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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第十三章 May storm(五月の嵐)
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第十三章 第二話

 サウスダウンズ国立公園は比較的新しい国立公園で、丘陵地帯に牧歌的な放牧場や古い森林の間を小川が通り抜け、所々に中世からの民家が点在する広大な公園の中部、丘の上に林が連なり、その下には古代森がうっそうと繁っている大きな芝生の広場がキャンプ場として一般市民に貸し出されていた。


 政府から借りた大型バスで到着したW校の一行は、エドナを除く十名の子供達と引率する校長のベル・オルムステッドを始めとした十五名の教員とその家族という大所帯で、早速隣接する小川でまだ冷たい水を掬って遊び始めた子供達を、ビリーが大声で叫んで呼び寄せた。

「全員集合! 先にテントを張るぞ! ちゃんと張れないと今夜の寝床が無くなるぞ!」

 初めてのキャンプで大興奮している子供達は、全員が笑顔で駆け戻って来た。




 軍人時代の知識でテント張りから竈の作り方、火起こしと何でもござれのビリーが熱く教授し、ワイワイと大騒ぎの子供達も見よう見まねでテントを張り終え、早速持ち込んだ食材でランチの準備を始めた大人の女性達も皆満面の笑顔だった。

 ランチが出来上がるまでの間、子供達を引き連れた生物学教授のターナー教授が小川の中に住む小さな生き物を実際に手に取らせて、茶色の円らな瞳を見開いて迫り出したお腹を揺らして豪快に笑っていた。

「キッド、それはウォータービートルの幼生だ。ペニー硬貨みたいだからウォーターペニーとも呼ばれておる」

 小さな平べったい虫を掌に置いて繁々と覗き込んでいたキッドは、一緒に覗き込んでいるアキに顔を向けて「これ、食えんのかな」と真面目な顔で呟いた。

「さあ、でもあんまり食べるとこ無いよね」

「そんならこっちの魚の方が旨そうだぞ!」

 喜色満面のロドニーが両手で掴んでいるのは灰色の七~八cm程の小魚で、目を剥いた教授は可笑しそうにカラカラと笑った。

「ロドニー、それはチャブだな。だがまだ子供だ。離してやれ」

「えー」

 ロドニーは不満そうにそれでも渋々と小魚を川へ離してやると、慌てた魚は大急ぎで泳ぎ去って行った。

「さあて、其々の生き物の特徴を良く観察をするんだ。後でそれを図鑑で調べてレポートにして報告する事」

 宿題を出された事で子供達は急に無口になり真剣に捕まえた掌の中の小さな生き物を繁々と観察し始め、ターナー教授は満足そうにうんうんと大きく頷いた。





 午後からは林の中の生き物探索を行う事となり、W校の生徒達と教職員の子供達も合わせて緑の葉を繁らせた林の中の小道を頭上を見上げながら賑やかに散策していたが、ビアンカが異変に気付いて眉を寄せて前を行くビリーを呼び止めた。

「ローグ教授、メアリー=アンが居ないわ」

 ビリーが振り返って辺りを見回して子供達を確認すると、確かに一緒に付いてきていた筈のメアリー=アンの姿が見当たらず、心配顔のビアンカの頭を撫でてビリーは苦笑した。

「きっと退屈になってキャンプ場に戻っちまったんだろ。見てくるから、全員はぐれないようにターナー教授の後にしっかりと付いて行くんだぞ」

 穏やかに歩き去ったビリーの背中を目で追ってビアンカはまだ眉を寄せた険しい顔をしていたが、背後の林の中を何かを思うようにじっと見つめていた。







「メアリー=アン、何処に居るの?」

 膝下まで足元を覆い尽す藪に足を取られながら、林の中の木々を縫う様に声を掛けながら進んだビアンカは、前方から微かな泣き声がするのに気付いて顔を向けた。

 大きなブナの木の根元にしゃがみ込んで、声を上げて泣いているメアリー=アンの姿を目で捉えると、ビアンカは安堵でホッと息をついた。

「メアリー=アン、もう大丈夫よ」

「ビアンカお姉ちゃん!」

 その声に立ち上がって泣きながら縋り付いてきたメアリー=アンを抱き止めて、ビアンカは優しく微笑んだ。

「さあ、皆のところに帰りましょうね」

 泣きながら頷いたメアリー=アンの手を取って元来た道へと引き返そうとしたビアンカであったが、彼女が肩掛けにしていた小さなポーチがブナの根元に落ちているのに気付いて拾い上げようと向い掛けた時、柔らかい足元が急に崩れ落ちて、うっそうとした下草で気付かなかった崖に足を取られ、咄嗟に掴んだ茨草にしがみ付いて宙に浮く身体を必死で支えた。

「ビアンカお姉ちゃん!」

 また一層泣きべそ顔になったメアリー=アンが此方に駆け寄ろうとしているのを見て、ビアンカは「ダメ!」と大声で制した。

「来ちゃダメよ、メアリー=アン」

 下を見ると高さは二十数m程はありそうで、眼下に広がる古代森の黒々とした木々が闇の如く口を開けて待ち構えているあの場所に落下すれば軽い怪我で済む筈も無く、だがしかしまだたった二歳のメアリー=アンにその危険性を理解させるのも無理な話で、制止の声を無視して駆け寄ろうとしていた。


 ――ダメ、来てはダメ、メアリー=アン。


 目を閉じて祈りを捧げたビアンカは、自身の身体がフワリと浮く感覚と同時に、真白の光に包まれた身体が柔らかい熱を帯びるのを受け止めながら、やがて小さな棘に傷ついた右手がゆっくり離れて黒い森へ向かってゆっくりと落ちて行った。






 キャンプ場にも娘の姿が無いのを確認したビリーは強張った顔で林の中の小道を必死に駆け戻っていた。何処か途中で逸れてしまい林の中で迷子になっているのは間違いなさそうで、娘の名を呼びながら走るビリーの顔には焦燥が浮かび始めていた。

「ローグ教授!」

 道の反対側からは子供達を引率していたターナー教授が、此方も少し青褪めた顔で息を切らしながら大きな体を揺すって走って来ていて、何度も息を付きながらビリーに告げた。

「ビアンカも姿が見えなくなってしまって」

 きっとビアンカはメアリー=アンを探して林の中に分け入った筈だと察したビリーが慌しくターナー教授に声を掛けようとした瞬間、真白の光が閃光の様に林を突き抜けて走って、眩しさに目を細めたビリーの眼前には、先程まで誰も居なかった小道の上にちょこんと座り込んで、盛大に泣いているメアリー=アンの姿があった。

「メアリー=アン!」

「ダディ!」

 泣きながらしがみ付いてきた愛娘をしっかりと抱き止め内心では安堵が浮かんだビリーであったが、今のは守護の光で、ビアンカが自身の持つ力でメアリー=アンを安全な場所まで弾いたのだと気付いた時、泣きじゃくっている娘の顔を覗き込んで、ビリーは優しく訊ねた。

「メアリー=アン、ビアンカお姉ちゃんと一緒だったんだろ?」

「うん」

 泣きながらもメアリー=アンは頷いた。

「ビアンカはどうしたんだ?」

 問い掛けられた娘は涙に濡れた瞳でビリーの顔を見上げた。

「ビアンカお姉ちゃん、落ちちゃったの」

 聞いていたターナー教授も、娘の顔を覗き込んだままのビリーも、蒼白になった顔が固く強張って言葉を発する事が出来なかった。

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