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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第十二章 ジャスティンの三分クッキング
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第十二章 第一話

 イースター休暇も終わり、再びロンドンでの忙しい研修医生活に戻ったジャスティンは、サンダルの足音を響かせながら時刻はもう午後に入ったというのに寝惚け眼で外来の廊下を歩いていた。



 別段寝起きという訳でも無く、ちゃんと朝から病棟回診をこなし、ERに搬送されてきた校内で転倒して意識不明となった子供の緊急対応も行って、骨折も外傷も無く軽い脳震盪だったと判明して安堵したところに今度は喉に異物を詰まらせたという乳児が搬送されてきて、逆さにした赤ちゃんの背中を盛大に叩いて小さな飴の欠片を取り出し、狼狽している両親に育児指導まで行って、しかしどれも子供達の生命に別状は無く大した事無かった事で気が緩んだのか、卒業試験が迫って連日遅くまで勉強に明け暮れている油断がトロンとした蒼の瞳と盛大に爆発している銀髪に表れていた。





「ジャスティン・ウォレス一等准尉。気を引き締めろ」

 口を盛大に開け大きな欠伸をして目を瞬かせているジャスティンの背後から突然掛けられた声にビクッと反応して、ジャスティンはバッと振り返るとサンダル履きの足元をビシッと揃え、身に染み付いた敬礼を「了解しました( イエスサー)」と思わず返していた。

 背後では、少し悪戯っぽい笑みを浮かべたSAS連隊A部隊長のアレックス・ザイア少佐が、目をまん丸にしているジャスティンに微笑み掛けていた。

「班長殿……いえ、ザイア少佐殿。驚かせないで下さいよ」

 二人並んで歩きながら口を尖らせながら抗議するジャスティンに苦笑を溢して、ザイア少佐は「すまん。だが随分とのんびりとした風情だなと思ってな」と、口元では笑いながら鋭さの光る眼差しでジャスティンを軽く睨んだ。

「えっと、実は卒験の準備で最近余り寝てないっていうか」

 途端にしどろもどろになって視線を泳がせているジャスティンの肩を軽く叩き、ザイア少佐は目元にも笑みを浮かべた。

「頑張るのはいい事だが、身体を壊すなよ」

「班長殿……」

 優しい言葉に瞳を潤ませて立ち止まったジャスティンを振り返り、ザイア少佐はクスッと笑って言った。

「お前は寝不足の時が一番不機嫌だったからな」




 この三月に生まれた双子の新生児検診に訪れたというザイア少佐と別れて、三階にある小児科医局へと戻ってきたジャスティンは、まだ不機嫌そうに口を尖らせていた。

「先輩、お疲れ様でした」

「おう、アンガスもお疲れ」

 午前中外来担当だったアンガスも疲れているだろうに、機嫌良さげにニコニコと笑っているアンガスにぶすったれた顔で返事をして、ジャスティンは大テーブルの椅子にどっかと腰を下ろした。

「どうかしたんですか? 救急の子達は皆軽症だったと聞きましたけど」

「ああ、まぁな。実は、班長殿が病院にいらしててな」

 ジャスティンの不機嫌に気付いて声を掛けてきたアンガスを見ずに、ジャスティンは徐に立ち上がると部屋の隅の冷蔵庫を開けて、中から取り出した小瓶を盛大に呷って喉を鳴らした。


「へぇ、流石元上司は良く分かってらっしゃるんですね」

 ジャスティンの愚痴にも動じずに、アンガスは屈託の無い笑みを浮かべてニコニコと笑っていた。

「まぁな」

 寝起きのジャスティンを毎朝見慣れているアンガスにとって至極当たり前の指摘に思えたようでジャスティンを特段慰めるでもなくテーブルに広げていた書籍をキチンと纏めると立ち上がり、白衣のポケットから何か小さな物を取り出して嬉しそうな顔でそれを口の中にポイッと放り込んだ。

「何一人で良い物食ってんだよ」

 剥れたジャスティンの突っ込みにアンガスは照れ臭そうに笑って「チョコレートですよ」と小首を竦めたが、それを聞いた途端目を丸くしたジャスティンは「何だと!」と立ち上がって椅子を盛大に引っくり返していた。


「もう無いですよ。頑張ったご褒美にちょっとずつ食べてたんで」

 白衣の襟元を捩り上げられて吊り上げられたアンガスは、涙目になって必死にジャスティンに訴えた。

 大テーブルの上に残されたチョコレートを包んでいた銀紙を手に取って、ジャスティンは転がした椅子を元に戻すと「はぁ」と深いため息をついた。

「確かに、チョコは今はもう生産されてないですもんね」

「ああ。俺だってもう何年も見てねぇよ」

「僕もココア好きだったのに、久しく飲んでないですねぇ」

 大人になってからはチョコレートもココアもそれほどは見向きもしなくなったジャスティンにとってどうしても必要な品というわけでも無かったが、手に入らないとなると欲しくなるのは人間の性なんかなとカカオの甘い香りを記憶の底から攫っていたジャスティンは、そういえば最近何処かでココアを飲んだなとふと思い出した。

「あれ、俺最近どっかでココア飲んだな」

「へぇ、羨ましいですね。スコットランドにはまだあるんですか?」

「いや。もう無かった筈だ。でも何処かで――」

 ボリボリと頭を掻きながら思い出そうとしていたジャスティンは、「あ!」と気付いてまたしても椅子を倒して立ち上がった。

「あそこだ! 仏領ギニアだ!」

 キョトンとして目を瞬かせているアンガスを置いてきぼりにして、ジャスティンは思いついた朗報に一人興奮して頬を赤くしていた。

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