看護師の腕を掴んで引き攣った顔を寄せた。

「ここの患者は!」

「貴方が寝てる間に一般病棟に移ったわよ」

 呆れて答えた看護師は、掴まれた腕の痛さに思わず「痛っ!」と叫んで、ハッとしたジャスティンはその手を離すと、振り返らずに駆け出そうとしてよろけて転びそうになり看護師に怒鳴られた。

「此処はICUよ! 走らないで! そんなデカイ図体で、此処で転ばないでよ!」


 素っ気の無い看護師の台詞に送り出されながら、ジャスティンはよろける足で小児科病棟を目指してフラフラと歩き出した。

 走りたくても足が言うことを利かず、朦朧とした頭で何単位輸血したんだっけと思いながら三階に辿り着いたジャスティンの目の前に、唐突にマグカップが差し出され、そのカップの向こう側からの「飲みなさい」という威圧的な言葉に逆らえずに、ジャスティンはカップの中の苦い液体を一気に飲み干した。

「うえ……これ、何」

 その不味さに顔を顰めたジャスティンの前で、苦虫を噛み潰したような顔で立っていた病棟付き看護師カレンが、呆れて首を竦めた。

「聖システィーナの薬よ。造血効果があるの知ってるでしょ」

 無論知ってはいたが自分で飲んだことの無かったジャスティンは、口に広がる鉄の味に顔を顰めていたが、ハッと思い出してカレンにズイッと顔を寄せた。

「彼女は? 一般に移ったんだろ?」

 真顔のジャスティンに迫られて動揺して顔を赤らめながら引いたカレンは、無言で斜め後ろを顎で指し、ナースステーションの直ぐ脇にある個室を振り返った。

「自分で確かめてくれば」

 カレンの言葉が終わらないうちに慌てふためいて個室へと向かうジャスティンの背を、無言でじっと目で追っていたカレンは、扉の閉まる音を聞いてフゥとため息をついた。

*1……Rh‐D‐(バーディーバー)は、稀血の一種。AB型では、日本人で十五万人に一人ぐらい。英国では四十五万人に一人ぐらいらしいです。

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